フォト散歩

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佐屋街道・熱田~岩塚宿~万場宿

2017年05月19日 | 寺・神社
宮の渡し公園を後にし、ほうろく地蔵まで戻って佐屋街道へ出発。歩きだしてすぐ、国道1号に遮られて渡れないので歩道橋で渡ります。正面に熱田神宮の鳥居が見えます。境内に入らず外を通って国道19号を北上していきます。国道19号は、熱田神宮南交差点が起点で、長野市まで続いています。
熱田神宮西門


白鳥御陵石柱



源頼朝生誕地の碑




国道左側には、こんもりとした森の中に白鳥山古墳、断夫山古墳があるがそのまま歩を進めます。
青大悲寺、この地で生まれた「きの女」が拓いた如来経の本山です。

金山新橋南交差点にある佐屋路の道標。ここは、南を熱田、北を名古屋、西が佐屋路で「三所の界」と呼ばれた。美濃街道から佐屋街道が分岐するので、ここが佐屋街道の起点という人もいるそうです。


堀川に架かる尾頭橋を渡ります。17時9分


堀川を渡ると名古屋市中川区です。高架の名古屋高速4号線が頭上を通っています。重厚な建物は「不朽園」という御菓子屋。



新幹線の高架をくぐると唯然(ゆいぜん)寺があります。柵越しに見ると「津島街道一里塚」の石柱が立っています。




金印の文字が目立つ建物はワサビ会社です。この辺りの地名は「五女子」とか「二女子」とか変わってます。昔、七人の娘を持った裕福な人がいた。それぞれが近くの村に嫁ぎ、代々栄えた。長女の嫁いだ村を「一女子村」として、以下七女子村まであったということです。


「中川福祉会館」前にある佐屋街道の碑と説明板。


中川運河手前の「明治天皇御駐蹕之所碑」「駐蹕」(ちゅうひつ)と読みます。明治元年(1868)12月還幸の際休憩された。


中川運河を渡ります。


ここまで6キロ、だいぶ歩き疲れてきました。烏森(かすもり)駅が近いのでここで終わることにします。17時50分。


烏森駅は地下鉄が通ってないので、JRで名古屋へ出て、地下鉄東山線「栄駅」で乗り換え、名城線で「伝馬町駅」下車。エクセルイン名古屋熱田に着いたのが18時45分でした。
万歩計 46921 ホテルまでの歩数

5月15日、7時半ホテルを出発。烏森駅から佐屋街道へ戻ってきました。烏森から南へ一キロほど行くと荒子観音寺があり、荒子城跡もあるのですが先が長いのでカット。県道115号を歩きます。
豊国通り6交差点を直進すると岩塚宿に着きます。本陣2軒 脇本陣 0軒 旅籠 7軒とこじんまりした宿場でした。


岩塚石橋交差点あたりが岩塚宿の入り口。岩塚宿は、寛永13年(1636)にできた。庄内川を隔てて東は岩塚宿、西は万場宿があり、交代で問屋業務を務めていた。左手に三菱重工の工場が広がる。
光明寺




街道は庄内川の堤防に向かって伸びています。高速道の向こうにある「七所神社」



川を渡るには万場大橋を利用します。七所神社の参道を通り県道に出ます。


庄内川を眺める


橋を渡ったら左折。十二所神社の鳥居と常夜燈があります。


今と昔の万場宿図





堤防横の坂を右カーブで下り、万場宿へ入って行きます。本陣1軒 旅籠10軒
万場宿の街並み。人がまったくいない静かな落ち着いた街道です。古そうな家や立派な長屋門の家がありました。万場宿は庄内川を渡ったところから、東町、中町と続き、本陣、問屋場は中町の両側を挟んだところにありました。高札場は街道が国玉神社のところで北に折れる角にありました。


覚王院




国玉神社


光圓寺



光圓寺から道は北西に向かい神守(かもり)宿へと向かいます。

つづく





































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