前編からの続きです。
状況はリスナーのメッセージ紹介、2通目からです。
続いては福岡県北九州市のラジオネーム“ナナちゃん”24歳の方からで
“先日、ピアノのフタに左手を挟み、負傷しました。(なっちは「ア~、痛いねぇ!」と言ってます)・・
慌てて病院に行った所、完全に骨折は、していなかったものの、親指の付け根を亀裂骨折!
(「こう、ヒビですね?は~い!・・」と言ってます)・・2週間は全く弾くコトが出来ないのですが、
次は、クリスマスに人前で演奏する予定が有ります。まったく弾かずに、本番が心配なのは勿論、
再開した時に、思うように弾けなくなっていたら?と不安ばっかりで、毎日、憂鬱です。
物事が上手く、行かない時、少しでも前向きになれる為に何か、心掛けてること、有りますか?“
との内容でした。
なっちは「ねぇ、そうか、そうか~!もうクリスマスは過ぎた今日、27日なので~!ねぇ、ちょっと、
どういう風に~、過ごしたのか~?と言うか~、ねぇ、終えられたのか、判んないですけど~!
イヤイヤイヤ、でも、これはもう~、ねぇ、そういう骨折、ヒビが入ってしまったってコトだから、
しょうがないコトだよね!だから、エ~と仕方のないコトって、やっぱり、生きてて~!
エ~と、予定通りには、いかないコトって言うのは結構、有るんですね。私自身も、そうだしさ、
仕事とかしてたら、人と人とが係わってやってる、こう、物ごとだったりするから~!あんまり、こう、
スムーズに何か、無いコトも有るんだけど~!こういう怪我とか、事故とかって言うのは、もう、
仕方ないなァ、って思うから、私は割と、それは、アッ、じゃあ仕方ないけど、今、出来るベストは、
何かなァ?とか、う~ん、どうしたらいいかな?と、勿論、考えるけど~!あんまり、その、その状況、
はい、起きました。じゃあ、どうする?ってコトを割とアノ~、考えるから~!そうそうそう、
あんまり、ア~、どうしよう?こうだな、アァだな?って、そこでこう、あんまり、その思い悩んだりとか、
そう、あの人が、こうだったからだとか、って言う、そういう無駄な感情って言うのは、あんまりこう、
頂きたくないな、と思って!じゃあ、どうする~?どうすればいい?ってコトを割と~、こう、話合ったりとか、
自分の中でも考えるかなァ、って感じですね!イヤ~、でも凄く、痛かったでしょうねぇ?
ピアノのフタの所って結構、重いじゃない?ねぇ!・・
(マァ、確かにピアノのフタは厚みも有って、それなりに重量もマジで有りますからね)(^^;
フフ、イヤだ~!ホントに~!少しでもね、良くなってるといいけど!ねぇ、イヤ~、ホントに、お大事にね!
して下さい。大事な、お手てだからさ!ピアノを弾きたかったねぇ?う~ん、悔しい思いもしたと思うけど、
“ナナちゃん”でもね、アノ、ちゃんと完治する方向にね、今は休めて下さいね、は~い!ま、怪我とか、
その病気とかって言うのはアノ~、先祖とか~、神様からのメッセージって言うコトを、私は聞いたコト、
有って~!う~ん、例えば風邪を引いたりした時は~、もう、ちょっとこう~、仕事も、ゆっくりね、
休めて下さ~い、とか~!何か、何処か、手とか、何かこうね、やった時、そういうメッセージだったりする、
ってコトを聞いたコトが有るから~!そうそうそう、だから私も、割と、そういう風にね、アノ、喉が、
ア~、イガイガするなァ?とか、調子悪いって、なったら、もっと喉をね、大事にして下さい、とか、
そうそうそう、ネガティブなコト言ってませんか?とか、色んなね、そう言うコトって繋がってたりするので!
ねぇ、は~い、お大事にして下さいね!」と呼び掛けていました。
マァ、何事でも、なっちが言ってる神様からのメッセージとポジティブに捉えるコトって大事ですよね。(^^)
なっちは「今年は夏に、岡女も復活!楽しかったですねぇ!忘年会で歌ってる人も居るのかな?
このナンバーで盛り上がっちゃって下さい!モーニング娘。で・・」と言って曲を掛けていました。
♪恋愛レボリューション21♪ (モーニング娘。)
ここから朗読コーナーに、なっていました。今回、なっちが朗読したのは、
“石井ゆかり”の“ひかりの暦”の一部でした。
“孤独と静謐(せいひつ)
中学、高校と、東北地方に暮らしていた私にとって、
雪は、とても慕わしい存在だ。
毎朝の雪掻きは大変では有ったし、
登校にも自転車が使えないので、苦労したけれど、
不思議と、雪を呪ったことは無い。
雪が深くなると、視界は真っ白になる。
夜には、雪が外灯の光を照り返し、
ぼんやり明るい、不思議な風景を作り出す。
吹雪きの夜には、夜空は真っ暗だが、
外灯の灯りが有る所だけ、降りしきる雪の姿が、
空高く、映し出される。
これは、春の桜吹雪よりも、はるかに美しい光景だ。
みっしりと降り積もった雪は、音を吸い取ってしまう。
故に独特の静寂が生まれる。
私達は、主に、視覚を持って生活しているが、
僅かに、音の反響に依っても、空間を認識している所が有るらしい。
音が雪に吸い込まれてしまうと、空間を作り出す壁のようなものと、
自分との間に有る距離を、小さく感じるようなのだ。
つまり、雪の世界が、自分をタイトに包み込んでいるような、
錯覚に襲われるので有る。
正常な銀世界が、他人の踏込を許さずに、
自分を1人にしてくれる。
あの特別な感覚が恋しくて、
時々、真冬の雪国を訪れたくなる。
思えば10代の頃は、辛いことが多かった。
あの頃、私の感じていた辛さは、
人と交わることの辛さで有ったり、
人と比較されることの辛さで有ったりしたように思う。
子供から、大人へと向かう、道のりの途中で、
容姿や成績など、人と比較される場面は、枚挙に暇がない。
そうした辛さの中では、邪魔にされず、1人になる時間が、
何よりも大事だったのではないだろうか。
あの雪の静謐に守られた、夜の散歩は、
私の生活の盾のようなものだったのでは、あるまいか。
世の中には、寂しがり屋が沢山いる。
SNSなどで、繋がることを求め、
他人のメッセージを受信出来る端末を、
手放すことが出来なくなった人も少なくない。
あの雪の景色を思い出すと、
私は、私で居られると感じる。
誰にも邪魔されない、静謐の時間は、
他社から自分を守る為の、力をくれる“
♪Stand Alone♪ (安倍なつみ)
この後、後編に続きます。
尚、2015年度のレポは、本日で最後となります。
今年も、何とか、1年間、毎日、ブログを更新するコトが出来ました。
これも、私の拙いブログを訪問して頂き、読んで下さった皆さんの、
パワーの、お陰だと思っていますし、そんな皆さんに、心から感謝しています。
では、皆さん、よいお年を!