夕風桜香楼

旧『薩軍分営』。
イラスト創作記および雑記帳です。歴史ネタ中心。
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西南戦争・官軍の軍装【1】近衛・鎮台の将兵

2017年06月05日 19時33分48秒 | ギャラリー
 今年は、西南戦役(西南戦争)から140年の節目の年に当たります。
 これを機に一念発起し、長年放置してきた官軍将兵の軍装図解を、ようやくまとめました。
 
 西南戦役の官軍(政府軍)軍装は、建軍期のドタバタぶりが少なからず反映されています。そのため誤解も多く、一般むけの書籍等では、明らかに間違った情報を記載しているものも少なくなりません。
 筆者としては、同時代資料や公刊戦史、古写真、現存する実物など多くの資料を比較して検討をくわえ、なるべく正確な再現を心がけました。

 誕生間もない帝国陸軍にとって、最初にして最大の試練であった西南戦役。当ブログではこれまでもたびたび紹介してきましたが、あらためてその軍装の面白さ・奥深さを楽しんでいただければ幸いです。



 第1回は、官軍の基幹となった近衛・鎮台の将兵の軍装とその変遷です。

 陸軍の基幹兵力たる近衛鎮台の将兵の軍装は、明治八年制式の制服に準拠しており、その根拠法令である「改正陸軍服制」および「陸軍服装規則」は、陸軍将兵の服装について、以下の3種の区分を設けていました。


①正装
 純粋な正規の服装。ただ、この服装が必要となる場面は少なく、式典に出席する際や記念写真を撮る際などに限定されていた。なお、近衛兵は、宮城守衛につく際は正装でなければならないとされていた。
 【将 校】 正帽(前立)・正衣・正袴・飾帯・白手袋・下襟・飾緒・正剣・短靴
       (短袴・長靴、軍刀でも可など、多少の例外あり)
 【下士卒】 正帽(前立)・正衣・正袴・長靴または脚絆・兵器携帯

②軍装
 戦時の出征および平時の衛兵勤務・野営演習等の際の服装。将校用の軍帽・軍袴は、正帽・正袴と兼用。下士卒用については、正服と軍服は同一扱いであった。
 【将 校】 軍帽・軍衣・軍袴・白手袋・下襟・飾緒(参謀・伝令使)・軍刀・短靴脚絆または長靴
 【下士卒】 正装とほぼ同じ

③略装
 平時の執務等における服装。西南戦役では、将兵の大半がこの略装で戦場に赴いた。夏服も略装の一種で、当時は略衣袴をデザインそのままに白の薄い生地で仕立てたものが規定された。
【将 校】 軍装とほぼ同じだが、略帽や短靴(脚絆なし)などの着用も可とされた
【下士卒】 略帽・略衣・略袴


 各種制服のデザインや階級章などをより詳しく知りたい方は、アジア歴史資料センター公開のコチラをご確認ください。なんとフルカラーです!










 さて、官軍将兵の軍装は出動当初こそ定制に則っていましたが、九州到着後は戦地の実情に合わせて刻々と変貌していきました(その詳細は、第一旅団会計部長・川口武定の『従征日記』から知ることができます)。征討総督本営もこれに柔軟に対応したようです。













 戦役末期の官軍の服制は、事実上崩壊状態であったといわれます。また、兵員不足のために動員された屯田兵や遊撃諸隊(壮兵を召募したもの)などでも、服制にない特殊な被服が少なからず確認できます。






 最後に、高級将校たちの常装です。


 








 いかがだったでしょうか。苦難の征討戦に適応するため、半年余りの間で大きく変貌した陸軍の軍装が、お分かりいただけたことと思います。
 第2回以降もぜひご覧ください。

 【2】警視隊の将兵

 【3】正装・旧制服

 
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