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蝉しぐれ

2005年10月02日 | さ行 日本映画
地方の小藩、海坂藩。美しい自然に囲まれ、淡々と時を告げる毎日。しかし、その静かな日々にも容赦ない運命が待っていた。

普請組の牧助左衛門。真面目で一本気。欲得には疎く、世の中を不器用に渡っていた。身をていして村を洪水から守り、藩の勢力争いには、負け組みの方に着く。そんな下級武士だったが、お世継ぎを巡る藩の抗争に巻き込まれ、腹を切らされることになった。

助左衛門の息子、文四郎。父の一本気を受け継ぎ、15歳の少年は剣に打ち込んでいた。隣には幼馴染のふく。若葉のような二人の恋は、純粋で、恋とよぶにはあまりに幼すぎた。

詰め腹を切らされた武士への仕打ちは酷い。ムシロを一枚かぶせただけ。大八車のすその方には死んだ男の足が泳いで見える。父の躯を乗せた大八車を引く文四郎。町の人々の嘲笑と、見てはいけないものを見るかのような人々の中を、一人炎天下、車を引く。この話の見所である。

生涯忘れ得ない屈辱の後に待つのは長い坂道。この坂を越えねば家にはたどりつけない。父を我が家に運ぶことが出来ない。何度も、何度も坂を登るが、車はあまりに重い。一人、只一人、黙々と贖罪のように車を引く文四郎の下に駆けつけるふく。

二人の幼い愛は、報われなかった。ふくは江戸に行く。別れの言葉も交わすことが出来なかった。そして、青年となった文四郎のもとに、殿の側めとなったふくの消息が耳に入る。あのときの思いがすぐさま蘇る。会うことが出来るのか。会えるはずもない。このケヤキ御殿の中にいる。それだけでいい。しかし、運命が彼らを引き逢わせる。そこには壮絶な、そして運命をかけた争いがあった。

我が鶴岡が生んだ稀代の時代小説家・藤沢周平文学、最高峰といわれる「蝉しぐれ」である。まず、読んで欲しい。丁寧でかつ淡々と、しかし、そこに描かれる潔さと哀恋。人間の思い、ひたむきさ。そして時折混じるユーモアと自然描写の美しさ。本当にいい。いくつか読んだが、やはりこれに勝る話はなかった。

その完成された世界をどうしても映像にしたい。気品と潔さ。今の我々がどこかに置いてきてしまったかのような世界だ。作りたいと言うよりも、作らねばならないとの思いがこの映画には溢れていた。畑の真ん中にセットをつくり、そのまま放置して、古びた家を作り出した。そこまでしなければ、この世界は作れない。空気までも藤沢の世界の空気で、これを皆に味あわせたい。その決意が見えた。

ゆっくりと空を撮る。田んぼの稲を描き、じわじわと鳴く蝉を追いかける。地吹雪の冷たい風にさらされる切干大根。畑の民田なすはぷりぷりとおいしそう。そんなとこまで描くのか、と言うなかれ。藤沢作品には必ず庄内のうまいものが出てくるのだ。焼いた口細がれい、小鯛の塩焼き、孟宗汁、あぶらっこ(あいなめ)の照り焼き、民田なすのなす漬け。どれも庄内でなければ、その真のうまさはわからない。庄内人は藤沢の作品を読んで、そのうまいものをにやりと、そしてごくりと唾を飲んで読むわけだ。

話はそれたが、それらをすべてひっくるめて、よくぞここまで映像にしてくれた!というのが率直な感想である。ある程度長い話を2時間強に収めるためには、はしょりも必要で、秘剣あたりの描写が少ないのがもどかしかったが、しょうがない。ゆったりと、気高く、思いを込めてじっくり見て欲しい。いいものはいい。こればっかりは譲れない。
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5 コメント

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方言 (kossy)
2005-10-03 00:00:48
唯一気になったのが、山田洋次作品と違って方言が使われていなかったこと。

これは原作ではどうなんでしょう?

テレビの蝉しぐれも見てなかったので、

こちらも気になります・・・
庄内弁のプロ (sakurai)
2005-10-03 22:00:09
まず、藤沢作品の本の中では、方言は一切使われていません。一番一般的で、有名なのが村上弘明がやった用心棒シリーズでしょうが、(N○Kの時代劇)普通に江戸弁で、地方の田舎の小藩の話でもすべて、普通の言葉で描かれています。

なので、私として、山田洋次の方言ベタベタの方に違和感を感じてしまいました。

まあ、あの方言は、地元の人間から見ても、かなりの合格点をあげてもいいくらいの出来だったのですが、あえてそこまでやる必要はなかった。



藤沢作品を選び、映像化し、素晴らしい作品を作り、世に藤沢あり!を知らしめてくれた山田洋次監督には、本当に敬服しますが、世界観はやはりこっちに軍配が上がります。



テレビの蝉しぐれは時間的にぴったりで、舌足らずの所が無く、良く出来てました。こっちも方言ナシです。いまや、国会議員の奥様がふくでしたからね。

ヨノスケは、これもいまや飛ぶ鳥落とすクドカンでしたから。これがまたいいできだった。



多分、テレビの「蝉しぐれ」を見た若い世代の人はあまりいないと思うのですが、これで多くの世代の人が見てくれて、また藤沢作品が多く読まれる事を願うばかりです。
はじめまして。 (happy-clover)
2005-10-05 22:26:50
コメントありがとうございました。

sakuraiさんは、原作を読み込まれていて

とても理解していらっしゃるので、

感想も深いですね~。



原作をじっくり読んでから、また観たいと思いました。



それにしても、本当に美しい風景に、ゾクゾクしました。

背筋をスッと正したくなる思いです。



風景 (sakurai)
2005-10-06 09:18:04
全部が、庄内の風景ではないかもしれませんが、張り詰めた空気が伝わってくるような映像でした。

そこにいると、よさがわからないのですが、離れてみると空気に懐かしさを感じます。

まだまだたっぷり美しい風景残ってますので、一度おいでください。
一生の不覚・・ (sakurai)
2005-10-06 18:07:28
大事な食い物を忘れていた。これを失念するとは、なんと私め、一生の不覚

寒タラのどんがら汁!

肝臓、胃袋、えら、ほっぺ、頭も身もくたくたにミソで煮る。最後に庄内浜の岩のりをぱっと散らすと出来上がり。

うーーー、食べたくなった。早く冬になれ。

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