Sandy Cowgirl

植田昌宏。在阪奄美人。座右の銘は、「死ぬまで生きる。」

しょうがの味は熱い

2017-06-16 20:45:11 | 書評


周りからみえている、自分。
自分の声を録音して聞いて、あ、オレって、こんな声なんだ、って驚く。
だけど、それも慣れる。
ところどころ歌声がつやっぽくていいかもしれないけど、だいたいが不安定で結局へたくそやな、って思う、二刀流ならぬ二流だ。
そうやって、客観的な自分の声に慣れてくれば、自分の頭に響いている自分の声は、ニセモノで、本当の声は録音したときに聞こえてくる声なんだって、理解できる。

録音できないものはどうしよう。

例えば、
仕事している自分、
お昼休みにみんなとおしゃべりしている自分、
電話をしている自分、とか。

そりゃ、やろうと思えば、あらゆるものを録画して、再生できるのかもしれないけど、
日常生活で、そんなの無理だ。

だから、代わりに、自分のやったことに対する反応で確かめる。
相手の反応は、その人のフィルターがかかっているのだろうけど、自分のやったことの結果だって、思っていい気がする。
擬似録音の再生だ。

やがて、それが、頼みになる。

自分は、こうなのに、相手の反応は違う気がする。
なんで?
いつも、言ってるやん。
分かってよ、反応してよ。
じゃ、どこが悪いん?言ってよ。

理不尽に相手を責めて、後悔して、そして、疲れて、もうダメかな、って思う。

ものすごく近くにいるのに、その相手とは、いつも背中合わせなのかもしれない。



綿矢 りさ さんの しょうがの味は熱い は、そんな作品です。

非常にシンプルに、カップルのそれぞれの視点でかかれた作品。
2回に分けられて書かれています。
前半が、しょうがの味は熱い 後半が、自然に、とてもスムーズに です。
実際に書かれたときは、かなり長いインターバルがあったそうです。

小難しい内容ではないし、男女の恋愛という普遍的なテーマを扱っているので、表面的にはさらっとしています。
でも、2人の幼さというか、なんともいえない不安定さというのが漂っていて、うーん、って考えさせられます。
ばっさり言ってしまえば、奈世ちゃん、こういう女の子はちょっと、というオトコが多いと思うけど、
でも、だからといって、もし、付き合っていたら、別れるというのもちょっと気がひけるような気持ちにさせる奈世です。
去っていったら、追いかけてしまいたくなる子なのかなぁ、って思う。

ただ、枕に書いたように、奈世は、彼氏の絃の身になって行動するのでなく、
絃の反応から、自分の存在価値を見いだそうとしている依存症なのです。

そう、そういうのって良くないよね、彼氏依存、恋愛依存みたいの。
って言いつつ、でも、本当の自分って、相手の反応でしか測れないから、どうしても相手に求めてしまうのかもしれない、と思いました。

オトコだって、結局、そう。
マイペースを気取っていても、どこかに、オレって、クールだろ?ってのがあり、
そういう反応を勝手に欲しがって、もらえなくて、全然クールじゃない情けない存在なのだ。



気楽に読める作品です、
ぜひ、読んでみてくださいね!
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