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閑話休題46 飛蓬―漢詩を詠む -2

2017-08-05 17:16:00 | 漢詩を読む
筆者が楽しみとしている一つは、時に旅に出ることです。特に印象の深かった旅については、「飛蓬―漢詩を詠む」と題して、紀行文と漢詩で旅の様子を綴って行こうか と思っています。

先に取り上げた“屋久島 縄文杉”の話題(閑話休題 40、2017. 6. 4 投稿)を第一回目として、シリーズで進めていく予定にしています。

今回は、5月23-24日、朝来竹田(あさごたけだ、兵庫県)の竹田城を目指しました。今回、幸運と言うべきか、近郊に「大将軍スギ」と呼ばれている古木のあることを知り、足を伸ばしてお目に掛かってきました。

朝来竹田は、関西から車で、京都縦貫自動車または中国縦貫自動車道-播但道路有料道路を経て、約1時間半の旅程です。

朝来竹田の街に入ってまず気付くことは、武家家屋風の建物で、黒瓦の屋根が連なる裕福な城下町という風情です(写真1)。主幹通りを、JR播但線の線路を越して、一筋山側に入ると“寺町通り”があります。
写真1


この通りに沿って、屋根付きの白壁が続きます(写真2)。白壁の奥は、数軒のお寺が連なり、歴史上の家系のお墓があるようです。通りと白壁との間には、小堀があり、清流には色とりどりの大きな鯉が悠々と泳いでいる。
写真2


松の木は、独特な雰囲気を醸し出す木ですが、小堀に沿う松並木は、“寺町通り”をより一層深遠な感じの世界にしているようです。5月ゴールデンウイーク明けで、旅行客の疎らなこの時期、絶好の散策路でした。

目指す竹田城:その全景を写真3に示しました。これは竹田城入口近くの道路わきに設けられた立て看板の写真です。まず石垣遺構が目を引きます。昔は、天守台、本丸を中心にして、三方に向けて放射状に曲輪が設けられていたらしい。
写真3


当初の築城当時は土塁であったらしいが、城主赤松広秀が、1585年総石垣造りとした と。関ケ原の合戦のおり、西の豊臣方に付いて、敗戦、廃城となる。しかしこの石組は、往時の姿を今に残し、実存する石垣遺構として、全国屈指の規模である由。

石組を目立たせているのは、この山の異様さにもよるのであろう。この山は、虎が臥せているように見えることから、別名“虎臥城”とも呼ばれている と。

写真3で、山の向こうに白雲が浮いているのが見えます。秋のよく晴れた朝、街を流れる円山川から濃い霧が発生して竹田城を取り囲み、まさに山城が雲海に浮かぶように見えるという。そこで、“天空の城”とか、日本の“マチュピチュ”と呼ばれているようです。

竹田城に到る道路はよく整備されているが、上り下りの多い道で、健脚向きと言えよう。城の域に入ると、登城道は、絶えず石垣を身近に見ながら、例に漏れず、敵の侵入・行動を妨げるよう右に左に向きを変えて登っていく(写真4)。
写真4


写真4で、中央上部にポツンと孤立しているのは松の木です。山の麓に広がる山間の集落は朝来竹田。この街中(まちなか)の見晴らしの良い箇所から竹田城跡を見上げると、この一本松が天空に突き刺さっている風景が、印象的に望めます。

本丸を中心に3方に向かう翼の一方の曲輪跡の広場では、現在、桜の大木が林立している。花の季節には見事な展望を見せてくれるのでしょう。他の翼の広場では、濃い緑の芝生の間に散策路が整備されていて、周囲の展望を楽しむことができる(写真5)。
写真5


この広場には、松の木が点在して、植っている。写真中央に角ばって、一段高く見える石垣組の段は本丸跡です。なお、撮影者の後方、城域の端にもう一本松の木があります。それが街中から遠く望むことが出来た一本松である。

この旅で、想定外にもっとも印象深かったことは、“宿”であった。写真1は、“宿”の本館です。“宿”の名は、ホテルEN。アルファベットでENです。そのデザイン化したのが写真1で見える白丸二つ。

この“宿”の由来については、立て看板の内容(写真6)を読んで頂きましょう。写真7~10にその実際の様子を挙げました。その印象的な、ユニークな佇まいを篤と見て頂きましょう。
写真6


写真7:ホテルのフロント


写真8:ベッドルーム(奥)と寛げる居室(手前)を仕切る襖(ふすま)。襖には墨絵が描かれている。この襖の桟(さん)は、拳骨で軽く叩くと、金属性の堅い音がする。材は黒檀であろう と読んだ。


写真9:天井側に目を遣ると欄間。透かし彫の板が左右ペアで嵌め込まれている。この写真中央は、女性がバケツを抱えて振り向いている姿である。左側の対の板は、線状の棒/紐に蔓性の植物が巻き付いた透かし彫りとなっている。その心は、「朝顔やつるべとられてもらい水」(加賀千代女) と読んだ。


写真10:フランス料理を売りにしているレストラン:高天井のがっちりした骨組みの和風建築。かつては酒を寝かせる貯蔵庫であった由。天井から下がる“シャンデリア”も様になっています。


標榜するフランス料理は、材料、盛り付け・味ともに佳。料理に携わる“シェフ”のセンスの良さが窺い知られて、敢えてお目に掛かって見ると、意外と若い方で驚いた次第である。

以上、今回は、意外性の強い、深く印象に残る旅であった。いわゆる“和洋折衷”ではなく、“和洋両立”の精神、すなわち、“古(いにしえ)の和”が古(ふる)さを感じさせることなく、“モダンな洋”としっかりと両立している状況を目撃したように思う。

この旅の模様を、感興の湧くまま漢詩にしてみました。末尾に挙げてあります。目を通して頂きたいものです。

写真1

なお、この旅は、娘たちの好意により実現したものです。感謝不尽!

[付記]
朝来竹田から、竹田城の麓を通って山道を西へ車で約20分。藤和峠の道路脇に「大将軍スギ」として、地元で崇められている杉の古木がある(写真11)。由来は、約700前に遡る古木で、その枝ぶりが特異である。根回り11.6m、樹高35m、枝張り東西26m、南北26m(1978の記事)。
写真11


xxxxxxx
遊逛朝来竹田...........朝来竹田(チョウライチクデン)に遊逛(ユウキョウ)す

松樹萧萧寺廟街、 松樹(ショウジュ)萧萧(ショウショウ)として寺廟(ジイン)の街(トオリ)、
瓦屋波浪起伏栄。 瓦屋(ガオク)の波浪(ハロウ)起伏(キフク)して栄(サカ)ゆ。
清麗孤松遥看見、 清麗(セイレイ)の孤松(コショウ) 遥(ハル)かに看見(カンケン)されて、
古城旧址在天空。 古城の旧址(キュウシ) 天空(テンクウ)に在(ア)り。
昔時造酒木村店、 昔時(セキジ) 酒を造(ツク)りし木村の店、
今日賓馆给軽松。 今日 賓馆(ヒンカン)として軽松(ケイショウ)を给(アタ)う。
把庫房為法菜廳。 庫房(コボウ)を把(ト)って法菜庁(ホウサイチョウ)と為(ナ)す。
看祖遺産在生動。 看(ミ)よ 祖(ソ)の遺産 生動(セイドウ)して在(ア)り。

註]
2017年5月23~24日 朝来竹田(アサゴタケダ)を訪ねる
寺廟街:寺町通り
瓦屋:瓦屋根の日本家屋
波浪起伏:波浪がうねりをなしているさま、軒を連ねているさま
看見:目に入る
木村店:旧日本木村酒造所、現在ホテルENとなっている
軽松:リラックスする、気が休まる
庫房:昔の酒の貯蔵庫、現在レストランとして活用
法菜廳:フランス料理専門のレストラン
生動:活き活きとしているさま

<現代語訳>
 朝来竹田に遊ぶ
松並木に萧萧として風が渡る寺町通り、
街は瓦屋根の日本家屋が波のうねりの如く栄えている。
丘の上を望めば美しい姿の一本松が遥かに目に入る、
そこは天空城と呼ばれ、石垣が残る古城の跡である。
昔日、お酒を造っていた旧木村酒造場、
今日、ホテルENとして、疲れを癒してくれる場を提供している。
嘗ての酒の貯蔵庫は、フランス料理のレストランだ。
見よ、ご先祖から受け継いだ町の遺産すべてがいきいきとしているではないか。

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