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弘法穴は何処に消えたか  徳山・門入 3度目の探査も空振り

2017-01-16 | 山中雑記

弘法穴は何処に消えたか  徳山・門入 3度目の探査も空振り

             

旧徳山村門入(現岐阜県揖斐川町)の奥地にある水銀鉱山跡、弘法穴探しはまたもや空振りに終わった。往古から採鉱された謎の鉱山穴で、実際昭和30年ころ5年ほど鉱山業者が採掘していた。以後忘れられ、鉱山跡への道はやぶの中に消え去り、近年現場を確認した旧村民はいない。

 私は旧村民の泉末廣さんの誘いを受け2015年9月末、弘法穴探しに挑戦した。だが、果たせず昨年10月初めの泉さんらの再挑戦も未踏に終わった。さらに同月末、私と衣斐剛人さん、同好の大阪在住の和田謙一さんの3人で踏査にでかけた。

西谷川の支流、茂津谷を遡行。約700m先で右岸側に上る枝谷、青実洞(アオミガホラ)に入る。60年ほど前に採掘作業中の弘法穴を訪問した泉さんが有力視した谷だった。昨秋もこの谷を狙ったが失敗した。泉さんが昔歩いた道はこの谷筋ではなく、茂津谷入口付近から右岸斜面に上がり尾根下をトラバースする鉱山道。道は今や完全消失。茂津谷からのコースは泉さんも初めて。

今回、一つ当てにした情報があった。ある遺跡一覧のHPに弘法穴の位置数値(緯度経度)を見つけた。前年秋の踏査の後のことだった。HPには測定者などの説明は皆無。ただ、その数値を地図上に落とすと、前年秋に泉さんが狙った青実洞沿いにあった。未確認情報の可能性はあるが、その位置に行ってみる価値はある。

和田さんが持つGPS端末を参照しながら右岸急斜面を怖々登り、ほぼHP数値の位置に達した。ブナやトチの低木やぶの斜面が広がるだけ。昔、弘法穴を見た人の話では、入口は幅5m、高さ1.5mほどで、穴の中に畳10枚ほどの空地があったそうだ。そのような穴は見当たらなかった。

私たちは青実洞から転じて、もう一つ上流の谷、ジャリボッタ谷を標高差150mほど登ってみた。だが、成果なし。水資源機構刊行「徳山の地名」によれば、弘法穴はこの谷のさらに一つ上流の岩穴谷筋にあった、という。二つの谷は750m辺りの平坦部で繋がっている。そこにある可能性もあると思う。弘法大師が掘ったという伝説の水銀鉱山穴。昭和20年代後半には地質学者が現地調査して、高濃度の水銀を検出している。

かつて多くの人が見知っていた弘法穴は60年後の今日、分厚いやぶの中に隠れたままだ。徳山ダム出現で麓の集落が無人となったことが歴史の継承を難しくしている。

(鈴木 正昭)

 

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