落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (25)

2017-01-08 16:31:10 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (25)
 なりませぬ節




 「会津の風土は、雪が創ったと言われています。
 会津の人々は1年の4分の1を、雪の中で過ごします。
 毎日、絶え間なく降りそそぎ、積り続ける雪との、厳しい戦いが続きます。
 盆地ゆえに、春が訪れるまで、他の地域と交流できません。
 隔絶された環境が、長い時間をかけて、会津の風土を育てました。
 どうにもならない自然との闘いが、いつまでも続いていくのです。
 そうしたことが、ちょっとした自然の変化にも感動する、会津の気質を育てました。
 しかし。遊んでばかりいては生きられません。
 1人でも生きられません。
 人々が助けあわねば、生きていけない場所なのです。
 そうした環境が他の地方の人から、なかなか理解できない会津の
 頑固者たちを大勢、育てあげました。
 古くから伝わる言葉で、会津の土地柄を話す時よく引き合いに
 出される言葉があります。
 『会津の三泣き』というものです。



 1 移り住む人は閉鎖的で頑固さから、よそ者扱いされて泣く。
 2 しばらくすると心の優しさと、底知れぬ人情に触れて泣く。
 3 最後に会津を去る時には、別れがつらく、離れがたくて泣く。


 ある新聞社の記者が、これを自分になぞらえました。



 1.辺鄙な土地に行かなければならないことで泣いたが、
 2.赴任してみると、徐々に会津の人たちの温かい人情に触れ、
   うれし泣きをし、
 3.数年後に会津から転勤で去る時には、去りがたくて泣いた。
   と、記事に書いたそうです。


 湯西川からやって来た小春も、慣れない土地でずいぶん泣きました。
 日陰に落ちてしまった種のようなものです。
 でも持ち前の明るさと、精一杯の頑張りで立派に会津の地に根を張りました。
 いまでは見事な、大輪の花を咲かせています。
 清子ちゃん。
 あなたのお姉さん芸妓の小春は、そうした年月を経て会津に根付いたのです。
 あら。そんなことを長々と話しているあいだに、小春がやって来たようです。
 小春はもう、東山温泉に欠かすことのできない、鳴り物の第一人者です」



 『遅くなりました』と、小春が障子の向こうから声をかける。
『什の掟 (じゅうのおきて)の披露が好評で、少々、時間が伸びてしまいました。』
笑顔の小春が、三味線を携えて障子から現れる。


 会津藩の男子は、10歳になると藩校の「日新館」に入る。
入学前の6歳から9歳までの子供たちは各自の家に集まり、心構えを勉強する。
その際に学ぶのが、「什の掟」。
「やっていけない事は理屈ではなく、してはいけない」と教わる。


   一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
   二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
   三、虚言をいふ事はなりませぬ
   四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
   五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
   六、戸外で物を食べてはなりませぬ
   七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ



 ならぬことは ならぬものですと『什の掟』は締めくくる。
これを元に東山芸妓が『なりませぬ節』として、歌詞を現代風にアレンジした。
さらに踊りを添えて、お座敷で披露する。
軽快なテンポの伴奏に乗り、会津人気質の「什の掟」を歌い上げる。
東山温泉という独特の場所柄もあり、多少の色っぽさが歌詞に
つけ加わえられてある。


 もちろん正調の『ならぬ節』も当然、披露される。
場所柄ゆえ、場と空気の中で、歌詞も舞いも即興的な変化を遂げていく。
民謡というものは、もともとそういうものだ。
即興の掛け合いの歌詞といい、カラリカラリと下駄を踏み鳴らしながら
一晩中踊り抜くという熱い気風は、会津に根付いた風習だ。



 「小春も、こちらに来てからいっそう艶に磨きがかかりました」



 舞の支度が整った市が、しなやかな姿勢をとったままうふふと笑う。
竿の調子をとっている小春が、『あら。なんのお話でしょう?』と
流し眼を見せる。
『だから。お前のその、とっても色っぽい眼差しのことですょ』と市がやり返す。
舞扇を手にした市が、所定の位置で正座する。



 「会津といえば、什の掟の『なりませぬ節』。
 小春も応援に駆けつけてくれましたので、まずは舞をおひとつ、披露いたします。
 本日はどうしたわけか、舞にきわめて目の肥えたお客さまばかりが揃っております。
 市もいつになく、気合などが入っておりまする。
 いえいえ、みなさまの前で本日舞が踊れるなど、冷や汗をかくどころか、
 実に、身に余る光栄です」


 シャンと、調子調べの1の糸が鳴る。
調律を終えた小春が姿勢を正して、伴奏の体勢につく。
手元に舞扇を置き、丁寧に一礼を見せた市が、2の糸が鳴るのを合図に
ツッと立ち上がる。早くも舞の世界に入りこむ。



 (あ・・・表情が、一瞬にして艶やかに変わりました!)


 空気が漂と変る中。先程までにこやかに微笑んでいた市が、
一瞬にして、妖艶な芸妓の横顔に変わる。
(う、美しい・・・)ゴクリと清子が、唾を飲み込む。
清子の瞳がおおきく見開かれる中、市の、女以上の舞がはじまる。
物腰といい、所作といい、動くたびに頭の先から足の指先まで、市から
凄まじいばかりの女の色香が、次から次へ、こぼれて落ちてくる。


(26)へ、つづく 



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2 コメント

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判ります・・ (屋根裏人のワイコマです)
2017-01-08 19:27:34
歌舞伎の世界は、男が女形を演じ
まるで女以上の女らしさを感じます
なので市さんがその妖艶ぶりの披露は
想像がつきます。
信州のほうれん草は 群馬県産のものがほとんどでする。ネギもやはり
群馬県産の物が多いですね・・
阻止詰め信州の食材の殆どは群馬県に
頼っているみたいです。
いつも美味しく頂いています。

ワイコマさん。こんばんは (落合順平)
2017-01-09 19:16:44
1月は、交互にネギとホウレンソウの出荷が
つづきます。
育成用のビニールハウスでは、ナスの苗が
順調に育っています。
1月の後半から、ナス苗のハウスへの定植作業がはじまります。
今年の予定は、9000本。
定植からおよそ、2ヶ月ほどでナスが
収穫できるようになります。

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