徒然草庵 (別館)

人、木石にあらねば時にとりて物に感ずる事無きに非ず。
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キャラメルボックス『嵐になるまで待って』(前編)

2016年10月19日 | 舞台

キャラメルボックス 
グリーティングシアター2016
『嵐になるまで待って』(前編)
 


≪公式HP≫
http://www.caramelbox.com/stage/arashi2016/


≪キャスト≫ ※敬称略
君原友理(ユーリ):原田樹里
北村幸吉:一色洋平(客演)
波多野祥也:鍛治本大樹
波多野雪絵:岡内美喜子
滝島:久保貫太郎(客演)
勝本:山崎雄也
阿部知香子(チカコ):木村玲衣
津田長介:関根翔太
高杉雄二:毛塚陽介
広瀬教授:西川浩幸


≪始まりの始まり≫
『嵐になるまで待って』―――キャラメルボックス史上屈指のサイコ・サスペンス。
1993年初演の作品で、以降、1997年、2002年、2008年に再演されてきた作品。
もちろんCB3年生の私はこれまでリアルタイムで観る機会に恵まれず、2002年公演をDVDで見たくらいなので、これら過去の公演には触れない。
ただ。
波多野祥也。この、岡田達也さんの演じた役があまりにも「はまり役!」「役者キャリアを変えた!」と絶賛される作品であったことで、今回その役を引き継いだお人には、有形無形のプレッシャーだの激励だの、勝手に設置されるハードルだの、さぞ大変なことであっただろうと推察するのみ…。(苦笑)

あの鍛治本さんが、あの波多野を演る!!!

これが発表された時のTLの(良い意味での)沸騰ぶりが記憶に鮮やかに蘇る。
いつだったか「その前の夏公演(カレカノ)にも出るんですけど、みんな秋(嵐)のことしか言ってくれない」といつもの優しい表情で苦笑いしていた中のお人…それはひとえに、貴方にかけるCBファンの大きな、大きな期待値ゆえなのだよ!w

これまでにない、誰も観たことのない、波多野になるかもしれない。
そして、一人の役者のブレイキング・ポイントになるかもしれない。

まさしく、気持ちは『秋になるまで待って』!


 ★


≪嵐がやってきた≫
さて。今回のCB地方巡業(劇団が普段公演をしない場所に赴くので「劇場が会いに行く」=グリーティングシアターと呼ばれる)、東京遠征は考えず、私の地元三重県で2年ぶりに公演があると言うので、それを含めて合計5回!観る気で計画を立てた。
東京時代と違って、このくらい集中しないと好きな芝居に耽溺できない環境にあるのがもどかしい。

10/11    三重(津)公演:1回
10/14~16 大阪公演:4回(←全公演…ええ全通ですが何かw)

三重公演は三連休最終日の祝日お昼1回だけ。素晴らしい劇場(総合文化センターの中ホール)にも拘らず、客入りが一階席の3分の2にも届かなかったことを地元民として口惜しく思うほど、もったいない機会だった。そして、そこで私が目撃したものは、半年の期待を裏切らない、いや期待以上、想像以上の「新しい芝居」。

こ ん な の 観 た こ と な い !

ひとことで言えば「信じがたい!」だから1回見ただけでアワアワしたくない。
そんな思いでジリジリ待った金曜日。大阪4公演の幕が開いた。

三重公演で見た「波多野2016」は、本物か?
オープニングの暗がりにシルエットがふわりと浮かんだ瞬間、私が感じた全身総毛立つような高揚感と戦慄は、本物か?

本 物 だ っ た !

初めてライブで体感する、あの伝説的なオープニングシーン。
「The Riddle」の叙情的でどこか物憂げなメロディーラインに合わせ、西川さん演じる広瀬教授が、デスクのスタンドライトを点す…ほぼ同時に闇から浮き上がる人影が、ひとつ、またひとつ。岡内さん演じる美しくも儚げな雪絵に続いて現れた、鍛治本・波多野!!!



な ん だ こ れ は。

全身の血が、ゾワリと騒いだ。

「たとえあなたが忘れようとも、私は決して忘れない。
 あの夏の夜に見た景色を。あの夏の夜に聞いた音を。あの夏の夜に言った言葉を。

 それらは今も、雨のように、激しく私の心を打つ。
 それらは今も、風のように、激しく私の胸を打つ。

 たとえば、あの夏の夜に来た嵐。
 嵐が私の心の中で、今も叫び続けているのだ。忘れるな、忘れるなと。」

(岡内さんtwitterより引用)

手話がこれほどに雄弁な言語だと、私は知らなかった。いくばくかの外国語を操る人間として、言葉が通じなければ「ジェスチャー」「筆談(時には絵を描くことさえある)」という手段はおなじみのものだが、10人が一糸乱れず、同じメッセージを「セリフのない不思議な空間で」伝えてくる迫力。単なる意思伝達機能だけではない。形が、動きが、とても美しい。そう、喩えようもなく「美しい」。

きっと雪絵を演じる岡内さんが、本質的に「ダンサーであること」が大きかったのだと思う。彼女が手話で「話す」時に私たちが見る、その指の先から身体全体までの動きが、波のように滑らかで、風のように優雅。その声なき豊かな表情と相まって、手話を知らない私たちにも、波多野(弟)や広瀬教授のような通訳がない状態ですら、その意思を雄弁に語りかけてきたのだと思う。

理屈ではない。でも、心が感じる。そして、何よりも美しい。

私の『嵐になるまで待って』2016は、この言葉に始まり、この言葉に終わる気がした。


 ★


この物語の主人公は誰?と聞かれたら、テストの模範解答は「ユーリ」なのだろうが、私は「誰が一番私の心を惹きつけたか」=「自分にとっての物語の主人公」でしかない。申し訳ないながら、最初っからユーリと幸吉という「陽の軸」よりも、波多野姉弟(雪絵と祥也)の体現する「陰の軸」に怖いほど魅入られてしまった。
(そもそも、かじもん波多野が見たかったんだから仕方なかろう…いやユーリと幸吉に単純に感情移入するには、私は人生経験を積みすぎたw)

キャラメルボックスらしからぬ(昨年の『カレッジ・オブ・ザ・ウィンド』にも通じるところがある)人間の心の奥底にある闇を垣間見るこの作品。もちろん、もっと本格的にその闇を描こうとするなら、もっと踏み込んでくる脚本家・劇団はあると思う。その点、どう転んでもキャラメルボックスは「R15」には成り得ないし、なるはずもない。
それなのに。
鍛治本さん演じる「波多野祥也」には、あの伝説的な「オカタツさんの波多野」とは全く違う、まるで別のキャラクターを見るようなゾクゾク感があった。シナリオへの登場時からして違う。オカタツさんはもっと「如才ない笑顔」「営業用の外面」がくっきり出て、後からジワジワと歪んだ本性の現れる怖さがあった。でも、鍛治本さんは違う。観客の前にセリフを持って姿を現すその最初の場面から、既に「ゾワリとする」。もっと言うなら、私は最初のダンスシーンで、背景(ドアの後ろ)からキャストが前に出てくる→広瀬教授と雪絵の手話でのやりとりを見ている…「あのシーンこそが、鍛治本版・波多野の先制攻撃だ!」と思った。
説明するより、一度でもあの舞台、あのシーンを観ていれば分かると思う。上手からドアを開けて入ってきた波多野が、上手から下手を横切り、ある瞬間から姉と広瀬に向ける視線の強さを。他の8人は、ただ二人を見ている。波多野だけが、その眼差しに浮かべる色が、強さが、想いが、明らかに違う。

これは「悪役の怖さ」じゃない。
想いの強さがもたらす、本能的な「こいつ、ヤバい」に近い戦慄。

ダンスシーンの組み合わせも、そう思うと意味が深い。
劇中カップルのユーリと幸吉ではなく、ユーリと波多野が踊る。(幸吉はチカコと踊る)ユーリが恐怖したその相手と、オープニング(The Riddle)にあわせて踊る。波多野の眼差しは、ひょっとしたら踊る相手ではなく、姉に向けられているのかもしれない。もちろんシーンとしてそれは「ない」けれども、私には、あの波多野とユーリが踊る姿が(ストーリー展開を知っているとは言え)宣戦布告にしか見えなかった、と言うのは、言いすぎだろうか。(広瀬教授と雪絵が踊る姿は、結末を知っている人間には、ただただ、哀しくも、切なく、美しい。)
告白すると、私は、2002年のDVDでも、今回の2016でも、波多野と言うキャラクターを「怖い」と思ったことはない。超常の力があって、凶器(傘だけどw)を持って追いかけてきて主役を殺そうとするターミネーター的な存在などと、思ったことはない。ただ観ていてひたすら、そのキャラクターの「声に出さない想い」「秘めた想い」を、追いかけているような気がする。その結果、「あまりにも哀しい、あまりにも孤独な」ひとりの人間としての造形に心が向いてしまうのだと思う。




 ★


波多野姉弟に対する私の感想は一旦措いて、『嵐になるまで待って』(このタイトルの日本語自体が、私には『ティファニーで朝食を』とか『風とともに去りぬ』のような珠玉の創造だと思う!)今回公演のキャスティングは「素晴らしい!」に尽きた。

ユーリ役の原田樹里ちゃん。『カレッジ』のイメージで来るんだろうな、と思って、まさしくそのまま来た感じ。生命力の塊。とはいえ、私はこの手の役柄が実は苦手で(経験値の違いです、ハイ。いまさら大学生にはなれませんw)、だからこそ「ユーリという役柄」を波多野姉弟と対比させつつ見ていったのだと思う。歴代ユーリの中で一番アクティブ、という評を見たが、まさにその通りだと思う。2002の岡内さんも良かったが、声を封じられた状態でのパワフルな演技は、流石と唸らされた。多分、今のCBでのベストキャスティングだと思う。成井さんが「再演するときは、今の劇団員でベストな布陣が組めると確信したとき」とどこかで書いておられたが、『カレッジ』や今作の樹里ちゃんを見ていると、本当にそう思う。



幸吉役の客演、一色洋平くん。(これまた、歴代幸吉いろいろいらっしゃったようですが)知らない私からは「バランス的にも、キャラ的にも、最善の客演!」ビックリするほどアクティブ&ポジティブで、ビックリするほど直球で、アナタは松岡修造か!?と全力で突っ込みたくなるw そして、アドリブかもしれないけれど「(書くの)ゆっくりでいいぞ」「いいよ、俺が(台本)持ってるよ」のような、エスコート的優しさの気づきレベルが高い!それをサラッと演っちゃうのがすごい!と、ニヤニヤ。
しかも、1公演ごとに少しずつ、そのお芝居が変わっていくこと。自由自在であったり、天真爛漫系であったり、熱血系であったり。そして一番の見所は、西川さんイジリ(違!)と、下手⇔上手の舞台上の全力疾走!!!CB歴の長い友人からも「ようやく魅力的な幸吉に出会えた!」と絶賛!さもありなん。この役者さん、別の舞台でも観てみたい。そう思わせる力が全編通じて迸るような、パワフルで熱いキャラ造形だった。



同じく客演の音響監督・滝島役、久保貫太郎さん@クロムモリブデン。私が見たDVDでは大内さんが演じた役。えええ、全然違う~!(爆笑)でも、これだからこそ2016年版は救われる!!!クボカンさんだからこそ、西川さん@広瀬教授をあそこまでイジっても全然平気!これはホントに中の人ならでは。
一方で、要所でものすごく大事な台詞を言ってくれる「アウトサイダー」としての慧眼に感謝したい…クボカンさん演じる滝本が「(幸吉に)お前はあの人の音楽を聞いたことがないだろう。だからそんなことが言えるんだ。彼には才能がある。だからこそニューヨークで成功できたんだ」「波多野さんを、何とか助けてやってくれ。あの人は、決して悪い人じゃない。ただ、雪絵さん以外の人間が目に入らなくなってるだけなんだ!」には、胸の底からぐわんと揺さぶられる感動を覚えた…そう、ギャンブルと色恋にしか目がない「ダメ人間」by幸吉、だとしても(笑)。
波多野の本質を本能的に見抜いていたに違いないからこそ、その言葉が出たのだと思うと、思わず涙ぐみそうになる存在。いろんな人が「OK滝本」を演じてきたけれど、今回のあの重いシーンと結末を救ってくれるのは、キャラメル以外の人だからこそ可能なんじゃないか、と感謝した。

滝島と「凸凹コンビ」で出てくる音響助手勝本。目下、若手で注目ナンバー1の山崎雄也くんの声の良さとタッパは、もっと別の役のほうが映えるなあ、と思いつつ…。なにせ2002年版では私の「モフモフ王子♪」こと畑中さんが勝本役なのだ。動きの切れの良さは折り紙つき、比べるほうがどうかしている。その代わり、初々しさと言う点ではアドバンテージ加算。特に芝居の相性?みたいなものが、毛塚くんの高杉と不思議と合う。(毛塚くんのオールラウンダーな空気感が旨くマッチしたのか?)ちなみに「サモ・ハン・キンポー」は、多分観客の半分くらいしか伝わってなかったからウケが今イチだったんだと思う。気にしなくていいよ~w

そして!この方以外には考えられない、最高のストーリー・テラー!西川浩幸さん演じる広瀬教授。2002年版ではもちろん今よりもずっと若くて、話し方も今とは違うのだけれど、2016でも変わらないのは観る側を圧倒する「主役力」、そこにいるだけで空気さえも色を変える存在感。この芝居を私たちに伝え、最後に救ってくれるのは広瀬教授。コミカルで可愛らしい場面とシリアスで知的な場面の繰り返しは、劇場全体を気持ちよく振り回すマジックw そしてオトナの男の魅力を余すところなく伝えてくれる。
陽のユーリ&幸吉、陰の波多野姉弟、この両極の中央に「君臨する」絶対的な存在は、やはりこの方にしかできないだろう。改めて西川さんの魅力の虜になること、間違いなしだ。(三重公演を見た私の母は、他の誰でもなく「ミスター・キャラメルボックス」の作り出す変幻自在のワールドに、2時間すっかり心を奪われていたくらいなのだw)



中学生声優・チカコは木村玲衣ちゃん。これまた、役のイメージ通り!いつも玲衣ちゃんは男の子役も含めて器用に何でも演るなあと思うものの、こういう小生意気な(笑)ティーンの役はピカイチ!だと思う。あと、声の表現力。「声優」だから、いわゆる「俳優さんが舞台でしゃべる」よりは「目をつぶっていてもありありと情景が浮かび、キャラクターが生き生きと動き出す」声だといいな、と思っていたら、ジルを演じる時の声!!樹里ちゃん@ユーリとの掛け合いが「すごいな!」一回だけ「目を閉じてこのシーンを聞いてみた」ら、ワクワクするようなあの劇中劇が「見える」ほど!今の玲衣ちゃんにとっても、タイミング的にも、ベストキャスティングだったのだろうと思える配役。

毛塚陽介くんの演じた「人気俳優」高杉雄二。イマドキあるある!?ある意味「本当にいそうな」キャラクター造形で、実際に舞台を観てから「予想以上に似合ってるじゃん!」と喜んだキャスティング。上背もあるし、荒んだ目も素直な表情も無理なくこなす「素材の良さ」が、高杉と言う極端な味付けをよく馴染ませて見せてくれた。
何より驚いたのは、彼が演じる高杉は、ただの「女たらしで傲慢な」男ではないのが、端々で伝わってくること。確かに、波多野へのあからさまな敵意の向け方や、品行方正とは言いがたい素行は、あんたプロ失格でしょ!と蹴りのひとつも入れたくなる。しかし、最初に波多野の能力によって「殺されかけて」から、本能的に「波多野の目を見ない」「波多野と直接会話を交わさない」など、(波多野の力の正体に誰も気づいていなかった時点での)勘の良さを思わせるフリは多い。そしていい加減な男と思わせておいて、レコーディング初日に怪我を押して現れる、勝本との会話で憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔を見せるなど、意外なw責任感の強さを感じるシーンも。雪絵の内心を慮って(波多野に対して決して好意的にはなれなかっただろうが)意外な心理洞察をしてみせたり、ラスト、ユーリと改めて共演者として挨拶をかわす表情や、付箋を貼った自分の台本を読み込む姿に「高杉、やるじゃん♪」と思った観客は少なくないと思う。
「心を読む」能力を持ったチカコが、高杉に辛辣な言葉を吐き続ける理由も、ひょっとしたら額面通りの「軽薄な男に対する嫌悪」ではなく、「アンタ本当はイイ奴なのに!」という苛立ちなのかもしれない。(いくら中学生でも、思ったことをそのまま言っていい時と、言わない方が追い時の区別はつくでしょうからねw)ラスト見届けた観客が、「どこか憎めない、ホントは良い奴なのかも」と思ったなら、それは演者の功績だろう。



幸吉の同僚、新聞記者の津田長介役は関根翔太くん。私の印象では、津田というキャラがそこまでインパクトのある役ではなかったというのは否めないが、幸吉と絡んでいる時よりも、高杉や波多野と対峙している場面のほうが、津田の魅力&持ち味は出ていたと思う。芸能記者らしいハナの効く感じと、チャラさ、おバカさ加減が、ステレオタイプで分かりやすい造形ではないだろうか。(まあ「お前記者じゃないだろwww」という最大のツッコミは、幸吉に向けられてしかるべきかとも思う私であるw)
ちなみに、ご当地ネタはチャレンジするなら徹底的に日替わりで攻めて欲しかったぞ!ビリケンさんの後のホワイティ梅田3連続は、ちょっと残念。お伊勢参りよりは「おかげ横丁で赤福並んで食べただろ!」の方が一地元民的にはツボったのだが。←


 ★


さて、もうすぐ日付が変わる。
ここから波多野姉弟について語り(書き)始めると、間違いなく徹夜になってしまう&今日は普通に平日なので、後編にて心行くまでゆっくり語りたいと思う。というか、語らずにはいられない。
基本的に一都市一公演という慌しいツアーの中、稀有な連続公演となった大阪。あの4日間で見届けた芝居の変化・進化・深化と、観る側の受け取り方の変化は、絶対に書き記しておきたい。


(続く)

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