2000年から書き出したJFNのラジオドラマ「アナザーワールド」シリーズの原作も、もうう8年になる。僕が書いた原作を、萩原和江、錦織伊代の2人の女流脚本家と僕の3人が交代で、脚本に直しドラマ化している。
放送は『ウェルカム・アナザー・ワールド』シーズン2『犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル』全国JFN系列(月〜金 24:55〜25:00)として、放送中。
主役の花見小路珠緒=田丸麻紀、劇団扉座の山中崇史(「相棒」のトリオ・ザ・捜一)・鈴木あずさ=高橋麻理・折口信夫=犬飼淳治・佐野紀久子=仲尾あづさ 他のメンバーが出演している。お時間、あれば。
番組公式サイト(http://www2.jfn.co.jp/horror/)
田丸麻紀(http://www.oscarpro.co.jp/profile/tamaru/)
劇団扉座(http://www.tobiraza.co.jp/)
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犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル♯128
「母を殴るいい子は、ゴースト」 作 村上信夫
【登場人物】
花見小路珠緒
斉藤結城(ゆうき)(37)
斉藤加奈子(14)
斉藤哲輔(41)
山路(40)加奈子の担当医(心療内科)
【物語】
珠緒のもとに、従兄弟の斉藤結城(ゆうき)(37)が、訪ねてきた。彼女の一人娘で、中学2年生(14)の加奈子の頭痛の薬がほしいという。話を聞き、珠緒が大学病院の医者を紹介し、検査を薦めると、突然、「病気なんてとんでもいない」と怒り出す。心のバランスを崩したのだ。
しかし、このことで、実は、親戚中でも評判の美少女で、とても良い子と、結城自慢の娘が、母親に暴力をふるっていることを、珠緒は知る。 家庭の問題に関わろうとしない、留守がちの夫、哲輔(41)に不満を感じ、専業主婦の生活にも不満を持つ結城。その心のギャップは、すべて娘に向かっていることが原因だと、珠緒は判断した。
少し落ち着いた加奈子に向かい、「結城さん、加奈子ちゃんを頼り過ぎです。加奈子ちゃんが重荷に感じてしまうほどのゆがんだ愛情を注いでしまっています」
子供を愛するあまり、または自分の心の傷のために、子供に最善の人生を歩ませようとして、生き方を押しつけてしまうことがある。でも、子供であっても、自分の人生は自分で選びとらなくてはならない。「彼女の人生は彼女だけのもの」
珠緒の言葉に嗚咽する結城。
その瞬間、痛みが脳裏を走り抜け、一瞬、垣間見た景色は真っ黒な闇だった。
(・・・一体、何が結城さんに起こっているの?)
闇の中から小さな目が光、珠緒を睨んでいた。
翌日、珠緒は加奈子を見舞う。
結城は、珠緒と加奈子の前でも夫の愚痴を言い出す。
「あの人、<ピーターパン・シンドローム>なのよ。男尊女卑、感情的に怒るし、大人の男としての義務や責任を果たそうとしないじゃない。そりゃ、仕事は有能かもしれないけど、家庭の問題に深く関わることは、恐くてできない男なの」
その挙句「この子だけよ、私の気持ちをわかってくれるのは」、そして、べたべたと「二人で生きていこうね」という。
だが、その言葉に加奈子が切れ、珠緒の前にもかかわらず、母親に暴力を振るう。
ずっと耐えて、母親の結城の愚痴の聞き役になり、母親に合わせてきた加奈子だった。
(・・・ゆがんだ愛情への反発が、家庭内暴力という形で爆発。)
珠緒は、結城を殴ろうと上げた加奈子の腕を取ると、頬を張り、暴力を止めた。だが、逆に結城に「これは私の家の問題なの」とくってかかられる。
さらに、「痛い・・・」と腹痛を訴える結城を、珠緒はソファに休ませる。
その隙に自分の部屋にこもる加奈子。
「私は、あなたを責めに来たのじゃないんですよ」
家庭内暴力のような反社会的な行動や、不登校などの非社会的行動に対して、人はそれを責める。でも、その原因が心の病ならこのままでは解決しない。責めただけでは解決しない。珠緒はドアの前から語りかける。
「ママ!ママ!」
そのとき、激しい痛みと共に、珠緒は小さな男の子の声を聞いた。
珠緒の言葉に、病院を訪ねた加奈子。
「わかっているけど止められない」
自分を抑えきれないと言う加奈子は、入院を希望する。しかし、駆けつけた結城と哲輔が、珠緒が止めるのを押して、強引に連れ帰ってしまう。
その夜、再び家庭内暴力を振るう加奈子。その挙句、亮輔ともみ合い、その拍子にケガをして、珠緒の東都大学付属病院に運ばれる。
「珠緒さん、アタシを止めて」
病室から珠緒に救いを求める携帯をかける加奈子。
珠緒はそのまま入院させ、自分のカウンセリングと心療内科での治療を行うことにする。たがて、加奈子は少しずつ自分の気持ちを話し始める。
「ママのようになりたくない。」
しかし、結城は珠緒が自分と加奈子を引き離そうとしているように感じて、不満だった。
「娘を返せ」と四六時中、携帯にかけてくる。大学に、病院に押しかける。それに対し、珠緒は強硬だった。
斉藤家は、京都御所の医療・薬を司る宮廷医の家柄。亮輔は医学ではなく、一流商社の商社マンだが、一族には医者も多い。東都大学の心療内科にも圧力がかかった。
担当医の山路から呼ばれて、研究室を訪ねると、そこに結城がいた。
結城から訴えがあったと切り出した山路は、加奈子を退院させようと考えているという。それに反発した珠緒と山路は、激しい言い合いになる。
「加奈子さんの場合、精神分裂病、境界例性格障害などの精神障害の傾向も見られるようだね」
「ならば、なお更、退院など」
山路は、加奈子の家庭内暴力は、軽い精神障害のせいだと言った。家庭内暴力のタイプには、本人に原因がある場合、「精神分裂病、境界例性格障害などの精神障害によるもの」、「非行児の乱暴な行為が家庭内にも現れたもの」、「不登校児の経過としての家庭内暴力・発達障害としての家庭内暴力」、「親からの<巣立ちの病><挫折症候群>」などが考えられる。日本では、一般的に、「思春期の子供が親に向かって持続的に振るうかなり激しい暴力」のことが多いが、欧米では、夫から妻への暴力や幼児虐待、老人虐待などの暴力の方が問題になっている。
「彼女が境界例の場合、今、花見小路先生が行われているカウンセリングが有効とは思えない。一旦、退院し、投薬中心の治療に切り替えようと思う」
境界例は、「人格障害」という、心の病の中の性格の病の一種。人格障害の中でも重いもので、扱いが難しい障害である。境界例人格障害者は、衝動的な自己破壊行動、不安定で強烈な人間関係、不適切で激しい怒り、自己同一性の障害、感情の不安定性、慢性的な退屈感、みんなに見捨てられるのではないかという強い不安などの症状がみられる。
「あのタイプの患者は、いろいろな方法を使って周囲の人間を操ろうとするので、周りの人間が振り回されてしまいます。今の治療法じゃない」
「いえ、加奈子ちゃんは、正直に言えば、両親に原因があると思います。父性欠如、影の薄い父親。母親からは過干渉、過保護で教育熱心な期待過剰の母親、さらには、夫との生活に幻滅するなど<不安の強い母親>の投射」
その言葉を聞きながら、結城の目は憎悪の炎が燃えていた。
(・・・なぜ、結城さん、あんな風になったのだろう?)
一瞬、激しい痛みと共に、また闇が脳裏を駆け抜けた。闇は、死んだ人間の思い、最後に見た景色。
(・・・あなたは何を伝えて欲しいの)
珠緒の実家からも電話があった。
しかし、珠緒は「今は無理やと思います」と断固として断る。珠緒は、結城の母親としての姿勢に問題がある。と言った。健康な家庭は、夫婦の結びつきが強く、子供のことを深く愛してはいても子供との適切な距離を保てるものだ。しかし、夫の関心が仕事や愛人に向いていると妻は不安になり、子供との関係を病的に深くしてしまう。存在感のない父親と干渉しすぎる母親という、「結城さんの家は、心理的に問題の生じやすい一つの典型的なケース。心理学者としての私の判断を信じてください」
珠緒は、賭とも言える治療方法に出た。
診療室の隣の部屋に結城を呼ぶと、加奈子の本音を聞かせようというのだ。珠緒自身が母親役を演じ、加奈子と対峙する。最初は、ふざけていた加奈子だったが、やがて真剣になり、珠緒を殴りながら、自分の気持ちを叫ぶ。
「私がずっと無理して合わせてやったんだ!」
「私がママのカウンセラーをやらされてきたんだよ!」
「私の子供時代を返して!」
激しく感情をぶちまける早紀だった。 ショックのあまり倒れて運ばれる結城。結城は激しく腹痛を訴え、腹を抱きかかえる。「ママ!」ハッとして、後を追おうとした加奈子を珠緒は、止める。
「加奈子ちゃん、あなたの子供時代、もう戻って来ませんよ。そんな過去にしがみついて、愚痴る人生おくりますか? あなたが言う、ママやパパから受けたという傷を、今度は、あなたが他の人に塗り付ける人生おくるの?」
「珠緒さんから、そんな言葉を聞くなんて。冷たい」
「何、甘えているの。あなたもママと同じ」確かに、過去は変えられない。だから、その過去にいつまでも縛られている必要はない。過去は変えられなくても、過去の出来事の解釈は変えることができる。過去は変えられなくても、過去の影響は変えることができる。珠緒はそう言った。
「今まで、ずっと<良い子>だった。良くがんばってきました。加奈子ちゃん、あなたの家庭を支えてきたのかもしれません。でもね、もう、いつまでも<良い子>を演じ続けることはないのです。母親にしばられ続けることはありません。あなたの親もあなたの幸せを願っているはずです」
そう語っている最中に、珠緒の脳裏に傷みが走り、また闇が浮かんだ。闇の奥に光る眼差し。珠緒はハッ!とした。
(・・・生まれてくることができなかった、子どもがいる!)
泣き声を聞いた。
「あなたが本当に何をしたいのか。ずっと抑え続けてきたあなたは、もしかしたら自分でもわからなくなっているかもしれません。もう一度、自分の心を見つめ、本当にやりたいことを考えて下さい。それが親の望みにあっているかどうかは、そんなに大切なことではありません。あなたは、あなたの人生を歩み始めていいのです」
闇が少しずつ薄くなり、白い光に包まれた胎児が見えた。
「親に手を上げる前に、自分が本当にやりたいこと、言ってみればいいじゃない。」
一週間後、小さな葬儀が行われた。かつて、結城が流産した男の子の葬儀だった。3ヶ月生まれることもできないまま心臓の音を停めた息子。その子が忘れられず、遺骨を墓に入れないままにいた。その子に、結城は亮(りょう)と名づけた。
(・・・ずっと名前もないままだったんだよね。)
大人は、大人の言うことを聞く、手のかからない子供が良い子だと思いがちである。でも、良い子を演じ、自分の本当の感情を押しつぶしたままの子供は、いつか爆発するかもしれない。子供は子供らしく育つ必要があり、親の愚痴の聞き役や慰め役では、心は健康に育たない。そのため、自分の気持ちを言葉に表すことができなくて、非行などの反社会的な行動に現してしまう。
(・・・あなたと加奈子ちゃんの兄弟は、一緒。我慢し、我慢し、ついに我慢できなくなった)
親に愛してほしい、振り向いてほしいと思っても、素直に言えないとき、万引きや暴力で、自分の気持ちを伝えようとする。ただし、それを自分で意識しているわけではない。
加奈子の治療は進み、結城も自分を見つめ直し始めている。
<END>
放送は『ウェルカム・アナザー・ワールド』シーズン2『犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル』全国JFN系列(月〜金 24:55〜25:00)として、放送中。
主役の花見小路珠緒=田丸麻紀、劇団扉座の山中崇史(「相棒」のトリオ・ザ・捜一)・鈴木あずさ=高橋麻理・折口信夫=犬飼淳治・佐野紀久子=仲尾あづさ 他のメンバーが出演している。お時間、あれば。
番組公式サイト(http://www2.jfn.co.jp/horror/)
田丸麻紀(http://www.oscarpro.co.jp/profile/tamaru/)
劇団扉座(http://www.tobiraza.co.jp/)
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犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル♯128
「母を殴るいい子は、ゴースト」 作 村上信夫
【登場人物】
花見小路珠緒
斉藤結城(ゆうき)(37)
斉藤加奈子(14)
斉藤哲輔(41)
山路(40)加奈子の担当医(心療内科)
【物語】
珠緒のもとに、従兄弟の斉藤結城(ゆうき)(37)が、訪ねてきた。彼女の一人娘で、中学2年生(14)の加奈子の頭痛の薬がほしいという。話を聞き、珠緒が大学病院の医者を紹介し、検査を薦めると、突然、「病気なんてとんでもいない」と怒り出す。心のバランスを崩したのだ。
しかし、このことで、実は、親戚中でも評判の美少女で、とても良い子と、結城自慢の娘が、母親に暴力をふるっていることを、珠緒は知る。 家庭の問題に関わろうとしない、留守がちの夫、哲輔(41)に不満を感じ、専業主婦の生活にも不満を持つ結城。その心のギャップは、すべて娘に向かっていることが原因だと、珠緒は判断した。
少し落ち着いた加奈子に向かい、「結城さん、加奈子ちゃんを頼り過ぎです。加奈子ちゃんが重荷に感じてしまうほどのゆがんだ愛情を注いでしまっています」
子供を愛するあまり、または自分の心の傷のために、子供に最善の人生を歩ませようとして、生き方を押しつけてしまうことがある。でも、子供であっても、自分の人生は自分で選びとらなくてはならない。「彼女の人生は彼女だけのもの」
珠緒の言葉に嗚咽する結城。
その瞬間、痛みが脳裏を走り抜け、一瞬、垣間見た景色は真っ黒な闇だった。
(・・・一体、何が結城さんに起こっているの?)
闇の中から小さな目が光、珠緒を睨んでいた。
翌日、珠緒は加奈子を見舞う。
結城は、珠緒と加奈子の前でも夫の愚痴を言い出す。
「あの人、<ピーターパン・シンドローム>なのよ。男尊女卑、感情的に怒るし、大人の男としての義務や責任を果たそうとしないじゃない。そりゃ、仕事は有能かもしれないけど、家庭の問題に深く関わることは、恐くてできない男なの」
その挙句「この子だけよ、私の気持ちをわかってくれるのは」、そして、べたべたと「二人で生きていこうね」という。
だが、その言葉に加奈子が切れ、珠緒の前にもかかわらず、母親に暴力を振るう。
ずっと耐えて、母親の結城の愚痴の聞き役になり、母親に合わせてきた加奈子だった。
(・・・ゆがんだ愛情への反発が、家庭内暴力という形で爆発。)
珠緒は、結城を殴ろうと上げた加奈子の腕を取ると、頬を張り、暴力を止めた。だが、逆に結城に「これは私の家の問題なの」とくってかかられる。
さらに、「痛い・・・」と腹痛を訴える結城を、珠緒はソファに休ませる。
その隙に自分の部屋にこもる加奈子。
「私は、あなたを責めに来たのじゃないんですよ」
家庭内暴力のような反社会的な行動や、不登校などの非社会的行動に対して、人はそれを責める。でも、その原因が心の病ならこのままでは解決しない。責めただけでは解決しない。珠緒はドアの前から語りかける。
「ママ!ママ!」
そのとき、激しい痛みと共に、珠緒は小さな男の子の声を聞いた。
珠緒の言葉に、病院を訪ねた加奈子。
「わかっているけど止められない」
自分を抑えきれないと言う加奈子は、入院を希望する。しかし、駆けつけた結城と哲輔が、珠緒が止めるのを押して、強引に連れ帰ってしまう。
その夜、再び家庭内暴力を振るう加奈子。その挙句、亮輔ともみ合い、その拍子にケガをして、珠緒の東都大学付属病院に運ばれる。
「珠緒さん、アタシを止めて」
病室から珠緒に救いを求める携帯をかける加奈子。
珠緒はそのまま入院させ、自分のカウンセリングと心療内科での治療を行うことにする。たがて、加奈子は少しずつ自分の気持ちを話し始める。
「ママのようになりたくない。」
しかし、結城は珠緒が自分と加奈子を引き離そうとしているように感じて、不満だった。
「娘を返せ」と四六時中、携帯にかけてくる。大学に、病院に押しかける。それに対し、珠緒は強硬だった。
斉藤家は、京都御所の医療・薬を司る宮廷医の家柄。亮輔は医学ではなく、一流商社の商社マンだが、一族には医者も多い。東都大学の心療内科にも圧力がかかった。
担当医の山路から呼ばれて、研究室を訪ねると、そこに結城がいた。
結城から訴えがあったと切り出した山路は、加奈子を退院させようと考えているという。それに反発した珠緒と山路は、激しい言い合いになる。
「加奈子さんの場合、精神分裂病、境界例性格障害などの精神障害の傾向も見られるようだね」
「ならば、なお更、退院など」
山路は、加奈子の家庭内暴力は、軽い精神障害のせいだと言った。家庭内暴力のタイプには、本人に原因がある場合、「精神分裂病、境界例性格障害などの精神障害によるもの」、「非行児の乱暴な行為が家庭内にも現れたもの」、「不登校児の経過としての家庭内暴力・発達障害としての家庭内暴力」、「親からの<巣立ちの病><挫折症候群>」などが考えられる。日本では、一般的に、「思春期の子供が親に向かって持続的に振るうかなり激しい暴力」のことが多いが、欧米では、夫から妻への暴力や幼児虐待、老人虐待などの暴力の方が問題になっている。
「彼女が境界例の場合、今、花見小路先生が行われているカウンセリングが有効とは思えない。一旦、退院し、投薬中心の治療に切り替えようと思う」
境界例は、「人格障害」という、心の病の中の性格の病の一種。人格障害の中でも重いもので、扱いが難しい障害である。境界例人格障害者は、衝動的な自己破壊行動、不安定で強烈な人間関係、不適切で激しい怒り、自己同一性の障害、感情の不安定性、慢性的な退屈感、みんなに見捨てられるのではないかという強い不安などの症状がみられる。
「あのタイプの患者は、いろいろな方法を使って周囲の人間を操ろうとするので、周りの人間が振り回されてしまいます。今の治療法じゃない」
「いえ、加奈子ちゃんは、正直に言えば、両親に原因があると思います。父性欠如、影の薄い父親。母親からは過干渉、過保護で教育熱心な期待過剰の母親、さらには、夫との生活に幻滅するなど<不安の強い母親>の投射」
その言葉を聞きながら、結城の目は憎悪の炎が燃えていた。
(・・・なぜ、結城さん、あんな風になったのだろう?)
一瞬、激しい痛みと共に、また闇が脳裏を駆け抜けた。闇は、死んだ人間の思い、最後に見た景色。
(・・・あなたは何を伝えて欲しいの)
珠緒の実家からも電話があった。
しかし、珠緒は「今は無理やと思います」と断固として断る。珠緒は、結城の母親としての姿勢に問題がある。と言った。健康な家庭は、夫婦の結びつきが強く、子供のことを深く愛してはいても子供との適切な距離を保てるものだ。しかし、夫の関心が仕事や愛人に向いていると妻は不安になり、子供との関係を病的に深くしてしまう。存在感のない父親と干渉しすぎる母親という、「結城さんの家は、心理的に問題の生じやすい一つの典型的なケース。心理学者としての私の判断を信じてください」
珠緒は、賭とも言える治療方法に出た。
診療室の隣の部屋に結城を呼ぶと、加奈子の本音を聞かせようというのだ。珠緒自身が母親役を演じ、加奈子と対峙する。最初は、ふざけていた加奈子だったが、やがて真剣になり、珠緒を殴りながら、自分の気持ちを叫ぶ。
「私がずっと無理して合わせてやったんだ!」
「私がママのカウンセラーをやらされてきたんだよ!」
「私の子供時代を返して!」
激しく感情をぶちまける早紀だった。 ショックのあまり倒れて運ばれる結城。結城は激しく腹痛を訴え、腹を抱きかかえる。「ママ!」ハッとして、後を追おうとした加奈子を珠緒は、止める。
「加奈子ちゃん、あなたの子供時代、もう戻って来ませんよ。そんな過去にしがみついて、愚痴る人生おくりますか? あなたが言う、ママやパパから受けたという傷を、今度は、あなたが他の人に塗り付ける人生おくるの?」
「珠緒さんから、そんな言葉を聞くなんて。冷たい」
「何、甘えているの。あなたもママと同じ」確かに、過去は変えられない。だから、その過去にいつまでも縛られている必要はない。過去は変えられなくても、過去の出来事の解釈は変えることができる。過去は変えられなくても、過去の影響は変えることができる。珠緒はそう言った。
「今まで、ずっと<良い子>だった。良くがんばってきました。加奈子ちゃん、あなたの家庭を支えてきたのかもしれません。でもね、もう、いつまでも<良い子>を演じ続けることはないのです。母親にしばられ続けることはありません。あなたの親もあなたの幸せを願っているはずです」
そう語っている最中に、珠緒の脳裏に傷みが走り、また闇が浮かんだ。闇の奥に光る眼差し。珠緒はハッ!とした。
(・・・生まれてくることができなかった、子どもがいる!)
泣き声を聞いた。
「あなたが本当に何をしたいのか。ずっと抑え続けてきたあなたは、もしかしたら自分でもわからなくなっているかもしれません。もう一度、自分の心を見つめ、本当にやりたいことを考えて下さい。それが親の望みにあっているかどうかは、そんなに大切なことではありません。あなたは、あなたの人生を歩み始めていいのです」
闇が少しずつ薄くなり、白い光に包まれた胎児が見えた。
「親に手を上げる前に、自分が本当にやりたいこと、言ってみればいいじゃない。」
一週間後、小さな葬儀が行われた。かつて、結城が流産した男の子の葬儀だった。3ヶ月生まれることもできないまま心臓の音を停めた息子。その子が忘れられず、遺骨を墓に入れないままにいた。その子に、結城は亮(りょう)と名づけた。
(・・・ずっと名前もないままだったんだよね。)
大人は、大人の言うことを聞く、手のかからない子供が良い子だと思いがちである。でも、良い子を演じ、自分の本当の感情を押しつぶしたままの子供は、いつか爆発するかもしれない。子供は子供らしく育つ必要があり、親の愚痴の聞き役や慰め役では、心は健康に育たない。そのため、自分の気持ちを言葉に表すことができなくて、非行などの反社会的な行動に現してしまう。
(・・・あなたと加奈子ちゃんの兄弟は、一緒。我慢し、我慢し、ついに我慢できなくなった)
親に愛してほしい、振り向いてほしいと思っても、素直に言えないとき、万引きや暴力で、自分の気持ちを伝えようとする。ただし、それを自分で意識しているわけではない。
加奈子の治療は進み、結城も自分を見つめ直し始めている。
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