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「守名乗り(かみなのり)」あれこれ

2009年05月15日 | Weblog
主な戦国武将の
公式な官名‥守名乗り(かみなのり)
非公式な官名‥受領名(ずりょうめい)‥含めてのあれこれです。


【あ】
青木 重直(あおき しげなお)武蔵守 美濃の豪族

青山 忠俊(あおやま ただとし)従五位下、伯耆守

秋山 信友(あきやま のぶとも)伯耆守

明智 光秀/惟任(あけち みつひで/これとう)従五位下、日向守

浅井 長政(あざい ながまさ)備前守

浅野 幸長(あさの よしなが)従四位下、紀伊守

浅野 長晟(あさの ながあきら)従五位下、但馬守

朝比奈 泰朝(あさひな やすとも)備中守 今川氏の重臣

朝比奈 信置(あさひな のぶおき)駿河守

穴山 信友(あなやま のぶとも)伊豆守

穴山 信君/梅雪(あなやま のぶきみ/ばいせつ)陸奥守 穴山信友の子

姉小路 良頼/三木(あねがこうじ よしより)飛騨守 飛騨国の戦国大名 

姉小路 頼綱/三木(あねがこうじ よりつな)大和守 姉小路良頼の長男

甘利 虎泰(あまり とらやす)備前守

尼子 経久(あまご つねひさ)伊予守

尼子 国久(あまご くにひさ)紀伊守 尼子経久の子

荒木 村重(あらき むらしげ)従五位下、摂津守

荒川 義広(あらかわ よしひろ)甲斐守 三河国の豪族吉良氏の一族

荒木 氏綱(あらき うじつな)山城守

安藤 守就(あんどう もりなり)日向守、伊賀守

井伊 直親(いい なおちか)肥後守 井伊直政の父

池田 輝政(いけだ てるまさ)従四位下、武蔵守

池田 利隆(いけだ としたか)従四位下、武蔵守 池田輝政の長男

石田 正継(いしだ まさつぐ)従五位下、隠岐守 石田三成の父

石川 数正(いしかわ かずまさ)従五位下、伯耆守、出雲守

一条 信龍(いちじょう のぶたつ)上野介 武田信玄の異母弟

市橋 長勝(いちはし ながかつ)下総守 美濃国の豪族

伊東 祐武(いとう すけたけ)武蔵守

伊東 祐安(いとう すけやす)加賀守 伊東祐武の次男

稲葉 良通/一鉄(いなば よしみち/いってつ)伊予守

今川 義元(いまがわ よしもと)従四位下、上総介、三河守

今川 氏真(いまがわ うじざね)従四位下、上総介

池田 恒興(いけだ つねおき)紀伊守

板垣 信方(いたがき のぶかた)駿河守

魚住 景固(うおずみ かげかた)備後守

上杉 景勝(うえすぎ かげかつ)従三位、越後守

宇佐美 定満(うさみ さだみつ)駿河守 越後上杉氏の家臣

臼杵 鎮続(うすき しげつぐ)安房守 大友氏の家臣

氏家 直元/卜全(うじいえ なおもと/ぼくぜん)常陸介

宇都宮 広綱(うつのみや ひろつな)下野守

宇都宮 国綱(うつのみや くにつな)下野守

江戸 重通(えど しげみち)但馬守

大熊 朝秀(おおくま ともひで)備前守 越後国中頸城郡箕冠城主

大須賀 忠政(おおすが ただまさ)従五位下、出羽守 榊原康政の長男 遠江横須賀藩の初代藩主

大村 喜前(おおむら よしあき)従五位下、丹後守 肥前国大村藩の初代藩主

小笠原 長時(おがさわら ながとき)従五位上、信濃守

小川 祐忠(おがわ すけただ)土佐守

織田 信賢(おだ のぶかた)伊勢守 尾張岩倉城主

織田 信秀(おだ のぶひで)従五位下、備後守、三河守

織田 信長(おだ のぶなが)上総介、尾張守

織田 信忠(おだ のぶただ)従五位下、出羽介

織田 信吉(おだ のぶよし)従五位下、武蔵守 信長の八男

織田 信広(おだ のぶひろ)大隅守 信長の庶兄

織田 信行/勘十郎(おだ のぶゆき)武蔵守 信長の弟

織田 信包(おだ のぶかね)従三位、上野介

大内 義隆(おおうち よしたか)正五位下、周防介、伊予守ほか

大久保 忠隣(おおくぼ ただちか)従五位下、相模守

大久保 長安(おおくぼ ながやす/ちょうあん)従五位下、石見守

太田 道灌(おおた どうかん)正五位下、備中守

太田 資正(おおた すけまさ)美濃守 常陸国片野城城主

奥平 信昌(おくだいら のぶまさ)従四位下、美作守 美濃国加納藩主

小畠 虎盛(おばた とらもり)山城守

小山田 信茂(おやまだ のぶしげ)越前守



【か】
柿崎 景家(かきざき かげいえ)和泉守

葛西 宗清(かさい むねきよ)従四位上、武蔵守 陸奥の大名

加藤 清正(かとう きよまさ)従五位上、肥後守

狩野 秀治(かのう ひではる)讃岐守 上杉景勝の家臣

金森 長近(かなもり ながちか)飛騨守

蒲生 氏郷(がもう うじさと)飛騨守、琉球守

河尻 秀隆(かわじり ひでたか)肥前守

河田 重親(かわだ しげちか)伯耆守

北条 高広(きたじょう たかひろ)丹後守、安芸守

木曾 義昌(きそ よしまさ)伊予守

吉川 元春(きっかわ もとはる)従四位下、駿河守

木村 重成(きむら しげなり)正四位上、長門守

京極 高知(きょうごく たかとも)丹後守

九鬼 嘉隆(くき よしたか)従五位下、大隅守

九鬼 守隆(くき もりたか)従五位下、長門守

黒田 長政(くろだ ながまさ)従五位下、甲斐守→従四位下、筑前守

桑山 元晴(くわやま もとはる)従五位下、伊賀守 大和御所藩の初代藩主

小出 吉政(こいで よしまさ)信濃守、大和守、播磨守 但馬国有子山城城主

小出 秀家(こいで ひでいえ)従五位下、遠江守 小出吉政の弟

小出 吉親(こいで よしちか)従四位下、信濃守 小出吉政の次男

高力 清長(こうりき きよなが)河内守

香宗我部 親泰(こうそかべ ちかやす)安芸守 長宗我部元親の弟

五島 純玄(ごとう すみはる)大和守、従五位下、若狭守

小西 隆佐(こにし りゅうさ)和泉守 小西行長の父

小西 行長(こにし ゆきなが)従五位下、摂津守


【さ】
斎藤 道三/利政(さいとう どうさん/としまさ)山城守

酒井 忠勝(さかい ただかつ)従五位下、讃岐守 若狭小浜藩初代藩主 老中・大老

坂崎 直盛/宇喜多 詮家(さかざき なおもり/うきた あきいえ)従五位下、出羽守、対馬守

佐久間 安政(さくま やすまさ)従五位下、備前守 佐久間盛政の弟

佐竹 義久(さたけ よしひさ)山城守 常陸国の戦国大名佐竹氏の一門

佐々 成政(さっさ なりまさ)従五位上、陸奥守

里見 義頼(さとみ よしより)従五位下、安房守

里見 義康(さとみ よしやす)従四位下、安房守

真田 昌幸(さなだ まさゆき)従五位下、安房守

真田 信之(さなだ のぶゆき)従五位下、伊豆守

新発田 長敦(しばた ながあつ)尾張守 越後新発田城城主

新発田 重家(しばた しげいえ)因幡守 新発田重家の乱

島津 忠恒/家久(しまづ ただつね/いえひさ)陸奥守、薩摩守、従三位、大隅守

島津 貴久(しまづ たかひさ)従五位下、陸奥守 薩摩の守護大名

陶 晴賢(すえ はるかた)従五位上、尾張守

仙石 秀久(せんごく ひでひさ)従五位下、越前守

宗 義調(そう よししげ)讃岐守

宗 義智(そう よしとし)従四位下、対馬守 宗義智の弟

十河 存保(そごう まさやす)河内守


【た】
高梨 政盛(たかなし まさもり)摂津守 信濃の武将

高橋 鑑種(たかはし あきたね)三河守

朽網 鑑康(くたみ あきやす)三河守 大友氏の重臣

武田 信虎(たけだ のぶとら)陸奥守

武田 晴信/信玄(たけだ はるのぶ/しんげん)従四位下、信濃守

竹中 重利/隆重(たけなか しげとし)従五位下、伊豆守 竹中重治の従兄弟 

田中 吉政(たなか よしまさ)筑後守

立花 鑑載(たちばな あきとし)山城守、但馬守 大友氏の家臣

立花 道雪/戸次 鑑連(たちばな どうせつ/べっき あきつら)伯耆守、紀伊守、丹後守

立花 宗茂(たちばな むねしげ)従四位下、飛騨守

伊達 成実(だて しげざね)安房守 伊達政宗の重臣

伊達 宗実(だて むねざね)安房守 伊達政宗の九男

種子島 忠時(たねがしま ただとき)武蔵守

千坂 景親(ちざか(ちさか)対馬守 上杉氏の重臣

長宗我部 元親(ちょうそかべ もとちか)従四位下、土佐守

長宗我部 盛親(ちょうそかべ もりちか)土佐守

角隈 石宗(つのくま せきそう)越前守 大友氏の家臣 軍師

筒井 定次(つつい さだつぐ)従五位下、伊賀守 筒井順慶の養嗣子

寺沢 広高(てらざわ ひろたか)従四位下、志摩守 

藤堂 高虎(とうどう たかとら)従四位下、佐渡守、和泉守

遠山 景任(とおやま かげとう)大和守

土岐 定政(とき さだまさ)従五位下、山城守

川 家康(とくがわ いえやす)従五位下、三河守

川 秀忠(とくがわ ひでただ)正五位下、武蔵守

豐臣 秀吉/羽柴(とよとみ ひでよし)筑前守

豊臣 秀長/羽柴(とよとみ ひでなが)従五位下、美濃守



【な】
内藤 忠重(ないとう ただしげ)従五位下、伊賀守、志摩守 志摩鳥羽藩の初代藩主

内藤 信成(ないとう のぶなり)従五位下、豊前守

永井 尚政(ながい なおまさ)従五位下、信濃守 下総古河藩主、老中

長尾 政景(ながお まさかげ)越前守 上杉景勝の実父

直江 兼続(なおえ かねつぐ)従五位下、山城守

中井 正清(なかい まさきよ)従四位下、大和守 初代の京都大工頭

鍋島 直茂(なべしま なおしげ)従五位下、加賀守、飛騨守 肥前佐賀藩の藩祖

鍋島 勝茂(なべしま かつしげ)従四位下、信濃守 鍋島直茂の長男

成田 長泰(なりた ながやす)下総守 武蔵国忍城城主

新納 忠元(にいろ ただもと)武蔵守 島津氏の家臣

仁科 盛信(にしな もりのぶ)薩摩守

丹羽 長秀(にわ ながひで)越前守

丹羽 長重(にわ ながしげ)従三位、加賀守

二本松 義継/畠山(にほんまつ よしつぐ)上野介

乃美 隆興(のみ たかおき)安芸守 小早川氏の重臣


【は】
畠山 高政(はたけやま たかまさ)紀伊守、尾張守、播磨守

蜂須賀 家政(はちすか いえまさ)従五位下、阿波守

馬場 信春(ばば のぶはる)美濃守

速水 守久(はやみ もりひさ)甲斐守 秀頼の七手組筆頭

原田 信種(はらだ のぶたね)下野守 筑前国の武将

久松 俊勝(ひさまつ としかつ)佐渡守 伝通院の再婚相手

一柳 直末(ひとつやなぎ なおすえ)従五位下、伊豆守

平賀 玄信(ひらか げんしん)武蔵守

平塚 為広(ひらつか ためひろ)従五位下、因幡守

藤田 信吉(ふじた のぶよし)能登守

保科 正光(ほしな まさみつ)従五位下、肥後守 保科正之の養父

保科 正之(ほしな まさゆき)正四位下、肥後守 徳川秀忠の四男

北条 氏康(ほうじょう うじやす)従五位上、相模守

北条 氏政(ほうじょう うじまさ)相模守

北条 氏邦(ほうじょう うじくに)従五位下、安房守

北条 氏規(ほうじょう うじのり)従五位上、美濃守

細川 忠興/長岡(ほそかわ ただおき)従五位下、越中守

堀尾 忠氏(ほりお ただうじ)信濃守、従四位下、出雲守

堀内 氏善(ほりのうち うじよし)安房守 熊野別当

本多 正信(ほんだ まさのぶ)従五位下、佐渡守

本多 政重(ほんだ まさしげ)山城守、大和守 従五位下、安房守 本多正信の次男

本多 正純(ほんだ まさずみ)従五位下、上野介

本多 忠政(ほんだ ただまさ)従五位下、美濃守 本多忠勝の長男


【ま】
前田 利家(まえだ としいえ)従四位下、筑前守

前田 利長(まえだ としなが)従五位下、肥前守

前田 利政(まえだ としまさ)能登守

前野 長康/坪内(まえの ながやす)従五位下、但馬守

前野 景定/坪内(まえの かげさだ)出雲守 前野長康の子

前波 吉継/桂田 長俊(まえば よしつぐ)播磨守

松井 康之(まつい やすゆき)佐渡守 細川藤孝の家臣

松浦 鎮信(まつら しげのぶ)四位下、肥前守 肥前国平戸藩初代藩主

松永 久秀(まつなが ひさひで)従四位下、山城守

松平 忠吉(まつだいら ただよし)従五位下、下野守、従三位、薩摩守 徳川家康の四男

松平 忠輝(まつだいら ただてる)従五位下、上総介 徳川家康の六男

松平 忠直(まつだいら ただなお)従四位上、三河守 結城秀康の長男

松平 忠良(まつだいら ただよし)従五位下、甲斐守 美濃大垣藩初代藩主

松平 定勝(まつだいら さだかつ)従五位下、隠岐守 徳川家康の異父弟

水谷 正村(みずのや まさむら)従五位下、伊勢守

水野 忠政(みずの ただまさ)下野守 於大の方(伝通院)の父

水野 信元(みずの のぶもと)下野守 於大の方(伝通院)の異母兄

水野 勝成(みずの かつなり)従四位下、日向守 家康の従弟

溝口 秀勝(みぞぐち ひでかつ)従五位下、伯耆守 越後国新発田藩の初代藩主

宮本 武蔵/玄信(みやもと むさし/はるのぶ)武蔵守

三好 長慶(みよし ながよし/ちょうけい)従四位下、筑前守

三好 義賢(みよし よしかた)豊前守 三好長慶の弟

三好 長治(みよし ながはる)阿波守 三好義賢の子

三好 長逸(みよし ながやす)日向守 三好三人衆の一人(筆頭)

村井 貞勝(むらい さだかつ)長門守 織田政権下の京都所司代

村上 義清(むらかみ よしきよ)周防守

毛利 秀頼(もうり ひでより)河内守 織田信長、羽柴秀吉の家臣

毛利 元就(もうり もとなり)従四位上、陸奥守

毛利 秀包/小早川(もうり ひでかね)筑後守

毛利 勝信(もうり かつのぶ)壱岐守 尾張国の出身

毛利 勝永(もうり かつなが)豊前守 毛利勝信の子 豊臣氏の家臣

最上 義光(もがみ よしあき)従四位上、出羽守 出羽(後の羽前国)の戦国大名

森 長可(もり ながよし)従五位下、武蔵守
 


【や】
柳生 宗矩(やぎゅう むねのり)従五位下、但馬守

山内 一豊(やまうち かつとよ)正五位下、対馬守、従四位下、土佐守

山崎 吉家(やまざき よしいえ)長門守 越前の戦国大名朝倉氏の家臣

結城 秀康(ゆうき ひでやす)従五位下、三河守


【ら】
龍造寺 隆信(りゅうぞうじ たかのぶ)山城守


【わ】
和田惟政(わだ これまさ)伊賀守、紀伊守



・亀井 茲矩(かめい これのり)
1582年に豊臣秀吉が本能寺の変に対応して中国大返しによって姫路城に戻った6月7日の翌日、毛利と講和したため茲矩に約束していた出雲半国を与えられなくなった代わりに恩賞となる別国の希望を聞いたところ「琉球国を賜りたい」と答えたため、秀吉は「亀井琉球守殿」と書いた扇を茲矩に授けたという。(寛永諸家系図伝)


琉球守は律令にないユニークな官職名であり、茲矩も琉球征伐を秀吉に申し出て一度は許可されている。しかし豊臣政権として琉球政策は島津氏を取次とする支配体系となったため、権益を有する島津家からの妨害もありって茲矩の官職名は九州の役の頃から小田原の役の頃にかけて武蔵守となっている。


その後、台州守の号を称したがこれは現在の中国浙江省の台州のことである。ただし、文禄慶長の役で明国攻略が挫折した以降、再び武蔵守を名乗っている。(紙屋敦之「亀井琉球守考」及び田中克行「亀井琉球守再考‐亀井茲矩の官途の変遷について‐」より)


参考にさせていただいたHP
ウィキペディア(Wikipedia)ほか
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