Carpe Diem

シンシナティ大学で都市計画を勉強していた、ある大学院生の物語。現在はマンハッタンで就活。

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0(ぜろ)

2013-05-22 20:01:39 | study abroad
卒業してから一ヶ月ほど。
以前からの仕事を継続する継続するクラスメート。
新しい仕事が見つかり準備に追われているクラスメート。
すぐに自分の国に帰ったクラスメート。
旅行に出てまだまだ帰ってこないクラスメート。
仕事を探しているクラスメート。
みんながそれぞれの方向に向かって動き出している。
ただそれぞれの人生という軌跡の中で幸運にも2年間を一緒に楽しんだ友達。
もしかしたらまたどこかで交わるかもしれないし、交わらないかもしれない。

僕の感覚としてはまた0(ぜろ)、つまりスタートに戻ったという感じ。
みんな2年間で成長しただろうけど、また新しい世界に飛び込まなくてはいけない。
そして今までお世話になった先生とも、友達とも、大学とも、そして自分の荷物ともお別れ。
どんな気持ちだろうか、ただ思ったのが一瞬の夢からさめたような感じ。
今まであったものは(ほぼ)何も持っていくことができない。
ただ自分という存在だけ。

僕は明日にはニューヨーク市に旅立つ、仕事探しのために。
持っていけるものは数冊の本と、少しの服と、パソコンぐらい。
ほとんどのものは残念ながら持っていくことができない。
僕はニューヨーク市には特別なコネクションもないし、知り合いもいない。
また0からのスタートだ。
ただ言えるのが今回の仕事探しはかなり困難だということ。
期間は2ヶ月間、その間に見つけないとビザの問題でアメリカからキックアウトされる。
そして英語はネイティブに比べたらまだまだ劣るというから。
条件的にはー(マイナス)のスタートかもしれない。
普通の方法で、メールで応募して、インタビューを待っていたらほとんどチャンスはない。

面白いことに、期待よりも不安の方が大きい。
さて、この状況下でどこまでいけるだろうか。


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卒業|commencement

2013-05-05 16:18:45 | study abroad
4月26日で、僕はクラスの友達と一緒にMaster of Community Planningを卒業した。
僕にとってはとても充実した、大切な1年と8ヶ月になった。
そして今になってもまだ自分が卒業したことが、そして友達と離ればなれになったことが、
まるで夢のようで、信じられない。

4月26日の卒業式の日に、感じたことを少しだけ書いておきたい。
まず別れは突然やってくるということ。
今までとても親しくしていた大学の友達と実際にゆっくりと最後の時間が過ごせたのは、
卒業式を待っている間の1時間ほどしかなかった。この2年間弱で本当に素敵なたくさんの
人たちと会ったけど、その中でしっかりと最後に話すことができ、そしてまたねと言えたのは、
本当に限られていた。正直、そのことに気づいた時に本当に後悔した。
だからこれからは少なくとも大切な人たちとは後悔しないようにしっかりと一緒に過ごして、
そしてその人たちには最後にお別れの言葉をしっかりと言いたいと強く思った。

他人の評価を気にしすぎないこと。
卒業式後のクラスの友達やその両親が集まっていた軽い立食会で、学科長が成績が優れていたり、
クラスに貢献した人に対して表彰するイベントがあった。
クラスの友達が次々に表彰されていくなかで、僕は一つも賞をもらうことができなかった。
少なくとも卒論では優秀賞をもらえると考えていたけど。
その時の気分はまるで自分の過去の2年弱を思い切り否定されたような気分になってしまい、
あまりの悔しさで軽食ですらのどを通らなかった。
逆に以前に全米都市計画協会(APA)のポスターセッションでは適当に概要を書いたのに、
抽選で選ばれてシカゴで発表する機会をもらえたりした。
今回ので改めて気づいたけど、他人の評価にはあまり普遍性がないので、それを気にしすぎることなく、
もっと自分がどれだけベストを尽くせるかどうかを重要視しようと思う。

アメリカでの卒業式はCommencementと言われることがある。
これっていうのは開始という意味。
卒業は終わりではなくて、これからようやく人生を開始するという意味が含まれている。
僕もこの2年間弱で得た教訓をしっかりとこれからの人生に活かしたい。







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卒業式|前日

2013-04-25 13:40:21 | study abroad
アメリカでの大学院生活ものこり1日となった。
あとは明日の卒業式が終わったら、学生生活もおわり。
今日はその前日なんだけど、正直全然この2年のプログラムを終えるってのが実感が沸かない。
ここの数日間は前回のブログに書いたように、最後まで走り続けることができた。
これも両親や、先生方、友達に支えられてこれたからだと改めて思う。
もちろん2年間の中にはたくさんのいい思い出と、少しの大変だった思い出が混ざっている。

もし2年間もう一度やり直せるならどうしただろうか、ちょっと考えてみた。

1、大きな目標を描いて、それに向かって努力すること。
初めの1年では全てのものが新しくて、もっとクラスを大学を社会をいい方向に変えていこう、
そう意気込んで努力してきた。それが2年目になると既に一通りのことを経験したせいで、
現実的になりすぎてしまい、目標とかゴールがとても小さくなってしまった。
目標がスケールダウンすると、それに伴っていつの間にか努力することも少なくなっていまい、
良い結果が出なくなってしまう。
だから現実を見えたとしても、大きな目標は常に意識しながら行動すれば良かったと今更におもう。

2、ずっとスピードを落とさずに走り続けること。
1年目ではクラスの代表をやったりしたけど、2年目になるともっと他のことに集中したいと思って、
代表は辞退してしまった。地位やポジションが一人の考え方や行動を変えるということは本当で、
クラスのことを考えるより自分のことばかりを考えるようになってしまった。
もしもう一度戻れるなら2年目でも代表をやって、クラスの良くなるところを見てみたかった。

3、クラスや、大学や、社会にもっと貢献すること。
証拠はないけど、クラスや大学を常に意識して何かしようとしているクラスメートが
実際に一番2年間を楽しんでいたように感じる。あとそういう人たちにはたくさんの魅力的な人たちが
集まってきて、そして彼らをいつも彼らを手伝ってくれる気がして。

4、面白そうなクラスをどんどん取ること(実用的なのも)。
アメリカの大学院を卒業してもアメリカで就職するのは厳しい。
僕のクラスは50人いる中で就職があるのは10人程度。
実用的なクラス、例えば都市計画ならデザインのソフトウェアやGISといった実用的なソフトを
使える人たちの方が就職は圧倒的に見つけやすい。
でもそれがないなら他の学科の授業もとれるから、興味の赴くままに履修しても面白い。


逆に2年間で、やって本当に良かったことも少しだけ挙げてみたい。

1、ルームシェア、ハウスシェアでしていたこと。
1年目は3人のアメリカ人と、2年目は日本人中心でルームシェア、ハウスシェアした。
シェアすることでお互いの仲がぐっと近くなり、ちょっとしたいざこざもあったけど、
もっと一人一人の人間としっかりと向き合えたこと、シェアしてるなかで自分の役割を見つめ直せた。
特に僕は兄弟がいないので、まるで兄弟を持ったかのような感覚でとても嬉しかった。

2、修士論文を書き上げたこと。
どうにか100ページの英語の論文を書き終えて、何度か発表することができた。
僕のところでは教員もあまり学生の論文に指導はしないので、自分でトピックを見つけ、
論文を構成し、リサーチをし、書き上げ、そして何度か発表した。
途中で何度もつまづきそうになったし、書いている時はまったく楽しくなかった。
でも2年間で何かに集中して、完成させたときの充実感は嬉しかった。

3、考えの違う素敵な友達に出会えたこと。
アメリカに来て、まったく考えの違う友達に会って、今までの自分の考え方が大きく変わった。
お陰でもっと自由に、ポジティブに人生を見ることができるようになった。
今まではオプションがAとBぐらいしかない人生を歩んでいた。
でも、いま僕の周りには五万のチャンスがあるんだと気づかせてくれた、最高の友達に感謝。

これらは実際に僕の経験からのアイデアなので、残念ながら普遍化はできないけど。
もしかしたら将来同じような状況に出会った時に優先順位をつける時に役立つかも。







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65年の知恵

2013-04-17 17:36:47 | study abroad
今日、39年間シンシナティ大学でPolitical Scienceの教鞭をとっていた先生の最後の講義が行われた。
日本の場合、退官する教授の最後は華やかにホテルを借りて行われるかもしれないけど、
今回は僕たち、Master of Community Planningの学生だけで、いつもの授業とそんなに大差はなかった。
ただ最後の1時間でその先生は、人生の戦陣として僕たちに人生のアドバイスをくれた。
どれも経験に基づいたとても思慮深いものだったので、その中のいくつかを忘れないようにここに書きたい。

1、自分の好きな仕事を場所を選ぶこと。
場所が違うと、そこにある仕事も変わってくるので、好きな仕事を選ぶと同時に場所にもこだわること。
(きっと自分の好きでもない仕事をやって、自分が好きだと騙さないようにという注意も含まれていたかも)

2、自分がprincipal(信義)は絶対に譲らないこと
世の中の多くのことが自分の意図とは違った方向に働くことは多いから、全てをコントロールするのは無理だけど、
それでも自分の信じることだけは絶対に譲らないようにするということ。
(全てのことを社会に身を任せていたら、きっと自分が消えてしまうからなんじゃないかと思う)

3、Professional life(仕事の時間)とAnother life(その他の時間)のバランスをとること
それぞれの個人に合った仕事とその他の時間(家族との時間だったり、娯楽に費やす時間だったり)の自分が心地のいい、
バランスを見極めること。それは個人によっても違うし、ライフステージによっても違う。
(もちろん仕事が楽しくてしょうがない人もいるだろうし、家族や友達との時間を大切にしたいという人がいるというように)

4、物事は突然起るということを注意する。
いろんな人生のターニングポイントは自分の意図しないところで起るので、当初の計画からフレキシブルに対応することが重要。
(人生は大抵思い通りにはなりません。でもその一つ一つの出来事をしっかりと大切にしていきたい)

どれもこれも20代の目標に向かってがむしゃらに走っている僕にはなかなか気づかない人生のエッセンスばかりだった。
僕も40年後にリタイヤする時に次の世代に的確なアドバイスがしたい。


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あと一週間。。。

2013-04-17 13:50:55 | study abroad
シカゴからの学会から友達の車にもらってシンシナティに着いた。
結局、学会では数人の人がすごく興味を示してくれて、自分としてはうれしかった。
それと同時にまたひとつ上の目標が見えて、またそれに向かって走っていけそうだ。
僕の場合は今回の発表が、大学院生活の最後の締めくくりとなりものだった。

シカゴでは学会やその他のところで何人かの面白い人に出会うできた。
そのことをルームメートに話してたら、人生の意味とか、日本の今後の在り方とか、
バカボンドの解釈の仕方とか、個人的にはとても深い話ができて、
今までの自分の狭い世界観が少し広がった気がした。
それができたのはやっぱりお互いの意見は批評するけど、それに対して熱くならずに、
冷静に受け止めてお互いに理解したことや、オープンな議論の仕方も重要なのかも。

その2時間半にも及ぶ議論の後に、気づいたのはあと卒業まで1週間ほどしかないということ。
彼も僕もずっとあと2週間あると思い込んでいた。。。(かなりの失態。。。)
お陰で今まで余裕をこいていたのにも関わらず、もう真剣モードに入らなければいけない。
彼はテストは、そして僕は次のステップの準備が、そしてできるだけ友達との時間も大切にしたい。

もしかしたら人生と似ているかも知れないけど、終わりに近づくと何が大切で何がそうでないか見えてくる気がする。
今まではどんどん新しいことにチャレンジして、新しい友達を作ろうと思って時間を過ごしてきた。
でもこの一週間は本当に自分にとって大切な人とだけ、本当に大切なことをやっていきたい。
一瞬たりとも時間を無駄にしたくない。そんな気持ちが自分の中で溢れている。


シカゴの学会でのポスター
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