毎朝4時には目が覚める、今日もつけっぱなしのラジオから
戦後72年今も苦しむ人たちの現実を話す長野県の中学教師の話を
聞きながら涙しました。
太平洋戦争が始まる前 昭和7年ごろよリ国策として日本より多くの人が中国東北地方に
「満蒙開拓団」として送りだされた。(長野県は最も多かった)
終戦になりソ連軍に攻められ生死の極限の中多くの日本人が殺され
仲間同士が殺し合う集団自決したり、子どもたちは中国人の養子になったりした。
今もその2世3世が日本に帰ってくるとのこと。
中国では日本人と言われ 日本に帰ると中国人と言われ今までいじめに遭うことも
しばしば。子どもたちは学校で言葉を覚えるが、祖母・母親は言葉に困り
外出も病院へ行くのもままならぬという。
自分は何も悪いことはしてないのに、戦争の犠牲になり大きな重荷を負いながら
生きてる人が戦後72年が過ぎる今も多くいることはとても悲しい。
今日本の周辺もなんとなく気なぐさい。戦争は最も愚かな事
決してしてはならない。