長崎3日目。
写真のアルバムはこちら。
今日行く場所は出島とグラバー園だ。
・・・これだけではありきたりじゃねぇかと言われそうなので
実は午前中かけて行ってきたところがある。
軍艦島!!!
正式名称は端島といい、炭鉱で栄えた島自体が町のような島だ。
存在はなんとなくしか知らなかったが、いつだったかのニュースで
軍艦島の上陸が許可されるようになったと聞いたことがある。
その軍艦島の周遊+上陸ツアーに参加してきたのだ。
今日はツアーの出発が9時なので昨日よりかはゆっくりできた。
ホテルの朝ご飯もしっかりゆっくり食べて自室で準備をしていざ港へ!
長崎港ターミナルにはすでに大勢の人が。
全員ではないにしろ、かなりの人たちが軍艦島ツアーに参加するらしい。
自分も受け付けて予約名を告げ、入場券をもらう。
やがて出発時間になり、フェリーに乗り込んで長崎港を出港。
途中、伊王島や高島などの小島をいくつか説明付きで通り過ぎゆられること30分近く。
やっと見えてきた端島、軍艦島。(写真1)
近くにあるのは中ノ島だ。
だんだん大きく見えてくる軍艦島。もう廃墟だとはっきりわかるほど。(写真2)
とどめ(写真3)
出港する前は日が当たって暑い席に座ってしまったと後悔したが、
その席で正解。フェリーの右側に座っていたのだけれどばっちり見える。
そして上陸してすぐに出迎えてくれるのは坑道へ続く通路だが地下への道は閉鎖されていて
すぐに地上への道へと進む。見学通路はしっかり舗装されており、見学者全員が一旦は
第一見学広場へと集まる。
この場所はというと、炭鉱の施設があった場所らしい。上陸して右手には貯炭場が、そして
その先に見えるのは端島小中学校。(写真4)
どこを見渡しても廃墟ばかり。当然といえば当然なのだが、なんか不思議な感覚を受ける。
さて、170人が一度に移動するのは無理らしく、2班に分かれて見学開始。
自分の班は第一見学広場から。
この辺は端島の仕事場の区域になっていたらしい。貯炭場のベルトコンベアーや
石炭の巻上げ機などがある。
さらに正面には高い山が2つあり、そのうち一つには貯水タンク、もう一つには高級職員の住宅がある。
・・・と、貯水タンクの隣に白い灯台が。これは軍艦島が閉山になってからその海域の
目印がなくなると困るということで建てられたらしい。ちなみに今のは平成に入ってから
修復された2代目の灯台らしい。(写真5)
かなり軽快なしゃべりの説明員のおじさんの説明はわかりやすくて良い。
あっという間に時間が来て次の見学広場へ。
見学通路をちょっと歩いたらもう到着。そこは第二見学広場だ。ここから見えるのは目の前に
総合事務所と会議室、ちょっと遠くには先ほど見えた貯水タンクと灯台が。
(写真6)
軍艦島は最初期には今の3分の1ほどしかなく、実はどんどん埋め立てられて大きくなった人工島だ。
第二見学広場の一部は明治40年に拡張された場所らしい。
その証拠に見学広場の後ろには陸地が欠けており海が入り込んでいる。
説明が終わり次に向かうは第三見学広場。
そこまでは割と距離がある。なので説明されない建物の廃墟がどんどん目に飛び込んできて
とても楽しい。
第三見学広場は住宅地の区域に入っている。さらに後ろにはプールだった場所がある。
ここから見えるのは住宅たるアパートの棟の一部と製缶場などの工場の一部。
他には建物がもともとなかった場所なのか、だいぶ開けている。(写真7・8)
これで軍艦島の見学は終わり。見学用に整備されているのがここまでなので仕方がない。
これ以上見学広場を増やしてくれるとすごくうれしいのだけれど計画されているのかどうかは
わからない。ま、短い時間にしろ非常にいい経験ができた。
フェリーまで戻り、軍艦島をぐるっと1周して長崎港に戻るのだが、なぜ軍艦島と呼ばれるのか。
それはある特定の角度から見ると明治の軍艦、土佐に島の地形が似ているかららしい。
その角度のポイントで説明があったのですかさず撮る。(写真9)
やはりフェリーの右側に座っていてよかった。中央・左側の人は可愛そうだが・・・。
また30分ほどゆられて長崎港に到着。うん、このツアーはよかった。
廃墟マニアなら涎もののツアーなのだろうなぁ。廃墟マニアの方の気持ちが少しわかった気がした。
さて、これからは長崎駅から南部分の観光地へと向かう。
まず向かったのは出島。その前に長崎県庁近くにサンパウロ教会跡があるらしいので見に行った。
が、ない。石碑がないのだ。もしかして県庁の敷地内にあるのかな?
仕方なく諦めて出島に向かう。
出島は学生時代に教科書で見たことがあるけど、扇状の島だったらしい。
今は周辺に陸地ができて島ではなくなったけれど、その面影はあるのか。(写真10)
出島はもともとはポルトガル人を集めるため居住区だったのだが、
キリスト教禁止令後ポルトガル人を退去させたあとはオランダ商人の居住区となったのだという。
出島には2ヶ所出入り口があり、西側の出入り口は入り口がないものとばかり思っていて
出島通りを進んで東側まで行ってしまった。
出島に入ると企画展のある洋館にまず入る。そこを抜けると出島のメインストリートなのだが、
なんだか殺風景。(写真11)
工事中の場所もあり、なんだか拍子抜け。
そんな中でちょっと歴史を感じたのは出島本来の出入り口。
今は完全に廃され、門扉の跡だけが残る。(写真12)
他におもしろかったのは商館長(カピタン)の部屋。
修復されたらしく、部屋は綺麗。そして展示物もリアル。(写真13)
一通り他の建物内も見て出島を後にした。お土産はショコラート。
次に向かったのは長崎県立美術館。その前に近くの長崎出島ワーフにてトルコライスを食べて
パワー回復していざ。
この美術館、かーなーりおもしろいぞ!!
企画展の長澤英俊展の展示も奇をてらっていておもしろいが、なんとっても常設展。
この常設展では一部展示が見学者自身で体験することができる。
ドライアイスで冷やすと色がつく朝顔の絵が描かれた壁や
隙間を見ている自分が見える世界一周な通路。(写真14)
遠くに見えるの、僕です。写真を撮ってるのも僕です。・・・あれ?
まあ仕掛けはわかるけどね。これはおもしろいよ〜。
他にも船みたいにオールでこげる三日月上の池など、その意味の分からなさ具合が気に入った。
ここは見ておくといいかもしれませんぞ。
この後はオランダ坂を登る。その前に旧長崎英国領事館を見てから登る。
また微妙に辛い坂だなぁ〜。オランダ坂の途中には東山手十三番館、東山手十二番館があり、
活水学院の歴史がわかるようになっている。(写真15・16)
さらに道は続き、そのまま登ると古写真資料館がある。洋館をそのまま利用した複数の建物で
構成されている。ちなみに出口から入ってしまって最後に入り口で料金を払って出てきたのは
内緒だ。
この時点で時間にして16時。次に向かう中国歴代博物館が終了していないことを祈りつつ坂を降りる。
行ってみるとよかった。まだ営業している。
この博物館、中国から切り取って持ってきたような光景。(写真17)
中でもおもしろかったのは博物館内の展示方法。中央の壁に年代がかかれており、反対側の壁にそって
展示物が展示されている。実はその年代にそって展示されており、その展示物がどの年代のものなのかが
中央の壁を見れば前後の年代も含めて一発で分かるという仕組み。
博物館学芸員を目指していた身としてはこの展示方法は非常に感心する。
そんな驚きな中国歴代博物館を後にして次に向かうはいよいよ大浦天主堂とグラバー園。
かなりミーハーだと思われるが、長崎に来たからにはおさえておくべきなのだろう。
歩いて大してかからないうちに大浦天主堂にいたる坂道に到着。
その坂道にはお土産屋が連なる。後で見ればいいやと天主堂に足を運び中に入る。
写真は撮ったらいけないので礼拝堂?で説明をしばらく聞く。
天主堂の裏道を進むとそのままグラバー園へ行ける。
グラバー園についた頃には17時を過ぎており、人は少ない。この時間だとこんなものなのかな?
だがゆっくり見られる。
中は思ったほど広くない。それでも敷地内は結構歩くが、割とあっという間に旧グラバー邸に到着。
(写真18)
ここから眺める長崎市内の光景もなかなかよい。
見学ルートも割とわかりやすく考えられており、敷地内をスムーズにかつ優雅に回れる。
グラバー園の最後には長崎くんちの展示施設があり、しっかりと地元の祭りの宣伝も忘れない。
・・・長崎くんち一度生で見てみたいと思った。その気にさせるビデオだなぁ〜。
グラバー園を後にし、お土産屋の坂でずいぶん人懐っこいグラバー猫ゲット。(写真19)
結局お土産屋では何も買わずに帰路についた。
すでに18時30分を回っており、夕飯を食べにいこう。
ということで前日に行ったニッキーアースティンへ。
・・・メニューがたくさんあるから行ったんだからね!
べ、べつにそれ以外の目的なんてないんだから!
などとツンデレを心の中で演じつつ見えない誰かに謝りつつ向かい、
その店オリジナルのドリアトルコライスを注文。(写真20)
ご飯は普通のご飯なのだが、チーズで味付けされているかのようでなかなかうまい。
この日は何か変わっていたのか、自分が入った後にずいぶんお客さんが入ってきたなぁ〜。
・・・意外と有名なのかな?ガイドブックには載っていなかったが、地元民の方には
評判はいいんだろうということにしておこう。
こうして3日目が終わる。
ホテル近くの別のホテルでホテル猫ゲット。(写真21)
明日は最終日。千葉に戻る日だ。
あっという間だったが、最後は平和を祈る観光で締めるとしよう。
写真のアルバムはこちら。
今日行く場所は出島とグラバー園だ。
・・・これだけではありきたりじゃねぇかと言われそうなので
実は午前中かけて行ってきたところがある。
軍艦島!!!
正式名称は端島といい、炭鉱で栄えた島自体が町のような島だ。
存在はなんとなくしか知らなかったが、いつだったかのニュースで
軍艦島の上陸が許可されるようになったと聞いたことがある。
その軍艦島の周遊+上陸ツアーに参加してきたのだ。
今日はツアーの出発が9時なので昨日よりかはゆっくりできた。
ホテルの朝ご飯もしっかりゆっくり食べて自室で準備をしていざ港へ!
長崎港ターミナルにはすでに大勢の人が。
全員ではないにしろ、かなりの人たちが軍艦島ツアーに参加するらしい。
自分も受け付けて予約名を告げ、入場券をもらう。
やがて出発時間になり、フェリーに乗り込んで長崎港を出港。
途中、伊王島や高島などの小島をいくつか説明付きで通り過ぎゆられること30分近く。
やっと見えてきた端島、軍艦島。(写真1)
近くにあるのは中ノ島だ。
だんだん大きく見えてくる軍艦島。もう廃墟だとはっきりわかるほど。(写真2)
とどめ(写真3)
出港する前は日が当たって暑い席に座ってしまったと後悔したが、
その席で正解。フェリーの右側に座っていたのだけれどばっちり見える。
そして上陸してすぐに出迎えてくれるのは坑道へ続く通路だが地下への道は閉鎖されていて
すぐに地上への道へと進む。見学通路はしっかり舗装されており、見学者全員が一旦は
第一見学広場へと集まる。
この場所はというと、炭鉱の施設があった場所らしい。上陸して右手には貯炭場が、そして
その先に見えるのは端島小中学校。(写真4)
どこを見渡しても廃墟ばかり。当然といえば当然なのだが、なんか不思議な感覚を受ける。
さて、170人が一度に移動するのは無理らしく、2班に分かれて見学開始。
自分の班は第一見学広場から。
この辺は端島の仕事場の区域になっていたらしい。貯炭場のベルトコンベアーや
石炭の巻上げ機などがある。
さらに正面には高い山が2つあり、そのうち一つには貯水タンク、もう一つには高級職員の住宅がある。
・・・と、貯水タンクの隣に白い灯台が。これは軍艦島が閉山になってからその海域の
目印がなくなると困るということで建てられたらしい。ちなみに今のは平成に入ってから
修復された2代目の灯台らしい。(写真5)
かなり軽快なしゃべりの説明員のおじさんの説明はわかりやすくて良い。
あっという間に時間が来て次の見学広場へ。
見学通路をちょっと歩いたらもう到着。そこは第二見学広場だ。ここから見えるのは目の前に
総合事務所と会議室、ちょっと遠くには先ほど見えた貯水タンクと灯台が。
(写真6)
軍艦島は最初期には今の3分の1ほどしかなく、実はどんどん埋め立てられて大きくなった人工島だ。
第二見学広場の一部は明治40年に拡張された場所らしい。
その証拠に見学広場の後ろには陸地が欠けており海が入り込んでいる。
説明が終わり次に向かうは第三見学広場。
そこまでは割と距離がある。なので説明されない建物の廃墟がどんどん目に飛び込んできて
とても楽しい。
第三見学広場は住宅地の区域に入っている。さらに後ろにはプールだった場所がある。
ここから見えるのは住宅たるアパートの棟の一部と製缶場などの工場の一部。
他には建物がもともとなかった場所なのか、だいぶ開けている。(写真7・8)
これで軍艦島の見学は終わり。見学用に整備されているのがここまでなので仕方がない。
これ以上見学広場を増やしてくれるとすごくうれしいのだけれど計画されているのかどうかは
わからない。ま、短い時間にしろ非常にいい経験ができた。
フェリーまで戻り、軍艦島をぐるっと1周して長崎港に戻るのだが、なぜ軍艦島と呼ばれるのか。
それはある特定の角度から見ると明治の軍艦、土佐に島の地形が似ているかららしい。
その角度のポイントで説明があったのですかさず撮る。(写真9)
やはりフェリーの右側に座っていてよかった。中央・左側の人は可愛そうだが・・・。
また30分ほどゆられて長崎港に到着。うん、このツアーはよかった。
廃墟マニアなら涎もののツアーなのだろうなぁ。廃墟マニアの方の気持ちが少しわかった気がした。
さて、これからは長崎駅から南部分の観光地へと向かう。
まず向かったのは出島。その前に長崎県庁近くにサンパウロ教会跡があるらしいので見に行った。
が、ない。石碑がないのだ。もしかして県庁の敷地内にあるのかな?
仕方なく諦めて出島に向かう。
出島は学生時代に教科書で見たことがあるけど、扇状の島だったらしい。
今は周辺に陸地ができて島ではなくなったけれど、その面影はあるのか。(写真10)
出島はもともとはポルトガル人を集めるため居住区だったのだが、
キリスト教禁止令後ポルトガル人を退去させたあとはオランダ商人の居住区となったのだという。
出島には2ヶ所出入り口があり、西側の出入り口は入り口がないものとばかり思っていて
出島通りを進んで東側まで行ってしまった。
出島に入ると企画展のある洋館にまず入る。そこを抜けると出島のメインストリートなのだが、
なんだか殺風景。(写真11)
工事中の場所もあり、なんだか拍子抜け。
そんな中でちょっと歴史を感じたのは出島本来の出入り口。
今は完全に廃され、門扉の跡だけが残る。(写真12)
他におもしろかったのは商館長(カピタン)の部屋。
修復されたらしく、部屋は綺麗。そして展示物もリアル。(写真13)
一通り他の建物内も見て出島を後にした。お土産はショコラート。
次に向かったのは長崎県立美術館。その前に近くの長崎出島ワーフにてトルコライスを食べて
パワー回復していざ。
この美術館、かーなーりおもしろいぞ!!
企画展の長澤英俊展の展示も奇をてらっていておもしろいが、なんとっても常設展。
この常設展では一部展示が見学者自身で体験することができる。
ドライアイスで冷やすと色がつく朝顔の絵が描かれた壁や
隙間を見ている自分が見える世界一周な通路。(写真14)
遠くに見えるの、僕です。写真を撮ってるのも僕です。・・・あれ?
まあ仕掛けはわかるけどね。これはおもしろいよ〜。
他にも船みたいにオールでこげる三日月上の池など、その意味の分からなさ具合が気に入った。
ここは見ておくといいかもしれませんぞ。
この後はオランダ坂を登る。その前に旧長崎英国領事館を見てから登る。
また微妙に辛い坂だなぁ〜。オランダ坂の途中には東山手十三番館、東山手十二番館があり、
活水学院の歴史がわかるようになっている。(写真15・16)
さらに道は続き、そのまま登ると古写真資料館がある。洋館をそのまま利用した複数の建物で
構成されている。ちなみに出口から入ってしまって最後に入り口で料金を払って出てきたのは
内緒だ。
この時点で時間にして16時。次に向かう中国歴代博物館が終了していないことを祈りつつ坂を降りる。
行ってみるとよかった。まだ営業している。
この博物館、中国から切り取って持ってきたような光景。(写真17)
中でもおもしろかったのは博物館内の展示方法。中央の壁に年代がかかれており、反対側の壁にそって
展示物が展示されている。実はその年代にそって展示されており、その展示物がどの年代のものなのかが
中央の壁を見れば前後の年代も含めて一発で分かるという仕組み。
博物館学芸員を目指していた身としてはこの展示方法は非常に感心する。
そんな驚きな中国歴代博物館を後にして次に向かうはいよいよ大浦天主堂とグラバー園。
かなりミーハーだと思われるが、長崎に来たからにはおさえておくべきなのだろう。
歩いて大してかからないうちに大浦天主堂にいたる坂道に到着。
その坂道にはお土産屋が連なる。後で見ればいいやと天主堂に足を運び中に入る。
写真は撮ったらいけないので礼拝堂?で説明をしばらく聞く。
天主堂の裏道を進むとそのままグラバー園へ行ける。
グラバー園についた頃には17時を過ぎており、人は少ない。この時間だとこんなものなのかな?
だがゆっくり見られる。
中は思ったほど広くない。それでも敷地内は結構歩くが、割とあっという間に旧グラバー邸に到着。
(写真18)
ここから眺める長崎市内の光景もなかなかよい。
見学ルートも割とわかりやすく考えられており、敷地内をスムーズにかつ優雅に回れる。
グラバー園の最後には長崎くんちの展示施設があり、しっかりと地元の祭りの宣伝も忘れない。
・・・長崎くんち一度生で見てみたいと思った。その気にさせるビデオだなぁ〜。
グラバー園を後にし、お土産屋の坂でずいぶん人懐っこいグラバー猫ゲット。(写真19)
結局お土産屋では何も買わずに帰路についた。
すでに18時30分を回っており、夕飯を食べにいこう。
ということで前日に行ったニッキーアースティンへ。
・・・メニューがたくさんあるから行ったんだからね!
べ、べつにそれ以外の目的なんてないんだから!
などとツンデレを心の中で演じつつ見えない誰かに謝りつつ向かい、
その店オリジナルのドリアトルコライスを注文。(写真20)
ご飯は普通のご飯なのだが、チーズで味付けされているかのようでなかなかうまい。
この日は何か変わっていたのか、自分が入った後にずいぶんお客さんが入ってきたなぁ〜。
・・・意外と有名なのかな?ガイドブックには載っていなかったが、地元民の方には
評判はいいんだろうということにしておこう。
こうして3日目が終わる。
ホテル近くの別のホテルでホテル猫ゲット。(写真21)
明日は最終日。千葉に戻る日だ。
あっという間だったが、最後は平和を祈る観光で締めるとしよう。










