闘う社長の再起編

夢を実現すべく再起に向けてエネルギーを充填する日々の記録

神幸祭で元気をもらってきました!

2017年04月23日 19時46分42秒 | Weblog
今日は、松尾大社の神幸祭を見に行きました。 青空の下、素晴らしかったです。

神幸祭は、松尾大社から七社のお神輿が出発して、桂川西岸を南下、桂離宮の東北方から
桂川を船で渡り、左岸堤防下で七社勢揃いします。
その後、古例の団子神饌を献じた後、四基の神輿と唐櫃とは西七条御旅所に、
二基の神輿は西京極の川勝寺と郡の御旅所に駐輦されます。

神幸祭を最初から最後まで見たら半日仕事になるので、自宅から歩いて10分程にある
桂離宮のところで行われる前半のハイライト、る桂川西岸から桂川を渡り、
左岸堤防下に整列するまでを見に行きました。

桂離宮下の河川敷でお神輿は船に乗せられます。


桂川を渡ります。今日は風が強かったので、川の真ん中あたりでは、若干、川下に流されていました。


こちら側の河川敷に無事到着。船頭さん達は慣れたものです。


お神輿を船から降ろします。


この後、ホイットー♪ホイットー♪の掛け声で運ばれ
左岸堤防下の広場に、次々とお神輿が並べられます。


動画は、こちら↓です


いいですね~お祭りは!こちらのテンションも上がります。
残念ながら、いくら男女平等の世の中とはいえ、足で拍子をとって上下に揺らしながら
掛け声をかけてこれを女性が担ぐのは無理でしょう。 まさに男の祭りって感じです。
京都三大祭りとは違い、お神輿のすぐそばまで行けるので、まさに庶民の祭りですね。
小一時間程でしたけど、とても楽しかったです

さて、その松尾大社
大宝元年(701年)に文武天皇の勅命を賜わった秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勧請して
社殿を設けたといわれる。その後も秦氏(はたうじ)により氏神として奉斎され、
平安京遷都後は東の賀茂神社(賀茂別雷神社・賀茂御祖神社)とともに「東の厳神、西の猛霊」
と並び称され、西の王城鎮護社に位置づけられた。中世以降は酒の神としても信仰されている。

凄いですね~、桓武天皇が平安京に遷都する前からある神社ですから。
嵐山から桂あたりは、秦の始皇帝の子孫と言われている渡来人の秦氏が治めていた土地です。
現在でも、秦氏の様々な名残が沢山残っています。

でも、さすがお酒の神様だけあって、氏子の人達は皆、かなりお酒が入っていましたね。
お神輿がおかれている広場全体、すごいアルコール臭がしていました

お祭りで元気も貰ったし、また明日から仕事頑張ります


今日目についた記事:
 ・花見の名所やビーチで酒禁止 自販機も20年で9割減
  まぁ時代の流れだし、バカ者が多いから仕方ないとは思いますが、太古の昔から花を愛でながら
  酒を飲むという伝統がなくなっていくのは、ちょっとさみしいですけどねー。

今日の気持ちステータス:

今日の一言:
 やっぱり日本のお祭りはいいなぁ~!!

今日読んだ本:
 今日はなし
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