夕風桜香楼

旧『薩軍分営』。
イラスト創作記および雑記帳です。歴史ネタ中心。
不定期更新ですが、悪しからず。

永遠に女性なるもの、我等を引きて往かしむ

2016年12月20日 21時37分43秒 | 作品録
 最近はどうも描く機会がへってるからか、絵の題材も個人的な妄執にもとづくイメージが優先されがちです……。



All what she wants to be, is a modern girl !

 とにかく歌声が好きな歌手、シーナ・イーストンのTVショウでの衣装です。明らかに軍服をイメージしたデザインですが、かわいらしさと色っぽさが絶妙にマッチしており、本当にたまりません。
 実際の映像はこちら。ああ、何度でも観てしまう(°ω°)









 こちらも完全なるシュミ絵。コートと拳銃がふいに描きたくなったので、だいぶ昔に描いた「現代の特高捜査員」のイメージをリテイクしてみました。
 自分の愛用品と同じコートを着させる変態ぶりです。USマリーンの払下げ品で、シンプルで使い勝手がいいのです。ほのかに緑みがかったカーキ色も気に入っております。
 拳銃はSIGのP230。優美なシルエットが大好きで、かねてからこのキャラにぴったりだと思っていました。



 なお、今回のこれら、やはりどうにもおさえきれず、煩悩リミッターを解除したバージョンもこっそり作っております。

 その一
 その二

 ほんと、フェチシズムというやつは……(・ω・)
コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

凱旋

2016年12月20日 21時19分51秒 | 作品録


百万にのぼるわが皇国の軍が、強大な敵を征討した
荒野に戦い城塞を攻めるなか、わが将兵の屍は山を成した
私は恥じる、どの面さげて故郷に待つ人々にまみえることができようか
戦勝の凱歌が響く今日、果たして何人の者が無事に帰還することができただろうか


 桑原嶽『乃木希典と日露戦争の真実』(PHP新書)を読みました。そして、改めて乃木大将の果断な指揮と第三軍将兵の無双の奮戦ぶりに感銘を受けるとともに、今なお人口に膾炙する「無能論」になんともやるせない気持ちになり、ふたたび乃木大将をテーマに絵を描こうと思いたった次第です。
 引用した『凱旋』の詩は、乃木大将の作の中で個人的に最も好きなものです。凱旋という晴れやかな題名が、人間乃木希典の悲痛な心の叫びをかえって際立たせる、本当に凄まじい詩だと思います。乃木神社の資料館で、乃木大将自筆によるこの詩の掛軸を初めて見たとき、心にズンと衝撃を感じてしばし立ちつくしたのを、今でもよくおぼえています。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

キリヤマ=サン

2016年07月16日 22時38分21秒 | 作品録
 pixivやtwitterでお世話になっている ワタリ=ニンジャさまに、キリヤマさんを描いていただきました!!!



 凛とした表情が、じつにこのキャラらしく、とにかく美しいです! まさに「会心の友よ、さらばいざ!」という気分になりますね。彩色も絶妙で、額縁に入れて飾りたいような雰囲気があります。

 マイキャラを他の方に描いていただくのは、ただ嬉しいだけでなく、キャラの再解釈・再発見につながるという大きなメリットがあるんですが、今回の場合、このキャラのあるべきイデア、原点を再認識させられたように思います。
 たとえばこの髪形。短髪ながら、いわゆる今風のショートカットじゃなく、少し古風で垢抜けないこの感じ! 筆者の拙い画力では表現しきれてないですが、本当に描きたいカタチはこれなんです。適度にボリューム感があるところなんか、まさに理想形です。
 あとはやはり表情。ツンとした印象を与えがちなので、最近はやわらかい表情にしてしまうことが多かったんですが、本来このキャラはこちらのような、憂いをおびたどこか遠い目をしているイメージを考えています(実際、このキャラを描き始めたころは、硬い表情が多いです)。真一文字に結んだ口元も、じつにこのキャラらしい。

 最近はややイメチェンに走りがちなんですが、今回、やはりこのキャラはこれだ!これしかない!というのを思い知らされました。とくに髪なんかは、こちらのようなイメージを頑張って表現したいところ。引き続き描いていきたいと思います。

  ワタリさま、本当にありがとうございました!! 重ねて御礼申し上げます!!
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

原隊復帰……?

2016年07月16日 22時20分55秒 | 作品録
 お久しぶりでござります。
 この春、仕事の異動で帝都を離れ、見ず知らずの東海地方へ移りました。
 生活環境も一変しましたが、それ以前までよりはだいぶ改善し、とくにシュミなんかに割ける余裕は増えたような気がします。

 さて、ながらくこちらでの更新をサボっていたので、最近描いたものをとりあえずこちらにもイッキに上げます(゚ω゚)
 解説文はpixivのコピペです




 摩士族の斬込みや抜刀隊の活躍で有名な田原坂の戦い。しかしその実相は、意外と知られていない気がします。
 当初官軍は田原本道を抜こうとするも、薩軍の堅固な堡塁に阻まれ挫折。そこで正面の力押しを断念し、田原・吉次を結ぶ薩軍の防衛線を分断して側面から田原に迫ろうとします。その橋頭堡となったのが二股台地で、抜刀隊が活躍したのも、田原本道ではなくむしろこっちのほう。とりわけ横平山をめぐる攻防は最大の激戦となり、果敢な白刃突撃によって突出した官軍の決死隊が、連発銃を有する薩軍部隊によって撃退される場面すら生じるほどでした。死闘の末、なんとか横平山を確保した官軍は、3月20日払暁、総攻撃を決行。田原本道と吉次峠を助攻とし、主力は濃霧に乗じて田原坂後背の薩塁に接近します。合図の号砲が響くや、着剣した兵と警視抜刀隊が一斉に喊声を上げて薩陣に突入して次々に堡塁を確保、そのまま田原本道からも薩兵を駆逐し、午前のうちに坂を完全占領したのです。
 さらに午後、勢いに乗じた官軍は、潰走した薩軍を追撃すべく雪崩をうって植木方面へ南進。ところが向坂において、態勢を立て直した薩軍の猛反撃に合い、逆に包囲されてしまいます。警視抜刀隊もここで初めて銃を執り、なんとか血路を開いて北方へ退却。田原を抜いてもなお、植木方面ではしばらく血みどろの攻防が続くこととなるのでした。
 警視抜刀隊は、田原突入から向坂追撃までの間、本当に刀だけで戦っていたようで、官軍編纂の戦史『征西戦記稿』にはご丁寧に「(向坂で薩軍の逆襲を迎撃するに際して)是ノ時抜刀隊始テ銃ヲ執リ戦フ」との記述があります。イラストは、その際の軍装を再現してみたもの。ベースは明治七年制式の警視官(巡査)制服で、銀線入りのケピ帽、袖章入りの濃紺詰襟シングルブレストのフロックコートに、側章入りのズボンをはきます。足まわりはいつもの脚絆・足袋・草鞋。初期に九州に渡った警視隊は、陸軍にも数が少なかったスナイドル銃を装備していました。もっとも、小銃を携行したままで斬込みをかけたとは考えにくいので、実際には田原坂を落して一息ついた際に小銃・弾薬一式を支給されたものと思われます。
 田原坂の勝因は、ひとり抜刀突撃のみにあらず。むしろ抜刀隊の戦果は、執銃した近衛鎮台兵の相互支援に支えられてのものだったといえましょう。




 私事ですが、マイキャラは27年4月でデビュー5周年を迎えました。記念絵のネタをいろいろ考えたんですが、やはりデビュー時のものがいちばんいいかなと。西南役における山県参軍の軍装想像図です。
 明治八年制式の陸軍中将軍服。上衣は折襟肋骨服。このころの肋骨服は後年のものに比べ丈が高く、短ジャケット風になります。下衣は正袴。5年前は細金線入りの略袴で描きましたが、この白色の大きな側章も好きなので、今回はこちらにしました。短靴をはき、軍刀を吊ります。胸元にはアクセントとして懐中時計を付けてみました。
 あいかわらずこのキャラ以外にはほとんど描く気がしないくらい入れ込んでます。もっと美しく描けるように精進せねばなあ……。




 西南役コレクション番外編。明治陸軍に見えますが、そうじゃありません。幕府陸軍・伝習隊の将校です。
 来日した仏人軍事顧問団の影響色濃いフランス式軍服。ケピ帽は日章等のないシンプルなもの。金線をめぐらし、頂上に∞結びがつきます。フロックコートは濃紺の詰襟シングルブレストで、山形金線の袖章入り。裾がわざと広く作ってあり、スカートのようになることから「襞取りマンテル」ともよばれます。ややダボッとした金線入りのズボン(「ジブスケ袴」)に、短靴または長靴をはきます。剣帯をしめて吊っているのは仏陸軍の1845年式歩兵サーベルで、将校たちが私費で購入していたもの。
 一般的には「新政府軍は近代化していたが、幕府軍は時代遅れだった」といわれるのが常ですが、実際には、少なくとも鳥羽伏見時点の被服はむしろ幕府のほうがよほど先進的です(やはり横浜港を握っていたことが大きい)。そしてこの伝習隊の純フランス式軍服は、維新後に発足した帝国陸軍の最初の体系的服制「陸軍徽章」にも、ほぼそのままの形で受け継がれているのです。




 徳川慶喜のフランス式礼服を久々にリメイク。
 慶喜が写真好きだったおかげで、この服もデザインをある程度確認することができますが、細部は贈り主であるフランス皇帝ナポレオン三世の礼服の肖像画を参考にしました。黒のシングルのコートは、腰下前部が切り開かれており、正面からは短ジャケットのように見えます。襟や袖には葉をあしらった金色の飾りがあり、肩にもエポレットつき。ボタンは葵紋が入っていたものと推測されます。下衣はピチピチの白ズボンで、丈の長い黒のロングブーツをはきます。腰には剣帯をしめ、その上から金色の飾帯を巻いており、剣はエペとよばれる反りのないタイプ。
 シンプルながら、じつに洗練されたスマートなデザイン。慶喜はこのほかにもフロックコート式の軍服も所持していたようですが、やはりこの礼服のほうが美しくて好きですね。




 三月四日、官軍吉次本道より薩軍を攻撃するや、国幹、外套を被り、銀装刀を揮ひ、自ら陣頭に立ち、部隊を指揮す。弾丸啾啾雨の如し、其危険言ふべからず、五番大隊八番小隊長石橋清八、国幹に謂て曰く「閣下は本営の重任、其進退は全軍の安危に繋る、宜しく危地を避けて後方に退却すべし、余代て其任に当らん」。国幹曰く「余は戦闘せんが為に来りしなり。戦闘は死地、弾丸雨注は常時のみ。足下危険を避けんと欲せば、須らく自ら之を避くべし」と、聴かずして奮進し、終に弾丸に中りて斃る。一軍之を聞き、痛惜せざるは無し。
 国幹、人と為り、顴骨高く秀で、眼光炯然、挙止粛毅、威望自ら露はれ、人をして自然に畏敬の念を起さしむ。而して事に処する、用意周匝、苟もせず、故を以て西郷隆盛、其人と為りを重んじ、其交殊に厚く、殆ど親戚同様なりしと云ふ。
 国幹、韜略深沈、其軍を行るや、最とも正面攻撃に妙を得たり。其法、身常に士卒に先ち、自ら矢石を冒し、銃を提げて射撃するのみ。一言の号令を出さゞるも、発縦指示、意の如くならざるは無し。十年の役、国幹の熊本城を囲むや、池辺吉十郎、国幹に従て、その戦況を目撃し、深く其指揮の妙に嘆服せりと云ふ。
 十年の役、国幹の家を出づるや、一首を短冊に書し、之を夫人に与へ、子孫をして之を保存せしむることを命ぜりと云ふ。其歌に曰く、
   ふたつなき道にその身をふり捨てゝみかき尽せようみの子供ら
 国幹、平素、酒を好まず、茶を嗜む。暇あれば、和漢の典籍を渉猟し、悠然自ら楽む。六年退隠の後、意を教育、開墾植林等の事業に留む。十年の事、蓋し亦已むを得ざるに出でしなり。
  (『西南記伝』篠原国幹伝)
 めちゃくちゃ久々に絵を描きました。リハビリ絵ということで、ネタはやはりこれしかなかろうと。細部の解説は過去作illust/27654239のキャプションをご覧ください。
 弾雨の中での率先陣頭指揮というのは、薩州の武人に共通する美徳であったようで、西南役においても、西郷隆盛、桐野利秋、村田新八、永山弥一郎、別府晋介、辺見十郎太と、名だたる指揮官たちに必ず同旨のエピソードが残されています。当然、前線における戦死ないし負傷率も高かったわけですが、やはり指揮官の颯爽たる姿を見れば、鼓舞されない者はいなかった。薩軍の剽悍決死の奮戦ぶりの源のひとつが、将帥の果敢な指揮であったということは間違いないでしょう。




 最近はクルマを買ったこともあって、余暇をドライブなんかに使いがちですが、また絵も描いていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

続編!?

2014年07月13日 22時07分56秒 | 作品録
 当サイトでもおなじみ、 koyassanage49 さまにまたキリヤマさんを描いていただきました!!



 以前描いていただいたものの続編というべき作品です。
 かわいらしい水着にマントというのが、実にえろちっくでたまりません。
 ちょっとドギマギしたような表情もかわいらしくて素敵です。

 いつも本当にありがとうございます。マイキャラのいろいろな姿が見られるのは、嬉しい限りです(´∀`)
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加