「遠 恋」好きでいさせて ―Ⅳ―

2017年07月15日 17時39分34秒 | 日記
「何か、飲み物が欲しい?」
彼女はわたしにソファーを
すすめたあと、リビングルーム
の続きにあるキッチンに立って、
にこにこ尋ねた。

「コーヒー、紅茶、ジャスミン
ティ、グリーンティもあるのよ。
それともあなた、ワインを飲み
ますか」
喉がからからに渇いていた。

「ありがとうございます。じゃあ、
ジャスミンティをいただきます。
その前に、お水を一杯もらえま
すか」
「はい、わかりました」

彼女がお湯を沸かして、お茶の
準備をしているあいだに、わた
しはさり気なくあたりを見回し
た。いや、見回さなくとも、
次々にわたしの目に飛び込ん
できた。

テーブルの上に置かれている
雑誌、英語の新聞、そして日
本語の辞書。ボールペンとメモ
用紙。女物の腕時計。長椅子の
上にはクッションのほかに、
明らかにあのひとのものだと
わかるセーターとシャツ・・・。

それらは「あのひと」であり、
同時に「あのひとの不在」でも
あった。

飾り棚の上には、ファックス用
紙の差し込まれた電話機と、写
真立てがいくつか。大きく引き
伸ばされた彼女の写真。彼女が
両親と三人で写っているものと、
彼女の子ども時代の写真。

その隣に、コックの制服を着て、
クラスメイトと一緒に写って
いる、あのひとの写真。

それは、わたしのよく知ってい
るあのひとのようにも見えたが、
同時に、まったく見知らぬ他人
のようにも見えた。

この部屋で、あのひとは、この
人と暮らしていた。いいえ今も、
暮らしている。

ここには、わたしの知らない
あのひとの生活があり、それは
これからも続いていく。


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