いつも最高 in 北九州

「今日は最高」「明日はもっと最高」。与えられた環境と自分の力でベストを尽くす。だから後悔しない。だから「いつも最高」。

鴎外の心小倉に生き続き

2017年06月20日 | 日記・エッセイ・コラム

明治・大正の文豪 森鴎外は帝国陸軍軍医として明治32年(1899年)6月からおよそ三年間、小倉の第12師団司令部軍医部長として勤務しました。小倉に着任したのが、6月19日。118年前のことです。この日、小倉の紫川河畔に立つ文学碑前で「森鴎外をしのぶ会」が行われました。北九州森鴎外記念会が主催したものです。北橋北九州市長を初め多くの関係者が集まりました。碑前に整列した小倉商業高校の女子生徒が「紫川の歌」(劉寒吉作詞、中林清治作曲)を斉唱。この後、近くのホテルで記念講演会、懇親会が行われました。わずか三年間の小倉での鴎外。誰一人会ったこともないのに、彼の残した心は北九州市民に脈々と受け継がれています。私も無知ながら、その末席を汚していますが。

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