認知症はスティグマか?
2011-11-03 06:13:44
カテゴリー: お仕事(介護)
以前から、「認知症ケア」って言葉に、ちょっとした違和感を持っていたんだけど、
上手く説明できなかった。
もちろん、認知症をかかえる方への対応は、介護をする上で欠かせない部分であるし
未熟な私は、これから、もっと、もっと学んでいかなければならない。
私がこの仕事を始めたころは「老人性痴呆」なんて言葉で一くくりにされていたけれど、
その原因や病態、症状などについても、医学的、科学的に検証されてきており、
介護の現場での対応についての、エビデンスとなっている。
************************************
しかし、最近ウチのスタッフをみていると、
認知症のかかえる方へ対しての、介護スタッフの「意識」というか「目線」というか、が
「認知症」をみているんだよな。
もちろん
「認知症」ではなく「その人」をみなけりゃイカンのだが。
認知症が「ある」「なし」によって、自分の中で区別している様なのだ
一種のレイベリング的な様な感じ。
その人を知る前に、「認知症」というレッテルを張ってしまっているのだ。
だから
「ニンチあるの?ないの?」なんてフザケタ言葉が出てくるのだ。
認知症を有する方は、通常の生活を送れない「逸脱者である」的な考えを持っているのではないか。
じゃ、
なぜ「レッテルは貼る側の人たちは、レッテルを貼りたがるのか」って事になると、
「楽だから」
そう、楽なんだよ。一緒にいて。
認知症があるんだから、って思う。
すぐに忘れちゃうんだから、って思う。
つまり、ちゃんと向き合わなくても良いと思っている。
だから「普通の人ではない」というレッテルを貼って、
「自分たちの方が普通だ」という安心感をもっていたいのだ。
「ニンチの人」ではなく
「Aさん」という、人と向き合うのが怖いのだ。
********************************************
有名なピアニストである「辻井伸行さん」
盲目である事が知られているが、
その辻井さんが、こう言っている。
「盲目のピアニストじゃなくて、ピアニストの僕が、たまたま目が見えなかっただけ」
*****************************************
すこし、例えのニュアンスが違うことは承知しているが、
認知症を有するAさんだって、
「認知症のAさんじゃなくて、たまたまAさんが認知症になった」
ってだけなんだよ。
多感な青春を過ごしてきたかもしれない。
大失恋もしたかもしれない。
お金がなくて苦労したかもしれない。
女で一つで子育てしてきたことを誇りに思っているかもしれない。
そう、
私たちと一緒なんだよ。
いろんな苦労をして、また、ささやかな幸せを感じて、
そのAさんが、たまたま認知症になっただけじゃないか。
以前、某特養の有名な相談員さんが言っていた
「認知症の方と心を通わすには、こっちがボロボロになるくらい、心を開かないとダメだ」
「ニンチがある」って簡単にレッテルを貼る事で、
この事から逃げているんだよ。
以前、精神疾患の分野で「アンチスティグマキャンペーン」が張られた事があったけど、
(この良し悪しは別として・・・)
まずはウチの現場から始めなきゃいかんな・・・
「認知症」というレッテルを貼らない!
認知症ありきの認知症ケアなんて、全部ウソっぱちだ!
上手く説明できなかった。
もちろん、認知症をかかえる方への対応は、介護をする上で欠かせない部分であるし
未熟な私は、これから、もっと、もっと学んでいかなければならない。
私がこの仕事を始めたころは「老人性痴呆」なんて言葉で一くくりにされていたけれど、
その原因や病態、症状などについても、医学的、科学的に検証されてきており、
介護の現場での対応についての、エビデンスとなっている。
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しかし、最近ウチのスタッフをみていると、
認知症のかかえる方へ対しての、介護スタッフの「意識」というか「目線」というか、が
「認知症」をみているんだよな。
もちろん
「認知症」ではなく「その人」をみなけりゃイカンのだが。
認知症が「ある」「なし」によって、自分の中で区別している様なのだ
一種のレイベリング的な様な感じ。
その人を知る前に、「認知症」というレッテルを張ってしまっているのだ。
だから
「ニンチあるの?ないの?」なんてフザケタ言葉が出てくるのだ。
認知症を有する方は、通常の生活を送れない「逸脱者である」的な考えを持っているのではないか。
じゃ、
なぜ「レッテルは貼る側の人たちは、レッテルを貼りたがるのか」って事になると、
「楽だから」
そう、楽なんだよ。一緒にいて。
認知症があるんだから、って思う。
すぐに忘れちゃうんだから、って思う。
つまり、ちゃんと向き合わなくても良いと思っている。
だから「普通の人ではない」というレッテルを貼って、
「自分たちの方が普通だ」という安心感をもっていたいのだ。
「ニンチの人」ではなく
「Aさん」という、人と向き合うのが怖いのだ。
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有名なピアニストである「辻井伸行さん」
盲目である事が知られているが、
その辻井さんが、こう言っている。
「盲目のピアニストじゃなくて、ピアニストの僕が、たまたま目が見えなかっただけ」
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すこし、例えのニュアンスが違うことは承知しているが、
認知症を有するAさんだって、
「認知症のAさんじゃなくて、たまたまAさんが認知症になった」
ってだけなんだよ。
多感な青春を過ごしてきたかもしれない。
大失恋もしたかもしれない。
お金がなくて苦労したかもしれない。
女で一つで子育てしてきたことを誇りに思っているかもしれない。
そう、
私たちと一緒なんだよ。
いろんな苦労をして、また、ささやかな幸せを感じて、
そのAさんが、たまたま認知症になっただけじゃないか。
以前、某特養の有名な相談員さんが言っていた
「認知症の方と心を通わすには、こっちがボロボロになるくらい、心を開かないとダメだ」
「ニンチがある」って簡単にレッテルを貼る事で、
この事から逃げているんだよ。
以前、精神疾患の分野で「アンチスティグマキャンペーン」が張られた事があったけど、
(この良し悪しは別として・・・)
まずはウチの現場から始めなきゃいかんな・・・
「認知症」というレッテルを貼らない!
認知症ありきの認知症ケアなんて、全部ウソっぱちだ!





