忠治が愛した4人の女 (24)
第二章 忠治、旅へ出る ⑨
3日後。忠治が 武州に向かって歩き出した。
目指すは、川越街道に面してひろがる藤久保村。
そこに、獅子(しし)ケ嶽(たけ)の重五郎という力士上がりの親分がいる。
重五郎は、将軍の上覧相撲に参加したことがある。勝ち星も上げている。
引退した今は木賃宿をやりながら、若い者たちに相撲を教えている。
その一方で川越一帯を仕切る、博打うちの顔ももっている。
重五郎の自宅に、佐渡から島抜けした大前田村の英五郎が隠れている。
初めて目にした英五郎は、見るから貫録があふれている。
身の丈はゆうに6尺(180㌢)。自信と気迫の雰囲気が全身にみなぎっている。
忠治が佐重郎に書いてもらった紹介状を、英五郎へ手渡す。
「ほう。懐かしいなぁ。女郎屋の親分さんか」英五郎が、懐かしそうにほほ笑む。
「どれ」と広げた紹介状に、長い文章がつづられている。
「・・・なるほどな。ふぅ~ん、そういうことかい。よくわかった」
紹介状を読みおえた英五郎が、鋭い目を忠治に向ける。
「おめえ。人を殺して逃げてきたのか」
どすの効いた低い声とするどい目が、忠治の全身を射抜く。
「行きがかり上、仕方なかったんでさぁ」
忠治が下を向いたまま、ぼそりと小さな声で答える。
「それで、渡世人になるつもりなのかい、おまえさんは?」
英五郎の鋭い目が、さらに忠治を射抜いていく。
渡世人になろうという気持ちは無い。
腕を磨き、国定村で道場主になるという夢を、あいかわらず持ち続けている。
「玉村の親分の手紙によれば、おまえの家は国定村の名家だとある。
名主をやった事もある家柄だと、書いてある。
そいつが何でまた無宿者なんかを、殺しちまったんだ?」
「その野郎は、無関係の名主さんに難癖をつけに来たんです。
殺すつもりは無かったんです。
だけど、いきなりそいつが斬りかかってきたもんで、つい必死で、
自分を守るために、刀を抜いたら・・・」
「斬っちまった、というのか?」
「無が夢中だったんでさぁ。
だからそん時のことは、あまりよく覚えていません。
気が付いたら、俺の目の前で、相手の男が息絶えていました」
「相手の無宿者は、久宮(くぐう)一家の客人だったらしいな。
俺が話を付けてやりてえとこだが、どうにも相手が悪い。
久宮一家とは、浅からぬ因縁が有る。
跡を継いだ豊吉は、俺を仇と思って狙っているからな。
そのあたのことは玉村の親分さんが、うまくまとめてくれるだろう。
安心して、ほとぼりが冷めるまでここにいろ。
だがな忠治。これだけは言っておく。
これを機会に、渡世人になろうなんて思うなよ。
お前さんは、ほとぼりが冷めたら国定村に帰るんだ。
もう一度、堅気の暮らしに戻るんだな」
「はい。無事に戻れたら、腕を磨いて道場をひらきたいと思っています」
「ほう。おめえは剣術を習っているのか?」
「赤堀の本間道場へ通っています」
「本間道場といえば、真庭念流の名門じゃねぇか。
なるほどな。どうりで腕が立つわけだ。
俺も若いころは、浅山一伝流を習っていた。
だがよ。剣術を習えば習うほど、そのうち無性に刀が抜きたくなる。
俺も人を殺(あや)めたことがある。
今思えば、馬鹿な事をしちまったと後悔している。
おめえもこれに懲りて、二度と人様を、斬ったりするんじゃねえぞ」
「へぇ・・・」
忠治は英五郎の連れという扱いで、重五郎の木賃宿に滞在することになった。
だが客人扱いというものは、どうにも不具合だ。
これといってすることが無い。
毎日がただ、退屈するだけの繰り返しだ。
そのうち。退屈しのぎに重五郎の妻の、お園の手伝いをするようになった。
お園はほっそりしている。しかし男好きのする、なかなかの美人だ。
子分たちからは、姐さんと呼ばれている。
優しい顔をしているが、性格はきつい。
虫も殺さないような顔をして、重五郎の子分たちを平気で顎(あご)で使っている。
そんなお園だが、忠治には優しい顔を見せる。
お園は、上州からやって来た相撲取りのような体型をしている忠治のことが、
ことのほか可愛く映ったようだ。
(昔の旦那様のようだね、おまえは。うっふっふ)とお園が、目を細めて笑う。
(25)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第二章 忠治、旅へ出る ⑨
3日後。忠治が 武州に向かって歩き出した。
目指すは、川越街道に面してひろがる藤久保村。
そこに、獅子(しし)ケ嶽(たけ)の重五郎という力士上がりの親分がいる。
重五郎は、将軍の上覧相撲に参加したことがある。勝ち星も上げている。
引退した今は木賃宿をやりながら、若い者たちに相撲を教えている。
その一方で川越一帯を仕切る、博打うちの顔ももっている。
重五郎の自宅に、佐渡から島抜けした大前田村の英五郎が隠れている。
初めて目にした英五郎は、見るから貫録があふれている。
身の丈はゆうに6尺(180㌢)。自信と気迫の雰囲気が全身にみなぎっている。
忠治が佐重郎に書いてもらった紹介状を、英五郎へ手渡す。
「ほう。懐かしいなぁ。女郎屋の親分さんか」英五郎が、懐かしそうにほほ笑む。
「どれ」と広げた紹介状に、長い文章がつづられている。
「・・・なるほどな。ふぅ~ん、そういうことかい。よくわかった」
紹介状を読みおえた英五郎が、鋭い目を忠治に向ける。
「おめえ。人を殺して逃げてきたのか」
どすの効いた低い声とするどい目が、忠治の全身を射抜く。
「行きがかり上、仕方なかったんでさぁ」
忠治が下を向いたまま、ぼそりと小さな声で答える。
「それで、渡世人になるつもりなのかい、おまえさんは?」
英五郎の鋭い目が、さらに忠治を射抜いていく。
渡世人になろうという気持ちは無い。
腕を磨き、国定村で道場主になるという夢を、あいかわらず持ち続けている。
「玉村の親分の手紙によれば、おまえの家は国定村の名家だとある。
名主をやった事もある家柄だと、書いてある。
そいつが何でまた無宿者なんかを、殺しちまったんだ?」
「その野郎は、無関係の名主さんに難癖をつけに来たんです。
殺すつもりは無かったんです。
だけど、いきなりそいつが斬りかかってきたもんで、つい必死で、
自分を守るために、刀を抜いたら・・・」
「斬っちまった、というのか?」
「無が夢中だったんでさぁ。
だからそん時のことは、あまりよく覚えていません。
気が付いたら、俺の目の前で、相手の男が息絶えていました」
「相手の無宿者は、久宮(くぐう)一家の客人だったらしいな。
俺が話を付けてやりてえとこだが、どうにも相手が悪い。
久宮一家とは、浅からぬ因縁が有る。
跡を継いだ豊吉は、俺を仇と思って狙っているからな。
そのあたのことは玉村の親分さんが、うまくまとめてくれるだろう。
安心して、ほとぼりが冷めるまでここにいろ。
だがな忠治。これだけは言っておく。
これを機会に、渡世人になろうなんて思うなよ。
お前さんは、ほとぼりが冷めたら国定村に帰るんだ。
もう一度、堅気の暮らしに戻るんだな」
「はい。無事に戻れたら、腕を磨いて道場をひらきたいと思っています」
「ほう。おめえは剣術を習っているのか?」
「赤堀の本間道場へ通っています」
「本間道場といえば、真庭念流の名門じゃねぇか。
なるほどな。どうりで腕が立つわけだ。
俺も若いころは、浅山一伝流を習っていた。
だがよ。剣術を習えば習うほど、そのうち無性に刀が抜きたくなる。
俺も人を殺(あや)めたことがある。
今思えば、馬鹿な事をしちまったと後悔している。
おめえもこれに懲りて、二度と人様を、斬ったりするんじゃねえぞ」
「へぇ・・・」
忠治は英五郎の連れという扱いで、重五郎の木賃宿に滞在することになった。
だが客人扱いというものは、どうにも不具合だ。
これといってすることが無い。
毎日がただ、退屈するだけの繰り返しだ。
そのうち。退屈しのぎに重五郎の妻の、お園の手伝いをするようになった。
お園はほっそりしている。しかし男好きのする、なかなかの美人だ。
子分たちからは、姐さんと呼ばれている。
優しい顔をしているが、性格はきつい。
虫も殺さないような顔をして、重五郎の子分たちを平気で顎(あご)で使っている。
そんなお園だが、忠治には優しい顔を見せる。
お園は、上州からやって来た相撲取りのような体型をしている忠治のことが、
ことのほか可愛く映ったようだ。
(昔の旦那様のようだね、おまえは。うっふっふ)とお園が、目を細めて笑う。
(25)へつづく
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