フォト散歩

ハイキング、ウォーキングを楽しんでいるサンカヨウです。
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東海道を歩く・吉田宿

2017年02月23日 | 東海道を歩く
二川宿を出て火打坂を上っていきます。火打坂の名前は、岩屋山から産出する火打石に由来してます。坂の正面に聳える山が岩屋山。火打坂を上れば岩屋観音堂が見え、山頂には岩屋観音像が見えます。ズームして撮った写真は残念なことにボケてしまい失敗です。14時37分



クロマツ跡。以前は立派な松があったようです。




柳生川の流れる殿田橋を渡ると「飯村の一里塚」があるのですが、見つけることができなかった。帰って調べてみたら、国道1号と交わる交差点にあるらしいがわかりにくいとのこと。あきらめるのが早かったと反省。

柳生川


山中橋を渡ると左に七富士稲荷大明神の赤い旗が目立つ。



途中でお店のショーウインドウに貼られた安久美戸神明社の「鬼まつり」のポスターを見つけた。2月10、11日に行われるお祭りです。機会があれば見てみたいお祭りです。


瓦町交差点の大きな石門が特徴の寿泉寺
城下町っぽい町名が続きます。



秋葉山常夜燈のある東八町の交差点を歩道橋で渡ります。市電の走る豊橋にやっと着きました。16時05分






城下町特有の鍵曲がり道が始まりますが迷うことなく行けます。
東惣門



造立稲荷



造立稲荷の先を右折し進むと、途中でくすのき通りと交差します。通りの右手にあるのが、曲尺手(かねんて)の史跡碑・吉田城城門のひとつ 



問屋場跡


吉田宿本陣跡・本陣清須屋与右衛門。建坪327坪 鰻屋「まるよ」






脇本陣跡



豊橋公園・公園内はとても広い。陸上競技場や美術館などもあります。遅い時間にもかかわらず散歩している人や観光客もいました。16時40分



公園内にある吉田城(今橋城)永正二年(1505)牧野古白が築城。





慶長5年(1600)頃の城主・池田輝政が、今橋という町名から吉田と改名。吉田宿は現在の豊橋市とほぼ重なります。慶長6年(1601)に宿場が設置されて、江戸時代は、本陣二軒、脇本陣一軒、旅籠六五軒の大きな宿場で随分と賑わったようです。宿場の中心は札木町。昭和20年(1945)6月の空襲では市域の八割を本陣や脇本陣跡などすべてを失ったそうです。復興めざましく今では東海一の商業都市です。

札木西交差点の市電乗り場 17時10分



時刻も遅くなったので、乗ってみたかった市電に乗り豊橋駅まで行くことにしました。市電はどこから乗っても150円。
宿泊場所は駅近くの「豊鉄ターミナルホテル」
新居町からよく歩きました。万歩計44575歩です。

つづく




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