夕風桜香楼

旧『薩軍分営』。
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西南戦争・官軍の軍装【2】警視隊の将兵

2017年06月05日 20時12分07秒 | ギャラリー

 西南戦役(西南戦争)の官軍軍装図解、第2回は、今や多くの人に知られるところとなった警視隊の将兵を取りあげます。田原坂の抜刀隊がとくに有名ですが、ドラマなどではおかしな制服でえがかれることが少なくないのが正直なところ……。

 警視隊の将兵の服装は、基本的に内務省警視局(東京警視庁を明治10年1月に廃止・改組したもの)の服制に準拠していました。
 警視局の服制は、明治7年に定められた東京警視庁服制に準拠しています。当初は礼服も常服も同じものが兼用されていましたが、警部補以上の幹部級警視官については、明治9年に常勤用の略服が定められています。
 なお、警視局の服制と府県警察の服制はやや異なっていました。例えば西南戦役の時点において、府県警察では帽子に金属製の旭日章が採用されていましたが、警視局の帽子は布製の簡素な階級章が付されるのみでした。戦役終結直後、服制が改正され、警視局の帽子にもこの旭日章がついたのです。

①幹部級警視官の服制
【礼服】
 濃紺・詰襟ダブルブレストのフロックコート。帽・襟・袖・袴両側に階級ごとに色・本数の異なる線が入った。式典参加時や記念写真の撮影時などに着用された。
【略服】
 黒色のフロックコート。階級章等は一切ない、簡素なデザイン。襟は立襟と開襟とが兼用できるユニークなもので、開襟時は白のワイシャツにカラーとネクタイをつけることとされた。常勤時にひろく用いられたほか、西南戦役にもこの略服で出征した警視官が多かったようだ。
【刀剣】
 幹部級警視官は、服制によって規定されたサーベルを佩用することとされた。ただし、デザインに著しい逸脱がなければ、個人の刀剣を携行することも認められていた。

②巡査の服制
【制服】
 一等~四等の巡査については、礼服と略服の区別がなかった。上衣は濃紺・詰襟・シングルブレストのフロックコートで、襟章はなく、袖と袴両側に黄色の線が入った。なお、熊本県内の戦跡遺構からは、桜紋の入った金色のボタンが出土している。当時の陸軍の略服にはこの種のボタンがないことを考えると、これは薩軍の将兵か警視隊の巡査のものである可能性が高い。
【刀剣】
 当時、帯剣が認められていたのは各巡査の監督的地位に当たる一等巡査のみで、二等~四等巡査は約1m程度の長さの木製警棒を携行して勤務に当たっていた。


警視隊下士卒・常装・二等巡査



警視隊将校・常装・少警視



警視隊下士卒・軍装①・三等巡査



警視隊下士卒・軍装②・一等巡査



警視隊将校・軍装①・警部補



警視隊将校・軍装②・一等大警部




 警視隊はやはりかっこいいですね。
 さてさて、第3回は、正装などを取りあげます。

 【1】近衛・鎮台の将兵

 【3】正装・常装・旧制服

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