落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (59)

2017-03-22 04:29:30 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (59)
 草履塚と御秘所(おひそ)





 草履塚(ぞうりつか)は、美しい風景が自慢の飯豊連峰の中において、
もっとも景観に優れたところと言われている。

 参詣者たちの散米を集めて、甘酒を造る。これを分け隔てなく振る舞う。
さらに難所のための杖を貸し出した処として知られている。
草履という名前は、ここで新しいわらじにはき替え、心身を整え、本社に向かった、
といういきさつに由来している。
かつてはここにはき替えたわらじが、うず高く積まれていたという。


 草履塚から難所の御秘所(おひそ)に向かう岩場の途中に、
姥権現(うばごんげん)と呼ばれる石の地蔵がある。
かつては女人禁制だったこの山へ、遭難した息子を探すため米沢から「小松のマエ」
という女人が入山した。
神霊の怒りにふれ、石にされたという伝説が残っている。



 別の説もある。
その昔。小松村(現在の川西町)に、飯豊山を深く信仰している女がいた。
男の3倍も5倍も精進したら、女人禁制の山に登っても罰は当たらないだろうと考えた。
100日間の精進を済ませたのち、飯豊山に登りはじめる。
ところが頂上まであと一息という所で、なぜか急に疲れを覚える。
道端の石に腰を下ろして一休みした。
そのまま女は、路傍の石に化してしまったと言う。


 草履塚のピークを一旦下った所に佇む地蔵さんには、このように昔からの
さまざまな言い伝えが残っている。
地蔵の存在は、飯豊山信仰におけるひとつの象徴であり、同時にすぐ
間近に迫った難所を越えるための、安全祈願の場にもなっている。


 「いよいよ登山道最大の難所、御秘所(おひそ)に到着しました。
 難所中の難所と言われている岩場です。
 慎重に歩いていけば、それほど難儀をするわけではありません。
 でもね。かつては、飯豊神社へお参りする参詣者たちにとって、
 一大決心が求められた岩場です」


 「決心が求められる岩場ですか・・・それはただ事ではありませんねぇ・・・」



 「御秘所の岩場を越えるためのルートは、3つある。
 頂上近くを越えていく上段の道は、『山橋』と呼ばれている。
 どちらかといえば、比較的容易な道だ。
 下段と呼ばれ、岩裾を回り込んでいく道が、もっとも容易なルート。
 しかし多くの参詣者たちはあえて、もっとも険しいと言われている中段の絶壁を選ぶ。
 身体を岸壁に密着させながら前進していくんだ。
 その昔。このあたりが修験者たちの鍛錬の場だったという名残だろうね」


 「修験者たちの岩場ですか・・・・道理で険しいはずです」


 「たまも居ることです。
 いちばん楽なルートの、下段の道を行きましょう。
 ただし。下段の道には、怖い言い伝えが潜んでいるから要注意です。
 無間(むげん)地獄に通じる、『口無し穴』が、あちこちに開いています。
 この穴は目に見えないものなので、聞かれても説明のしようがない。
 御秘所という名前も、この見えない穴に由来している。
 落ちれば、生きて再びこの世に帰れないという、神隠しの穴です。
 ここを無事に通過できれば、品行方正が証明されます。
 ただし。行いの正しくない者は、神隠しに会うか、天狗にさらわれてしまいます。
 通過できない者は、一生村八分にされるという掟もあります。
 いずれにしてもここを通過するには、とてつもない勇気を必要とします」


 「口無し穴から落ちて、無間(むげん)地獄へ着くと、
 そこでは、いったい何が待っているんですか?」


 「あるのは、8番目の地獄。
 数ある地獄の中でいちばん恐ろしいと言われている。
 それが、8番目の無間(むげん)地獄だ。
 間断のない苦しみに常に責め苛まれる地獄、という意味がある。
 ここでは、それまでの七つの地獄の苦しみを合計したものの千倍以上の
 苦しみを味わうと言われている。
 8番目の無間地獄に堕ちて苦しむことに比べれば、それまでの7つの地獄は
 天国みたいなものだと、古い書物に記されています」


 『あらら。大変ですねぇ。たま、くれぐれも口無し穴に落ちないよう、
 気を付けて行きましょうね』


 『へへん。気をつけるのはお前だろう、清子。
 オイラはこうして、清子の懐に入ったままだ。
 悔しいが手も足も出せねぇ。
 でもよう、頼むから落ちないでくれよ。
 愛しいオイラのミイシャと、念願の一発をやるまでオイラは絶対に、
 死んでも死にきれねぇ・・・』


 『そう言う不謹慎な発想が、災難を呼び込むんだよ、たま。
 あっ、お前のための落とし穴が、たったいま、あたしの足元に見えました!』



 『嘘をつけ清子。
 いいからさっさとこんな危ない場所は抜けて、とっとと神社にお参りして
 すたこらさっさと帰ろうぜ。
 たのむぜ、まったく。こんな石ころだらけのところで遭難したくはねぇ!』


(60)へつづく

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