元気な心と体めざし隊

元気な心と体を目指すメンバーをどんどん増やし、みんなでハッピーへ。

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私ってどんな人間『26』

2008-08-04 | Weblog

皆さんこんにちは。

前回の最後に登場して頂いている建築会社の店長(会長より決定権を一任されている方)

より、その時の模様を書いて頂いた嬉しいメールを2006年12月27日に頂きました。

その内容を、店長ご了解の上公開させて頂きます。

このメールを頂いた時は、心の闇がピークに達していたので、本当に感動し勇気づけられました。

それでは、私が返信した内容と共に読み下さい。

≪主な登場人物(全て仮名になっています)≫

旧所長:(本田所長) 転勤して来た本田所長の同期(田代所長) 

私と駐在している上司(八田課長) 

支店にいる上司(吉本課長) その支店の支店長(亀田支店長)

建築会社の店長(田原店長)  

 

うちの会長:「風呂買うてください。・・って、何か元気なやつが来たぞ!」

田原店長:「風呂?」

 会長:「なんやら元気なやつやった。今度会って話聞いてやってくれんか?」

 田原店長:「くそ忙しいのに会えませんよ!」

会長:「いやいや約束してしまったから会ってくれ・・・」

あの会長を説得するうようなヤツがこの世におるんか?私でも説得できんのに・・どんな男じゃ?

数日後会うことに!・・・色黒の。目が血走った。男だった。

うざそうなヤツ・・・。早く話しをおわらせよーっ

田原店長:「最初の3分で感動できんかったら話を聞くのは終りですよ。いいですか?」

話がスタートした。

 3分後私は何かに感動してしまっていた・・・。

 後にも先にもメーカーの営業で感動したのはこれきり・・・。

 何に感動したかは覚えてないけど・・・ たぶんメンチの切りあいに負けたよーな。

すごい迫力だった。その男はもう遠くへ転勤した。

結構会ってないけどその男はいつも県ナンバー1の男。

エネルギーを発散しまくり、私に喧嘩をうってくるクセを持ち、私に勇気を与えてくれた。

一緒にビジネスランチに行った時、食事をするのを忘れるまで熱く語っていた。

その男から久々にメールがきた。半年前にしゃべったときもなんか変だった。

あの男が悩んでいた。ウソだろう? この最強男にも谷があるとは信じれなかった。

何としゃべればいいか分からず・・・。

過酷な壁にぶち当たって勇気と力で乗り越えるからこそ本当力がつくってもんじゃあないか?

なんて話したけど・・・実は私だって迷走中。 あいつ少しは元気でたかなあ?

私はいつも明るくふるまっているけど・・・ 見た目よりは結構孤独と戦っています。

そんな時。その男からプレゼントしてもらったボールペンを見て、あいつには負けれん。

・・・・と思って勇気を振り絞ります。 あの男だけには絶対に負けれん。

最後に電話をした時、 今度大阪で殴りあいをする事を約束して電話をきった・・・。

 

≪返信≫ 

勇気をいっぱい与えて頂ける、心のこもったメールありがとう 御座います。

久々にあの頃の自分を思い出し自然な笑顔がでま した。

あの時も強かったと言うより、強がってたと言う方が正 しいかもしれません。

あの初めて田原さんに会った時の第一印 象は非常に悪かったです。(笑)

俺を説得出来るものならして みろって感じで、かなり迫力ありました。

 しかし、その瞬間に私のスイッチは入ってました。

 このスイッチが入ると、自分でも止めれないくらい必死です。

 説得すると言うよりも情熱と熱意で、必ず相手の懐に飛び込んでやると言う感じでした。

それが田原さんの『何に感動したか 覚えてないけど』と言う言葉が物語っていると思います。

 田原さんの心に何かが響いてくれたんだと思います。

 この数ヶ月間、顔にも出てしまうくらい弱ってしまった私にそ のスイッチが入る事はありません。

 しかし、必ず復活します!!

もう一度元気な笑顔で田原さんに会 って、お互い目を血走りながら、熱く語り合う為に。

 田原さんに会えてホントに良かった。ありがとうございます。

 田原さんも色々大変だと思いますけど、こんな私で良かった ら、また熱く刺激し合いましょう。

 いつでも闘える様に体も鍛えておきますので・・・。(笑)

と言った内容を返信しました。

 

お得意先を超えた男の熱き友情!!

 

田原さんとは今でも交流があり、たまに電話で声を聞かせて頂きますが、

相変わらずパワーがみなぎっておられます。

当然苦しいことや大変な事もあると思いますが、

常に前進あるのみで突き進まれています。

私はいつも刺激を受け、いい意味での闘志を湧かせて頂いています。

 

この様に商品のご採用も頂いた上に、いい出逢いも頂き、

少しづつ自分と言うものを取り戻しつつあったが、

まだまだ完全と言える状態ではなかった・・・。

 

とにかく私は、結果が出た先に何かを掴んでいる事を信じて、

マシンの様に働くしかなかった。何かを掴む為に・・・。

                                               つづく

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私ってどんな人間『25』

2008-07-02 | Weblog

皆さんこんにちは。

前回からの続きです。これから私はどんどん心の闇に入って行きます・・・。

それではどうぞお読み下さい。

≪主な登場人物≫

旧所長:(本田所長) 転勤して来た本田所長の同期(田代所長) 

私と駐在している上司(八田課長) 

支店にいる上司(吉本課長) その支店の支店長(亀田支店長)  

あの亀田支店長との面談以来、私は売上げの事だけを考えて働いた。結果が全て・・・。

しかし、中々結果が出ない。そんな苛立ちとジレンマを日々繰り返して行くうちに、

だんだんと自分に血が通っていない様な感覚に陥った。

 

俺は売上げを上げるだけのマシンなのか・・・。

しかし、マシンでもいいから今期は売上を上げないといけない。

強かった頃の自分を取り戻す為に・・・。

果してそれは本当の自分何だろうか・・・。

そう考えているとどんどん視野が狭くなり、周りが見えなくなって行った。

当時の私は周りが見えなくなっている事には気付いていませんが・・・。

何で俺はこの部署を選んでしまったのだろう。自分の決断に対する後悔。

前の部署に残る選択していたら、きっちり売上も伸ばして自分の思う様になってただろう・・・。

否、本当に思う様になっていたのだろうか?

あの頃の私はそう言い聞かせる事で、自分を何とか保とうとしていた。

”現実逃避、言い訳の正当化”

私の心はマイナスマイナスの方向へと向かって行った。

 

そんな時、得意先から『アンタ会社辞めるんか?』と突然聞かれた事があった。

ビックリした。何故この人は私の心の中が見えたのだろう。

『何故そう感じられたのですか?』と聞き返した。

『いやぁ、アンタの顔にそう書いてあるからな。』

その方は、私が1年かけて猛アタックして他社から全て切り替えて頂いた上得意先の社長。

『実は色々悩んでいまして・・・。でもお得様に解ってしまう様では営業マン失格ですわ。

 しかし、やっぱり社長するどいですね。』

『顔が勢いのあった頃と全然違うからね。私を説得しに来てた時は、

 どんなに断っても目を輝かせながら、自分と商品に自信を持ってやって来てたからね。』

確かにあの頃は、アポは取らせて頂けない。いつ帰って来られるかも教えて頂けない。

と言う状況の中で女を口説く様に?否ストーカーの様に?(苦笑)

とにかく、あの手この手を考えて社長に会える方法を考えた。

正直苦しかったけど今思えば、片思いの自分に酔いながら楽しんでいた様にも思える。

その思いが通じて両想いになれた時は、営業車に乗り込んで『よっしゃ~。ウォー。』と、

大声で何度も何度も叫んだ。その溢れる感情をどこにぶつけていいのか解らず、

車の天井を何回も何回も殴ったのを思い出す。

営業の喜びはこの瞬間しかない。でもこれがあるからまた頑張れる。

本田所長が言っていた、

『これからは、成功事例が多い人間しか生き残られへん。

 当然成功事例のない人間は、部下や後輩にも教える事も出来んからな。』

この言葉は今でも身に沁みているし、正にその通りだと思う。

自分が経験していない事は、人に伝える事は出来ない。

成功だけじゃなく、失敗もそう。失敗のない成功はないと思う。

しかし勝ち続けている人間は、失敗した時に立ち止まらない。

当然反省はするが、それよりも先に次はどうしたらいいのかと考えて即行動。

私もそこまで気持を持って行けた時は、必ず結果になって現れた。

 

やっぱり考えるより行動。頭の中でシュミレーションしても、その通りになる事は殆どない。

頭の中で恐れていても意味がない。確かに考える事は必要。

だからゆっくりでもいいので、前に進みながら考えて行こう。

いつもそう自分に言い聞かせていた。 

 

でも光り輝いていたのは過去の自分。

得意先だけじゃなく、とうとう後輩にまでこんな事を言われてしまった。

『先輩大丈夫ですか?何か人殺しそうな目してますよ。』笑いながらではあったが、

自分でもマシン化してしまってると感じた姿に、後輩も何かを察したのだろう。

 

そんな精神状態になってる時の私にとって、事務所は同じなのに周りの人達は

違う営業所の人間だと言うこの駐在と言う環境が苦しかった。

普通で考えれば、今まで一緒に働いていた営業所の人達なので関係ないと言えば関係ない。

しかし卑屈になってしまってる私にとって、隣の芝が青い事が腹立たしかった。

 

俺はお前らと違う・・・。もっと高いレベルで闘ってるんや・・・。と自己防衛。

 

そういう姿を見るに見かねてか、田代所長がたまに声をかけて来られた。

『調子はどうや?大変だとは思うけど、ちょっと周りが見えてない様な気がする。

 自分の事ばかり考えずに今までの後輩にもアドバイスしてやってくれよ。

 お前の事をみんな後輩は見てるんやからな。影響力がある事を自覚して行動せえよ。』

 

そんな事は解っている。でも今の俺は息をするのも苦しいくらいの状態なんや。

俺の気持ちも解らんくせに言わんといてくれ。と言う気持ちから出た言葉は、

『私は違う部署の人間ですから、アドバイスする訳にはいきません。』だった。

本当はそんな事言いたくなかったはずなのに・・・。

『何を言ってるんや。同じ仲間やないかっ!今日は内の飲み会あるからお前も行くぞっ!』

一生懸命言って頂いている田代所長の言葉は、私の耳には届かなかった。

表面的な愛情としか感じられなかった。当然の事ながら飲み会は断った。

その後も再三飲み会の誘いを頂くが全て断り、歓送迎会だけ参加した。

根本的な苦しみを取り除けない限り、飲み会に行っても苦しいだけ。

どうしても弱みを見せれないこのプライドがずっと邪魔をしていた。

当然そんな状態では、誰も私の苦しみに気付く事はなかったので、

助けてもらえる事もなかった。

 

田代所長もいくら直属の部下ではないとは言え、そんな私の態度が面白い訳がない。

応接室に呼び出され、少し興奮気味に檄を飛ばされた。

『お前なぁ大概にせなあかんぞ。何が違う部署ですからやっ。もっと周りを見て行動しろっ!』

その言葉に私は納得がいかず、

『周りを見ろ周りを見ろって言われますが、田代所長は出血多量で死に掛かっている人を

 何故見殺しにしようとされてるんですか?』

『どう言う事やっ?』

『私は誰にも相談できず、苦しくて苦しくて今まさに死に掛かってるんですよ。

 田代所長なら、私が苦しんでいるのは解ってたはずです。

 それなのに何故助けようとされなかったのですか?』

『う~ん。それははっきり言うと、お前は俺の部下じゃないからや。

 俺はお前の上司が違う部署の上司からアドバイスされてると、いい気持ちじゃないだろうなと

 思うから何も言わん様にしてるんや。隣に八田課長も居られるしな。』

私は意味が解らなかった。苦しんでるのは私なのに、気を遣ってる相手は私の上司。

『そうですかっ。私は目の前で出血多量で死に掛かってる人を見たら、

 どんな状況でも助けますけどね。だから、中途半端な優しさはもう止めて下さい。

 私は田代所長の部下じゃないんですから。』

『もういい。好きにしろっ。』田代所長と私の間に大きな溝が出来てしまったのは言うまでもない。

しかし私は間違った事を言ったとは思ってなかった。

この矛盾したサラリーマンの縮図がどうしても理解出来なかった。

隣に居られる八田課長はあの件依頼、良い人だと思える様にはなった。

でも、毎日一緒にいる部下の苦しみに気付く事はない。

それどころか後で聞いた話によると、支店に居られる吉本課長に、

『売上げも上向きになって来てますし、アイツは問題ないですよ。』と報告していたらしい。

それだけを聞くと褒めて頂いている訳ですから、非常に嬉しい話ではあるが、

そこだけをクローズアップされてしまうと、月に一度会うか会わない様な吉本課長には、

私の心の叫びなど届くはずもない。

 

いったい目の前にいる3人の偉いさん達は誰に気を遣っているのだろう。

苦しんでいるのは私なのに・・・。

 

こんな会社辞めてやる。絶対に昨年のダウン分を上乗せして、売上げ伸ばして辞めてやる。

私の目標はそれだけだった。今考えるとせっかくこの世に生まれて来たのに、

何と小さな目標を抱えていたのかとは思う。

しかし、今のサラリーマンは大なり小なり、同じ様な悩みを抱えながら生きていると思う。

その時の私にとっては、非常に大きな目標であったし

とにかく強かった頃の自分を取り戻して会社を辞めたかった。

負け犬にはなりたくなかったから・・・。

 

そんな中、売上げは少しづつ回復して来てはいたが、

大幅な伸びを出すまではまだまだといった状況だった。何とかしなければならない。

 

私は今日飛び込み営業をして、納得するまで絶対帰らん。と決心して会社を出た日があった。

そう簡単に飛び込みで手ごたえを感じれる業界ではなかったが、決めたからにはやるしかない。

 

私は、前から訪問しようとリストアップしていた会社に飛び込んだ。

その会社は黒塗りの自社ビルで中が見えず、一見するとそっち系の事務所かと

思ってしまう程迫力があった。

受付に出て来られた方に、『社長は居られますか?』と尋ねた。

『社長はあいにく外出しておりまして。』私はいつもの断られ文句だと思い、

怯むことなく、『会長は居られますか?』と尋ねた。

その会社に、会長が居られるかどうかも解っていなかったが必死だった。

受付の方が『会長は・・・』と言いかけたその時、トイレから1人の男性が現れた。

『何かようか。』名刺を頂くとその会社の会長だった。

『私はこう言う者でして、御社に当社商品をご採用頂きたく参りました。』

『まぁ、座って。』

それから5分程たっただろうか、会長が『解った。今その商品を決定するのを一任して

いる者がおるから、後日もう一度説明してやってくれ。私からも伝えておくから。』

そう言われて席を立たれた。

私は何かよく解らなかったが、いつもと違う手ごたえを感じたので帰社する事にした。

                                              つづく

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私ってどんな人間『24』

2008-06-17 | Weblog

皆さんこんにちは。またまた期間が大分空いてしまいました~。

前回の内容を作ってて、自分でもこの内容解るんかなと思ってましたが、

周りの反応を聞くと、ちょっと人間関係が解りにくかった様ですね。すいません。

実名は出せませんが、ちょっと解り易くする為にここから仮名を使う事に致します。

 

旧所長:(本田所長) 前の事務所の新所長(丘所長) 私と駐在している上司(八田課長)

支店にいる上司(吉本課長) その支店の支店長(亀田支店長)  

 

私は自分の欠点に気付かせてもらって依頼、決して小言言われて良い気持ちはしませんが、

八田課長に対し聞く耳を持てる様にはなりました。

聞く耳を持つと、その人から得る情報量は一挙に加速しました。

とは言っても、素直に感謝出来るまでには、少々時間が掛かりました。

私は少し前に述べました様に、昨年同期の退職と同時に売上も引き継ぐ事となりました。

 

しかし、その下がって行く売上げを食い止める事が出来ず、

入社して2度目の前年割れを経験してしまいました。

前回の時のダウンは、ずっと大幅に伸ばし続けていた事にあぐらをかいてしまった、

”自分の油断”から生まれたモノ。

次の年にそれ以上の貸しを返す事は出来たが、とても悔しい思いをしました。

それから油断せず頑張って来ましたが、ここに来て2回目の前年割れ。

今回の一番の要因は、あまりにもダウン幅が大きかったので、

前担当が悪いと自分の気持ちを正当化し、どこか諦めてしまった結果だったと思います。

自分に負けてしまった事が、ホントに情けなく思います。

 

そんな時、亀田支店長との面談があった。

当然売上げが落ちているので、色々正論を並べられ逃げ道を塞がれて行った。

初めは我慢して聞いていたが、自分の中で何かが弾けてしまった・・・。

 

私『もういいです。ダウンしてしまってるのは私の責任。それは本当に申し訳ない。

  来期このダウン幅以上に伸びを出せなかったら会社を辞めますので、

  今後一切私の好きな様にさせて下さい。休みも得意先との戦略上、

  土日じゃなく平日に取らせてもらいます。』

  と実際は興奮して、もっと語気を荒げながら言ってしまった。

亀田支店長『べ、別に辞めんでもいいけど、その気持ちで頑張ってくれ。

        休みも好きな様にしたらいい。』

亀田支店長にしたら、圧倒されつつも軽くあしらったつもりだったかもしれないが、

私は、”吐いた唾は飲めん”と言う気持ちだけでは抑えきれず、

大幅に伸ばして支店長に『どやっ。』って言って辞めたろと決心したのでありました。

一般的に考えると訳が解らないと思いますが、どれだけ会社の事を思ってやってると

思ってんねん。と言う気持ちがあまりにも強かったのだと思います。

今思うと、大企業に対する小さな抵抗だったと思いますが、

その時の私にとっては、必死に闘っているサラリーマンの精一杯の叫びだったと思います。

 

こんな風に勢いで行ってしまう性格は、私の長所でもあり短所でもあります。

勢いに乗ってしまえば、かなりのビッグウェーブも乗りこなす事が出来ます。

その反面、勢いが空回りした時は、波に飲み込まれる反動がかなり大きい為、

一旦その渦に巻き込まれると、中々出て来る事が出来ませんでした。

 

結果を出せないと、自分と言う存在が成り立たないとも思ってました。

正に自分との闘い。ここだけ聞くとカッコよく聞こえるかもしれませんが、

もっと上手に生きる方法はたくさんあったと思います。(今だからそう思うのですが・・・)

しかし、不器用な自分はそれが出来ない。

弱いところは、妻にも見せれない。常に有言実行で自分を追い込む。

焦ってるところは人には見せず、いつも冷静に物事を対処する。

これはホントの自分何だろうか・・・。と迷走する事もしばしばあった。

 

そんな状況の中で、赴任して1年の丘所長が転勤となった・・・。

本田所長が転勤する頃から下がり目だった売上げのツケが、

丘所長に回って来たのだろう。タイミングが悪かったと言えばそうなのかもしれない。

しかし、1年で判断されてしまうのは酷過ぎる。と今の自分にダブらせながら考えた・・・。

 

丘所長と入れ替わりに来られた方は田代所長と言い、

3年程前に本田所長が『お前に会わしたい人がいる。』と言われて、

ご自宅で酒をご一緒させて頂いた方だった。

田代所長は本田所長と同期で、同期の中でも一番の出世頭の方でした。

最年少支店長の記録は、今でも抜かれてないのではないでしょうか。

 

自分の尊敬する本田所長よりすごい人って、どんな人やろってワクワクしながら伺いました。

そんな気持ちでお会いした田代所長は、背が小さくナイナイの岡村に似た風貌の方だった。

自分の想像とは全く違っていた。失礼ですが、貫禄何て全くない。

その気持ちを見透かされた様に、本田所長がご本人を前にして、

本田所長『お前ら、こんな弱そうで頼りない感じに見えるけどな、内の社長と正面切って

       闘う様なスゴイ男なんやぞ。どんな状況でも下がる事はないし、

       結果もきっちり出しよるんや。』

田代所長『俺の話はいいって。得意先と酒ばっかり飲んで楽しんでるだけなんやから。』

と笑っておられた。そんな和やかな状況の中で、私と同期の話題が出た。

田代所長の部下として先月まで一緒に働いていたけど、先日退職したとの事だった。

150人いた新入社員の中でも印象に残っており、

自分の考えをきっちり持って行動出来る男だった。そんな彼がどうして・・・。

 

その理由を聞いて見ると、父親の跡を継ぐとの事でしたが、

実際のところは、私が売上げが良くて天狗になっていた時、

一回目の前年割れで鼻を折られたのとよく似た状況だった。

私は一年で借りを返し昇格する事が出来たのですが、

彼は、自分が教えていた後輩に先を越されてしまったのが理由だったようです。

後輩に抜かされると言うのは、競争社会の中でよくある話だと思うのですが、

私は一番初めの昇格は、目先の数字じゃなく総合評価をして昇格させ、

やる気に拍車を掛けさせるべきだと考えていた。

 

私はその事を田代所長にぶつけてみた。

私『すいません。その同期は仕事が出来なかったのですか?』

田代所長『否、すごい真面目で、数字もずっと良かったんだよ。

      でも昇格がかかった年にダウンしてしまってね。』

全く私と一緒の状況だった。

私『何故会社は、やる気を持っている人間のやる気を無くす事をするのですか?

  きっちり評価すれば、その人間がこの会社にどれだけ貢献しているか、

  この会社に必要な人間かどうか解るのではないですか?

  数字で判断しないと平等にする事は難しいのも解ります。

  でも、ラッキーで数字の上がった人間とそれを同格に評価してもいいのですか?』

自分の事を言ってるかの様に話し続けた。

田代所長『お前の言う事は正しいし、その通りやとも思う。

       でも俺は、アイツにはもっと期待してたんや。

       これからの人生、そんな競争は何回でもやってくる。

       その度に逃げてたら、いつまでたってもそこまでの人間になってしまうやろ。

       アイツやったら、きっとそれを乗り越えて来年胸を張って昇格する力があると、

       そう評価してたんや。』

私も言ってる事は非常に良く解る。

でもその時の自分はまだまだ目先しか考えられなかったので、

同期の気持ちの方が痛い程良く解った。

私『田代所長は、アイツにその事を伝えたんですか?』

田代所長『もちろん伝えたけど、アイツは昇格が理由じゃなく

       父親の跡継ぎが理由だとの一点張りやったんや。』

そやろな。俺もそう言ったやろな。負けず嫌いの人間は負けを認めたくないから・・・。

やる気のある人間が認められず、辞める決断をさせた事が非常に悔しかった。

自分も同じ状況だったら、間違いなく辞めていたと思う・・・。

本田所長が田代所長に『おもろい奴やろ。』と言われた。

田代所長は『ええな。この熱いエネルギー,内の事務所に欲しいわ。』

と笑顔で答えられ。その会はお開きとなった。

 

その田代所長が赴任された時私を見るや否や、

田代所長『お~久し振り。お前を頼りにして来たのに、違う部署に配属になったんやな。

       残念やわ。まぁ、違う部署とはいえ同じ事務所やからまた色々教えてもらうわな。』

私も同じ土俵で仕事をしてみたかったので、正直残念に思いました。

 

しかし、目の前にいる田代所長が上司であって上司じゃないこの状況が、

私をこんなにも苦しめる事になるとは、その時は思いもよりませんでした・・・。  

                                           つづく

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私ってどんな人間『23』

2008-05-11 | Weblog

皆さんこんにちは。

今回も何とかかんとか、早い更新が出来ました。

今はホントに自分の色んな可能性、夢に向かって日々奮闘しております。

限界を決めてしまうのは簡単ですけど、そんな人生楽しくないですもんね。

人生は自分で創造するモノ!出来ない事は何もない!自分を信じて自分の心に素直に生きろ!

この想いを胸に秘め、”心からの笑顔を1つでも多く作って行きたい”と思います。

 

前回のつづきになりますが、けったいな環境をもう少し説明させて頂きたいと思います。

どこの会社もそうですが、同じ会社であっても支店や営業所が違うと上司が変わります。

(色んな支店を跨る様な、統括マネージャーみたいな方は別ですが・・・。)

幸か不幸か転勤の辞令が出たのに、引っ越しもせず席替えの様に異動となった私は、

目の前に以前の上司がいるのに、上司ではなく同じ会社の偉いさんと言う事になりました。

この事は普通に考えると、自由で楽なように感じるのですが、

現実は、ものすごく自分との戦いでした。

私は初めにまだ顔も見た事のない上司に、遠路遙々挨拶に伺いました。

その後、私には1人の上司(課長)が付く事となり、

私と上司の2名が、前の事務所に駐在員として間借りをする事になったのです。

その上司は私より10何歳か年上で、如何にも体育会系といった様な感じの方でした。

ある時、前の事務所の先輩が『お前の上司どんな人か知ってるか?』と言って来た。

まだお会いして間のなかった私は、『いやぁ、まだあんまり解りません。』と答えた。

先輩はその上司の過去を教えてくれた。

    『あの上司な、前俺がおった所で今と同じ部署の課長されてたんやけど、

     ある時、部下10人中7人が辞めて行ってな、後の3人もいつ辞めよかって状況の

     時に転勤になりはってん。結局そいつらは辞めんかったんや。

     かなりきついみたいやで、潰されへん様に頑張れよ。

     まぁ、お前やったら大丈夫やと思うけど。』とアドバイスをくれた。

私はその言葉を聞いた時、身構える気持ちにはなったがビビる事はなかった。

私の性格は、どんな役職の方にも臆する事なく、自分の意見が言えたからです。 

その後その上司とは、かなりバトルを繰り返した。

しかも、そのバトルが夜中の12時頃に始まる事も・・・。

あわや事務所で殴り合い、と言う様な緊迫とした空気が何度も流れた。

熱い思いでぶつかって、必死に物事を伝えてくるけど、うっとうしくて仕方がない。 

ホントに何でそれを今言うんや、と言う事が多かった。

2人しかいないこの状況の中で、いつまでもこの様な状況では仕事がしにくいと思い、

私は、嫌な感情を無くし冷静に考えてみる事にした。 

冷静に考えてまず頭に浮かんだのは、この人は、俺の為に一生懸命伝えてくれている。

と言う事だった。でも、何でうっとうしく感じるんやろ。

色々考えてると、1つの事に気付いてしまった!

”あっ、この上司って俺にそっくりやん”

そう思った瞬間、急に親近感を覚えた。ホンマ勝手なもんですわ~(笑)

俺も今まで、こうやって必死にやって来たけど、知らぬ間に部下や後輩を潰してしまってたんや。

今回の事で、身を持って体感出来、自分の間違った考えに気付く事が出来た。 

この上司もたくさんの部下が辞めて行ったけど、この人自身が悪いんじゃなく、

やり方がまずかっただけやな・・・。それに気付かせてもらった俺はラッキーや。

しかし、一生懸命相手の事思ってやってるのに、何が問題なんやろ~。

更に私は考え続けた。そこである結論に達した。

それは、その人にとっていくら良い事や当たり前の事であったとしても、

相手にそれを受け入れる受け皿がなければ、全てダダ漏れ状態って事。

なのに、相手の為でもあり正論だと言う事で、何度も同じ事を言ってしまう。

最終的にはどうなるかと言えば、自分か相手のどちらかが潰れてしまう。

悲しいかな、相手の為と思って一生懸命やってる者にとって、

何故相手が潰れてしまったかは解らない。

そこだけを見てる人は、自分が悪いと気付く事がないのです。(私の経験上)

逆に、何で俺はこんなにも部下の為に考えてアドバイスしているのに、

辞めて行くんだろうと悩む人の方が多いと思います。

そうすれば、こうならない為にはどうすればいいのか?

前回にも述べました様に、部下がやる気の出る環境を作り、

自信を持てる様にするしかないと思います。

正論で相手を論破しても、全く意味がないと言う事です。

 

ここで、その事を自然と実践されている社長を紹介させてもらいます。

この社長とは、入社して2年目から出会う事になるのですが、

正直初めは全く相手にされませんでした。

プラス思考?の私は逆に、他社商品をメインに販売してる会社やから、

当社をメインで販売している代理店を担いで、攻めて行ったろと思いました。

しかし、その会社はその地域でかなり頭角を現わして来て、

そうも言ってられない状況となったのです。 

それから何度も訪問する様にしましたが、相変わらず相手にされる事はありませんでした。

頑張っていると変化が起こるきっかけがやって来ました。

ある共通の展示会で一緒になり、ちょっと長く喋る事が出来たのです。

その時の話で、次の会社の展開を教えて頂いたのですが、

人手が必要で、しかもその道のスペシャリルトが欲しいとの事。

社長『アンタ、色々回ってるから、誰か良い人知らんか?おったらまた紹介してや。』

正直、それって俺に何かメリットあんのかよ。

そんな時だけお願いしてくんなよと思いながら、そこはサラリーマン、

私『はいっ、解りました。また見つかりましたら、連絡します。』と伝えた。

それからと言うもの、訪問する度にその事をお願いされる様になった。

皆に言ってるやろと思ってたら、そうでもなかったみたいだった。

社長『アンタの日頃の言動見てると、真面目やしきっちりと物事を見てるから、

    アンタがいいと思う人間は間違いないと思うねん。』

へぇ、そんな風に思ってくれてたんや。

その言葉に乗せられてしまった私は、

『いない訳では無いですけどね。』と思わず言ってしまった。

これはまんざら嘘でもなく、ある1人の方が頭に浮かんでいたのです。 

この方は私より少し年上で、その社長とライバル会社に勤めておられました。

その方は時折、私に会社の悩みを持ちかけられました。

ものすごい真面目で、お客様に対して120%思いを返す様な人でした。 

ある時、その方が会社を辞めると言い出したのです。

色んな悩みの中での決断、もう誰も止めれる状況ではありませんでした。

しかもこの業界から去るとの事。よっぽどの事だったのだろう。

その事を社長に告げた。

『おられるのはおられますけど、そんな状況ですので会う事すら難しいと思うので、

 この話は出来ません。』とはっきりと言った。

社長はその日は引き下がったが、次の日からほぼ毎日電話がかかって来るようになった。 

普通でしたら何度言われても、無理なものは無理で断りますし、

人の人生が関係してると言う事もありますので、私は慎重になった。

私はその人の色んな悩みを聞いていましたので、

この2人が一緒になる事で、お互いの悩みが解消されるのではと考える様になったのです。

その思いが込み上げて来たので、私も協力しようと決心しました。

それから、その方と仕事で関わりながら色んな状況を確認する様にしました。

社長は相変わらず毎日の様に確認して来た。

焦る気持ちは解りますが、まずは相手の気持ちが動かないと行けません。

少しづつ伝えて行くが、全然感触はありませんでした。

今の会社に義理を欠く事は出来ないとはっきり言われました。

そんな時に社長から『もう無理かな。どうしたらええやろ?』と言われました。

私は『ラブレターを書きましょうか。』と告げた。

社長『ラブレター?嫁はんにも書いた事がないのにっ。』

私『手紙に想いを託して渡しましょう。』

社長『解った。アンタの言う通り何でもするわ。』

因みに社長は私より、20歳くらい年上の方です。

そんなこんなで、1年くらい経った頃、お互いの気持ちが通じ合い、

その方は、その会社へ入社される事となりました。 

その後、お二人から本当にありがとうと言って頂けた事が、

私にとって何よりの喜びでした。

当然、社長の私を見る目も変わり、自然と売上げも鰻登り!

やっぱり、ええことしたらちゃんと自分にも返って来るやんと思いました。

そんな社長にまつわるエピソードで一番感動した話をご紹介します。

それは、社員さんと上得意先との間で起こったトラブルの話でした。

その上得意先(会社で1、2を争うくらいの売上げがある会社)から、

駐車場に付けるカーポートの注文があったそうです。

社員さんがカーポートを取り付ける最終段階に来た時、

上得意先の専務さんが、

『今まで台風が来ても飛んだ試しないから、そこまできっちり取りつけんでええよ。

 それよりも、早く取り付けてくれるか。』と言われたそうです。

そう言われても、万が一と言う事もありますので、

社員さんもすんなり引き下がる訳に行きません。

かなり何度も説得された様ですが、もういいとの一点張り。

これ以上言うと、逆に怒らせてしまうと感じたので、作業を終わる事にしたそうです。

ある時、今までで最大の台風がやって来て、カーポートは無残にも壊れてしまったのです。 

例の専務は、怒り心頭で電話をして来ました。

社長はその社員を呼んで、状況を確認した。

社員さんは、何度も専務を説得したが聞いてもらえなかった事を説明した最後に、

『そこで作業を止めた自分にも責任があるので、弁償します。』と訴えたそうです。

それを聞いた社長は、その専務に電話をして、

『作業を途中で止めさせた事にも問題がある。』と詰め寄ったらしい。

当然その言葉は専務の逆鱗に触れ、『もうお前の所と取引き停止じゃ。』と怒鳴った。

そこで社長も怯まず『上等や!これでアンタもタダのおっさんや!』と言い放ったそうです。

これを聞いた社員は、涙を流しながら何度も何度も謝ったそうです。

社長は『お前は何も悪いことはしてない。

     これからはもっと徹底した方がいいけど気にするな。』と言って最後までかばわれた。

しかし周りの社員は、美談と取れずに不安を感じたらしい。

それもそのはず。その会社はかなりの売上げを占める上得意先。

不安を感じても仕方がないと思います。

そこでも社長は『その穴埋めは、社長である私が何とかするので問題ない。』と告げ一蹴した。

言葉通り、数か月以内にそれ以上の得意先を攻略をされたそうです。

この話を聞いた時、どんな状況でも合わせられる社長が、

何故そこまで言い切られたのか疑問に感じました。

それをさりげなく聞くと、少し前から直感的にこの得意先は危ないと感じていたらしい。

リサーチする限りでは問題なかった様ですが、何か虫の知らせがあった様です。

社長から言わせると、その直感を信じて行動に出るには、打って付けのネタだった様です。

何と商売とは奥の深い事か。しかもその事で、部下の心も掌握してしまったのだから・・・。

この社長は常に戦略的に動かれるが、それに気付かれる事はない。

誰もがその戦略に心地良くはまって行ってしまいます。

私も公私共に色んな相談をし、勉強をさせて頂きました。

今でも心に残っている言葉として、

『越えられない壁はない。神様は超えれる人間にしかその試練は与えない。』

『渦に巻き込まれている限り、そこから出て来れない。

 常に鳥瞰して物事を見る様に心掛けよ。』

悩んでいる時には、とても心に沁みました。

こうして、うっとうしいと感じた上司との出会いで、自分の欠点に気付かせてもらった。

更にそこでどうすべきかと言う事を社長に教わり、少しづつ自分の器を大きくして行ったのです。

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私ってどんな人間『22』

2008-05-04 | Weblog

皆さんこんにちわ。

今回はかなり早く更新をする事が出来ました。

更新が遅くても気長にお読み頂いている方々、本当にありがとうございます。

それでは、続きをお読みください。

前回の社長以外にも、私の心に刻まれ,今に活かされている方がたくさんおられます。

ただこの時期は、前回登場した社長のご指摘通り、精神的に不安定な状況でありました。

それだけ旧所長の存在が大きく、私の器が小かったと言う事です。

 

新所長が悪いと言う訳ではないのですが、旧所長とは全く正反対の所長でありました。

何が一番違うかと言えば、『行動力』。

旧所長は、部下より事務所におられる時間が少ないくらい、活発に行動されておられました。

それだけ行動されると、部下も当然動かざるおえないって感じでした。

一方、新所長は殆ど事務所に居られ、パソコンによるデーターで指示されるタイプ。

 

私は、『実戦』と『データー』どちらも必要だとは思います。

旧所長もデーターを無視されている訳ではなく、実戦での確認と言う感じでした。

実戦で中身を見られていると、データーの売上げがラッキーかどうかも把握されています。

だから、いくら売上げが良くても、見破られてしまうのです。

 

ただ、旧所長の凄いところは最後まで追い込まない懐の深さです。

追い込んでるのに、逃げ道を全て封鎖する事はありません。

この事で、追い込まれてる側にもゆとりが生まれ、反省する時間が出来るのです。

 

人は、この人の為に何とかしてあげたいと思えば思うほど、

知らぬ間に自分の意見を通してしまってる傾向があると思います。

『どうでもいいと思ってる人には、こんな事言わへんで。』みたいな言葉を使って、

結局相手を追い込んでしまってるケースです。

少なくとも私は、そういうところがありました。

 

結果は、一生懸命やってるのに部下を潰してしまい、

自分自身も、何で解ってくれないんだろうと悩み苦しことになりました。

 

しかし、この逃げ道を作ってもらってると言うのは、当時は気付きませんでした。

気付ける器じゃなかったと言う事です。

気付ける様になれたのは、自分がその立場(役職)になってからの事です。

役職が器をつくるのを、実感した瞬間でもありました。

それ以後、気付いた状態で周りを見ると、正にその通りだと思える事ばかりでした。

 

自分のしている行動が、こんなにもしてあげてるのにと言うのものであれば、

部下は感謝しません。部下が心から感じるものでないと慕って来ないのです。

この様な状況を作る為にどうすべきか。それは、部下がどれだけ仕事のし易い環境を

作ってあげれるかと言うところだと感じました。

この上司に言うと、必ず更に上の決済を通してくれると感じたり、

(この人に言っても無理と認識させてしまうと取り返しがつきません。)

苦しんでても、見守ってくれていると言う安心感がある事もその1つだと思います。

 

それは決して、上司と部下が”なぁなぁ”の関係になる事ではありません。

主従関係はきっちり成り立たせないとけません。

ここが崩れると、部下は上司はをナメて来てしまい、戦闘能力が下がります。

 

ある時、旧所長が私にポロッとこぼされた愚痴が、凄くそれを物語っていました。

旧所長『俺もな、この立場じゃなかったら、もっとお前らの所に降りて行って、

     楽しくやりたいんやけどな。悲しいかな、それはしたらアカンと思ってんねん。

     その目に見えない線は守らんとこの関係は成り立たんからな。

     所長も経営者と一緒で孤独と闘ってねん。

     だから、得意先の社長は俺にいっぱい悩みを打ち明けてくんねん。

     会社の中では誰にも相談出来ひんからな。』

なるほどと思いました。

この孤独の内を打ち明けられた時、更に旧所長を助けなければと思いました。

(それも作戦だとしたら・・・。考えると恐ろしい。(笑)) 

 

確かにこの世の中、自分の出世の為だけ考えられてる方もたくさんおられます。

いわゆる”世渡り上手”と言われる方々です。それはそれで才能だと思いますし、

否定するつもりもありません。私がいた会社の中にも当然おられました。

 

出世されている方は、大きく2種類に分かれると思います。

1つはら部下の意見を聞きながら、自分の身を粉にして売上げを上げるタイプ。

このタイプは、かなりのトータルバランスがある方しかなれません。

部下だけを見ている訳ではなく、当然上司とも良い関係を作らないといけません。

しかし、上司ばかりを見て営業してると、部下はすぐに見抜き反感を買います。

いくら言葉でごまかそうとしても、悪循環になるだけです。

部下寄りにいると感じさせながら、上司に意見を通して行く。

その姿に部下は、自分達は守られていると感じ、信頼関係が生まれるのです。

もう1つのタイプは、自分の出世を考え上を向いて行動するタイプです。

このタイプで出世されている方は、恐怖を植え付けて完全支配されている方が多いです。

完全に恐怖が植え付けれられた人間は、辞めると言う選択より、

頑張って結果を出そうとしてしまうのです。

更にエスカレートした恐怖は、自分のお金で商品を買うまでに至り、

最悪な場合は、自殺する人まで出てしまうのです。

 

競争社会の恐ろしさではありますが、私は幸いにも”人運”に恵まれていた為、

色んな意味で、寿命を縮める事がありませんでした。

その人運の1つであります、旧所長との出会い。

 

しかし、この出会いが私の心を支配する、基準を作ってしまったのです。

その基準があまりにも大き過ぎて、

気付かぬ内に、逆に自分自身を苦しめる様になって行ったのです・・・。

 

前回登場した社長の言葉が、的を射ていると思います。

”履かされていた下駄を外れた瞬間、自分を見失ってしまった”

 

そうなってしまった私は、新所長の意見は耳に入らず、

旧所長に相談の電話をする様になって行ったのです。

 

そんなタイミングで、人事異動が発令されました。

私が移った部署だけが大きな支店に吸収されてしまったのです。

20話で説明しました様に、私が移った部署は特別部隊みたいなところがありまして、

大きい支店の協力が不可欠だ言う事になった様です。

 

この人事異動は少しややこしいところがありまして、支店が今の場所からかなり遠い為、

完全に転勤してしまうと、現在フォローしている得意先へ訪問し難くなるという事で、

その支店の所属なのに、現在の事務所に机を置いたままの駐在員となったのです。

同じ事務所なのに、目の前にいる上司は上司ではないのです。

何ともけったいなこの環境が、私の心を更に苦しめて行く事になりました・・・。

                                              つづく

 

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私ってどんな人間『21』

2008-04-25 | Weblog

 皆さん、またまた大変お待たせ致しました。

ホントにすぐ更新すると言いながら・・・。申し訳御座いません。

夢に一歩踏み出し、日々現実と葛藤し悪戦苦闘している状況です。

言い訳はこれくらにしておいて、本編に入りたいと思います。

御手数ですが、前回分も読んで頂いて、記憶を呼び覚まして続きをお読み下さい。

 

新担当となり、取り敢えず顔と名前を覚えてもらわないと行けないので、

こまめに得意先を訪問しました。

回れば回る程現状の厳しさを痛感する日々・・。

 

特に旧所長が攻略したところでの、何千万と言う売り上げのマイナスは大きかった。

でも、それだけではない。何かがおかしい・・・。

その社長の前に行くと委縮してしまって、言葉が出ない。

当初、一番初めに所長から担当を引継いだ先輩は、

担当引き継ぎの訪問で、『担当を変えないと、お前のとこの商品は買わない!』と言われ、

旧所長も粘ったが、担当を換えざるおえなかった・・・。

決してその先輩は出来ない先輩ではなく、どんな人にも対応出来、

一度気に入られるとファンを逃さない人だった。

 

そんな先輩が何故?

 

その理由は、訪問した時に社長が接客されており、

事務の方が『どうぞ座ってお待ちください。』と言われ、

座って待っていた事に納得いかなかったらしい。

 

社長『お前は、誰に会いに来たんや!俺に会いに来たんやろ!

   事務員に言われたからと言って、座って待ってるんかっ!』

意味が解らなかった・・・。

普通やん。そんなん誰でも座るやん。何様やねん。と、その話を聞いた時に思った。

そんな傲慢な社長がおる会社何か、こっちから断ったたらええねん。と思ったが、

悲しいかなサラリーマン、売上げをみすみす捨てる訳には行かなかった。

 

そんな曰く付の社長がいる会社であり、所長を気に入り採用となった会社。

知らぬ間に、目に見えないプレッシャーと所長の壁を感じてしまっていたのだろう。

いつもの自分が出せない。

そんな時にその社長に言われた言葉が、

社長『旧所長が、お前の事出来る営業マンやって言ってたけど、何が出来んねん。

    声も小さいし、元気ないし、俺には全然出来る様には見えへんけどな。』

何も言い返せなかった。私の中にあった僅かなプライドも消えてなくなりそうだった・・・。

それから訪問するのもおっくうになってしまい、

行かなくなると余計に行けなくなると言う悪循環に入ってしまった。

 

その悪循環は全体的に影響してしまい、自分のリズムを崩してしまった。

何とか以前の自信を持っていた自分を取り戻したい。悩みに悩んだ。

 

自分の『良いところ』は何や!、『自分らしさ』って何や!何度も自問自答した。

そこで出た答えは、

私にとっての自分らしさとは、どんな人間(偉い人であろうが、怖い人であろうが)であっても

臆せず突き進んで行く気持ちと行動であった。

『そうやっ! あんなおっさんに何ビビっとんねんっ!』

自分の中で、何かが変わった。

 

しかし、頭で思っている程単純に変われるものではなく、

その事務所の前に来ると自然と弱気虫が頭をもたげた。

そんな時はいつも、車中で大きく深呼吸して気合を入れてから向かうようにした。

何度か訪問する内に、完全とまでは行かないが、

少しづつ、社長に何を言われても食い下がって行ける気持ちが戻って来た。

 

ある時、社長から『ちょっと場所変えて話しよか。』と言って頂いた。

 

社長の第一声は、『まだ、お前が仕事出来るっていうのは解らんけどな。』

私『(何やねん。そんな事言う為に、場所変えたんかっ!)いやぁ、私も何でこんな風になったか

  解らないんですが、一番は売上げが下がってる事ですね。前任の責任にはしたくないし、

  かと言って、今まで売上げの悪い時がなかったので、

  全て自分の力不足とも思いたくないし・・・。その心の葛藤の中で、

  今の現状を素直に受け入れられない結果が出ているのだと思います。』

社長『ふ~ん。今の悪い売上げは、前任の責任に出来ひんのか。大変やな。』

私『(おいっ、人ごとかよ。)いやぁ、御社の事業転換による売上げダウンが、

  かなり響いております。何とか、事業転換の部分と今までの部分を並行して

  進めて頂く訳には出来ませんか?』

社長『それは無理やな。この事業転換は、社運を賭けてかなりの投資をしてるからな。』

私『それはそうだと思いますが・・・。そうしましたら、事業転換した部門の商品を

  当社の商品で見直してもらえませんか?健康住宅を謳われている訳ですから、

  当社商品のコンセプトと完全にマッチしていると思いますが・・・・。』

自然と営業のスイッチの入った私は、あの手この手で提案するが、社長の意思は固かった。

社長『もううちは諦めて、他の業者で売上げ上げる事を考えた方がいいな。』

私『解ってるんですけど・・・。あまりにも全体的に売上のダウンが大き過ぎて・・・。』

 

営業マンとして、そんな売上げの下がっている内部事情を言ったら、

当社商品が今苦戦しているのを発表している様なもので、マイナスになるのは解っている。

でも、目先しか見えてない弱った私は、それに気付く事すら出来なかった。

 

社長『何で、自信が無くなったと思う?』唐突な質問だった。

私『う~ん。』

社長『今まで、何で仕事が出来てたと思う?』

私『う~ん。』

社長『お前がそうなった前後で変わった事は何やと思う?』

私『旧所長が転勤された事ですか?』

社長『そうや。それが答えや。お前は今まで自分が出来てると思ってたのかもしれんけど、

    旧所長に踊らされてただけや。その下駄を外された瞬間、自分を見失って自信を

    無くしていったんや。』

私『(このおっさん、いつの間に自分でも気付いていない心の中を見抜いていたんや)

   確かに、手のひらで踊らされていたのは気付いていました。

   でも、それが心地良かったんです。

    無意識の間に、また褒められたいと思ってしまってたんです。』

社長『それが、お前と旧所長との器の違いや。器を大きくして行かんと、それ以上のモノは入って

    来へんぞ。おっ、今までで一番いい笑顔したな。』

私『ありがとうございます。自分の器の小ささに気付かせてもらって、正直悔しいんですが、

  自然と笑顔が込み上げて来ました。正にその通りです。頑張ります。』

社長『売上げを上げようと頑張ってる間は、まだまだやけどな。』

私『どう言う事ですか?頑張って売上げを上げるんじゃないんですか?』

社長『アカンとは言ってない。俺は売上げ上げる為に頑張らなアカンと思うか?

   俺らくらいになると、売上げ何か上げて当たり前なんや。

   その前提で、どの様に展開して行くか考えて行くのが難しいねん。

   お前も一営業マンの間はええかもしれんけど、上を目指すんやったら売上げ何か

  上げて当たり前と言うところに行かんと、目先しか見えへんし上にも上がられへんぞ。

   それを肝に銘じてやって行けば、そんなところで悩んでる暇はないんや。』

私『ありがとうございます。頑張ります。あっ!』

 

この社長は、それ以降も何かと問いかけで会話をして来る事が多かった。

時には、今の気持ちを3秒以内で答えろ。頭で考えるな!と言われる事もあった。

初めはそれが嫌で、イライラする事もあったが、自分自身で答えを出させ様して頂いている

社長の気持ちに気付く事が出来、いつしか感謝の気持ちへと変わって行った。

 

そうして、社長に対して好印象に変わって行くと、自ずと態度にも現れる様になり、

当然社長の私に対する印象も変わって頂き、食事にも誘われる様になった。

今までメーカーと一緒に食事を行ったのは旧所長だけで、私が2人目との事だった。

 

当然現実は、事業転換を食い止める事も出来ず、売上げも下がって行ったのですが、

その中でも何とか当社商品を使う事が出来ないかと、社長から逆に提案して頂ける様になり、

私としては、それこそ目先の売上げ何かどうでもよくなっておりました。

 

それ以後、社長からもの凄く気に入られて、直接的な言葉では言われなかったが、

遠まわし遠まわしに、その会社に誘われる事になって行った。

それに出した私の決断は、イエス。

しかし、私の運命はそうはさせなかったのです。

絶妙なタイミングとすれ違いにより、自然と会社に残る道に選ぶ事となりました。

勿体ぶる様ですが、この話は後ほど出て来られる支店長が関係しますので、

その時にお話致します。もうしばらく、読み進めて下さい。あしからず・・・。

 

この社長との話はここで一旦終わらせて頂きますが、

今でも凄く印象に残ってる言葉があるので、それだけ述べさせて頂きたいと思います。

私『お忙しいのに、何故私の為に時間をわざわざ取ってご指導頂けるのですか?』

社長『俺もこう見えて、従業員を指導して行く中で、色々考える事があるんや。

    そんな中で、お前は純粋に俺の言った事を実践して、どんどん変わって行く姿を見て、

    俺の指導は間違っていないと再認識させてもらってんねん。

    だから俺にもちゃんとメリットがあるから気にすんな。』

私『そう言って頂いて、私も嬉しいです。ありがとうございます。』

社長『お前も、当初会った時から物凄く変わったし、旧所長が言っていた事もよく解った。

    だから、お前はそろそろ次のステップに行かなあかん。

    お前の今までの人生は足し算やったんや。お前の色んな長所が積み重って評価される。

    何かが欠けてても、90点やったら褒められる。

    でもこれからの人生は掛け算で行かなあかん。

    掛け算は90点まで来ている現状があっても、1つ0点があると0点やねん。

    これ以上言わんでも解るやろ。そう言う事や。』

 

この言葉を今実践出来ているかどうかは、難しいところもありますが、

レベルや目標の高い方は、考える事や悩む事も次元が高いと言う事をひしひしと感じました。

目先の渦に巻き込れている限り、事態が進展する事はない。

 

一歩引きながら物事を見れる余裕と、全てを受け止められる器をいつか手に入れてみせます。

                             

                                               つづく

  (絵文字を入れると更に更新が遅くなりますので、一旦アップします。ご了承下さい。)

   最後まで、読んで頂きありがとうございます。  

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私ってどんな人間⑳

2008-02-29 | Weblog

皆さんこんにちは。

前回のブログから、早1ヶ月が経ってしまいました。申し訳御座いまさせん。

言い訳にはなりませんが、私が住む町のイキュベーター(卵がふ化すると言う意味)で、

事務所を借りる事となり、3月から更に夢に向けて頑張って行く事となりました。

そのお話は、またの機会にさせて頂きたいと思います。

それではお読み下さい。

 

話しはまたまた10年程前の過去に遡りたいと思います。

話としましては、私が尊敬する所長が転勤された⑫話の続きとなります。

大分と間が空いてしまいましたので、私も読み返し過去に気持ちを持って行きたいと思います。

 

所長が転勤し、心にポッカリと穴が空いてしまった私は、

次の所長が来られても、常に前の所長と比較し、(以後、新所長、旧所長で進めます。)

返す言葉も旧所長はこうだったとか、こう言われていたとか、

本当に今考えれば大変失礼な部下だったと思います。

 

それだけ私の中で存在が大きかったので、新所長に失礼だったなと思うのも、

今ブログを書きながらやっと感じているくらいです。

 

ちょっと、モチベーションが上がらなくなっていたある日、新所長に呼ばれました。

新所長 『君は新規を開拓する力が、事務所で一番あるからその部署に行く気はないか?』

 

この事は旧所長からも一度言われた事がありました。

その時私は、

  私  『旧所長は、そうした方が私にとっていいと思われますか?』と聞き返した。

旧所長 『勧めておいて言うのも何やけど、事務所にとっては、お前がその部署に

      行ってくれた方が助かる。でも、お前がどんどん上に上がって行く事を考えれば、

      今の部署にいた方がいいと思う。後は自分で決断してくれ。』と言われた。

複雑な言い回しだった。しかし旧所長は本音で語ってくれた。

 

その時の私は、事務所の事を考えるとか、出世したいとかと言うより、

旧所長が通って来られた道と同じ道を通り、本筋で所長を超えたいと考えていました。

だから答えは、この部署に残るという道を選びました。 

旧所長は 『そうかぁ、俺もその方がいいと思う。』と一言言われて、

違う人間をそのポストに任命した。

 

そんな事を知らない新所長は、私にとって2度目の問いかけをして来た。

 

目の前の目標を見失ってしまった気持ちと、会社のルールが変わった事が重なり、

(自分が攻略しても他担当の代理店から購入すると、その代理店担当の売上になる)

なんぼ頑張っても強い代理店を担当してる方が有利やん、と思っていた私の心は揺れた。

 

何故なら、新旧両所長が進めている部署と言うのは、

とにかく攻略すれば自分の売上になると言う部署でした。

その代り、規模の大きいところを攻略しなければならないと言う条件付き。

 

自分の実力がどれだけ通用するか試せるチャンスやし、

何も気にせんと全部自分の売上になるんやから、そっちの方が絶対にええわ。

と思い、違う部署に移る事を決心しました。 

 

この決断が、自分をものすごく苦しめる事になるとは、

その時は知る由もありませんでした・・・。                 

                                       

調度その年と言うのは、私にとって昇進がかかっていると

自分に言い聞かせていた年でした。                  

 

順調よく成績を伸ばしていた私は、このまま行けば旧所長を超える事は出来ないが、

同じペースで昇進出来ると思っていました。

 

しかし調子に乗っていた私は、新部署でも一挙に一花上げて、

昇進したろと思ってしまったのです。

 

考えが甘かった・・・・。

 

今回の新部署移動が必要になった理由は、

私と同期の人間が会社を辞めるから、その補充と言うものでした。

 

近隣地域の中でも、その同期はあまり成績がよくなく、

天狗になっていた私は、その後を引き継いだら一挙に爆発して、

自分の実力を見せつけれると思っていました。

 

その同期と同行しながらの引き継ぎが始まった。

訪問する店のほとんどが彼に対して、一生懸命訪問してくれたのに、

売上に繋がらず申し訳なかったと言葉をかけていた。

それは辞める人間に対する、ハナムケの言葉だけではないのをすごく感じた。

 

あ~、こいつ一生懸命やって来てたんやな。

上から目線ではなく、同期の仕事に対する思いがすごく伝わった。

俺は今までずっと、どこかその同期をバカにして、

何でそんな事も出来ないんやと思っていた。

 

しかし、そんな感情を抱いていた自分が恥ずかしくなり、

その同期が頑張って来た姿を想像したら、涙が込み上げて来た。

 

苦しかったやろな。

俺は同期やのに、何の言葉もかけてあげることもなく、逆にバカにしてしまっていた。

 

改めて、同期が頑張って来た部分もきっちり引き継いで、頑張って行こうと思った。

 

引継ぎ後、自分にとって初めの試練が訪れた・・・。

 

それは、旧所長が赴任してすぐに攻略したビルダーを、引継ぐ事になったのが始まりだった。

そこは旧所長が攻略後、部下に担当を引継ぎ、私の同期が3人目の担当でした。

(旧所長の攻略までの模様は、⑨、⑩話を読んで頂ければ思い出して頂けます。)

 

そこへ、新旧両所長、同期と私の4人で伺った。

所長も事務所では一番のVIP扱いをされていたので、

初めて対面した時、その圧力に飲み込まれてしまいそうになった。

完全に委縮してしまった。

 

その社長の第一声に、私は固まってしまった。

社長が旧所長に向かって 

『旧所長が転勤するんやったら、もう義理も何もなくなったな。

 俺はアンタを気にいって、アンタがおる間は御社の商品を標準仕様にしておこうと

 思ってた。でも前から言ってる様に、うちも事業転換する事が決まっていて、

 アンタがいつ転勤になるか、逆に待ってたくらいやからな。』

 

旧所長は、その場を取り繕っていたが、

この場を逆転する事は不可能だと誰もが思った。

 

確かにここ最近、このビルダーでの売上は下がって来ていた。

違う部署であった私には、それ以上の事は解らなかったが、

旧所長はそれを、必死で食いつなごうとされていたのだろう。

 

この時点で、何千万という売上が無くなるのが確定した。

うちの会社は、半年くらいは待ってくれるが、

そこからは全て新担当の責任とされてしまう。

(売上は、前担当分も含む累計が評価となるのです。他の会社もそうかもしれませんが・・・。)

 

半年で何千万もの売上、どこで作ってくるんや~。

一台売っても平均50万くらいの商品を・・・。

 

悪い事は続くものです。

何と、他の売上のあったビルダーも他社に切り返されていたのです。

 

え~、どう考えても無理やん。

その時も、同期を責めるつもりは全くなかったが、

会社を辞めようと思うまで追いつめられた理由は、これかって思ってしまった。

(後で聞いた話では、その理由が一番ではなく、家庭の事情が大きかった様です。)

 

何千万というマイナス売上を抱えたまま、

私の中で、プレッシャーと甘えが交錯し始めた・・・。    

                                      つづく

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私ってどんな人間⑲

2008-01-29 | Weblog

新年あけまして おめでとうございます。

大変ながらくお待たせ致しまして、申し訳御座いません。

前回のブログから、早くも5ケ月が経ってしましました。
その間にアクセスして頂いた方、本当に有難う御座います。

この5ケ月、本当に色々ありました。

前回のブログも含めて、人の在り方みたいな偉そうな事を書いてますが、
まだまだ私はそんな人間にはなりきれていません。

気付いている事は事実ですし、そこへ向かっているのも事実です。

しかし、私の軽率な行動により、
妻の心を傷つけ別居。 (今は、家族仲良く暮らしています。

更に、家族、友達との絆にも亀裂・・・・。 (今は、更なる絆が深まったと思います。

自分は何をしているのだろう。自分はどこに向かって行っているのだろう。
自問自答を何度も何度も繰り返した。                          

 

ここまでならないと、気付けない自分が情けないとは思いますが、

今回の経験で、本当に人の愛情を深く感じる事が出来ました。

自分は一人で生きているのではない、と心から実感しました。

今までも、色んな人の事を考えて生きて来たつもりです。

しかし、そのバロメーターは仕事でしか図っていなかったので、
結果が出ていた私は、それが全てだと感じてしまっていました。

今回感じた今までと違う感覚は、

『自分は人の為に、どこまで自分を捨てることが出来るか』と言う事でした。

かなり難しい事だと思います。
目先の事が忙しかったり、損得勘定が芽生えてしまったりと・・・・。

その自分では、かなり難しいと感じる事を、
心からの愛情や友情によって、身を持って感じる事が出来ました。

 

そんな中で、13年と9か月働いた会社を、昨年末をもって退職しました。

自分の夢に向かって行く為に。

私の夢は、前にも述べましたが、『人の心からの笑顔を1つでも多くつくる事』

笑顔の伝道師として、頑張って行きたいと考えています。

 

自分が思っている以上に大変な事は解っている。

愛情や友情に、亀裂を入れてしまう人間が出来るのか。って思う事もある。

でもスタートを切る前に、今まで述べて来た経験を出来た事に嬉しく思う。

 

スタートしてから経験していたら、また大きな勘違いをしてしまっていたと思う。

こんなに家族の為を思って行動しているのに・・・。

こんなに友達の為を思って行動しているのに・・・。

こんなにお客様の事を考えてサービスを提供しているのに・・・。

こんなに私はあなたの笑顔を作ってあげようとしているのに・・・。

 

ってな感じで、自分のエゴの押し付け。見返りへの期待。

そして、その反応が薄いと、
落ち込んで相手を非難したり、それとは逆に、しなければよかったと自分を非難する。

 

この事は、違う機会にも経験する事が出来た。

ある自己啓発セミナーに、友人の誘いで参加した。

何があるかも聞かされず、自らも聞こうともせず伺った。

すると、リーダーと言われる人達が、
自らの成功事例を交えながら、私に熱く語って来た。

結論的に言えば、そのセミナーを受講すれば私の人生に役立ち、
夢に早くたどり着くと言う様な内容でした。

確かに役に立つと思いましたし、成功された方もたくさんおられる事を知りました。

でも私は、自然に届くメッセージを感じながら生きて行きたいと思っているので、
失敗も経験し、その意味を考えたい。と伝えた。

しかし、私の思いは向こうには届かない。

リーダーとすれば、
失敗をせずに、夢に早くたどり着けると言ってるのに・・・。ってな感じです。

そこで感じました。

この人は私の為に一生懸命に訴えかけている。私の為に・・・。

でも私はそれを受け入れたくない。

これから自分がしようとしている事は、こんなジレンマとの闘いかもしれないなと思った。

私はこんなにあなたの笑顔を作ってあげようとしているのに・・・。

 

危ないところだった。

 

その日は、この嫌な感覚をいっぱい心に刻もうと思った。(大変失礼な言い方ですが

そして、どんどん周りの人が帰って行く中、
私は最後まで、
次から次から来られるリーダーと話をした。

何度経験しても受け入れる事が出来ない。
人それぞれ考えがあると言う言葉では終わらす事の出来ないこの気持ち。

そこで決心した。

人の笑顔を作ってあげようと、偉そうな事を言う前に、
自分が常に笑顔でいなければならない。
作り笑顔ではない、本当の笑顔で。               

その為には自分が一番楽しくないといけない。

全ての事に楽しい意味を持たせ、自分が楽しいと思える道を選んで行く。

人は楽しい事をしている時が、一番力を発揮出来るから。

 

それだけの思いで退路を断った。

妻と子供も2人いるのにね。

楽しくないと人生じゃない。

妻、子供、今関わっている人達、それとこれから関わって行く人達、

必ず出会って良かったと、思える環境を作ってみせるからね。

 

たった今から、自分の人生をドラマティックにして行こう。

主役は自分です。

会社の行き帰りだけのドラマでは視聴率は取れません。(笑)

テレビドラマに自分の夢を託すのはもう終わり。

人が創造出来ないものはないのだから。  

 

最後の下りは、人に訴えかけている様で、自分の心に一番訴えかけています。(笑)

頑張って視聴率の高いドラマにして行きます。見ていて下さい。

 

久々のブログと言う事もありましたが、取り留めのない内容に加えて、

私の決意表明になってしまい、申し訳御座いません。

 

毎度言ってますが、これからも頑張って、早い更新を心掛けたいと思います。

良かったら、また読みに来て下さい。

今回も最後までお読み頂きまして、有難う御座いました。

 

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私ってどんな人間⑱

2007-08-30 | Weblog

お待たせしました。

あの不安がなくなり、込み上げるパワーと笑顔から早2か月が経ちました。

現在もその気持ちを増幅させて行ってます。

もうこの気持ちを止める事は、誰にも出来ません。

 

今回のブログは、前回でもちょっとお伝えしました様に、

現在の夫婦のあり方、考えを報告して、一旦夫婦シリーズは終了致します。

 

次回からまた過去を振り返り、色んな人からたくさんの事を学び、強く生きて来た私が、

何故心のどん底まで落ちてしまったのかを書いて行きたいと思います。

それでは、お読み下さい。

 

正直夫婦関係は、中々お互い思っている様には行ってません。

以前にも書きましたが、お互いが自分の理想を求め過ぎているからだと思います。

この事は、夫婦に限らず人間関係全てに言えると思います。

 

自分の事を優先して考えてる事は、本当にその通りにならないものです。

『相手の事を考えてやってるのに』と思ってやってる事も、

結果を期待してる限り、自分の思いが優先になってしまっています。

 

頭の中では、相手の事を考えてやっているのに、

期待通りにならないと、腹が立ってしまいます。

これは、心のどこかで『やってあげてる』と言う気持ちがあるからだと思います。

 

私もブログで、心から妻へ感謝の気持ちが芽生えたとお伝えしましたが、

情けない事に、それを表現し、行動に表す事が中々出来ていません。

10年間出来てなかった事が、すぐに出来るとは思っていませんが、

おそらく、心からの感謝の気持ちがまだまだ足りないのだと思います。

やはりどこか、『俺はこんなに頑張っているのにと』言う気持ちがあるのでしょう。

 

でも今はそれで仕方がないと思います。

これは決して諦めとかではありません。

 

夫婦のあり方と言うか、人生のあり方で、

『今の現状を、全て受け入れる事から始めた方がいい。』と言うのを聞いた事があります。

理解は出来るんですが、実践は難しいのが現状です。

 

でもここ最近、その意味が解る様になりました。

どんなに背伸びしても、自然体でなければ、絶対にうまい事いかない。

 

夫婦(人間関係)の修復でもそう。

明日からこうしようと話し合っても、何年も出来てなければ、出来てない程難しいものです。

 

形あるモノは壊れるともよく言われるけど、正にその通り。

いくら形を作っても、それはあくまでも形に過ぎない。

 

それではどうすればいいのか。

今までと一緒の生活をしている限り、心から変われる事はない。

ずっと同じ生活リズム、会社の行き帰りで変わる訳がない。

理解し合う為には、会話を増やす事が必要なのに、

同じ単調な生活では、会話自体も変わらない。

 

でも逆に言えば、今変われない事も、環境やきっかけ1つで必ず変わる事が出来る。

今まで、何とか自分で気付いた感謝の気持ちを、

形に変えようと思ってばっかりしていて、うまい事いかなかったのですが、

この事を心から理解出来てから、生き方が非常に楽になりました。

 

今の自分、今の現状を全て受け入れる。

何度も言いますが、決して現状維持で満足、向上心がなくなった訳ではありません。

現状は受け入れた上で、環境を変えた時の自分を想像してニンマリしているのです。

私のこれからの環境の変化とすれば、前回にも書きました様に、人生新たなチャレンジ。

 

今の仕事を捨てて、自分の夢に向かって行く訳ですから、新しい環境を作ると言う感じです。

もうすぐ、自分の生まれ育った場所に引っ越しします。

地域密着から全国展開を考えている私の夢。

どんどん笑顔の輪が広がって行ったらいいなと思っています。

 

この様に考えれる様になり、

今まで出来なかった現状を受け入れる事が、素直に出来ました。

『仕方ないやん』って感じでね。(笑顔)

 

自分の思い通りになっていない事を全て受け入れても、

腹も立たないし、落ち込む事もない。

明るい未来を想像するだけで、笑顔満開です。

 

ここまで想像出来た事は、必ず現実化する。

 

何故かって、

楽しいことを考えたり、楽しい事をしている時の人間は、1番力を発揮するから。

 

これを読んで頂いている方で、

今の現状に落ち込んだり、うまく行かなくて焦っている人がおられれば、

ひとまず、全てを受け入れる事から始めて下さい。

それから、環境を変える事を考えて下さい。

 

身近な事からでいいと思います。

散歩のコースを変えてみるとかでもいいと思います。

正し、単に散歩のコースを変えるのでは意味がありません。

同じように散歩されている人に笑顔で挨拶してみて下さい。

今まで出来てなかった自分を試してみると、心の中で何かが変わった感じがします。

 

私は営業で、人と話すのは得意なんですが、

初対面とか知らない人がほとんどと言う集まりで、気軽に話し掛けるのが苦手でした。

 

でも、環境を変える事を意識すると、レジ待ちのおばちゃんとでも話が出来る様になりました。

 

えっ、極端過ぎるって。(笑)

確かにそうなんですけど、人との関わりが自然になれったって感じです。

 

最後に1つだけ言わせてもらいますと、

私のビジネスは、この環境を変えるきっかけ作りを手伝ってあげる仕事です。

目的を持って環境が変わった人達が、笑顔満開になっているのを想像するだけで、

私も笑顔満開になって来ます。

ホント生きてるって楽しいと感じれる瞬間です。

 

さぁみんなで、今の現状(自分)に落ち込んだり、焦ったりせず、素直に受け入れよう。

そこからが、笑顔を作るスタートです。(何かカッコつけちゃいました。

 

でもみんなで実行出来れば、

みんなの周りは笑顔が笑顔を呼んで、笑顔ウェーブが始まるでしょう。

私はそんな世の中を望みますし、そんな世の中を作れる様頑張って行きます。

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私ってどんな人間⑰

2007-08-08 | Weblog

本当に大変永らくお待たせ致しました。

且つ、ご心配もお掛け致しまして、申し訳御座いません。

ブログの文章的にも、微妙な終わり方をしてしまっていましたので・・・・。

 

夫婦に関しましては、全く問題御座いません。ご心配なく。

次回のブログで触れさせて頂きたいと思います。

 

では何故、これだけ更新出来なかったのか?

単純に忙しかった???

それもありますが、それだけではありません。

 

”夢実現”へ指導し始めたからです。

 

私の夢は”人の笑顔を1つでも多く作ること”です。

 

そんな事が出来るのか?

出来るかどうかなんて、私にも解りません。

ただ私がそうしたいだけです。

それが私の”宿命”とまで感じています。

 

申し訳御座いませんが、具体的な内容は、今のタイミングで発表する事は出来ません。 

それは、ビジネスとして展開しようと思ってるので、ご了承下さい。

いつか皆様に必ず発表致しますので、今しばらくお待ち下さい。

 

この思いは、現在書いている夫婦間を通して、感じた思いから生まれました。

全ての”感謝の気持ち”を、何とか形に変えれないものかと・・・・。

 

強く感じ出したのは、今年に入ったくらいからです。

それからそうする為には、どうするべきかと考え、

悩みながらも期待がどんどん膨れ上がり、行動に移して行く様になりました。

 

ただ、世の人々の幸せを考えるビジネスだけど、

一番大事な自分の家族を、養って行けるのかと言う不安がずっと付きものでした。

 

当然の事です。妻と小学生の子供が2人いるのですから・・・・。

 

しかし、それから自分でも信じられないくらいのスピードで、

色んな人と出会い、その時いいタイミングで出会える本からも学び、

自分の心からの答えに導かれて行ったのです。             

                                     

 

そんな中でも、強く私の心に影響したのは、父親の言葉でした。

父親は現在66歳。

脱サラして35年間商売を続けて来ました。

私は、その商売の後を継ぐつもりがなかったので、

父親の店は昨年閉店する事になりました。

 

その父親が、親として心配する以上に私の気持ちに対して、

『そんなに不安やったら、そんなビジネスやらんと、

 今の仕事をしながらボランティア活動をすればいいやないかっ!!』と言われました。

 

正にその通りだと思いました。

そんな不安を凌駕する気持ちがなくて、生きていける程ビジネスの世界は甘くはない。

 

既に親父超えは終了していると思っていたのに、

まだまだ超えていなかったのを痛感すると同時に何故か嬉しかった。

 

その言葉は、そんな無謀な事をせんと、

今の安定した仕事をしたらいいと言う様な普通の親の言葉ではなかったからです。

 

今までこの厳しい世の中を、35年間も商売して来て、

その本当の厳しさを伝えると同時に、

自分も若かりし頃脱サラして、夢に向かって行った時の気持ちを教えてくれる様な言葉でした。

 

守りばかりを優先しない、この親に生まれて本当に良かったと思います。

しかし更に今は、具体性が甘いと詰められている状況です。

一番手強い身内を説得出来るビジネスプランを、構築出来る様急いでおります。

 

そんなこんなで、ブログを書けてなかった前後2か月は、一番その不安との闘いでした。

 

しかし、先程述べた色んな出会いを通して、その不安を凌駕する事が出来たのです。

 

忘れもしません、6月29日 午後10時過ぎ。

会社を辞めて、夢に向かって行く決意をしたのです。

 

身体からみなぎるパワーを感じた私は、

思わず、妻が入浴しているフロのドアを開けて、

『俺、不安が全くなくなった。来週にでも会社辞める事言うわ。ええやろっ。』

 

妻とはずっと話をして来たので、覚悟をしてたとは思いますが、

まさかこんな状況で言われるとは思っても見なかったでしょう。

興奮冷めやらぬ私は、その後もシャドーボクシングをし続けていました。(わけわからん

 

そして、7月9日に退職願を提出しました。

会社との話し合いの末、年内いっぱいで退職と言う事が決定しました。

12月誕生日の私は、37歳チャレンジのスタートです。

 

生きる目的が見つかり、不安を凌駕した私は、

すっきりした気持ちで、常に笑顔がこぼれて仕方がありません。

この心からの笑顔があれば、人を笑顔にして行けると感じています。

 

確かに、ビジネスは甘いもんじゃにのは解っています。

しかし私の一番の目的は、金儲けをして巨万の富を得る事じゃなくて、

”人の笑顔を1つでも多く作ること”ですから。

当然ビジネスですから、存続、発展する為に儲かる仕組みは考えないと行けません。

 

ただ、私の”原点の気持ち”を、

例えどんなに金を得ようが、偉くなろうが、忘れずに行きたいと考えています。

勘違いしてしまうのが人間かの様に、偉くなって行く人は往々にして、

原点を忘れてしまっている様に思えます。

 

初めから金儲けだけを考えて、ビジネスを始める人も多々おられると思いますが、

私的には継続出来ないと思います。

 

全てにおいて、自分の事だけを考えていることに先はない。

現在書いている夫婦関係も含めた人間関係も同じ事です。

 

この事は、自分に一番言い聞かせて、進んで行きたいと思います。

 

今回の最後に、私の込み上げて来た思いを綴りたいと思います。

(一部はブログの中でも書いた文が入っています。)

 

夢は見るものじゃなく 叶えるもの

魔法の様に瞬時に 何かが生まれる事はない

絶対に成功させるぞという 『想念』とそれに伴う『行動力』

この2つが心から自分を突き動かすものであれば 叶わない夢はない

そう思った時が 『夢』実現へのスタート

自分の流れを信じ 楽しい 幸せな心を保つ事が 夢への近道である

                                          友直(本名)

 

やらんと後悔するよりも、やりながら生き抜く道を見つけたいと思います。

                                              つづく

 

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私ってどんな人間⑯

2007-06-17 | Weblog

大変永らくお待たせしました。

ちょっとパソコンを修理に出していたのと、正直心のスランプに陥っていまして、

やる気がありませんでした。

両方無事脱出しましたので、前回からの続きをお読み下さい。

 

新しい話題に入ろうと思ったのですが、ちょっと夫婦にもう少しスポットを当てたいと思います。

⑭、⑮話と読み進めて頂くと、過去はそんな気持ちだったけど、

今は、お互い『感謝』の気持ちを持ち、進んでいると思われているかもしれません。

 

正直私自身がそう思っていました。

その部分を最終章で書いて、みなさんの何かのきっかけになれば幸いと思っていました。

 

しかし、そう考えている事自体が間違いだったのかもしれません。

 

⑮話を書き終えた直後に前回の悪循環の部分が出てしまい、

妻と感情的に言い合ってしまいました。

その時言われた言葉が心に突き刺ささりました。

                                      

妻 『確かに今までとは全然違う心になって、変わっていると思うけど、

   私にとっては、ブログや他の媒体を使って述べている様な夫婦に何かなってない。

   何も変わって何かない。』と強く言われた。

正直ショックだった部分も大きく、感情的な言い合いが続きました。

 

でも次の日、つくづく思いました。

この数ヶ月、自分なりに変わったと思ったし、行動にも移して来たと思う。

決して完璧になったとも思っていなかったし、ブログ他でそれを自慢してるつもりもなかった。

10年間の蓄積は、10年かけて元に戻して行こう、と言う気持ちの方が大きかった。

 

でも妻の心の傷の深さは、あの様な言葉を発せさせてしまったのです。

これが今の現状なんです。

当然数ヶ月で変わるものとも思っていませんでしたが、

また知らぬ間に、変わった自分を誰かに見て欲しい、

賞賛されたいと思ってしまっていたのでしょう。

 

ここでも出てしまっている、自分がしている事へ見返りを求める気持ち・・・。

 

心の中では、そんなつもりではなかったとしても、

結果として、向いている方向が妻でなければ意味がないと言う事です。

これは妻に限らず、全ての事に対して言えると思います。

 

相手の事を思っている言動が、”きっちり”向いていなければ、

独りよがりになってしまい、こんなにあなたの事を考えて行動してるのに、

『何故あなたは解らないと』言う思いになってしまうのだと思います。

 

お釈迦様の手の中で頑張って飛んでいた、孫悟空の気持ちがよく解りました。

自分ではすごく進んでいるつもりでも、鳥瞰して見れば大した事はないんですね。

もっと物事を引いて見て、目先だけを見ない様心がけないといけません。

 

自分が今しようとしてる事が、何の為なのかを日々振り返り、

間違った方向に進まない様に自制して行かないといけないと思いました。

 

具体的に好循環ってどんな感じなんだろう?

 

妻と言い合いになったり、

子供を叱ったり、(しつけは必要だけど。時にして感情が勝ってしまう事がある)

感情をコントロール出来ない。

そんな感情になってしまった後は、

愛情たっぷりのケアをしないといけないと思うけど、これが中々難しい・・・。

後で反省して愛情を送っても、しないよりはましだけど、

その時に愛情を送らないと、相手の心の奥底にある感情は、残ったまま・・・。

 

優しくなる事は、良いことだけど、愛情が相手の心の奥底にある感情と連動しないと、

その時の寂しい思いや辛い気持ちは解消されない。

全て細切れの感情で蓄積される。決して今の愛情と連動しない。

前回でも書いた様に、ここでお互いのジレンマが生じる。

こんなにしているのに、こんなに想っているのに・・・。

 

愛情の悪循環・・・。

 

お互い良い気持ちになっているのに、解消されないスレ違い。

 

自分に問うてみた。

『今、自分が相手に望む事を他人に出来ているのか?』

自分が相手に望んでいる事を、見返りを求めず、心から出来た時には、

自分が望んでいる事が自然と手に入るのだろう。

そしてその時には、自分がそれを望んでいた事自体を、忘れてしまっているのだろう。

これが、”心の好循環”なんだろう。

 

そんな心の好循環を、常々出来る様にして行かなければならない。

意識して実行して行けば、いつかそれが自然体となるだろう。

                                             つづく

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私ってどんな人間⑮

2007-05-27 | Weblog

前回、夫婦にとってかなり勇気のいる公開でした。

しかし、そんな事を経て、妻への感謝、家族の大切さを、

心から感じる事が出来ましたので、読んで頂いているみなさんの心に、

何かが響き、心の変化に繋がって頂ければと思います。

それでは、お読み下さい。

 

前回の様な気持ちになってしまった一番の要因は、

 

自分の器以上に大きすぎる”プライド”、

 

一家の主になって、更に弱みを見せれないと考えてしまった私は、

一番弱みを見せてもいいはずの妻に、弱みを見せれなくなってしまったのです。

 

力量が狭いのにそれを認めたくない私は、

自分を追い込んで、追い込んで、結果を出して来ました。

正直、成功しているのに、笑顔が消えている事が多々あったと思います。

(その時の自分では、そんな事に気付く事もありませんが・・・。)

 

自分でいっぱいいっぱいしておきながら、心の余裕がなくなり、

妻を思いやる気持ちを失くして行ってしまったのです。

自分の成功だけを考えると、必要だった高いプライドによって・・・。

 

我慢我慢の生活で、とうとう妻にも限界が来て、爆発してしまいました。

それでも、直接言えない妻は、6枚に渡る手紙に思いを書き綴りました。

その内容は、本当に小さい事の積み重ねでした。

 

その時に言ってくれれば解決できた事や、全く勘違いの内容であったりと・・・。

その都度言えない空気を、私が作ってしまっていたんですね。

 

しかしその時の私の器は、

素直に反省する心を持ち合わせておらず、また言い合いになってしまいました。  

相手の気持ちを解かってあげる前に、

何故自分の気持ちを解かってくれないんだ、と言う思いの方が強く出てしまいました。

 

こんなに外で頑張っているんだから、家は唯一安らぎの場所やろって・・・。

旦那が帰って来て、その安らぎの場所を作って待ってるのが、妻の仕事やろって・・・。

 

今思えば、本当に自分の事しか考えれない、情けない人間です。

自己中心極まりない、ただの”バカ”です。

 

それでも心から気付けていない私は、妻を言葉で追い込むだけ追い込んで、

それからも大きく変わる事なく、日々暮らして行ってしまいました。

 

口達者な私、口下手な妻。

言いたくても言えない妻、何でも言える様な環境を作ってあげれない私。

 

心のすれ違いがどんどん膨らんで行きました。

日に日に、2人の会話も少なくなり、

お互いの本当の気持ちを理解する事が出来なくなって行ったのです。

それが慢性化し、”夫婦のあり方”なんて考える事もなくなりました。

 

まぁ、結婚した当初でも、そんな事を考える人は少ないと思いますが、

二人から始まった家庭を、どの様にして行くかと言う夢は、お互い持っていたと思います。

そんな気持ちもなくなり、お互い家族の中での、父親、母親という存在のみになってしまいました。

 

こいつしかいないと感じ、好きで好きでたまらなく結婚したはずなのに・・・。

 

 

その後2人は、相手に要求する気持ちばかり膨れて行ってしまいました。

 

相手に期待する。

期待通りにならない。

腹が立つ。

 

反省して、努力する。

それでも、その結果を期待する。

こんなに俺は(私は)努力しているのに、解かってくれない。

腹が立つ。

 

こんな悪循環の繰り返し・・・。

 

『相手がこうしてくれたら、俺も(私も)こうするのに』と言う気持ちばかりが出て来てしまう。

仕事では出来ても、何故妻には出来ないのか・・・。

 

今思うに、勝手にお互いがお互いの気持ちを理解してくれて、

当たり前だと考えてしまっていたんだと思います。

全くの他人に対しては、自分の事を理解してくれてるとは思っていないので、

ちょっと理解してくれている事があると、嬉しいんだと思います。

当たり前だと考えていた私は、ちょっとした喜びに気付けなかったんでしょう。

 

この人(会社)だと思う人の期待に応えたい、期待に応えた時の見返りが欲しい。

見返りがないと落ち込む、腹が立つ。

どうでもいい事には、そこまでの感情は出て来ない。

 

前々回まで、出て来ていた所長に対してもそうです。

尊敬する所長の期待に応えたい。

応えれなかったら、自分に腹が立つ。

応えた時は、褒めて欲しい。

でもどうでもいい人には、自分の事を解かってくれなくても、何とも思わない。

 

夫婦の関係も同じなんだと、今は思うことが出来ます。 

私も妻には、自分の苦しみを言わなくても解かって欲しい。(期待)

妻もその気持ちは同じだったと思う。

そして、ちょっとした事でも期待に応えた時には褒めて欲しい。

と言う気持ちは常にあったと思います。

 

周りの人には子供を挟んで、仲のいい夫婦に見えていたかもしれません・・・。

しかし実際は、お互いの心と対話する事は無くなって行ってしまっていました。

 

そんな時私は、自分と言う人格は仕事の成功しかないと感じる様になっていました。

それと同時に、人として大切なものを失い、機械の様な人間になってしまって行ったのです。

 

仕事の成功が心の拠り所になってしまった私は、

自分の居場所がなくなってしまったと感じたり、

誰も信用出来なくなったりと、心のバランスが乱れて行ってしまったのです・・・。

                                                   

本当の拠り所はこんなに身近に居てくれたのに・・・。

                                        つづく

 

そんな状況を頭に置いて頂きながら、これからのシリーズを読み進めて下さい。

私ら夫婦がどの様にして、お互い感謝の気持ちになれたかは、

シリーズ最終章でお伝えする事になると思います。

もったいぶって申し訳御座いません。

最後までご愛読頂けます様、宜しくお願いします。

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私ってどんな人間⑭

2007-05-23 | Weblog

大変永らくお待たせ致しました。

本当に5月に入ってからバタバタでした。申し訳御座いません。

前回の特別編からまた、過去にタイムスリップ致します。

 

所長と運命的な出会いをしたのが28歳の時、

その前後に出会った人達を紹介し、その人達から何を学び、

今,どう活かせてるかをお伝えして行きたいと思います。

それでは、お読み下さい。

 

私の28歳前後で大きい変化と言えば、結婚です。

(26歳の4月に結婚しました。12月で27歳になる歳です。

 

それはそれは、ひと目合ったその日から、私からの猛烈アタックが始まりました。(笑)

デートの誘いを何回断られた事か解かりません。(笑)

色んな事を経て、無事?付き合う事ができ、遠距離恋愛(約200㌔)がスタートしました。

 

私は、結婚願望と言うより、結婚するであろう女性を見つけて、

永く付き合いたいと言う思いがありました。

しかし、今までのお付き合いは3ヶ月を超える事はありませんでした・・・。

 

私には結婚する相手の条件がありまして、

①笑顔の可愛い人。

②育って来た環境が近い。(これは、価値観が同じと言う点で重要なポイントです。)

③金銭感覚がしっかりしている。

(これは決してケチと言う事ではありません。ケチはいけません。心が暗くなってしまいます。)

以上3つをクリアして、1年付き合えた人と結婚すると決めていました。

 

③の金銭感覚を判断する1つに、デートした時の会計がありました。

基本的に私は、付き合っている人にお金を出してもらう事はありません。

 

・それを当たり前と感じる人。

・一応『私が出す』と言うけど、心がこもっていない人。

 (これは、勝手な私の判断にかもしれませんが・・・。)

 

 心がこもっている人は次の行動が違います。

 その瞬間は誰でも多少演じる事が出来ます。

 ただその感謝の気持ちを、すぐに忘れてしまうものです。

 感謝の気持ちを持っている人は、忘れる事がありません。

 そんな大し事ではないかもしれませんが、人間の本性が見れた様な気がします。

 

その3つを軽くクリアして(のろ気)、

出会ってからちょうど1年後に、結婚しました。公約通りです。

 

無理矢理と言うよりも、この人だなと心から感じたので、2人にとって自然な流れでした。

結婚されている方々は皆、何かのきっかけで『この人だな』と感じられた事でしょう。

 

そんな大恋愛の末結婚し、今年で10周年を迎えた私達ですが、

ちょっとした、ボタンの掛け違いの蓄積で、

二人の心を思わぬ方向へと向かわせてしまい、

『死んでしまった方がましかな』と思わせるまで、行ってしまったのです・・・

 

その掛け違いのスタートは、

仕事の帰りが遅い私は、毎日が23時~24時といった具合。新婚初日も同じでした。

 

転勤族の夫をもってしまった妻は、誰も身寄りがなく、

朝『行ってらっしゃい。』と見送ってから、『お帰りなさい。』と出迎えるまで、

誰とも会話をする事がない日々を過ごしていました。愚痴1つ言わずに・・・・。

 

しかしそれを私は、毎日一生懸命働いてるんやから当たり前と考えてしまい、

妻に対する感謝の気持ちが、全くありませんでした。

 

頑張ってるんだから、仕方がないと・・・。

俺は一家の大黒柱なんだから必死なんだと・・・。

一家の大黒柱の意味合いを履き違えてしまってた様です。

 

1つ目の大きな掛け違いは、

結婚して、1年半後に出産となった時の事です。

2人に待望の赤ちゃんを授かり、いざ出産する当日となりました。

 

妻 『陣痛がひどくなって来たんで、病院に連れて行って。』

私 『いいよ。』朝会社に行く前に病院に連れて行き、(ここまでは良かったのですが)

   病院の玄関で鞄を預け、『頑張れよ。』と一言だけ伝えて仕事に向かいました。

 

ここでも私の愛情は欠けていました。

そうしようと思っている訳じゃないのに、何故かそうしてしまっている自分がありました。

 

その後聞いた話を言いますと、

看護婦さんがお付のない事にびっくりして、慌てて鞄を持ってくれたそうです。

この時の妻の気持ちは、とても孤独で、計り知れない不安に襲われていた思います。

                                           

 

妻の気持ちの中では、待望の赤ちゃんを私の傍で産みたくて、

実家に帰らず、今住んでいる所で産む決心をしてくれたのに・・・。

そんな事にも気付いてあげる事が出来ませんでした。

 

天邪鬼(あまのじゃく)の私は、仕事をしながらもずっと気にしていたのに、

病院に寄ろうともせず、連絡もしませんでした。 

 

結局会社の人に、『今日お子さん産まれられるんじゃないんですか?』と聞かれ、

やっと病院に電話した次第です。

子供は3時間前に産まれていました。  

 

その後妻の母親と話す機会がありました。

母親 『出産の時、ずっと傍に居てあげてくれたん?』

  (私は胸が締め付けられる思いがしました。)それなのに、次に出た言葉は・・・。

私  『あんまり甘やかしたらあかんから・・・。』  ”最低の言葉”

 

その言葉を聞いた妻は、

こんな状況の時に甘える事が出来なくて、

いつ甘えさせてもらえるんやろって思った様です。

 

妻が感じた気持ちは、当然の事だと思います。

一生に何度も訪れる事のない大事な時に、甘える事が出来ないなんて・・・。

本当に取り返しが付かない事をしてしまいました。

 

その時妻は、旦那も家庭の為に仕事を頑張ってくれてるんだから、

これからは甘える事なく、強く生きて行こうと決心してしまったのです。

 

これは、妻が私を思う愛情から出た気持ちなのに・・・。

私は気付いてあげる事が出来ないどころか、

妻に対して、

愛情が薄くなった、甘えベタ、頼られていない・・・。

と感じ、2人にとって思わぬ方向へと向かって行ってしまったのです。     

                                                

                                        つづく

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私ってどんな人間⑬特別編

2007-04-29 | Weblog

前回からの続きではありますが、

今回は嬉しい事がありましたので、

ちょっと現在の私にタイムスリップさせて頂きます。

 

ちょっと前々回にも書かせて頂きましたが、

今私は、前回まで登場していた所長と縁あって、

同じエリア内の違う事務所で働いています。

(北海道と三重県で勤務していた二人が、地元大阪での再会。ドラマチックやねぇ。

そんなこんなで、先日所長と飲みに行く機会がありました。

 

2次会まで数人と行動していたのですが、

何故か所長は、他の人達を上手に帰し、

二人っきりで3次会に行く事となりました。  (ちょっと意味が違うか

(二人で飲みに行くのは6年ぶりくらいになるかもしれません。 

 

所長 『よし、飯食いに行こか。』(時間は夜中の1時を超えていた。)

私  『(笑顔で)行きましょう。』(でも、まだ飯食うんかよっ

 

普通に嬉しかったのと、

何か話したい事があるのかなぁと考えながら歩いていました。

 

~小さな居酒屋にて~ 

所長 『しかしお前、自分が鬱みたいになってたのに、

     苦しんでいる人を助けたいと言いながら、元気になれて良かったな。

     2ヶ月前に電話した時、電話の声があまりにも元気やったので、びっくりした。

     思わず違う人間に電話して、お前の事確認してしもたわ。(笑)』

私  『そうですね。1月末から2月にかけてほぼ完全復活しましたね。

     急激な心の変化がありました。

     自分の苦しみを通して、私以外の人間に同じ苦しみを絶対に味合わせたくない。

     或は、苦しんでいる人達を何とか助けてあげたいと言う気持ちになりました。』

                                           

そして話題は、ブログの話になって行った・・・。

 

所長 『お前、前回のブログ2人称で書いてたやろ。ほんまに、手紙になってたやないか。

     読んでて、また恥ずかしなってきたわ。』

私  『(笑顔で)そんなつもりで書いたんじゃないですよ。

     所長にブログ書いている事を伝えていなくても、

    極端に言えば、所長がどこにいるか解からなかったとしても、

    この部分は、空に向かって叫ぶ様な気持ちで書こうと思っていました。

    本当のところ言うと、所長ご本人には、お互い恥ずかしい部分もありますし、

    ブログを書いている事は言わないつもりでいました。

    しかし、何か自分が元気になれた事を、

    所長に報告したい気持ちが込み上げて来て、思わず言ってしまいました。』

所長 『うん。(笑顔)

     この前お前に、もっと俺も頑張るわって言ったやろ。

     決して今も頑張ってない訳じゃないけど、更にそんな気持ちになれたのは、

     お前のブログ読ませてもらったのが、きっかけやねん。

     これだけ人に影響を与えている事に気付かせてもらって、

     いつまでも、そういう人物にならないと行けないんだと、強く感じる事が出来た。

     中々そういう風になるきっかけって、ありそうでないやろ。

     お前のブログ読ませてもらったお陰やねん。』

私  『(満面の笑み)そう言って頂いて、本当に嬉しいですわ。  

    何かちょっとだけ所長に恩返しが出来ましたね。

    ブログ書いている事言って良かったですわ。

    最近心の中で、仕事で所長を超えたいと言う気持ちは当然あるんですが、

    それ以上に今は、自分の器を大きくする中で、私と言う存在が何か所長に

    影響出来ればいいなと思う様になってたところなんです。

    単純に私に会うだけで、心が和むとか笑顔になれるとか・・・・。 』

    

    大きな心を持った時に、所長を超えるとかそんなレベルの話ではなく、
 
    全てを包み込める様な存在になりたいと思う様になりました。

    偉そうな事言ってすいません。

 

    所長、どんどん登りつめて行って下さいね。

    そして、会社を変えて下さい。

    みんなが目的をもった方向に進んで行ける会社にして下さい。

 

    何か他人事の様に書いている自分が嫌なんですが、

    私は会社に留まらず、世の中の苦しんでいる人達に、

    ”1つでも多くの笑顔を作ってあげる”

    ここに生きる目的を見出しました。           

                                      

    いつか、会社を卒業させて頂く事になるかもしれません。

   

    それまでは、当然仕事も頑張りますし、

    自分に携わる、会社の人達の笑顔も作って行きたいと思っています。

 

    苦しいだけが仕事じゃない事を気付かせてあげたい。

    目的を持って達成した時の喜びを、1つでも多く味合わせてあげたい。

   

    そういう意味では、所長と進むべき道は同じです。

    これからも笑顔満開で擦り寄って行きますので、

     ご指導宜しくお願いします。

 

   所長を癒すのは私に任せといて下さい。(笑)

 

    今までの話ををブログに書くと、所長がまた嫌がられる事は解かっています。

    でも、こんなに私の中で感動した事を、これを愛読して頂いている方々に、

    黙っている訳には行きませんでした。お許し下さい。 

    

    でも、これから会話させて頂く時、

    これ言ったらブログに書かれるかもって、

    言葉を選ばないで下さいね。(笑)

    基本的に他人がすぐに解かってしまう事は、

    現在の私の年齢にブログが追いついても、あまり触れるつもりはありません。

    みんながギクシャクするとまずいんで。(笑)あしからず。

    

    今回は特別編です。

    本当に先日の所長のお言葉は嬉しかったです。

    

    これからも、こんな喜びの中で、まず自分が笑顔になり、

    その笑顔で、自分に関わる人達の笑顔と勇気を作って行きたいと思います。   

                                           つづく

   

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私ってどんな人間⑫

2007-04-22 | Weblog

前回からの続きです。

またまた休みがなく、更新出来ませんでした。

毎度毎度すいません。その分気合を入れて更新致します。

それでは、お読み下さい。

 

所長に同行して頂く日がありました。

内容は年末の挨拶を兼ねた表敬訪問。

とある駅に所長を迎えに行く予定になっていた。

 

約束の時間の1時間くらい前に、所長から電話が入る。

所長 『あのなぁ、急に名古屋支店に行かなあかん様になってな。同行出来なくなったわ。

     悪いけど、社長に宜しく言っといてくれ。』

 

私は、胸騒ぎがした。

年末のこんな時期に、上得意先の約束をキャンセルしてまでも、行かなければならない用事。

 

的中してしまった。

 

所長の転勤・・・。  ご栄転。

 

とうとうこの日が来てしまった。

私の中では、いつかこの日が来るとは逆に思っていないくらいでした。

あまりにも突然の事で、ショックと同時に胸にぽっかり穴が開いてしまった。

 

正直この頃、所長が率いる事務所の成績はダウンして来ていた。

私達部下の責任ではあるが、この状況を所長はどうされるのだろうと思っていた。

また、どんな『目からうろこ作戦、指示』が出るのだろうと期待していたところだった・・・。

 

『ずるいな所長。この状況でみんなを置いて行くんや。』

いくら心の中で叫んでもこの状況は変わらない。

 

うちの会社は、転勤の辞令が出ると、3日間の引継ぎにて去って行かれる。

慌しい中、声をかけたくてもかけれない。

最後に甘えたくても甘えれない。(この期に及んでも、そんな気持ちがあった。)

 

とうとう送別会の日がやって来た。

少しでも傍にいて話したかったのですが、人望の厚い所長の周りには、

次から次へと声かけする人達が群がっている。

最後の最後で話をする事ができ、所長から最後の一言。

『俺はこの事務所に来た時から、お前を中心に回して行こうと思ってた。

 お前は先輩にも、後輩にも自分の考えをきっちり言えるから、それを活かして事務所の活性化を

 図ろうと考えた。

 そんなお前を販売促進のリーダーにする事によって、それが加速すると思ったんや。

 期待通りの活動をしてくれた。有難う。よう頑張ってくれた。』

 

自然と涙が込み上げて来た。

泣きながら、『所長、本当に有難う御座いました。所長の期待に応えたくて、

        褒められたくて頑張って来た感じです。

        途中スランプになった時、自分でも思う様に行かず、イライラした時期もありました。

        所長から、みんなの前で、『数字が悪いからってため息ばっかりつくな』って、

        怒られた事もありました。

        そんな時、どんな時も所長は1番に私を呼んでくれていたのが、

        他の人間に代わって行ってる様に感じ、勝手に悔しい思いをしたりもしていました。

        それだけ、私の中で大きい存在でした。

        転勤されても、色々相談させて頂く事があると思いますけど、

        引き続き宜しくお願いします。』

  所長   『困った時は、いつでも連絡して来たらいい。』

 そう言い残して、去って行かれました。

 

所長、色々ありましたよね。

社長から直接私宛に電話が入って来た事覚えてますか?

私は手帳に、たまたま日付を残していたのを見つけました。

 

平成12年 2月21日

所長 『はい、はい。解かりました。少々お待ち下さい。おいっ、社長から電話や。』

私   『どこの社長からですか?』

所長 『うちの社長やっ。』

私  『えっ、うちの社長。何を話したらいいんですか。』

所長 『普通に話したらいいやないか。それより早く出ろ。』

私  『はい、お電話代わりました・・・・。』

 

5000人からいる、一応大企業の社長から直々激励の言葉。

後から聞くと、普通は所長にも直接電話が入って来ることはなく、

支店長に社長秘書から電話があってから、取り次ぐらしい。(そんなたいそうな。)

 

何故激励されたかと言いますと、

所長が最後にキャンセルした例の社長が、あるパーティで私をえらく褒めて頂いたみたいで、

『是非、社長直々に激励してあげて欲しい』と言われた約束を守られた形でした。

所長  『前代未聞やなぁ。これでお前の名前は、

      良いか悪いかは別にして、覚えられてしまったな。』

と笑いながら言われていたのを思い出します。

 

 

このブログで過去を振り返り、所長の偉大さを感じています。

色々学ばせて頂いて、今の私があります。本当に有難う御座いました。

 

私は勝手に貴方の愛弟子として、その時だけではなく、今日まで来ています。

いつか越えたい壁ではありますが、いつまでも大きな壁で居てください。

小さくなった壁を乗り越えても、嬉しくありませんからね。(笑)

いつか必ず乗り越えて、大きくなった私を見て頂きたいと思います。

もう少しだけ、待ってて下さいね。

 

次回、この所長に出会った前後に、出会った人達から学んだ事を書きたいと思います。

 

私にとってこれだけ大きな心の支え、それを失ってしまった私は・・・・。

ご期待下さい。                          つづく

 

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