サンズ・トーク

自分を越えたい。時にそう思っている中高年の記。

昼食はさつまいも

2016-10-17 02:33:19 | 身辺あれこれ
このあたりには、成田の銘菓の店、よねやがある。
昨日は家内と出かけたついでにお菓子を買ったのだが、芋羊羹というのがあって、試食しました。
さつまいものべにあずまを使っているのだそうだが、芋の独特の甘味が印象に残る羊羹だった。

次の日、妻がお昼、何にすると聞くのでさつまいもを蒸かして喰おう。と言った。
我が家のお昼は、麺類だったり、ピラフだったり、ピザみたいなのだったりする。
前の日の昼食は、前夜のすきやきののこりをどんぶりにのせたすきやき丼だった。
つまり、こってり系だったので、今日はあっさり系がほしかったのだ。

うちは家庭菜園をやっているが、このところ、さつまいもを収穫したのがバケツに2杯もあって、持て余している。少しは消費しなくてはならぬ。
家内も芋蒸かすぐらいなら簡単でいいという。
我が家の芋は安納芋、奄美大島だか鹿児島だかのブランド銘柄である。
べにあずまなら表皮は鮮やかな紅色だが、安納芋は紅でもなくくすんだ茶系統。
だけど蒸かした食味は甘い。身はきれいな黄色、ほっこりでなく、ねっとり系と判った。
あちち。蒸かして喰ってこそ、安納芋の値打ちが判るってものだ。
家内は、バターつけて食べた。私は、小皿に塩をぱらぱら置いてつけて食った。

戦中戦後、私らは食糧不足の中、代用食で僅かに食いつないだ。
さつまいもやその弦、かぼちゃ、さとうきびの粉末、父は兵隊で外地。
そんな日常、母は強かった。
私ら子供を食わすため、田舎へリュック担いで買い出しにいった。しばしば行った。
あのころは私、国民学校の4~5年生ごろ。もの思わざりし年代だった。
それでも、戦勝国のアメリカが食糧援助してくれていたのは覚えている。
ララ物資、ガリオア物資、エロア物資などという援助のことは覚えてる。

それはさておき、デザートは柿。
童謡の里の秋、の気配ではありました。
静かな静かな 里の秋 ♬

でも、別に、屁は出ませんでした。
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