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甲州街道を歩く・鳥沢宿~猿橋宿

2017年06月14日 | 甲州街道を歩く

甲州街道は大月市に入りました。大月市には甲州街道45の宿場のうち下鳥沢宿から黒野田宿までの12宿があります。歴史を感じながら歩いて行きたいと思います。

宝暦11年(1761)建立の馬頭観音

カーブする道を降りていくと山谷のバス停があります。山谷村は立場でした。恋塚から山谷への登りは「さんや坂」と呼ばれ、南に富士が望めたそうです。

 県道30号線を歩き、ガードレールの切れ目から下へ降りていきます。

途中で県道に出る分岐を見逃し、素晴らしい景色の中「大月エコの里」を下ってしまいました。県道を行くよりは眺めも良く花も楽しめるのでいい道かなと思います。ただしかなり急坂です。この道を行っても県道に出て坂下橋を渡ります。

県道に出てから左側。竹藪前の馬頭観音

坂下橋の石仏石塔群。下を流れる川は「かるさわ川」

 

小川脇に祀られてる「寒念佛供養塔」

坂を下れば20号線です。

下鳥沢宿です。かつて、旅籠や下駄屋、お茶屋などが軒を連ね、賑やかだった甲州街道の宿場町古い家は庇が長い出桁軒裏造りです。宿内の家数144軒 本陣1、脇本陣2、問屋1、旅籠11、人口699人でした。上鳥沢宿とは合宿で毎月上15日の問屋業務は下鳥沢宿が勤めた。

福地八幡神社

コノテガシワ・大月市提天然記念物。子供が手の平を立てたように樹立する巨樹

上鳥沢の一里塚跡・塚木は榎だった。今にも消えそうです。

上鳥沢にある「明治天皇駐ひつ地」。上鳥沢宿 毎月家数 151軒 本陣1軒 脇本陣2軒 旅籠13軒 人口650人。毎月下15日の問屋業務は上鳥沢宿が勤めた。

宗谷橋を右方向へ行きます。

宗谷入口の信号の手前で20号線を離れ階段を下へ降りていきます。水力発電所の覆われた放水路がありました。

国道を歩いている時に、猿橋町猿橋の20号線沿いで不思議な行動をする二人を発見。何もない崖上を双眼鏡で見上げてるので「野鳥ですか?」と聞いたら、なんと「配線跡を見ています」との答え。よ~く見ると、ポッカリ穴があいてるではありませんか。隧道があり中央本線の廃線跡ということです。廃線跡マニアにはメジャーな場所らしい。目いっぱいズームしたのでボケてしまいましたが写真を撮ってみました。ロープがあるらしく登れるようですがちょっと怖いですね。このお二人には猿橋でまた会うことになります。

国道20号へ出て国道を横断し右小菅方面へ行きます。旧道に入ると猿橋の看板が見えてきました。猿橋宿は、比較的大きな宿場で芝居小屋などもありました。宿内家数 138軒、本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠10軒 人口542人

緩い下り坂になり柵があらわれたら「日本三大奇矯猿橋」です。名勝猿橋は橋脚を使わず、両岸から張り出した4層の羽根木で橋を支えている。観光客もここは多くいました。

14時19分

お腹が空いたので、橋の前にある「大黒屋」で昼食休憩しました。国定忠治の定宿だったお店です。「忠治そば」1100円を頂きました。北海道のそば粉を湧水で打ったお蕎麦は白く、甘めのつけ汁が美味しかったです。生姜醤油に漬けた馬肉の竜田揚げは美味。馬肉を始めて食べましたがこれはいけます。

「大月郷土資料館」に寄り道するために、猿橋公園の中を通っていきました。アジサイは6月下旬から7月上旬が見頃だそうです。桂川がすぐそばを流れています。

大月郷土資料館 100円

猿橋宿のジオラマ

三嶋大明神・殿上村の産土神

阿弥陀寺の参道に「殿上の一里塚跡」の標柱があります。文字が消えかかっている標柱は、今にも朽ちてしまいそうです。雨風に打たれていたらいつかなくなってしまいそう。

両塚とも殿上村地内で塚木は桃でした。江戸日本橋より23里目

甲州街道旅はまだまだ続きます。

 万歩計=計測中

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