落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第121話 お姐さんも、やせ我慢する

2015-02-24 11:00:18 | 現代小説

「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。

おちょぼ 第121話 お姐さんも、やせ我慢する




 「舞妓としてデビューする店出しのとき、舞妓と姉妹の盃を交わします。
 一度交わした姉妹の盃は、一生もんどす。
 店出しや襟替えのあいさつ回りに、妹と一緒に歩きます。
 なんやかんやのつながりが出来て、それは、お互いに祇園町にいるかぎり
 一生にわたって続くんどす。
 舞妓に出たての頃はだれも、お座敷に呼んでくれはらへんのどす。
 そういうとき、自分のお客さんに頼むのどす。
 あたしの妹がこんど舞妓に出ましたんどす。
 一度呼んでくれはらしませんか、と言うんどす。
 なぜこんなことをするかと言うと、これまであたしらも先輩の芸妓さんに
 ようけしてもらったさかい、そのお返しを妹にするいうこともあるんどす」


 「へぇぇ、姉妹の契りが、祇園という花街を支えているのか」



 「祇園全体でいい妓を育てようという考え方が、根底にあるんどす。
 いい舞妓。つまり、可愛らしく、よう舞って、お座敷で気配りがうまい妓は
 ぎょうさんお花を売りまっしゃろ。
 評判の売れっ妓がいると、祇園全体が活気づくんどす。
 その妓に会いたさで、お客さんがお茶屋へあがります。
 宴会の予約が入ります。そうすると、お茶屋には席料が入るんどすなぁ。
 宴席に舞妓ひとりということはおへんから、一緒に入る芸妓やお囃子をつとめる
 地方さんの収入も増えまっしゃろ。
 宴会の時は、お料理を有名な仕出し屋さんから取るんどす。
 その仕出し屋さんも、儲かりますなぁ。
 お茶屋さんで遊んだあとは、舞妓さんを連れてバーへ行きまっしゃろ。
 そこへも同じようにお金が落ちますなぁ。
 そんな具合で、祇園全体が潤って、経済が上手に回るんどす」


 「なるほど。風が吹けば桶屋が儲かるのたとえ話と一緒だな・・・」


 「それだけや、おへん。
 売れっ妓は、着物をぎょうさん作りまっしゃろ。
 そのおかげで、着物を作る西陣や、室町あたりが潤いますなぁ。
 潤ったお店の旦那はんが、また、祇園にお金を落としてくれはるんどす」


 「上手く出来ているね。引いてくれたお姐さんは、どうなるの?。
 まさか、骨折り損のくたびれ儲け、みたいなことにはならないだろうねぇ?」


 「大丈夫。お姐さんにもええことがあるんどす。
 その妓が出たての頃、お客さんのところを引いて歩いて、顔を売ってあげたように
 逆に今度は、売れっ妓舞妓が自分を指名してくれはる宴会に
 お姐さん芸妓を呼んであげるんどす。
 そうすることでようやく、長年の恩返しができるんどす」



 「帰国子女のサラはどうなの。将来性は、有るの?」


 「帰国子女ならではの、自己主張の強さが有りますなぁ。
 良いにつけ、悪いにつけ、どちらにも転ぶ両刃の剣を持っている女の子どす。
 けど心配はおへん。ウチが何とかいたします。
 預かった以上、ウチより上手な、舞の名手に必ず育ててみせますさかい」



 売れっ子芸妓の佳つ乃(かつの)にも、姉に当たる芸妓が居る。
「あんたは、妹に縁がないなぁ」と、事あるごとに佳つ乃(かつの)に同情する。
佳つ乃(かつの)は22歳で辞めていった清乃の前にも、妹舞妓を預かったことが有る。
佳代の名前で店出しをした妹芸妓は、悪い男に簡単にだまされて、
20歳になる前に祇園から姿を消していった。
佳つ乃(かつの)が独立して間もない頃の話だから、いまから10年ほど前の出来事だ。
どこかの温泉地で芸者の真似をしていると、噂で聞いたことがあると言う。


 妹を持たない芸妓は、花街の世界で肩身が狭い。
佳つ乃(かつの)の責任ではないが、「子どもの産めない新妻みたいや」
と、暗に陰口を叩かれる。
「それも事実やから、仕方ありません」と笑う佳つ乃(かつの)の姿を、
似顔絵師は、この1年余りの間に何度も見てきた。


 「あっ、ウチがお布団を敷きます。
 まかせてください。大好きなんどす、こういうの!」


 そろそろお布団でも敷きましょう、と立ち上がる佳つ乃(かつの)を、
サラが慌てて制止する。
積善館の本館では湯治気分を味わってもらうため、布団の上げ下げは
客自身が行うことになっている。
4人用として提供された部屋には当然ながら、4人分の布団が揃っている。
炬燵から飛び出したサラが浴衣の裾を翻し、元気よく布団の前へ飛んでいく。



 「お布団は、3つ並べて敷いてもええどすかぁ。
 真ん中に兄さんが寝て、両サイドにウチと佳つ乃(かつの)姐さんの布団どす」


 「き、君・・・泊まっていくつもりか。せっかくの新婚さんの部屋へ・・・」


 「兄さん。断っておきますが、間違っても夜中に、ウチに手を出さんでくださいな。
 ウチはまだ、おぼこやさかい。男はんは知りまへん。
 あ、それ以外の事は大丈夫どす。
 ウチ。一度寝付いたら、簡単には目をさまさない性質どすから、
 少々の物音では絶対に、目を覚ましまへん。
 いいでしょう、佳つ乃(かつの)姐さん。ウチが今夜ここへ泊まっても!」


 「かまいません。なんならひとつのお布団で寝ましょうか。
 あら、不服なのあなたは、そんな目をして。
 手を出さないと約束ができるなら、3人で雑魚寝をしてもかまいません。
 どうします?。膝を抱えて寂しく眠るか、それとも3人で雑魚寝をするか、
 お好きな方を選んでくださいな、ねぇ、あなたったら。うっふっふ」



 「わぁ~、雑魚寝ですか。憧れているんですウチ昔から、祇園の雑魚寝というのに。
 お兄さん、そうしましょうよ。
 お布団を3つ重ねて、みんなで雑魚寝をたのしみましょう!」

 サラはもう、すっかりその気で興奮している。
雑魚寝にしましょうと提案した佳つ乃(かつの)も、ね、いいでしょうあなた、と
色っぽく、似顔絵師に向って片目をつぶって見せる。

 
第122話につづく

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