ポトホト

我思う 故に我書く

耳を澄ませば

2017-07-11 07:41:33 | 雑記
昨夜、クリスタルを使って浄化瞑想していた時の事。

(…胡散ですなー(笑)やっぱりこういう文言って↑)

ふっと『アートマン』という言葉が浮かびました。

「なんかすっごい久しぶりに聞いたぞ」とか思いつつ、あらためてアートマンについて考えてみました。


アートマン――ウパニシャッド(リグ・ヴェーダ)で知られた言葉です。

アートマン、ブラフマンという、この言葉は結構どなたでもご存知ではないかと思います。

アートマンというのは、簡素に略せば『我』です。
少し加味するなら『真我』で、いずれであってもブラフマン(宇宙の根本原理)と同一のものと考えられています。

ううん、インド哲学ってやっぱすごいですね。

今、私達がスピリチュアルだ何だと話している事のほとんどが、既に遥かな昔語られていた訳で。

しかも系統だった哲学に昇華している。

私はどちらかというと、神話(ヒンズーの)の方から入って行ったので、正直、ウパニシャッドは齧ったくらいでしかなく、今までもあまり気にかけてはこなかったんですが、あらためて、『アートマン』という言葉を思い出させられて、一気に通った感じがあります。

そうか、そうだったんだ!という単純なものですが(笑)、この基本的で、肝心な事を忘れちゃいかんよなと思いました。


昨日記事にもした思考の一片――普遍性と不変な魂についての感覚は、まさにこの『アートマン』なんですよね。

正体がはっきりして嬉しいです。

そこにちゃんと自分がつながっている事も確認できた気がします。

『マン』とかついてるので、人格化して聞こえますが、梵語のそれは違います。

でも、ブラフマンとか、響きが素敵です。

今度はブラフマン相手に瞑想してみたらどうかなと思ってます。

ブラフマン――私が言うところの『源』ですが、源と呼ぶよりブラフマンの方が、やっぱりどこか人称っぽくて楽しそうだ(笑)

私には『神』とかよりしっくり来ます。

『名前(仮)』って、必要があって使われてるわけですが、それなりの効用があるものですね。


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