放送作家村上信夫の不思議事件ファイル

Welcome! 放送作家で立教大大学院生の村上信夫のNOTEです。

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カーブは本当に曲がっているか?<カーブ論争>

2009年07月21日 04時42分50秒 | Weblog
野球史最初の変化球は、1860年、大リーグのウィリアム・A・カミングスが投げたカーブというのが、定説になっている。カミングスは、身長175cm、体重54kgという小柄な身体にもかかわらず、カーブを使って、引退するまで毎年28勝以上を上げるという快挙を成し遂げて、1939年、野球殿堂入りをしている。
カミングは、1863年、14歳の時、ニューイングランドの海岸で貝殻を投げていて、カーブを思いついたという。

しかし、これが1世紀にも及ぶ論争の始まりでもあった。
当時の人気雑誌や科学者まで参加して展開した大リーグ史上名高いその論争は、カーブは本当に曲がっているのではなく、幻覚だという「カーブは幻」論争である。

1870年、同じく大リーグのゴールドスミスが公開実験を行い、カーブが曲がることを実証する。しかし、ゴールドスミスのカーブは、カミングスとは対照的に、人をだます卑怯な手だといわれ、ゴールドスミスは不遇のまま死んで行った。
小柄なカミングスが魔球を操って大男たちに立ち向かうのは評価されても、大柄のゴールドスミスがカーブを投げるのはアンフェアだとされたのである。

しかし、その後も論争は続き、1877年、シンシナチで、物理学者が参加して調査研究が行われた。この実験は、投手と捕手の間に、カーブが本当に曲がらなければ捕手のミットに届かない間隔で、2本の棒を立てて行った。
この時、投手は全球、ミットに投げたと記録されている。だが、この時、これを目撃したシンシナチ大の学者たちは、「野球ボールが曲がることはありえない、目の錯覚」だと言ったという。

その後も論争は続き、1940代には、カーブを目の錯覚と断じた写真誌ライフと曲がると主張したルック誌の人気雑誌を巻き込んだ論争まで起り、1953年、ライフが、カーブは曲がると認めるまで、この論争は続いた。

今では、常識とされるカーブが認められるまでに、80年以上の年月がかかったのである。約1世紀に渡るカーブ論争は、今までの常識を覆す現象と出合ったときに、人はどんな反応をするかを示している。

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