庭にいます。  -ときどき街中にも-

旧タイトル「街中の案山子」です。
庭にいる時間がめっきり増えたことから、タイトル変更しました。

過去記事を引っ張り出して。

2016-10-17 21:02:14 | 私の雑感あれこれ
もう10年前に「立ち話から」というタイトルで書いた記事です。

http://blog.goo.ne.jp/salubia2070/e/27ca50dcfc3ee4047f10b38f14f78fcd


若いころは、チ○○、チ○○と陰口をたたかれたものよ、年ごろのころは悲しかった、
と世代の違うワタシに、カラッとこぼしてくださいました。

気丈な女性でしたが、見かけなくなって久しいです。



話は変わりますが、

私の友人に姻戚に障碍者のいる家庭の方がいます。
その友人は、縁あって知的障碍者家族の姻戚になりました。

私は、知的障碍者の話題は聴くことはあっても、途中から姻戚になった方からの身内話として聴くことはありませんでした。
中年になった知的障碍者を介護してこられた母親はもう80代です。
現在高齢者施設の入居を検討されているそうですが、娘が入居するであろう知的障碍者施設に近いところが希望、とか。
かわいがって手元において育ててきた娘と別れるのが忍びないのでしょう。

そうなんだね~、お母さんはもう50年前から、知的障碍児を抱えた母親を生きてこられたんですね、とつぶやいたら、
「あらっ、○○さん、そんな視点から見る人って初めて!」と返答されました。

重度の知的障害を抱えた本人も、不本意かもしれないけれど、ある日突然障碍児の母になって、かわいい、かわいい、で育てて50年。そのお母様の人生も大変だったろうな~、とついそちらを思ってしまったのです。

「そうなのよ、そのお母さんは、付き合う相手も同じような障碍者を抱えた方たちばかり、交際もおのずと限られているの」と、彼女はサバサバ。

私「・・・・・・」

きっと、ちょっとした言葉にも傷ついたりして、だったら、健康な子供だけを育てている方たちとの交流を避けたい、お互いの気持ちを察することができる仲間だけで、、、という月日が続いたのかもしれません。

そんな、傷つきやすい日々を50年も過ごしていらっしゃったなんて、言葉がありません。



たまたま健康でいられたことに感謝。役に立てることがあるなら、、、そういう思考にならざるをえません。














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