「遠 恋」好きでいさせてーⅥ―

2017年07月17日 06時21分36秒 | 日記
留守番電話のメッセージは?メー
ルは、ファックスは、届いていな
かった?あのひとはわたしがここ
に来るということを、知ってい
た?知っていて、日本へ?

こんなことなら、ただ、「来るな」
とひとこと、連絡してくれたら
よかったのに―――。

思いは胸の中を、矢継ぎ早に駆け
抜けていく。けれどもわたしは
何も言えない。

いっそ、憎んでしまえたら、どんな
に楽だろう。わたしの目の前で、まる
で綿菓子のようにふんわりと、幸福を
にじませて微笑むこの人を、嫉妬の刃
で切り刻むように、烈しく憎んでしま
えたら。
「赤ちゃんは、いつ?」
「もうすぐです。予定日はクリスマス
イブ。すてきでしょう?」

時計を見ると、九時十五分過ぎだった。
「そろそろいきます」
胸の奥から、今にも噴き出してきそう
な熱い塊を喉のたりに押し止めた
まま、わたしは彼女に、包みを差し出
した。

「これ、よかったら、食べてください」
「ありがとう。じゃあ、駅まで車まで
送ります」
そう言って、彼女も立ち上がた。
「その必要はないです。タクシーで
行きますから」

「それはバットアイデア。なぜなら
タクシーを呼んで、車を待っている
あいだに、あなたは駅に着けてしま
う」
彼女の運転する車で、駅まで送って
もらった。駅舎の前に車を寄せると、
彼女は車から降りないで、運転席に
乗ったまま、言った。
「楽しい旅を!」

軽くなった鞄を抱えて、わたしは
駅舎の中に入った。

やがて風の中に、細かい雪の結晶
が混じり始めた。
粉雪は風に乗って、空から舞い降
りてくると、そのまま真っ黒な闇
の中に、次々に吸い込まれてゆく。

それは、あまりにも寂しく、あま
りにも寒々しく、厳しく人を拒絶
してるような光景だった。だがそ
れはその孤高ゆえに、美しいと感
じた。

わたしたちはいったい、どんな風
景を、一緒に見たのだろ。
ベンチに腰かかけたまま、わたし
は静かに、両手のひらで顔を覆っ
た。

叩きのめされ、無惨に割れた胸の
中から、悲しみは血液のように、
あとからあとからあふれ出てくる
のに、わたしの目からはひと滴
の涙も、流れ出てこない。

人に泣くことを許さない、そう
いう種類の悲しみも、この世に
はあるのだ。





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