甲州の川柳日記

甲州は私の雅号です。徒然に思い浮かんだ川柳の掲載いたします。

障害者と年金

2012-06-02 19:29:40 | 日記
 お笑い芸人の親族が生活保護を不正受給してたことが話題になってますよね。私は生活保護ではありませんが、障害者年金を受給してます。中には就労する能力が有りながら年金を受給するのは卑劣であると誤解する人もいます。つまり年金を貰いながら働くことをセーブしてると勘違いしてる人もいるようです。


 私はもう四十歳を過ぎて職業を選べる齢ではありません。外食産業ですら年齢制限で断られるくらいです。また服薬してるせいもあり健常者に比べてテキパキと仕事が出来るわけでもありません。今の仕事もいつクビになってもおかしくないとびくびくしながら働いています。自分がそんな優秀な労働力でないことは実感してます。


 仮に作業所や内職で何年も作業をこなしたとしても、実際に就労までこぎつけるには並の努力では無理であると断言してもおかしくないです。障害というハンデは当事者にならなければ理解できないといえなくはありません。(中にはそれでも理解できない人もいますが。)また、同じ障害でもジェンダーがあるということは痛感させられます。

 
 仮に女性ならば、「病気なんか僕が治してあげるよ!」なんて言って異性が寄ってくることもありえます。しかし、男性にはそんな希望すらもありえません。健常者でも障害者でもホームレスでも社会のセーフティーネットは女性には手厚く男性には不公平です。「女性は弱い存在」などということはナンセンスです。

 
 それでも私は主治医からよく指摘されます。「貴方が誇り高く生きていけてるのは年金というセーフティーネットのおかげなんだよ。」と。私も無年金障害者であった時期があるので、年金のありがたさは実感してます。でも、当事者の中には世間知らずで年金を貰うことの本当の有り難さを理解できない人も少なくありません。私は年金を受給したことによって自分の障害を客観的に受け容れました。自分の能力を過信して受給を拒否してたら我が家はとっくに破綻してます。このブログを書く余裕すらなかったでしょう。



 (今日の一句)


 命綱 無ければ書けぬ このブログ
                                       
 

 「貧すれば鈍す」ともいいます。私も最近忙しさにかまけて新聞もゆっくり読む余裕がありません。ワーキングプアからの脱出はまず不可能でしょう。就労が困難になれば最終的にはためらうことなく生活保護も受けます。中には親族に不正に財産を預けて受給する人もいるようですが、私はそんなセコイことはしないで財産を使い果たしてから受けます。そんなことをした時点で法的にはもう自分の財産ではないんですし、税務署などもそんなに甘くは無いです。そういうセコイことがかえって恥です。それから、生保や年金の受給できる有り難さを実感できるのは幸福でもあり不幸でもあるんですよね。

 

 (さらに一句)

 命綱 それで首吊る バカもいる
                       
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もう一度読む「わが闘争」

2012-06-01 18:26:39 | 日記
 学生時代に一度だけ読んだ「わが闘争」(角川文庫、全二巻)を今もう一度読んでます。ご存知の通りアドルフ・ヒトラーの著書ですが、私はファシストではありません。難解な内容ですが、ただこの人はフリーターのときに散々ユダヤ人の金持ちから虐待を受けたのだろうなということだけは察しがつきました。

 
 そして、「ユダヤ人は全部こういう奴らなんだ!」とインプットしてしまったんでしょうね。その結果がホロコーストだったんでしょうけど、報復としてはやり過ぎだったと思います。ヒトラーを虐待した金持ち達もまさか一介のフリーターが天下を獲るとは思ってもみなかったんでしょうけれども。


 私はアンネ・フランクの「アンネの日記」も読みました。完全版も一度読みました。当然のことながらアンネもヒトラーもお互いに人間とは思ってませんよね。アンネはホロコーストの被害者だけに当然ではありますが。


 私は今こういう境遇ですが、こういう今だからこそヒトラーの魂がそうまで歪んでしまったのか共感できるかもしれません。そうした後に再び「アンネの日記」を読んで、この不幸な歴史の教訓から学びたいです。




 (今日の一句)


 果てしない ワーキングプア 「わが逃走」
                            

 
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スランプ

2012-05-29 09:01:01 | 日記

 (今日の一句)


 川柳が 浮かばず浮かぶ 涙かな
                         


 
 最近、川柳がさっぱり浮かんできません。調子が良い時には一日に三十〜五十句も浮かんでくるんですが。スランプを抜け出して会心の作がいつ出るんでしょうか。新聞も最近読むゆとりがありません。コラムのネタもなかなか浮かんでこないので、このブログを続けるのも大変です。

 試用期間中なので仕事を断れるのが恐ろしいです。もっとのびのび出来ないともっと悪い結果になるので、リラックスして仕事をしたいですね。仕事も私生活も今が一番大切なときです。


 (さらに一句)


 リラックス 何よりも先ず リラックス
                             
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愚公山を移す

2012-05-23 19:05:56 | 日記
 
 (今日の一句)

 山ほどは いかねど夢は 限りなく
                        


 中国の故事成語で、「愚かな者でも利口ぶらずにひたむきな努力を重ねれば、いつかは大業をなす。」という意味だそうです。
 
 今まで「やり甲斐」という言葉に惑わされて、日常の与えられた仕事を疎かにしてきたと反省してます。「マズローの法則」でも言った様に「やり甲斐」を追求しすぎることは極めて高慢チキです。

 仮に「正社員にしてあげようか。」と好意で言ってくれた上司に対して、契約社員が「私にはやりたいことがあるんです!」なんて言おうものなら干されても文句が言えません。「それじゃ、お前はここに何しに来てんだ!」となってしまいます。


 私も生物学者になりたいという夢は遥かに遠くなってしまいました。実用新案が売り物にならないということは想定外だったので。

 話は変わりますが、よく精神病に罹ると「あの時ああしてればこうだったのに!」などという愚痴を言うのは野暮です。この病気で障害者にならなければ、誰でも栄光を勝ち得る可能性は平等だと言っても過言では無いのです。


 たとえ悔しくても「今のありのままの自分」を受け容れて、今の置かれてる環境の中で「最良」でありうるという道を責任もって自分で選択しなければなりません。「最善」ということはありえません。それはある意味では「賭け」であるからです。

 この病気に罹ると仕事でも人間関係でも「経験よる蓄積」に頼る傾向が強くなります。極めて効率が悪いのですが、社会人として働くからにはスーパーバイザーに依存心が強すぎても仕事は覚えられません。その辺の兼ね合いが難しいです。


 振り返ってみると達成できなかった夢も沢山ありますが、実現できたことも沢山ありました。留学や社会福祉士取得も実現しましたし、中国語のエッセイも自費出版ですが出来ました。そして、大学時代に願った「本格的な学問がしたい。」という夢は、大学卒業後に実現しました。実際に大学卒業後に大学受験以上に真剣に学問はしました。その点では悔いはありません。しがらみで大学時代に学問が出来なかったことの後悔はしなくなりました。

 
 「愚公山を移す」という故事成語は今の自分には妄想ではなく、真摯に向き合う課題です。利口ぶらずにビジョンは持って生きて行きたいです。学問が好きなだけに愚直に実践を積んでいくことが自分には求められていくんでしょうね。

                                
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不便なことの豊かさ

2012-05-22 09:54:30 | 日記

 (今日の一句)


 不便さを 楽しむゆとり 豊かさよ
                        



 私は基本的にアナログなタイプです。デジタル社会は豊かさをもたらす半面に人々の心から「ゆとり」というものを奪ってしまったのだと思います。

 
 携帯電話も私はガラパゴスでメールと通話以外には使いません。フェイスブックやミクシィには興味は無くはないんですが、これ以上個人情報をウェブ上に公開するメリットは無いです。携帯も必要以上に機能を付けてしまったために子供達は学校裏サイトなどで苦しめられてます。ソーシャル・ネットワークサービスの有効性は認めつつもこれ以上自分を自分で丸裸にする必要があるのかと疑問に思います。

 
 本来なら貧しいはずの発展途上国の人たちのほうが先進国の人たちよりも日常に幸せを感じているというアンケート結果が出てます。便利さを追求しすぎるよりも「不便さとの共存」にウェイトを置いたほうが豊かに生きれる気がします。


 私は機能性を追及するあまりに些細なミスが致命傷に繋がる社会が恐ろしいです。機械を管理する側の人間が機械に管理される社会の恐ろしさ。それは映画でも「モダン・タイムズ」や「メトロポリス」の時代から警笛は鳴らされてきました。今はまさにその時代の分水嶺や正念場であるように感じられます。人としての心を取り戻す最後のチャンスにも思えてなりません。

                                   
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労働は尊いけれど

2012-05-21 18:34:49 | 日記
 今日は句会で佳作を取った川柳を紹介します。



 (今日の一句)


 病気にも なれぬ貧しさ 忙しさ
                           


 アルバイトをして一ヶ月になりましたが、稼ぎではこちらの方が本業になってしまいました。私の家に父の仕事仲間の劇団員の人がよく飯を食いに来てました。「劇団員」という職業がどんなものかはよくは知りませんでしたが、その人は大工というアルバイトをしながらひたすら演劇に打ち込んでるそうでした。奇しくも私も同じような境遇になってしまいましたが、「健康」であることの有難さが身に滲みます。当事者が一日10時間も働くのは超人的なことです。しかし、川柳どおりに病気にもなれぬくらいに忙しいですし、家計が逼迫してるのも事実です。


 社会に序列があるのは厳然たる事実ですが、労働は尊いものです。でも、その「労働は尊い」という発想が就労が困難な当事者を追い詰めてることも事実です。別に怠けてるから働けないんではないんですから。しかし、精神障害者は3障害の中で最も労働力として期待できないのは事実です。


 当事者は一般的に体調不良を起こしやすいです。「今日は気分が悪いから働けません!」を連発したら雇用する側も堪ったものではありません。当事者が働くからには体調管理と節制は欠かせません。そういう陰の努力を知らないくせに「●●くんは元気だから良いけれど。」の一言で片付ける当事者の家族会の無神経さには憤りを感じます。

 今日は金環日食の日でしたが、工場勤務なので残念ながら垣間見ることも出来ませんでした。明日は休みなので、ゆっくり充電します。
                                            
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音楽と語学の才能

2012-05-11 17:59:08 | 日記
 音楽と語学の才能は連動してます。音感が良くないとヒアリングが出来ませんし、スピーキングも歌を唄うようにスムースに出来ればかなり有利です。私も中国語で音の高低を学んだら、今まで出来なかったギターの調律が出来るようになりました。


 一つの楽器をマスターすることは一つの言語に精通するくらいにエネルギーを消費すると思います。そう考えてみると中高生のバンド活動はきわめて知的なものなんですね。それから楽しくないと長続きしないのも事実です。

 
 (今日の一句)

 音楽は 学ぶのでなく 楽しんで
                         


 
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川柳と俳句

2012-05-08 20:20:34 | 日記

 (今日の川柳)


   わびさびを 加えていつか リニューアル

   五七五 いつか七七 加えたい
                               



 川柳と俳句は江戸時代初期には分離されずに「俳諧」と言われてました。「諧」の字からも分かるようにユーモアのセンスが必要だったのでしょう。私の自説ですが、俳諧は一種の「暗号文」だったのです。江戸時代初期は大阪の陣や諸大名の取り潰しなどであわただしく、諸大名は独自に密偵を放って諸国の動静を探りました。その密偵が変装したのが俳諧師という職業だったのだと思います。
  

 俳諧を書いて小銭を貰う大道芸人だったと思うのですが、そこに掛詞の暗号を多用して情報を収集して俳諧帳を作成したのでしょう。俳諧帳を役人に見られても、「これはギャグです!」で切り抜けてきたんだろうと思います。だから最大の任務は「生還」して俳諧帳の情報の謎解きをして報告することだったのでしょう。これは江戸時代初期だから出来たんでしょうね。


 俳諧に季語と「わびさび」の概念を注入して芸術化したのが松尾芭蕉だったのですが、彼自身にも「忍者説」があるくらいなのです。芭蕉の確立した「俳句」は主流となりました。


 そこから川柳は約250年前に俳諧への「ルネッサンス」として確立したと思われます。


 私も足掛け3年この川柳日記のブログをやっって来ましたが、私もいつか俳句や和歌にもチャレンジしてみたいです。川柳だけでなくもっと幅の広い人間になりたいです。
                                                  
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習い事

2012-05-06 18:28:43 | 日記
 私は社会復帰するためにボランティアや習い事によく通いました。もちろん週に4日のパートもしましたが、何か人間関係に物足りなさを感じてたのです。また、週休2日のフルタイムで働く自信がありませんでした。


 今は辛くても週休2日でフルタイムで働いてます。残業も毎日1〜2時間はあるので、家に帰ったら9時にはもう寝ることにしてます。今は辛くて休日は寝てばかりいますが、7月から隔週で月2回の習い事に行きたいです。


 子供の頃は休日になるとゴロ寝してる父親を見るたびに何だか「情けないなあ。」などと思ってたもんです。しかし、同じ年代になってみるとフルタイムで働く辛さが痛いほどわかるようになりました。特に身体を使う仕事はキツイもんです。



 やりたいことは沢山あります。でも、時間も体力も限られてます。優先順位を付けて行かないといけませんね。7月から囲碁教室に3ヶ月間通って基礎を身に付けたいです。ボランティアはまず週一回から始めます。



 今の仕事は身体を使うのでベストの体重まで行ったら本格的に剣道をやりたいです。しかしスタミナが無いので、そんなに強くなくても楽しんでやりたいです。それから、私は居合いで抜くことはそこそこ様になりますが、刀を納めるのにテンポが良くないです。居合いもやりたいんですが、居合いを極めると剣が弱くなるとも言われてるのでどうしようか迷います。剣道で2段を取るか居合いを極めるか二者択一で決めねばなりません。

                                                  


  (今日の川柳)


  職場には 無い癒しから 明日の夢

  
  習い事 いつかはしたい 金稼ぐ
                                        
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空気を読む?

2012-05-03 20:26:00 | 日記
 
 (今日の一句)

  空気読む そのくせ出来ぬ 気配りが
                       


 私は「空気を読め!」と人を怒る人が嫌いです。なぜ、「気配りが大事なんだよ。」という言い方が出来ないんでしょうか。私の同僚の自称「空気が読める人間」はただ上司に媚び諂って、そのくせ陰ではその上司の悪口ばかり言ってる浅はかな人ばかりでした。

 空気が読めるって何でしょうかね。その相手の気持ちや願望を察して喜ばすことの出来るリアクションが巧みなこととも翻訳できます。もっと悪く言えば阿諛追従とも取れます。


 中国の宦官は「揣摩(しま)」という今で言えば「空気を読む」技術に長けてたそうです。その根底にあるものは皇帝への阿諛追従と己の出世欲でした。なんか今のサラリーマン社会の「空気を読む」という行動はこうして見ると気持ちが悪いです。また、「読む」ということは外れることもあるんですよね。

 空気は「読むもの」でなく「感じてからでも対応できる」ものなのではないでしょうか。大事なのは気配りだと思います。「感じること」によって共感し相手を思いやれる行動が大事なんだと思います。「読む」ということ自体がその裏に打算があるものです。私は決して誉められたものではないと思います。
                                                  
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