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東海道を歩く・猪鼻村~田村神社~土山宿

2017年07月06日 | 東海道を歩く

山中一里塚公園を後にして、土山へ向かいます。国道1号しばらく歩き、猪鼻交差点で右へ坂道を降りていきます。

猪鼻村碑・鈴鹿山から下りてくるイノシシ除けも垣根がありました。猪鼻村は草餅や強飯が名物の立場でした。13時50分

浄福寺参道脇の句碑・赤穂浪士の俳人大高源吾が旅の途中で詠んだ句碑

旅籠中屋跡と明治天皇聖蹟碑

白川神社・大きいと祠小さい祠があり、小さい祠は蟹社と呼び山賊を祀っています。

蟹坂解説板

猪鼻村の家並

蟹坂古戦場跡・天文11年(1542)伊勢の北畠軍の侵攻に対して山中城主山中丹後の守秀国はこの地で迎えうち勝利しました。

田村橋(現、海道橋)・旅人は一人に付き三文、馬一頭に付き三文渡り賃が徴収されました。

高札場

田村神社・坂上田村麻呂を祀った神社 

道の駅「あいの土山」に到着しました。14時26分

高岡商店で「かにが坂飴」を購入。拍子木の入れ物の販売は夏はしていません。袋入りの飴を買いました。

蒸し暑い中鈴鹿峠を越え大分疲れていたのでここで休憩することにしました。20分後外をみたら、雲が多くなり天気が怪しくなってきたと思ったら雨が降ってきました。土砂降りの雨です。雨が上がるのを16時まで待ちましたが、止む気配がありません。予定では、水口まで行きたいと思ってましたが、雨の中は歩きたくないなぁと思いここで終了することにしました。この決断が翌日の強行軍につながるんですけどね。田村神社バス停から16時20分「あいくるバス」に乗り、宿泊地の「あや乃旅館」へ。旅館は新町バス停から5分くらいのところにあります。新町に着いた時は嘘のように空は晴れ上がりガックリ。

あや乃旅館。家庭的な旅館でとても居心地が良かったですよ。食事はとても美味しくお腹いっぱいいただきました。

お夕飯

万歩計=28700

翌日、宿の御主人が田村神社まで送ってくださいました。本当に嬉しかったです。8時、道の駅「あいの土山」着。土山宿散策です。土山宿は東海道五十三次の49番目の宿場です。本陣や旅籠の並ぶ町並みはきれいに整備されて残され、宿場町の面影を残しています。
 本陣 2軒 脇本陣0 旅籠 44軒 人口 1,505人

東海道五十三次 土山「春の雨」の絵です。広重の絵の中では、大雨の中を大名行列がゆく風景が描かれていますが、田村川にかかる橋を描いたものです。そういえば、あや乃旅館の御主人が「昼飯を忘れても傘を忘れるな」と言ってました。よく雨が降るということなんですね。

土山宿町並み

地蔵堂・「右京都十五里 左江戸百十里」の石碑

上島鬼貫の句碑「吹けばふけ 櫛を買いたり 秋乃風」お六櫛は土山の名産でした。

扇屋伝承文化館・土、日、祝日開館。九時半から十五時半。

東海道一里塚跡

来見橋・はめ込まれているのは、土山茶もみ唄のパネル

願掛け石のある白川神社

旅籠跡がいくつも並んでいます。

うかい屋・土山名物「夕霧そば」の復活を試みた鴨南蛮が名物だそうですが、今も食べることができるのでしょうか。

二階家本陣

問屋場跡

土山宿本陣跡・寛永11年(1634)家光の上洛に際して建てられたもの。

明治天皇聖蹟碑

大黒屋本陣跡

万人講常夜燈

宿場内で何度も目にしたポスター

土山宿を出た国道1号線沿いに、二基の道標があります。左は天明8年(1788)の建立。高野の世継観音(永源寺)への道標、右は文化4年81807)の建立。日野、八幡を経て多賀大社や北国街道への道標。8時45分

東海道は野洲川に沿って水口を目指して歩いて行きます。

つづく 

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