靴紐が切れてんの。一度じゃないよ。二回も。切れた左側をきつく締めたのに、また左側が切れたからなんだかあんたは急に顔が曇って「心配だなあ、やっぱなんかあるよ」とため息。どんだけ心が弱くできてんの。
晴れの国岡山は雨降り。それだけで動揺してたけど、単に梅雨入りしたからじゃないの? びっくりしすぎ。驚きすぎ。 窈さん、雨女だっていうじゃない。なのに「僕が雨男だから降ったのかなあ」って。あんたの影響力どんだけ?
雨が降るっていうから水玉の服着てきたのに何も言ってくれないし、傘も水玉なのにね。疎いなあもう、あーあ。
「一番」って書かれた誰ももってない紙切れをあたしに見せてきたけど、笑っちゃったわよ。
「カメラチェックがあるの知ってたのにカメラもってきちゃった」って。ぷッ。囚人番号みたい。いいカメラもってますよってアピってどうすんの。確信犯になりきって「カメラなんかもってませんから通してください」って係員にいったらもっと面白くなったのに。
演劇だ、舞台だって聞いてたからどんなもんだと思ってたけど、セットににやり。高さの不ぞろいなレンガの壁が立ちはだかってて空には雲、凧上げの凧が浮いてる。花蓮街ねえ、カレンガイ。レンガってことかな。深み読みしすぎ? やっぱ凧が気になるなあ。凧上げしてるときって見えない力みたいなのが働いてる気になるんだよね。風に引っ張られてるわけだと思うんだけど。地球が少し近くなってたって窈さんの言葉は分かるような分からないような。凧に任せてとんでっても結局どこかでぷつって切れるでしょ。そのときの凧糸だけもってる自分がほんとなさけないっていうか、ものすごい惨めだよね。ぐるぐる巻きにしたものもってて何すんのって感じ。ねえ、聴いてるの? ああもう、顔がこわばってるよ。膝の上のエコバック、下にどかしなさいよ。邪魔になるだけだから。
丈の短い薄茶色のコート着てでてきた。わあ、なんか雰囲気ある。窈さーん、窈さーんって心に小さく呼びかけよう。どこかで生唾を飲む音が聞こえる。二つ、三つ。汚いなあもう。
凧見ながら凧上げねえ。扉が開くよで扉開いた。なんかありきたりだけどいいね。
で、チェンジ窈さん。フリルがついてて、袖はちょっと肌が透けて見えるようになってる。バンドメンバーがお目見え。左に右に建物。「花蓮街」って大きく書いてある。ここはもう街の中なんだろうね。
ヒール履いててフリルつけてるから、どうしてもフラミンゴを想像しちゃうじゃない。ぴんくぴんくフラミンゴ! ってそれは前の話。で、自分も何気にヒール。茶色フラミンゴ。お隣さんの視線はさっきからずっと窈さん。いつまで見続けるつもりなの。
「花蓮街の案内役の一青窈です」とかなんとか。ガイドさんですか。バスでの団体行動は苦手だけど、窈さんがバスガイドだったら乗ってもいいよ。
サイコロの前奏でちらほらスタンディング。立つの早いなおい。窈さんのライブはちょこんと座ってぼーっとしながら見るのが基本スタイルじゃないの? って、それも前の話か。言葉遊び好きな窈さんだから、サイコロの中に「小さいころ」っていうのが入ると思ったんだけど、ないの。扇子ももってる。煽られた男達の動きが気になるなあ。夜な夜な窈さんの姿見て欲情してんでしょ。えっちらおっちら彼女としてるときにも妄想してんでしょ。そんなに想像力ないか。ああ、なんだかヒールのかかとで踏んづけたく
なってきた。
どんな感情も許されてる世界なんだってここ。古い感情を呼び起こすこともできるんだって。大人になるとだせる感情が少なくなってくるらしいよ。抑えるのが大人ってなによそれ、あの不細工四十路主婦。きゃぴきゃぴした学生なんか見ると出てくるわ、出てくるわ、悪臭を放つ愚痴愚痴。乾ききった肌のあんたに言われたくないわよねえ。
感情に許される、許されないなんてあるのがなんか居心地悪いなあ。本当に好きな人に対しては、柵なんてとっぱらって接したいもんじゃないの。全てを許す気持ちでダイビングしたときに「そこから先はまだ駄目」って言われたらへこむよあたし。
いろんな感情があるけど、わたしが好きなのは甘さ、やっぱ甘さだよねなんていいながらドルチェ。窈さんにあまあまされたら喜ぶわよそんなの。女の私でもうっとりしそうだもの。あんたも嬉しいでしょうに。今度「あーまいの。あーんして」とか言いながらはちゃめちゃビターなチョコケーキでもぶち込んであげようかしらね。
あまったるい曲調だったからか、黒い服に身を包んだ窈さんがなんだか猫に見えてきちゃった。黒猫のかざぐるまはちょっとどうかなと思ったけど、熱気に包まれた中で聴く清涼剤にもなって。浮かんでくるのは夏祭り。金魚すくい。りんごあめ。灯ろう流し。浴衣を着ているあたしは誰とそこにいるんだろう。
窈さんは物欲がどうとか言い始めた。で、人間の負の感情の話になって嫉妬、あきらめ、裏切りとかなんとか。目力が強くなってきてるよ。うわあ、あんな大きくてかわいい目で見つめられたら溶けちゃうって。けらけら笑う人が神妙な表情になって、ふと視線を自分に向けてくれたときのあの感じが好き。わっと、窈さんここで指きりですか。もう駄目、わたしここまで。ここが瀬戸際よって、嘘だけどそれくらいヤバい。ゴシップ記事を表現にいかしちゃうところがまたこれね、窈さん。とっておきの秘密は週刊誌には渡してあげないって、あはは。
劇は中間点で早くもヤバヤバみたいな状況になって、ウラハラでもうノリノリ。フーッとかうひょーッとか言ってる人も。
「あなたにだけ本気なの」ってかなりの興奮剤だよ窈さん。「どうにでもして」ってああもう。隣は見たくないわね。頭の中ではどんな二人だけの花蓮街デートが繰り広げられているのやら。勝手にして。どうにでもなったらいいよ。
「いつメイクするの?」って出発する直前にあんた何様? いかに顔を見てないかだよね。目を見て話をしないからねって言い訳にもなりゃしない。あんたの前ではもっと薄くすることに決めた。あの人の前では濃くしてやる。あなたの知らない時間にね。確信犯の時間は演じるあたし。でもそれが一番、とびっきり綺麗な時間。ナチュラルメイクじゃできないこともできたりするのよ。
スクリーンになにやら文字がでてきたけど、なんだろこれ。旅してると花蓮街についちゃって、ほっとしたけどそこでもまだ旅は終わらず続いていたんだって。うんうん、それで? ここがどこなのか、世界のどこにいるのか分からなくなった? 地に足つけてないからかな。この物語の主人公とやらが。ちょっと重苦しい雰囲気の中でそんなこと言われたから肌寒くなってきちゃった。
あ、また最初みたいなコートきて窈さんでてきた。佇まいがなんだか哀しげ。落ち込んでる風。こっちまで暗い気持ちになってくるみたい。
「言葉は届いてはくれない」って言葉がもう絶望的すぎて。なんでこんなこと言うの窈さん! って、本気でいってるからこっちも本気で言い返したくなる。悔しくなってきた。唇が痛い。くそう。って、ちょ、なによあんたその手。
「体からだって」って耳元で言われても。うざったいなあ、もう。はいはい。
Final Callってこんな曲だったんだって、今さらにずしんときた。気持ちが狭くなって、どうしようもならないときの助けてのメッセージソング? いえいえ、安っぽい。この前奏の入り方だよねえ、たぶんミソは。何かがあってからこその歌のような――。
なんかもうずっとライブが終わるまで立ち直れないような気がしたけど、次の月点心や花のあとでだいぶ回復。内心冬めくじゃないけど、春めいてくるのを感じてきてねー。舞台が黄色一色になっちゃって、やっぱ黄色は希望の色なんだろうなあって実感。
「人生には取り返しのつかないことがありますが」って前振りでなんとなく分かった。窈さんが小さいときの写真が何枚かでてきてぽろり。かまくらの中で笑ってるのがかわいー。抱きしめたくなるくらい。それにしても前の窈さんには申し訳ないけど、人が違うんじゃってくらい美人になってきたよね。メイクにメイクを重ねてきたからなんでしょうかね。恋してるからじゃない? って本人に聞いたら返されそうだけどね。あっは。
油断してたらチェーンジしちゃって。白いドレスでハナミズキって王道! 窈さんこれはまずいまずい。やっぱヤバいねー。見ちゃう見ちゃう。ひ〜らりちょうちょのとこが一番綺麗で、ほんとに蝶々がその手にとまりにくるかと思った。って、自分の中では二羽、三羽その辺でぱたぱた飛んでたけどね。
続けざまにうんと幸せ! 花蓮街の最後の曲。Fainal callからここまでよく挽回できたもんですよ。ものすごいパワー使っただろうなあ、窈さん。フィナーレって最期のことだよねえ。誰と私はフィナーレを迎えるのかなあ。しわしわになるのは恐いっていうか、恐ろしい。ううん、死にたくなるくらい思いだけど、誰かが一緒だと少しは和らぐのかもしれないね。うーん、まだあたしの手握ってる人がいるし。年とってもそうしてくれるのかねえ。あちこち触ってくれたらいいんだけど、やっぱ年にはかてないかもねー。はあ、憂うつ。
花蓮街って目に見えないものでできてるんだって。わたしだけが生身の人間で、舞台の上の建物も、窈さんも、演奏する人も、自分以外のお客さんもみんなみんな目に見えないものだったりしてね。あたしが一つ二つ瞬きしてる間に消えちゃったりしたらどうしよう。でもせめてあなただけは残っててくれたらいいけど。まあ別にいいけど。
お願いしますね。じゃあまた。
晴れの国岡山は雨降り。それだけで動揺してたけど、単に梅雨入りしたからじゃないの? びっくりしすぎ。驚きすぎ。 窈さん、雨女だっていうじゃない。なのに「僕が雨男だから降ったのかなあ」って。あんたの影響力どんだけ?
雨が降るっていうから水玉の服着てきたのに何も言ってくれないし、傘も水玉なのにね。疎いなあもう、あーあ。
「一番」って書かれた誰ももってない紙切れをあたしに見せてきたけど、笑っちゃったわよ。
「カメラチェックがあるの知ってたのにカメラもってきちゃった」って。ぷッ。囚人番号みたい。いいカメラもってますよってアピってどうすんの。確信犯になりきって「カメラなんかもってませんから通してください」って係員にいったらもっと面白くなったのに。
演劇だ、舞台だって聞いてたからどんなもんだと思ってたけど、セットににやり。高さの不ぞろいなレンガの壁が立ちはだかってて空には雲、凧上げの凧が浮いてる。花蓮街ねえ、カレンガイ。レンガってことかな。深み読みしすぎ? やっぱ凧が気になるなあ。凧上げしてるときって見えない力みたいなのが働いてる気になるんだよね。風に引っ張られてるわけだと思うんだけど。地球が少し近くなってたって窈さんの言葉は分かるような分からないような。凧に任せてとんでっても結局どこかでぷつって切れるでしょ。そのときの凧糸だけもってる自分がほんとなさけないっていうか、ものすごい惨めだよね。ぐるぐる巻きにしたものもってて何すんのって感じ。ねえ、聴いてるの? ああもう、顔がこわばってるよ。膝の上のエコバック、下にどかしなさいよ。邪魔になるだけだから。
丈の短い薄茶色のコート着てでてきた。わあ、なんか雰囲気ある。窈さーん、窈さーんって心に小さく呼びかけよう。どこかで生唾を飲む音が聞こえる。二つ、三つ。汚いなあもう。
凧見ながら凧上げねえ。扉が開くよで扉開いた。なんかありきたりだけどいいね。
で、チェンジ窈さん。フリルがついてて、袖はちょっと肌が透けて見えるようになってる。バンドメンバーがお目見え。左に右に建物。「花蓮街」って大きく書いてある。ここはもう街の中なんだろうね。
ヒール履いててフリルつけてるから、どうしてもフラミンゴを想像しちゃうじゃない。ぴんくぴんくフラミンゴ! ってそれは前の話。で、自分も何気にヒール。茶色フラミンゴ。お隣さんの視線はさっきからずっと窈さん。いつまで見続けるつもりなの。
「花蓮街の案内役の一青窈です」とかなんとか。ガイドさんですか。バスでの団体行動は苦手だけど、窈さんがバスガイドだったら乗ってもいいよ。
サイコロの前奏でちらほらスタンディング。立つの早いなおい。窈さんのライブはちょこんと座ってぼーっとしながら見るのが基本スタイルじゃないの? って、それも前の話か。言葉遊び好きな窈さんだから、サイコロの中に「小さいころ」っていうのが入ると思ったんだけど、ないの。扇子ももってる。煽られた男達の動きが気になるなあ。夜な夜な窈さんの姿見て欲情してんでしょ。えっちらおっちら彼女としてるときにも妄想してんでしょ。そんなに想像力ないか。ああ、なんだかヒールのかかとで踏んづけたく
なってきた。
どんな感情も許されてる世界なんだってここ。古い感情を呼び起こすこともできるんだって。大人になるとだせる感情が少なくなってくるらしいよ。抑えるのが大人ってなによそれ、あの不細工四十路主婦。きゃぴきゃぴした学生なんか見ると出てくるわ、出てくるわ、悪臭を放つ愚痴愚痴。乾ききった肌のあんたに言われたくないわよねえ。
感情に許される、許されないなんてあるのがなんか居心地悪いなあ。本当に好きな人に対しては、柵なんてとっぱらって接したいもんじゃないの。全てを許す気持ちでダイビングしたときに「そこから先はまだ駄目」って言われたらへこむよあたし。
いろんな感情があるけど、わたしが好きなのは甘さ、やっぱ甘さだよねなんていいながらドルチェ。窈さんにあまあまされたら喜ぶわよそんなの。女の私でもうっとりしそうだもの。あんたも嬉しいでしょうに。今度「あーまいの。あーんして」とか言いながらはちゃめちゃビターなチョコケーキでもぶち込んであげようかしらね。
あまったるい曲調だったからか、黒い服に身を包んだ窈さんがなんだか猫に見えてきちゃった。黒猫のかざぐるまはちょっとどうかなと思ったけど、熱気に包まれた中で聴く清涼剤にもなって。浮かんでくるのは夏祭り。金魚すくい。りんごあめ。灯ろう流し。浴衣を着ているあたしは誰とそこにいるんだろう。
窈さんは物欲がどうとか言い始めた。で、人間の負の感情の話になって嫉妬、あきらめ、裏切りとかなんとか。目力が強くなってきてるよ。うわあ、あんな大きくてかわいい目で見つめられたら溶けちゃうって。けらけら笑う人が神妙な表情になって、ふと視線を自分に向けてくれたときのあの感じが好き。わっと、窈さんここで指きりですか。もう駄目、わたしここまで。ここが瀬戸際よって、嘘だけどそれくらいヤバい。ゴシップ記事を表現にいかしちゃうところがまたこれね、窈さん。とっておきの秘密は週刊誌には渡してあげないって、あはは。
劇は中間点で早くもヤバヤバみたいな状況になって、ウラハラでもうノリノリ。フーッとかうひょーッとか言ってる人も。
「あなたにだけ本気なの」ってかなりの興奮剤だよ窈さん。「どうにでもして」ってああもう。隣は見たくないわね。頭の中ではどんな二人だけの花蓮街デートが繰り広げられているのやら。勝手にして。どうにでもなったらいいよ。
「いつメイクするの?」って出発する直前にあんた何様? いかに顔を見てないかだよね。目を見て話をしないからねって言い訳にもなりゃしない。あんたの前ではもっと薄くすることに決めた。あの人の前では濃くしてやる。あなたの知らない時間にね。確信犯の時間は演じるあたし。でもそれが一番、とびっきり綺麗な時間。ナチュラルメイクじゃできないこともできたりするのよ。
スクリーンになにやら文字がでてきたけど、なんだろこれ。旅してると花蓮街についちゃって、ほっとしたけどそこでもまだ旅は終わらず続いていたんだって。うんうん、それで? ここがどこなのか、世界のどこにいるのか分からなくなった? 地に足つけてないからかな。この物語の主人公とやらが。ちょっと重苦しい雰囲気の中でそんなこと言われたから肌寒くなってきちゃった。
あ、また最初みたいなコートきて窈さんでてきた。佇まいがなんだか哀しげ。落ち込んでる風。こっちまで暗い気持ちになってくるみたい。
「言葉は届いてはくれない」って言葉がもう絶望的すぎて。なんでこんなこと言うの窈さん! って、本気でいってるからこっちも本気で言い返したくなる。悔しくなってきた。唇が痛い。くそう。って、ちょ、なによあんたその手。
「体からだって」って耳元で言われても。うざったいなあ、もう。はいはい。
Final Callってこんな曲だったんだって、今さらにずしんときた。気持ちが狭くなって、どうしようもならないときの助けてのメッセージソング? いえいえ、安っぽい。この前奏の入り方だよねえ、たぶんミソは。何かがあってからこその歌のような――。
なんかもうずっとライブが終わるまで立ち直れないような気がしたけど、次の月点心や花のあとでだいぶ回復。内心冬めくじゃないけど、春めいてくるのを感じてきてねー。舞台が黄色一色になっちゃって、やっぱ黄色は希望の色なんだろうなあって実感。
「人生には取り返しのつかないことがありますが」って前振りでなんとなく分かった。窈さんが小さいときの写真が何枚かでてきてぽろり。かまくらの中で笑ってるのがかわいー。抱きしめたくなるくらい。それにしても前の窈さんには申し訳ないけど、人が違うんじゃってくらい美人になってきたよね。メイクにメイクを重ねてきたからなんでしょうかね。恋してるからじゃない? って本人に聞いたら返されそうだけどね。あっは。
油断してたらチェーンジしちゃって。白いドレスでハナミズキって王道! 窈さんこれはまずいまずい。やっぱヤバいねー。見ちゃう見ちゃう。ひ〜らりちょうちょのとこが一番綺麗で、ほんとに蝶々がその手にとまりにくるかと思った。って、自分の中では二羽、三羽その辺でぱたぱた飛んでたけどね。
続けざまにうんと幸せ! 花蓮街の最後の曲。Fainal callからここまでよく挽回できたもんですよ。ものすごいパワー使っただろうなあ、窈さん。フィナーレって最期のことだよねえ。誰と私はフィナーレを迎えるのかなあ。しわしわになるのは恐いっていうか、恐ろしい。ううん、死にたくなるくらい思いだけど、誰かが一緒だと少しは和らぐのかもしれないね。うーん、まだあたしの手握ってる人がいるし。年とってもそうしてくれるのかねえ。あちこち触ってくれたらいいんだけど、やっぱ年にはかてないかもねー。はあ、憂うつ。
花蓮街って目に見えないものでできてるんだって。わたしだけが生身の人間で、舞台の上の建物も、窈さんも、演奏する人も、自分以外のお客さんもみんなみんな目に見えないものだったりしてね。あたしが一つ二つ瞬きしてる間に消えちゃったりしたらどうしよう。でもせめてあなただけは残っててくれたらいいけど。まあ別にいいけど。
お願いしますね。じゃあまた。





