Learning Tomato (旧「eラーニングかもしれないBlog」)

大学教育を中心に不定期に書いています。

vol.365:『王の闇』(沢木耕太郎、文春文庫、1992年)

2010年06月20日 | eラーニングに関係ないかもしれない1冊
王の闇 (文春文庫)
沢木 耕太郎
文藝春秋


皆さんこんにちはナカダです。いよいよW杯南アフリカ大会が開幕を迎えましたね。しかしながら、我が日本代表はあまり前評判が高くありません。大会前に行われたテストマッチでは、セルビアに0-3、韓国に0-2、イングランドに1-2、コートジボワールに0-2と4連敗を喫し、4試合でわずか1得点という深刻な得点力不足に悩まされています。加えて、韓国に敗れた時には、日本サッカー協会の会長に対し、岡田監督が進退伺いをしたとも報じられました。

このような戦績だからでしょうか、スポーツニュースで直前合宿の映像を見ても、やはりどことなく選手たちの表情から覇気が失われているように感じられてなりません。新聞や雑誌を読むと、本番の先発メンバーやフォーメーションの予想でもちきりですが、戦術を論じる以前の問題として、日本代表チームが監督やスタッフを含めて、本気で戦う集団になれているかどうかが気になります。

現実的に考えると、今回のW杯で、岡田監督が目標に掲げたベスト4に進出することは難しいでしょう。しかし私は、たとえグループリーグ敗退という結果になったとしても、最後の試合を終えた時に、日本代表の選手全員が、立ち上がる力も残っていないぐらい全力を尽くしてくれることを願っています。そう、4年前の中田英寿のように、です。

このように私は、競技スポーツに対して、美しさよりも勝利よりも「完全燃焼」を第一に求める傾向がありますが、そのきっかけとなったのが、沢木耕太郎の傑作『コホーネス<胆っ玉>』(文春文庫『王の闇』所収)です。この作品は、三度目の世界チャンピオンに返り咲いた輪島功一が、その後あっけなく王座から転落し、もう一度王座に返り咲こうとして、果たせず引退するまでを追った短編ノンフィクションです。沢木耕太郎の数多あるスポーツノンフィクションの中で、私が最も痺れた作品といっていいでしょう。

柳済斗を劇的な15回ノックアウトで倒し、三度目の王座に就いた輪島は、チャンピオンのまま現役を引退するよう周囲から強く勧められます。しかし輪島はその申し出を固く拒絶し、防衛戦に挑み、無残に敗れ去ります。三度目のチャンピオンから陥落した時、輪島はすでに33歳という年齢でした。周囲の誰もがこれで引退だろうと思っていたにもかかわらず、その1年後、輪島はまたも四度目の王座を目指してリングに上がります。

しかし輪島は、すでにまともに戦える身体ではありませんでした。過去の激戦で身体を酷使していた輪島は、現役最後の試合、ほとんど動かない足で11ラウンドまでフラフラと戦いますが、11ラウンド目、ついにセコンドからタオルを投入されます。これが輪島にとって最初で最後のタオル投入でした。

現役最後の試合で初のタオル投入という無様な負け方をした輪島ですが、この現役の終焉について、「ハッピー・エンドさ」だと作者に語ります。思わぬ言葉に作者は驚きますが、輪島は次のように続けるのです。

「俺はいつまでやったとしても、ああいう終わり方で終わる俺しか想像できなかった。メチャクチャ、ボロボロになるまでやりつづけ、墜ちるとこまで墜ちて、そしてやっとひとつのことをおえられる。そうでなければどうして納得ができる。どうして後悔せずに終えられるんだ...」

思えば4年前のドイツW杯において、グループリーグ最終のブラジル戦で日本は文字通り叩きのめされました。日本は玉田のゴールで先制こそしたものの、圧倒的な実力をもつブラジルに4点を奪われ、後半はほとんどサッカーをさせてもらえません。しかし3点のリードを許した終盤、中田英寿はなおもピッチを全力で走り続けていました。ドイツW杯での中田は、全盛期のパフォーマンスには及ばないものでしたが、それでも最後まで全力で戦い、試合終了後、たった一人きりでピッチに倒れこんだ彼の姿は決して忘れることはありません。

この原稿を書く前にたまたま「Number」を読んでいたら、オシム前代表監督も「特にカメルーン戦は、これが人生最後の試合と思って戦わないといけない」という趣旨のことをインタビューで語っていました。(ご存じのとおり中田は、ドイツW杯のブラジル戦を最後に現役を引退します。)やはりW杯という舞台は、それぐらいの覚悟がないと戦えない特別な場所なのでしょう。今回の日本代表チームもその特別な場所で戦える幸運を胸に、最後まで全力で戦ってほしいと思います。

私が特に期待しているのはDFの中澤選手です。彼にとってはおそらくこれが最後のW杯となることでしょう。一度は引退した代表に戻ってきたのですから、最後の大舞台で完全燃焼してほしいと思います。運命のカメルーン戦まであと20数時間。これからまた4年に一度の寝不足の日々が始まりそうです。
(文責 ナカダ)


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