『勤務地シンガポール』

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紅茶が好きな人は積極的な人?

2008年04月12日 | シンガポールで暮らす

 今朝は天気が良かったので久しぶりに散歩に出かけました。朝の匂いを嗅ぎながら住宅街を通り抜けると、昔ながらの商店街に出ます。そしてその通りを歩いていたら、どこからともなくコーヒーの良い香りがして来ました。

 その店は直ぐに見つかりました。歴史が染み込んだ感じの古い華人系商店で、店先には昔子供の頃によくみた灯油の一斗缶と同じようなサイズの缶が所狭しと並べられていました。

 つかつかとその店に入っていくと、コーヒーの香りは一段と強くなります。そして直ぐにその香りの理由が分りました。回りを見渡すと、麻袋に入ったコーヒー豆、ロースト状態のもの、そして挽かれて袋詰めにされたものなどが目に入ってきました。よく見ると、近くには焙煎機もあります。どうやらそこではコーヒー豆を焙煎して、そしてそれを挽いて量り売りをしているみたいでした。

 店の主人らしき人に話を聞くと、量り売りは量り売りでも、一般の客に店頭で販売するというよりも、シンガポール島内いたる場所にある「コーヒーショップ」、いわゆるホーカーセンターのコーヒーショップに挽いたコーヒー豆を卸しているとのことでした。「こちらのコーヒー豆はどちらの国から来るのですか。」と聞くと、産地はなんと隣国のインドネシアとのこと。なるほど、ホーカーセンターのコーヒーはインドネシア産かあ!、と、その発見に一人興奮して、もし自分がこの豆を使ってコーヒーを淹れたらホーカーのよりも美味しいのではないかという、いつもの実験癖が頭を持ち上げてきて、早く家に帰ってコーヒーを淹れて見たくてしょうがなくなりました(笑)。

 最小販売単位を聞いたら300グラムとのこと。値段は2ドル70セントです。それを支払って袋に詰めてもらっているとき、私の目に紅茶の缶らしき一斗缶が飛び込んで見ました。「それ紅茶ですか?」と私が訊ねると、そうです、と言うではないですか。コーヒーよりも紅茶が好きで、以前紅茶の商売を少しやっていた私は俄然その紅茶の方に興味津々です(笑)。「これもインドネシア産です」と言いながらその主人らしき男性は缶のフタを開けてくれました。見るとダストです。覗き込んだ缶の中から茶葉の若々しい香りがしてきます。そうかああ!シンガポールのホーカーで出している紅茶もインドネシア産なのか!

 多分私はモノ欲しそうな顔をしていたのでしょう。その店の男性は、「少し差し上げますので飲んで見て下さい。」と言って50グラムほど袋に詰めてくれました(笑)。私はもう急いで家に帰って、お湯を沸かし、焦る気持ちを抑えながらまずはティーポットと暖め、茶葉の量を測ってポットに入れ、それから熱湯をそのポットの中へ注ぎ込みました。

 とりあえず今回は抽出時間を5分とし、またこれも暖めたティーカップにゆっくりと紅茶を入れました。そしてこぼさないように注意しながら、窓際に行き、太陽光で水色を確認しました。産地が結構高地なのでしょうか、5分間蒸らしたダストにしては水色が明るいです。スリランカ産のであれば、かなり真っ黒く出て、カップのそこは見えないと思いますが、今日のものはカップの底が見えます。

 いよいよ味です。カップに鼻を近づけたら、若葉の香りがしました。茶葉は新しいです。となると、あそこのお茶屋さんは商品の回転率が良いということ、今の紅茶が切れたら、今度はあそこを贔屓にしよう、などと一人考えながら一口くちに含んで、それからのどに流し込みました。もちろん味は高級茶葉にはかないませんが、ダストであることを考えると味も、香りも水色も十分であると思いました。

 そんなことを一人ぶつぶつ考えながらその紅茶を楽しんでいると、昔の紅茶時代のことや当時お世話になった人たちのこと、スリランカの茶畑などいろいろなことが脳裏によみがえってきました。そしてふと、昔私が「紅茶の師匠」と密かに呼ばせてもらっていた方が仰っていたことを思い出しました。

 「紅茶は積極的な人の飲み物だ。物事に積極的な人には紅茶が好きな人が多い。」と、その紅茶の師匠は言います。なんとまあ、今となっては微笑ましくもある師匠の独断と偏見ですが、当時の私は真剣に耳を傾けていました。どうしてですか?なぜ、紅茶好きの人は積極的な人だと言えるのですか?という私の質問に、師匠はこう答えてくれたのです。

 「通りを歩いていて、コーヒーの良い香りが流れてきたら、ああコーヒー飲みたいなあ、と思うだろう?コーヒーの香りは向こうから勝手に流れてきてお前を誘うのだ。だが、喫茶店から紅茶の香りが通りまで流れ出てくることはまずない。コーヒーのように香りは強くない。向こうからは誘ってくれないのだ。という事は、紅茶とは、“紅茶を飲む、紅茶を飲みたい、”という思いがまずはじめにあり、そしてお湯を沸かし、茶葉を計り、そして蒸らすという作業と時間を経てやっと飲める飲み物なのだ。つまり紅茶は受身ではダメで、紅茶を飲むという強力な意思があって初めて飲める。そのため、紅茶が好きな人には積極的な人が多いと言うことなのだ。」

 確かに、紅茶の香りは弱いです。コーヒーとは比べ物にはなりません。が、紅茶好きの人は積極的な人、というのはどうでしょうか(笑)。当時の私は青年将校のように師匠のこの論を信奉しておりましたが(笑)、年を重ね幾分人間的に丸くなった現在、そういう人もいるだろうが、そうでない人もいるだろう、と、思うようになってしまっています。そういえば師匠、ご自身は諸事積極的な方でものすごく紅茶を愛されている方でしたが、上記の激烈な論と一緒に次のようなことも私に教えてくれました。「紅茶も含めてお茶全体、喫茶ということにおいて一番大切なことは何か分るか?」それは良質な茶葉ですか?という私に、「違う」と師匠。では、お茶の“あて”(和菓子やケーキ、それにスコーンなど)ですか?(師匠は紅茶のあてにもうるさかった)と私。また「違う」と師匠。ではその大切なものとは何ですか?と聞く私に対して師匠は一言。「会話だよ。お茶とは人と人とのコミュニケーションのツールなんだ。いくら紅茶が美味しくとも、お菓子が上等でも、会話の内容や質が、楽しいものでなかったり、良くなかったらダメなのだ。」と。

 形も大切だけど、それは本質ではないよ、と。昔の事を思い出しながら、ふと、日常の中でややもすると見落としがちな大切なものを再発見したような気になった今日の朝の時間でした(笑)


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