「リヒャルト。悪いけど、今日は仕事で帰れないって別邸のお父上に伝えてくれるかな?それが終われば今日の君の仕事は終わりだから、あとは宿舎へ戻るなり好きにしていいよ。・・・っと、そうだ。あと、これ。ミレーユから頼まれていたんだ。『貴婦人の誘惑』シリーズの新作タルトが手に入ったから、これをミレーユに直接渡してくれる?あっ、こっちは隊長命令だから。よろしく」
隊長命令だとウィンクしながら渡された菓子の包みを手に、リヒャルトはフレッドの伝言をエドゥアルトに伝える為に一人で公爵家別邸を訪れていた。
玄関先で出迎えた執事にエドゥアルトとの面会を申し出ると、部屋へ通される前にすぐにエドゥアルトが現れた。
最近のエドゥアルトは自分を見ると瞬時に警戒する目付きに変わるのだが、今日はニコニコと目尻が下がりっぱなしの満面の笑みを浮かべていた。
「そうか。フレッドの伝言を伝える為に来てくれたのかい。ありがとう、リヒャルト。わざわざすまなかったね」
「・・・いえ」
労いの言葉を掛けてくれる人の良いエドゥアルトは昔から変わりなく、貴族の中でも珍しく出来た人物だった。
そして、リヒャルトが尊敬出来る数少ない人物でもあった。
しかし、今は逆に恐縮してしまう。
次はミレーユに直接会って、菓子を渡すという役目が待っている。
せっかく機嫌の良いエドゥアルトに水をさすのも気が引けたが、フレッドが隊長命令と告げるほどである。
この菓子が何やら重要な役割を担っているかもしれない。
リヒャルトはエドゥアルトの豹変を覚悟しながら、意を決してミレーユとの面会を申し出ることにした。
「あの、エドゥアルト様。・・・実は、ミレーユにお会いしたいのですが」
「ミレーユだとっ!?」
「は、はい」
ミレーユの名前を聞いたエドゥアルトがすぐさま反応する。
いつもの如くエドゥアルトの表情が、クワッと鬼の形相に変化する。
リヒャルトは軽く身を引きつつ、エドゥアルトの嵐を受けようと心の準備をした。
しかし、エドゥアルトが豹変したのもほんの一瞬で、すぐにまた目尻が下がった満面の笑みを浮かべていた。
今度はデレデレと鼻の下も伸びていた。
「ミレーユなら中庭で子供達と一緒に遊んでいるよ〜。見ていて微笑ましいことこの上ない。流石は私とジュリアの娘だ。優しいお姉さんで子供達に慕われているんだろうな〜」
頬を染めたエドゥアルトは、心底嬉しそうに愛娘自慢を始める。
リヒャルトは、ミレーユ称賛の嵐を受け止めながら内心首を捻っていた。
(・・・おかしい。いや、エドゥアルト様がおかしいのはいつものことだが。あっ、いや、それも失礼か。とにかく、俺がミレーユに近付くだけで尋常じゃない態度を取るこの方が、逆にミレーユの話をしてくるなんて・・・)
ミレーユに近付く危険な男としてリヒャルトに異常な警戒を見せるエドゥアルトが、それも忘れて舞い上がっている。
リヒャルトは中庭で子供達と遊んでいるというミレーユが気になり出した。
「エドゥアルト様。ミレーユは中庭にいるのですか?」
「ああ。リヒャルトも覗いてくるかい?まるで天使のような・・・いや、聖母かな?とにかくミレーユの背に翼が見えたよ」
フフフ、と楽しそうに笑うエドゥアルトの周りには、花が浮かんでいるような錯覚を覚える。
リヒャルトは、ミレーユに会うよう促すエドゥアルトの乱心に焦りながらも一礼すると、その場を早々に離れることにした。
☆ ☆ ☆
リヒャルトが屋敷内を通って中庭に出ると、何やらわいわいと賑やかな声が聞こえてきた。
エドゥアルトが言っていたようにミレーユが子供達と遊んでいるのだろう。
リヒャルトは声のする方に近付いて行った。
「とおりゃあぁー!」
突然、ミレーユの威勢の良い掛け声とバシリと何かをぶつけるような音が響いた。
声に驚いてリヒャルトが見ると、ミレーユが子供達とおもちゃの剣で打ち合いをしている姿が目に飛び込んできた。
「これで終わり?」
ミレーユが肩に剣を乗せながら、目の前の子供にニヤリと笑って見せた。
「・・・ま、まだだ!」
挑発された子供が悔しそうに、すぐに剣を構えてミレーユに向かって行く。
ミレーユは肩から剣を降り下ろすと、素早い動きで子供の剣を受け止めた。
「なかなかやるじゃない!」
向かってきた子供に、ミレーユは嬉々として告げながら相手をする。
「がんばれー!負けるなー!」
二人の傍には数人の子供達がいた。
ミレーユと打ち合いをしている子供の仲間なのだろう。
拳を握りながら、一生懸命応援している。
リヒャルトは暫く呆然とその様子を見つめていたが、すぐに目を瞑ると片手を額に当てた。
まさか、エドゥアルト様はこの光景を見て微笑ましいと思ったのだろうか?
更にミレーユが天使か聖母に見えて、背中に翼が見えたと・・・?
確かに、軽やかに子供の攻撃を避けるミレーユの背には、まるで羽でも生えているように見える。
リヒャルトはエドゥアルトの盲目な迄の溺愛ぶりに頭痛を覚えたが、すぐに気持ちを切り替える。
彼女の護衛役として、怪我をする前にすぐに止めさせなければならない。
リヒャルトは厳しい顔付きになりながら、無言でミレーユに近付いて行った。
その時、ミレーユが振るった剣が子供の剣を払い飛ばし、唐突に打ち合いは終了した。
「あーあ・・・」
周りの子供達も残念そうな声を出す。
「・・・ちぇっ、もう少しだったのに」
ミレーユと打ち合いをした子供も悔しそうに呟く。
「なかなか良い感じだったわよ」
ミレーユが笑いながら評価すると、
「ほんとっ!?」
子供は嬉しそうに顔を上げてミレーユを見上げた。
「でも、まだまだね。あたしに勝つのは十年早いわ」
「・・・ちぇ〜っ」
そんな二人のやり取りを見ながら、リヒャルトはミレーユに声を掛けた。
「ミレーユ」
「・・・リヒャルト!?」
ミレーユは突然目の前に現れたリヒャルトに驚いて声を上げた。
子供達もミレーユの声につられて、突然近付いてきた見知らぬ青年を見上げた。
「・・・何をしているんですか、あなたは」
「うっ・・・」
リヒャルトが溜息を吐きながら静かに告げた言葉で、ミレーユはこの次に来るであろう説教の嵐を予感した。
「こ、子供達と遊んでいたのよ!ね、ねえっ!」
子供達を味方に引き入れようと、ミレーユは周りの子供達に同意を求めた。
しかし、子供達はミレーユの言葉に反応することはなく、じーっとリヒャルトを見上げたままだ。
「・・・あ、あれ?ちょっと」
返事をしてくれない子供達に向かって、ミレーユは再度声を掛ける。
「・・・かっこいい」
子供達はリヒャルトから目を反らすことなく、むしろ輝いた目でリヒャルトを見つめて呟いた。
「すっげー!お兄さん、もしかして本物の騎士さま!?」
「かっこいいー!」
「やっぱり、雰囲気が違うよなっ!」
「うん!ミレーユさまとは全然違う!」
最後は何だか聞き捨てならない台詞が聞こえたような気がしたが、興奮している子供達はリヒャルトしか見えていないようだった。
「・・・え、えーと、あの?」
突然、注目されたリヒャルトが逆に戸惑っているのが分かる。
その様子を見たミレーユは、瞬時に逆境を順境に変えることを思い付く。
リヒャルトの傍に立つと、子供達に向かって呼び掛けた。
「ねえ、みんな!彼はリヒャルトっていって、王女さま付きの本物の騎士なのよ!」
「ミ、ミレーユ・・・!?」
「王女さまの!?すげーっ!」
ミレーユの作戦勝ちで、子供達の目が先程よりも輝き出す。
こうなった子供達の前で説教など出来る筈もない。
「もしかして、ミレーユさまの恋人とか婚約者なの!?」
すると、リヒャルトを見ていた一人の子供が衝撃発言を口にした。
「・・・ええっ!?」
「・・・なっ!」
ミレーユとリヒャルトが同時に驚きの声を発する。
「えっ!?そうなの!?」
「ミレーユさまに、こんなに素敵な騎士さまの婚約者がいたんだ!」
驚いて二の句が継げないミレーユとリヒャルトを置き去りにして、子供達は勝手に盛り上がっていく。
(え、ええーっ!?リ、リヒャルトがあたしの・・・こ、婚約者!?)
ミレーユは顔が熱くなるのを感じたが、不思議と嫌だとは思わなかった。
それより、自分の婚約者に間違われたリヒャルトの方がむしろ嫌な思いをしていないかが気になった。
ミレーユは隣にいるリヒャルトをちらりと盗み見る。
子供達の反応にどう対応したら良いか分からないようで、明らかにおろおろと狼狽しているのが分かる。
「ち、違うのよ!みんな!彼はそういうんじゃなくて、あたしの護衛役で・・・」
「照れなくても良いよ、ミレーユさま!二人ともお似合いだよ、ねえっ?」
「うん!」
「・・・え、ええっ!?」
必死で誤解を解こうとするミレーユの話など、子供達は全く聞く気がないようである。
ミレーユはいたたたまれないこの場の雰囲気を何とかしようと、ふと思い付いたことを口にした。
「ね、ねえ、みんな!本物の騎士の剣さばきが見てみたいわよね?」
「ミ、ミレーユ!?」
ミレーユの言葉にリヒャルトはぎょっとするが、すぐに険しい顔付きに変わる。
「何を言ってるんですか、あなたは・・・」
「お願い!子供達に構え方だけでも見せてあげて!」
ミレーユはリヒャルトに向き直ると、両手を合わせてお願いのポーズをする。
更に、可愛らしくリヒャルトを見上げてくる。
何だかんだとミレーユに甘いリヒャルトが、そんな彼女の頼みを断れる筈もない。
「・・・分かりました。構えだけですよ」
渋々と言った感じで、溜め息を吐きながらリヒャルトが承諾してくれる。
「ありがとう!」
リヒャルトが引き受けてくれたことに、ミレーユはパッと心底嬉しそうな笑みを浮かべてお礼を言う。
可憐な花のような笑顔を見たリヒャルトは苦笑した。
結局、ミレーユに甘い自分はエドゥアルトのことは言えないのかもしれない。
ミレーユはリヒャルトにおもちゃの剣を渡すと、リヒャルトは何度か持ち手の角度を変えて握りを確かめてからスッと片手で剣を構えて見せた。
その瞬間、場の空気が静まり返った。
子供達でさえ、本物の騎士が纏う重厚な空気に触れ、息をするのも忘れる程見入っていた。
普段、お菓子をくれる優しいリヒャルトからはあまり想像出来ない騎士然とした姿を見て、ミレーユも思わずゴクリと唾を飲み込んでいた。
(やっぱり、リヒャルトって格好良いわ!)
「・・・これで良いですか?」
暫く構えの姿勢を取っていたリヒャルトが口を開いた。
その言葉でポーッとリヒャルトに見惚れていたミレーユも、ハッと我に返る。
「あ、ありがとう、リヒャルト!・・・みんなも良かったわね!」
ミレーユが慌てて礼を述べて子供達を見ると、まだ夢見心地の目をしていた。
ふと空を見ると太陽はすっかり傾き、そろそろ夕方になろうとしていた。
ミレーユには大人の責任として、子供達を帰さなければならない義務がある。
「さあ、みんな。今日はもう終わりよ」
ミレーユが子供達に帰るよう促し始めると、現実に帰ってきた子供達がそれぞれ手におもちゃの剣を持って帰り支度を始める。
「じゃあ、またねー!ミレーユさま!騎士さま!」
「また、遊ぼうねー!」
「さようならー」
一人、また一人とミレーユとリヒャルトから去って行く。
「ミレーユさま、あのね・・・」
すると、一人の男の子がミレーユとリヒャルトの傍に来て小さな声で呟いた。
「なあに?」
ミレーユは男の子に目線を合わせるように、しゃがみ込むと続きを促した。
「僕ね、大きくなったら騎士さまになるのが夢なの!」
そう嬉しそうに告げ、恥ずかしそうにリヒャルトをちらりと見上げてから走り去って行った。
ミレーユは何だか胸の内に温かな火が灯ったように感じた。
今はただの遊びの延長の打ち合いだが、こうした得た経験から子供達が夢を持ってくれることがミレーユは嬉しかった。
「・・・あの子達は」
リヒャルトが子供達の帰る姿を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「うん。お屋敷で働いてくれている人達の子供達よ」
今日遊んでいた子供達は皆、公爵家別邸の使用人の子供達だ。
帰る場所は邸宅内や敷地内なので帰る途中の事故等の心配はないのだが、流石に暗くなる前には帰さなければ親御さんが心配する。
子供達の姿が見えなくなったところで、ミレーユはリヒャルトに向き直った。
「リヒャルト、今日はいろいろごめんなさい。・・・あと、ありがとう」
恥ずかしそうに、だが嬉しそうにミレーユが礼を告げる。
リヒャルトはといえば、すっかり説教をする気が失せていた。
「いえ、大したことはしてませんが・・・」
「そんなことないわよ!子供達に本当の騎士の姿を見せてくれて嬉しかったわ!・・・やっぱりあたしが教えても、所詮は素人の付け焼き刃だし」
最後の方は、何故か少し落ち込みながらの口調になる。
「・・・でも、子供達と一緒に遊んでいるとサンジェルヴェのことを思い出すわ」
「サンジェルヴェでも、こうして子供達と遊んでいたんですか?」
ミレーユが懐かしそうに故郷のことを口にしたので、リヒャルトは興味を惹かれた。
サンジェルヴェでのミレーユをもっと知りたいと思った。
「うん。みんな商店街の子供達なんだけどね。良くこうやって打ち合いとかしてたのよ」
楽しそうに笑いながらミレーユが告げる。
リヒャルトは今日のミレーユの姿を思い出していた。
子供達と実に楽しそうに打ち合いをしていた。
サンジェルヴェにいた頃のミレーユもきっと、同じように子供達と遊んでいたのだろう。
「でも、あたしが16歳になった頃にライバル店が出店しちゃって、そっちの対応策に追われるようになっちゃってからは子供達と頻繁には遊べなくなっちゃったのよね」
ふうっと溜め息を吐きながら、ミレーユはすぐ近くにあったベンチにゆっくりと腰を下ろした。
今日のミレーユは子供達と遊ぶ為か、サンジェルヴェにいた時のような動きやすい服装をしていた。
「サンジェルヴェに帰りたくなりましたか?」
ふいに、笑顔が消えたミレーユを心配したリヒャルトが声を掛ける。
「・・・ううん、そうじゃなくて。・・・あたし、本当はね。男の子になりたかったのよ」
突然のミレーユの告白にリヒャルトは内心驚きながら、ミレーユの隣に腰を下ろした。
何も言わずに、じっと彼女の言葉を待つ。
暫くミレーユは寂しそうに俯いていたが、顔を上げて続きを口にした。
「・・・フレッドだけが養子に行くことが決まった時、あたしが女の子だから置いて行かれたんだと思ったの。男の子だったらフレッドと一緒に行けたかもしれないって思ったの。・・・まあ、それはそれでママとおじいちゃんを置いていくことになる訳だから複雑なんだけど。とにかく、その時のあたしはそう思ったの。フレッドと離れることが寂しかったんだと思う。それに、パン屋を継ぐのもあたしが男の子だったら、何の問題もなかった筈だって。条件付きのお婿さんを探す必要もない訳だし・・・。まあ、これもロイがお店を継ぐことが決まった今は、何の問題もないんだけどね」
ミレーユから深い溜め息がこぼれる。
すると次の瞬間、ミレーユは何かを思い付いたようにリヒャルトに向き直ると、楽しそうに口を開いた。
「あっ、でも!あたしが男だったら、フレッドみたいにリヒャルトと親友になれたかもしれないのよね!」
先程までの憂い顔は何処へやら、ミレーユは心底楽しそうに「もし」の想像をリヒャルトに告げてくる。
リヒャルトは軽く目を見開いて驚いたが、すぐにフッと笑い返して見せた。
「それは俺が困るかも」
「えっ・・・、困るって・・・」
まさかリヒャルトに拒絶されるなんて・・・。
思ってもみなかったリヒャルトの言葉に、ミレーユの楽しい気持ちが急速にしぼんでいった。
「きっと、俺が先に男として生まれてきたから、あなたは女性だったんですよ」
「えっ?」
ミレーユは意味が分からず、思わずリヒャルトを見つめる。
「言ってる意味が分からないわ、リヒャルト。どうしてあなたが男だったら、あたしが女になるのよ」
「そのままの意味ですが?」
「・・・そのままの意味って。ますます意味が分からないわ。そんなこと言ったら、もしあたしが先に男として生まれていたら、後から生まれてくるあなたは女になっていたってことになるのよ?」
「・・・そうなっていたかもしれませんね」
リヒャルトは優しい微笑を浮かべながら、ミレーユを見つめてくる。
(先に生まれてきたリヒャルトが男だったから、あたしが女になった?)
ミレーユは目をぱちくりしながら、目の前にいるリヒャルトを見返した。
(・・・これだから天然は、本当に意味が分からない)
「・・・もういいわ。悩んだあたしがバカみたいだったわ。それに、さすがにあたしも十七歳だし、今は現実を受け止めているから大丈夫よ」
男に生まれなかったからと嘆いたところで、性別は変わらない。
だったら女として何処迄、何が出来るか分からないけど頂点を極めてみようと思う。
「ありがとう、リヒャルト。あなたのお陰で、ちょっと気分が浮上したわ」
弱い自分を誰かに晒すことで、改めて現実を見つめることが出来そうだった。
「いえ、俺は何も・・・。あなたが前を向いて歩いていける人だからですよ、きっと」
「・・・ありがとう」
リヒャルトの天然発言にミレーユは顔が赤くなるのを感じながら、再度礼を告げた。
「さて・・・と。パン職人を目指す目標がなくなった今、これから熱中出来ることを見つけないとね!」
「頑張って下さい。俺も応援していますから。・・・あ」
「なに?」
リヒャルトは思い出したように、上着のポケットを探った。
ミレーユがきょとんとリヒャルトの手を見ると、そこには一包みの菓子らしき物が乗っていた。
「・・・もう一つ、あなたの気分を浮上させてくれる物がありました。どうぞ、これを。『貴婦人の誘惑』シリーズの新作タルトだそうです」
そう言うと包みをミレーユに渡す。
「わぁっ・・・」
受け取ったミレーユの目がキラキラと輝き出す。
「ありがとう、リヒャルト!どうして分かったの?あたしがこれを食べたかったこと!」
「・・・え?いえ、これはフレッドから、あなたに頼まれていたので渡してくれと・・・」
「え?あたしそんなことフレッドに頼んでないわよ?」
ミレーユは再びきょとんとしてリヒャルトを見返してくる。
そんなミレーユの反応を見て、リヒャルトはようやく合点がいった。
全てフレッドが仕組んだことだ。
恐らくミレーユと会う口実をリヒャルトに持たせてくれたのだろう。
お節介な親友の顔を思い浮かべて苦笑しながら、リヒャルトは目の前で可愛らしく笑うミレーユを見て、まあいいかと思うことにする。
「ねえ、リヒャルト。今日のこれからの予定は?」
「え?いえ、今日の仕事はもう終わったので、あとは宿舎に戻るだけです」
「じゃあ、一緒にお茶にしましょうよ!」
ミレーユは新作タルトを早く食べたいといった感じで、リヒャルトをお茶に誘ってくる。
リヒャルトはそんなミレーユが可愛くて仕方なかった。
「味見してみます?」
「そうね!ちょっとだけ中を見ていいかしら?」
贈り主はリヒャルトだと信じて疑っていないようで、ミレーユは確認をとってくる。
ミレーユがいそいそと包みを開けると、表面が美味しそうなきつね色をしたタルトが数個入っていた。
リヒャルトはタルトに見入っているミレーユの目の前から一つ取ると、
「はい、どうぞ」
ミレーユの口元に持っていった。
「・・・え?」
突然のリヒャルトの行動にミレーユは戸惑う。
何故、今そういう状況になっているのかが分からなかった。
「だ、大丈夫よ。自分で食べられるから」
慌ててミレーユはリヒャルトの申し出を断る。
「でも、さっきまで子供達と遊んでいたあなたの手は汚れている筈ですよ。俺の手の方が綺麗ですから、どうぞ遠慮しないで」
リヒャルトに言われてミレーユは自分の両手を見た。
確かに泥だらけだった。
「・・・あ、ありがとう」
ミレーユは何となくばつが悪そうにリヒャルトに礼を言うと、
「・・・あーん」
小さく声を出して口を開けた。
素直に口を開けたミレーユを見たリヒャルトが優しく笑ってくれた。
ぱくっと一口、リヒャルト手ずからタルトを食べさせて貰う。
食べた瞬間、上品な味が口いっぱいに広がった。
やはり『貴婦人の誘惑』シリーズは美味しかった。
ミレーユはもぐもぐと充分に堪能してから飲み込むと、食べかけのタルトを再び包みの中にしまい封をしてから勢い良くベンチを立った
「さあ!リヒャルト、早く行きましょう!」
そう告げると邸内へと歩いていく。
「ミレーユ、ちゃんと手を洗って下さいね」
「わ、分かってるわよ!子供じゃないんだから」
まるで子供に注意するようなリヒャルトの言葉を背に受けながら、ミレーユは今にも走り出しそうな勢いで早足で歩いていく。
その様子が子供のように可愛らしくて、リヒャルトはミレーユの背中を追い掛けながらいつまでも笑い続けていた。
〜Fin〜
<あとがき・・・という名の言い訳>
最後迄読んで下さり、ありがとうございます!m(__)m
今作はアルテマリス編のリヒ×ミレでした。
アルテマリス編なので微糖・・・の筈です(笑)。
タイトルの『ゆりかごの日常』は、
リヒャルトのキャラソン『Blue Sky,Blue Ocean』から連想しました。
「ゆりかご=アルテマリスの平和な日々」
ということで、『アルテマリスでの日常』という意味でした。
初めてリヒャルト手ずからのお菓子を食べるミレーユを描きました!
原作リヒ×ミレの二人には基本の筈なのに、
私の創作では初となるので念願が叶ってかなり嬉しいです!
今回の創作の裏目標は、
「日常の中のほのぼのイチャラブ」でした(笑)!
出来れば、最後のリヒャルトの台詞「手を洗って」は、
中村悠一さんの声で変換をお願い致します(笑)。
ここ迄ご覧頂き、本当にありがとうございます!
よろしければ、ご感想をお待ちしております!m(__)m
隊長命令だとウィンクしながら渡された菓子の包みを手に、リヒャルトはフレッドの伝言をエドゥアルトに伝える為に一人で公爵家別邸を訪れていた。
玄関先で出迎えた執事にエドゥアルトとの面会を申し出ると、部屋へ通される前にすぐにエドゥアルトが現れた。
最近のエドゥアルトは自分を見ると瞬時に警戒する目付きに変わるのだが、今日はニコニコと目尻が下がりっぱなしの満面の笑みを浮かべていた。
「そうか。フレッドの伝言を伝える為に来てくれたのかい。ありがとう、リヒャルト。わざわざすまなかったね」
「・・・いえ」
労いの言葉を掛けてくれる人の良いエドゥアルトは昔から変わりなく、貴族の中でも珍しく出来た人物だった。
そして、リヒャルトが尊敬出来る数少ない人物でもあった。
しかし、今は逆に恐縮してしまう。
次はミレーユに直接会って、菓子を渡すという役目が待っている。
せっかく機嫌の良いエドゥアルトに水をさすのも気が引けたが、フレッドが隊長命令と告げるほどである。
この菓子が何やら重要な役割を担っているかもしれない。
リヒャルトはエドゥアルトの豹変を覚悟しながら、意を決してミレーユとの面会を申し出ることにした。
「あの、エドゥアルト様。・・・実は、ミレーユにお会いしたいのですが」
「ミレーユだとっ!?」
「は、はい」
ミレーユの名前を聞いたエドゥアルトがすぐさま反応する。
いつもの如くエドゥアルトの表情が、クワッと鬼の形相に変化する。
リヒャルトは軽く身を引きつつ、エドゥアルトの嵐を受けようと心の準備をした。
しかし、エドゥアルトが豹変したのもほんの一瞬で、すぐにまた目尻が下がった満面の笑みを浮かべていた。
今度はデレデレと鼻の下も伸びていた。
「ミレーユなら中庭で子供達と一緒に遊んでいるよ〜。見ていて微笑ましいことこの上ない。流石は私とジュリアの娘だ。優しいお姉さんで子供達に慕われているんだろうな〜」
頬を染めたエドゥアルトは、心底嬉しそうに愛娘自慢を始める。
リヒャルトは、ミレーユ称賛の嵐を受け止めながら内心首を捻っていた。
(・・・おかしい。いや、エドゥアルト様がおかしいのはいつものことだが。あっ、いや、それも失礼か。とにかく、俺がミレーユに近付くだけで尋常じゃない態度を取るこの方が、逆にミレーユの話をしてくるなんて・・・)
ミレーユに近付く危険な男としてリヒャルトに異常な警戒を見せるエドゥアルトが、それも忘れて舞い上がっている。
リヒャルトは中庭で子供達と遊んでいるというミレーユが気になり出した。
「エドゥアルト様。ミレーユは中庭にいるのですか?」
「ああ。リヒャルトも覗いてくるかい?まるで天使のような・・・いや、聖母かな?とにかくミレーユの背に翼が見えたよ」
フフフ、と楽しそうに笑うエドゥアルトの周りには、花が浮かんでいるような錯覚を覚える。
リヒャルトは、ミレーユに会うよう促すエドゥアルトの乱心に焦りながらも一礼すると、その場を早々に離れることにした。
☆ ☆ ☆
リヒャルトが屋敷内を通って中庭に出ると、何やらわいわいと賑やかな声が聞こえてきた。
エドゥアルトが言っていたようにミレーユが子供達と遊んでいるのだろう。
リヒャルトは声のする方に近付いて行った。
「とおりゃあぁー!」
突然、ミレーユの威勢の良い掛け声とバシリと何かをぶつけるような音が響いた。
声に驚いてリヒャルトが見ると、ミレーユが子供達とおもちゃの剣で打ち合いをしている姿が目に飛び込んできた。
「これで終わり?」
ミレーユが肩に剣を乗せながら、目の前の子供にニヤリと笑って見せた。
「・・・ま、まだだ!」
挑発された子供が悔しそうに、すぐに剣を構えてミレーユに向かって行く。
ミレーユは肩から剣を降り下ろすと、素早い動きで子供の剣を受け止めた。
「なかなかやるじゃない!」
向かってきた子供に、ミレーユは嬉々として告げながら相手をする。
「がんばれー!負けるなー!」
二人の傍には数人の子供達がいた。
ミレーユと打ち合いをしている子供の仲間なのだろう。
拳を握りながら、一生懸命応援している。
リヒャルトは暫く呆然とその様子を見つめていたが、すぐに目を瞑ると片手を額に当てた。
まさか、エドゥアルト様はこの光景を見て微笑ましいと思ったのだろうか?
更にミレーユが天使か聖母に見えて、背中に翼が見えたと・・・?
確かに、軽やかに子供の攻撃を避けるミレーユの背には、まるで羽でも生えているように見える。
リヒャルトはエドゥアルトの盲目な迄の溺愛ぶりに頭痛を覚えたが、すぐに気持ちを切り替える。
彼女の護衛役として、怪我をする前にすぐに止めさせなければならない。
リヒャルトは厳しい顔付きになりながら、無言でミレーユに近付いて行った。
その時、ミレーユが振るった剣が子供の剣を払い飛ばし、唐突に打ち合いは終了した。
「あーあ・・・」
周りの子供達も残念そうな声を出す。
「・・・ちぇっ、もう少しだったのに」
ミレーユと打ち合いをした子供も悔しそうに呟く。
「なかなか良い感じだったわよ」
ミレーユが笑いながら評価すると、
「ほんとっ!?」
子供は嬉しそうに顔を上げてミレーユを見上げた。
「でも、まだまだね。あたしに勝つのは十年早いわ」
「・・・ちぇ〜っ」
そんな二人のやり取りを見ながら、リヒャルトはミレーユに声を掛けた。
「ミレーユ」
「・・・リヒャルト!?」
ミレーユは突然目の前に現れたリヒャルトに驚いて声を上げた。
子供達もミレーユの声につられて、突然近付いてきた見知らぬ青年を見上げた。
「・・・何をしているんですか、あなたは」
「うっ・・・」
リヒャルトが溜息を吐きながら静かに告げた言葉で、ミレーユはこの次に来るであろう説教の嵐を予感した。
「こ、子供達と遊んでいたのよ!ね、ねえっ!」
子供達を味方に引き入れようと、ミレーユは周りの子供達に同意を求めた。
しかし、子供達はミレーユの言葉に反応することはなく、じーっとリヒャルトを見上げたままだ。
「・・・あ、あれ?ちょっと」
返事をしてくれない子供達に向かって、ミレーユは再度声を掛ける。
「・・・かっこいい」
子供達はリヒャルトから目を反らすことなく、むしろ輝いた目でリヒャルトを見つめて呟いた。
「すっげー!お兄さん、もしかして本物の騎士さま!?」
「かっこいいー!」
「やっぱり、雰囲気が違うよなっ!」
「うん!ミレーユさまとは全然違う!」
最後は何だか聞き捨てならない台詞が聞こえたような気がしたが、興奮している子供達はリヒャルトしか見えていないようだった。
「・・・え、えーと、あの?」
突然、注目されたリヒャルトが逆に戸惑っているのが分かる。
その様子を見たミレーユは、瞬時に逆境を順境に変えることを思い付く。
リヒャルトの傍に立つと、子供達に向かって呼び掛けた。
「ねえ、みんな!彼はリヒャルトっていって、王女さま付きの本物の騎士なのよ!」
「ミ、ミレーユ・・・!?」
「王女さまの!?すげーっ!」
ミレーユの作戦勝ちで、子供達の目が先程よりも輝き出す。
こうなった子供達の前で説教など出来る筈もない。
「もしかして、ミレーユさまの恋人とか婚約者なの!?」
すると、リヒャルトを見ていた一人の子供が衝撃発言を口にした。
「・・・ええっ!?」
「・・・なっ!」
ミレーユとリヒャルトが同時に驚きの声を発する。
「えっ!?そうなの!?」
「ミレーユさまに、こんなに素敵な騎士さまの婚約者がいたんだ!」
驚いて二の句が継げないミレーユとリヒャルトを置き去りにして、子供達は勝手に盛り上がっていく。
(え、ええーっ!?リ、リヒャルトがあたしの・・・こ、婚約者!?)
ミレーユは顔が熱くなるのを感じたが、不思議と嫌だとは思わなかった。
それより、自分の婚約者に間違われたリヒャルトの方がむしろ嫌な思いをしていないかが気になった。
ミレーユは隣にいるリヒャルトをちらりと盗み見る。
子供達の反応にどう対応したら良いか分からないようで、明らかにおろおろと狼狽しているのが分かる。
「ち、違うのよ!みんな!彼はそういうんじゃなくて、あたしの護衛役で・・・」
「照れなくても良いよ、ミレーユさま!二人ともお似合いだよ、ねえっ?」
「うん!」
「・・・え、ええっ!?」
必死で誤解を解こうとするミレーユの話など、子供達は全く聞く気がないようである。
ミレーユはいたたたまれないこの場の雰囲気を何とかしようと、ふと思い付いたことを口にした。
「ね、ねえ、みんな!本物の騎士の剣さばきが見てみたいわよね?」
「ミ、ミレーユ!?」
ミレーユの言葉にリヒャルトはぎょっとするが、すぐに険しい顔付きに変わる。
「何を言ってるんですか、あなたは・・・」
「お願い!子供達に構え方だけでも見せてあげて!」
ミレーユはリヒャルトに向き直ると、両手を合わせてお願いのポーズをする。
更に、可愛らしくリヒャルトを見上げてくる。
何だかんだとミレーユに甘いリヒャルトが、そんな彼女の頼みを断れる筈もない。
「・・・分かりました。構えだけですよ」
渋々と言った感じで、溜め息を吐きながらリヒャルトが承諾してくれる。
「ありがとう!」
リヒャルトが引き受けてくれたことに、ミレーユはパッと心底嬉しそうな笑みを浮かべてお礼を言う。
可憐な花のような笑顔を見たリヒャルトは苦笑した。
結局、ミレーユに甘い自分はエドゥアルトのことは言えないのかもしれない。
ミレーユはリヒャルトにおもちゃの剣を渡すと、リヒャルトは何度か持ち手の角度を変えて握りを確かめてからスッと片手で剣を構えて見せた。
その瞬間、場の空気が静まり返った。
子供達でさえ、本物の騎士が纏う重厚な空気に触れ、息をするのも忘れる程見入っていた。
普段、お菓子をくれる優しいリヒャルトからはあまり想像出来ない騎士然とした姿を見て、ミレーユも思わずゴクリと唾を飲み込んでいた。
(やっぱり、リヒャルトって格好良いわ!)
「・・・これで良いですか?」
暫く構えの姿勢を取っていたリヒャルトが口を開いた。
その言葉でポーッとリヒャルトに見惚れていたミレーユも、ハッと我に返る。
「あ、ありがとう、リヒャルト!・・・みんなも良かったわね!」
ミレーユが慌てて礼を述べて子供達を見ると、まだ夢見心地の目をしていた。
ふと空を見ると太陽はすっかり傾き、そろそろ夕方になろうとしていた。
ミレーユには大人の責任として、子供達を帰さなければならない義務がある。
「さあ、みんな。今日はもう終わりよ」
ミレーユが子供達に帰るよう促し始めると、現実に帰ってきた子供達がそれぞれ手におもちゃの剣を持って帰り支度を始める。
「じゃあ、またねー!ミレーユさま!騎士さま!」
「また、遊ぼうねー!」
「さようならー」
一人、また一人とミレーユとリヒャルトから去って行く。
「ミレーユさま、あのね・・・」
すると、一人の男の子がミレーユとリヒャルトの傍に来て小さな声で呟いた。
「なあに?」
ミレーユは男の子に目線を合わせるように、しゃがみ込むと続きを促した。
「僕ね、大きくなったら騎士さまになるのが夢なの!」
そう嬉しそうに告げ、恥ずかしそうにリヒャルトをちらりと見上げてから走り去って行った。
ミレーユは何だか胸の内に温かな火が灯ったように感じた。
今はただの遊びの延長の打ち合いだが、こうした得た経験から子供達が夢を持ってくれることがミレーユは嬉しかった。
「・・・あの子達は」
リヒャルトが子供達の帰る姿を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「うん。お屋敷で働いてくれている人達の子供達よ」
今日遊んでいた子供達は皆、公爵家別邸の使用人の子供達だ。
帰る場所は邸宅内や敷地内なので帰る途中の事故等の心配はないのだが、流石に暗くなる前には帰さなければ親御さんが心配する。
子供達の姿が見えなくなったところで、ミレーユはリヒャルトに向き直った。
「リヒャルト、今日はいろいろごめんなさい。・・・あと、ありがとう」
恥ずかしそうに、だが嬉しそうにミレーユが礼を告げる。
リヒャルトはといえば、すっかり説教をする気が失せていた。
「いえ、大したことはしてませんが・・・」
「そんなことないわよ!子供達に本当の騎士の姿を見せてくれて嬉しかったわ!・・・やっぱりあたしが教えても、所詮は素人の付け焼き刃だし」
最後の方は、何故か少し落ち込みながらの口調になる。
「・・・でも、子供達と一緒に遊んでいるとサンジェルヴェのことを思い出すわ」
「サンジェルヴェでも、こうして子供達と遊んでいたんですか?」
ミレーユが懐かしそうに故郷のことを口にしたので、リヒャルトは興味を惹かれた。
サンジェルヴェでのミレーユをもっと知りたいと思った。
「うん。みんな商店街の子供達なんだけどね。良くこうやって打ち合いとかしてたのよ」
楽しそうに笑いながらミレーユが告げる。
リヒャルトは今日のミレーユの姿を思い出していた。
子供達と実に楽しそうに打ち合いをしていた。
サンジェルヴェにいた頃のミレーユもきっと、同じように子供達と遊んでいたのだろう。
「でも、あたしが16歳になった頃にライバル店が出店しちゃって、そっちの対応策に追われるようになっちゃってからは子供達と頻繁には遊べなくなっちゃったのよね」
ふうっと溜め息を吐きながら、ミレーユはすぐ近くにあったベンチにゆっくりと腰を下ろした。
今日のミレーユは子供達と遊ぶ為か、サンジェルヴェにいた時のような動きやすい服装をしていた。
「サンジェルヴェに帰りたくなりましたか?」
ふいに、笑顔が消えたミレーユを心配したリヒャルトが声を掛ける。
「・・・ううん、そうじゃなくて。・・・あたし、本当はね。男の子になりたかったのよ」
突然のミレーユの告白にリヒャルトは内心驚きながら、ミレーユの隣に腰を下ろした。
何も言わずに、じっと彼女の言葉を待つ。
暫くミレーユは寂しそうに俯いていたが、顔を上げて続きを口にした。
「・・・フレッドだけが養子に行くことが決まった時、あたしが女の子だから置いて行かれたんだと思ったの。男の子だったらフレッドと一緒に行けたかもしれないって思ったの。・・・まあ、それはそれでママとおじいちゃんを置いていくことになる訳だから複雑なんだけど。とにかく、その時のあたしはそう思ったの。フレッドと離れることが寂しかったんだと思う。それに、パン屋を継ぐのもあたしが男の子だったら、何の問題もなかった筈だって。条件付きのお婿さんを探す必要もない訳だし・・・。まあ、これもロイがお店を継ぐことが決まった今は、何の問題もないんだけどね」
ミレーユから深い溜め息がこぼれる。
すると次の瞬間、ミレーユは何かを思い付いたようにリヒャルトに向き直ると、楽しそうに口を開いた。
「あっ、でも!あたしが男だったら、フレッドみたいにリヒャルトと親友になれたかもしれないのよね!」
先程までの憂い顔は何処へやら、ミレーユは心底楽しそうに「もし」の想像をリヒャルトに告げてくる。
リヒャルトは軽く目を見開いて驚いたが、すぐにフッと笑い返して見せた。
「それは俺が困るかも」
「えっ・・・、困るって・・・」
まさかリヒャルトに拒絶されるなんて・・・。
思ってもみなかったリヒャルトの言葉に、ミレーユの楽しい気持ちが急速にしぼんでいった。
「きっと、俺が先に男として生まれてきたから、あなたは女性だったんですよ」
「えっ?」
ミレーユは意味が分からず、思わずリヒャルトを見つめる。
「言ってる意味が分からないわ、リヒャルト。どうしてあなたが男だったら、あたしが女になるのよ」
「そのままの意味ですが?」
「・・・そのままの意味って。ますます意味が分からないわ。そんなこと言ったら、もしあたしが先に男として生まれていたら、後から生まれてくるあなたは女になっていたってことになるのよ?」
「・・・そうなっていたかもしれませんね」
リヒャルトは優しい微笑を浮かべながら、ミレーユを見つめてくる。
(先に生まれてきたリヒャルトが男だったから、あたしが女になった?)
ミレーユは目をぱちくりしながら、目の前にいるリヒャルトを見返した。
(・・・これだから天然は、本当に意味が分からない)
「・・・もういいわ。悩んだあたしがバカみたいだったわ。それに、さすがにあたしも十七歳だし、今は現実を受け止めているから大丈夫よ」
男に生まれなかったからと嘆いたところで、性別は変わらない。
だったら女として何処迄、何が出来るか分からないけど頂点を極めてみようと思う。
「ありがとう、リヒャルト。あなたのお陰で、ちょっと気分が浮上したわ」
弱い自分を誰かに晒すことで、改めて現実を見つめることが出来そうだった。
「いえ、俺は何も・・・。あなたが前を向いて歩いていける人だからですよ、きっと」
「・・・ありがとう」
リヒャルトの天然発言にミレーユは顔が赤くなるのを感じながら、再度礼を告げた。
「さて・・・と。パン職人を目指す目標がなくなった今、これから熱中出来ることを見つけないとね!」
「頑張って下さい。俺も応援していますから。・・・あ」
「なに?」
リヒャルトは思い出したように、上着のポケットを探った。
ミレーユがきょとんとリヒャルトの手を見ると、そこには一包みの菓子らしき物が乗っていた。
「・・・もう一つ、あなたの気分を浮上させてくれる物がありました。どうぞ、これを。『貴婦人の誘惑』シリーズの新作タルトだそうです」
そう言うと包みをミレーユに渡す。
「わぁっ・・・」
受け取ったミレーユの目がキラキラと輝き出す。
「ありがとう、リヒャルト!どうして分かったの?あたしがこれを食べたかったこと!」
「・・・え?いえ、これはフレッドから、あなたに頼まれていたので渡してくれと・・・」
「え?あたしそんなことフレッドに頼んでないわよ?」
ミレーユは再びきょとんとしてリヒャルトを見返してくる。
そんなミレーユの反応を見て、リヒャルトはようやく合点がいった。
全てフレッドが仕組んだことだ。
恐らくミレーユと会う口実をリヒャルトに持たせてくれたのだろう。
お節介な親友の顔を思い浮かべて苦笑しながら、リヒャルトは目の前で可愛らしく笑うミレーユを見て、まあいいかと思うことにする。
「ねえ、リヒャルト。今日のこれからの予定は?」
「え?いえ、今日の仕事はもう終わったので、あとは宿舎に戻るだけです」
「じゃあ、一緒にお茶にしましょうよ!」
ミレーユは新作タルトを早く食べたいといった感じで、リヒャルトをお茶に誘ってくる。
リヒャルトはそんなミレーユが可愛くて仕方なかった。
「味見してみます?」
「そうね!ちょっとだけ中を見ていいかしら?」
贈り主はリヒャルトだと信じて疑っていないようで、ミレーユは確認をとってくる。
ミレーユがいそいそと包みを開けると、表面が美味しそうなきつね色をしたタルトが数個入っていた。
リヒャルトはタルトに見入っているミレーユの目の前から一つ取ると、
「はい、どうぞ」
ミレーユの口元に持っていった。
「・・・え?」
突然のリヒャルトの行動にミレーユは戸惑う。
何故、今そういう状況になっているのかが分からなかった。
「だ、大丈夫よ。自分で食べられるから」
慌ててミレーユはリヒャルトの申し出を断る。
「でも、さっきまで子供達と遊んでいたあなたの手は汚れている筈ですよ。俺の手の方が綺麗ですから、どうぞ遠慮しないで」
リヒャルトに言われてミレーユは自分の両手を見た。
確かに泥だらけだった。
「・・・あ、ありがとう」
ミレーユは何となくばつが悪そうにリヒャルトに礼を言うと、
「・・・あーん」
小さく声を出して口を開けた。
素直に口を開けたミレーユを見たリヒャルトが優しく笑ってくれた。
ぱくっと一口、リヒャルト手ずからタルトを食べさせて貰う。
食べた瞬間、上品な味が口いっぱいに広がった。
やはり『貴婦人の誘惑』シリーズは美味しかった。
ミレーユはもぐもぐと充分に堪能してから飲み込むと、食べかけのタルトを再び包みの中にしまい封をしてから勢い良くベンチを立った
「さあ!リヒャルト、早く行きましょう!」
そう告げると邸内へと歩いていく。
「ミレーユ、ちゃんと手を洗って下さいね」
「わ、分かってるわよ!子供じゃないんだから」
まるで子供に注意するようなリヒャルトの言葉を背に受けながら、ミレーユは今にも走り出しそうな勢いで早足で歩いていく。
その様子が子供のように可愛らしくて、リヒャルトはミレーユの背中を追い掛けながらいつまでも笑い続けていた。
〜Fin〜
<あとがき・・・という名の言い訳>
最後迄読んで下さり、ありがとうございます!m(__)m
今作はアルテマリス編のリヒ×ミレでした。
アルテマリス編なので微糖・・・の筈です(笑)。
タイトルの『ゆりかごの日常』は、
リヒャルトのキャラソン『Blue Sky,Blue Ocean』から連想しました。
「ゆりかご=アルテマリスの平和な日々」
ということで、『アルテマリスでの日常』という意味でした。
初めてリヒャルト手ずからのお菓子を食べるミレーユを描きました!
原作リヒ×ミレの二人には基本の筈なのに、
私の創作では初となるので念願が叶ってかなり嬉しいです!
今回の創作の裏目標は、
「日常の中のほのぼのイチャラブ」でした(笑)!
出来れば、最後のリヒャルトの台詞「手を洗って」は、
中村悠一さんの声で変換をお願い致します(笑)。
ここ迄ご覧頂き、本当にありがとうございます!
よろしければ、ご感想をお待ちしております!m(__)m


























リヒャルトさりげなくひどいし(笑)。
わたしはミレーユは剣より拳なイメージです。
拳で語る(笑)。
ところでカテゴリーわけが……。
楽しませて頂きました。
ありがとうございました。
ビズログの悟浄の発言には負けますが、十分甘いです。砂吐きです!
そういえば、今日(3月3日)はひな祭りですが、この世界にもそういうお祭りってあるんでしょうか?あったら面白いと思うのですが、どうなんでしょう?
あと3ヶ月の我慢で、こんな天然バカップルな二人を見れるのかと思うと、楽しみで仕方ありません!
きっとこんなマニアックなことを考えているのは私だけかもしれませんが、ミレーユの実家に挨拶に行ったら、ロイがどんな反応をするのか、きっと同盟の儀式や、結婚の許可をもらうのに、最低一度はアルテマリスに行かなくちゃいけないはずなので、『身代わり伯爵の冒険』で、リヒャルトのことをバカにしていたおっさん貴族たちが『シアラン大公エセルバート』として現れたリヒャルトに対してどんな反応するのか、せいぜい慌てふためくがいいわ!と楽しみなんです。
単に意地が悪いだけかもしれませんが(苦笑)
コルダ3ですが、私もどちらかと言うと、大画面でプレイしたい派ですし、PSPは万年肩こりの身では少し堪えるので、機会があれば、PS2のほうを購入しようかと思います。
アドバイスありがとうございました。
追伸
中村さんつながりで、『ヴァルキリープロファイル2』を再びプレイしています。
アクションは苦手なんですけど、マリオをプレイしている時のように、コントローラーと一緒に体も動かしながら、進めてます。
恥ずかしすぎるので、プレイ姿は家族には絶対に見せられません!!
この度も二次創作をご覧頂き、そしてコメントをありがとうございます!
こんなに早く読んで頂けて感想迄頂けるなんて、本当に嬉しいです!(ノД`;)・゚・
そして、桔梗さんにカテゴリー間違いを指摘されなかったら、全く気付かなかったと思います(笑)!ありがとうございました!
恥ずかし過ぎるので、すぐに直しました(笑)!
>親も盲目フィルター発動
エドゥアルトはある意味、リヒャルト以上かもしれないです(笑)。
>拳で語る(笑)。
そういえば、ミレーユは男の中の男でした(笑)。
今回、ミレーユが子供達とチャンバラごっこをして遊ぶイメージが、
『FF13』の召喚獣戦でヤサグレていた私の心に急に浮かびました(笑)!
エドゥアルトじゃありませんが、ミレーユが天使に見えました。
無事に『身代わり』二次創作11もアップしましたので、
そろそろ妄想から現実に戻って『FF13』をプレイしようと思います。
この度も二次創作をご覧頂き、そしてコメントをありがとうございます!
アップしてからほぼリアルタイムで読んで頂き、そしてコメント迄頂けるなんて・・・!
本当に有難いことです!(ノД`;)・゚・
>悟浄の発言には負けますが、十分甘いです。砂吐きです!
・・・あれ?
微糖・・・の筈(笑)?(´∀`)
悟浄の発言は、あれですね(笑)!?
「・・・俺の全てをかけて、あなたを愛すると・・・」
(一部抜粋)
ぐはあっ!( ゚Д゚)・∵.
何か、リヒャルトっぽいです(笑)!
>ひな祭り
「花の都サンジェルヴェ」とありますので、
リゼランドには春のお祭りとかがありそうですね!
そして、萌琉さまの数々の妄想に激しくときめきました(笑)!
アルテマリスでは下級貴族にしか過ぎなかったリヒャルトが、
実はシアラン大公エセルバートだったと知った時の周囲の反応が激しく知りたいです!
>コルダ3
PSPは何処でもプレイ出来るという手軽さはありますが、
テレビに比べると流石に画面が小さ過ぎるので、
長時間プレイは肩が凝りそうですよね。
少しでもお役に立てて良かったです。
>『ヴァルキリープロファイル2』
中村さんが演じているキャラがいるのですか!
私もアクションは苦手なので、残念ながらプレイしたことはありません。
中村さんの演技力は本当に素晴らしいですよね。
私も現在プレイ中の『FF13』が終わったら、乙女ゲーに復帰する予定です。
新作ラッシュで本当に困りますよね(笑)。
桜舞い散る素敵な新作ありがとうございます。
エドパパとリヒャルトさんの会話が大好きなので堪能させていただきました(笑)。
なんだか、前向きな気分になりました。
ずっと目指していた道を諦めざるを得なくなって、でも前向きなところにリヒャルトは惹かれたんでしょうね。
しかも、最後はちゃんと甘い部分があって、癒された上にほんのり甘い気分になれました。
素敵なお話ありがとうございました。
こちらでは、はじめまして(笑)。
この度は『身代わり伯爵』二次創作をご覧頂き、
そしてコメントを書き込んで頂き、ありがとうございます!
>エドパパとリヒャルトさんの会話が大好き
二人が揃うと、何だかほのぼのしていて(注:殺伐ではありません(笑))良いですよね〜(笑)。
叔父と甥なだけに、おっとりとした雰囲気が似ているのでしょうか。
少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです!
ありがとうございました!
この度も二次創作をご覧頂き、そしてコメントをありがとうございます!
>前向きなところにリヒャルトは惹かれた
「何処迄も後ろ向きなリヒャルトには、前向きなミレーユがお似合い」
と、原作でもアンジェリカが言ってましたね!(´∀`)
やはり、自分と正反対の人間に惹かれるものなのですね。
まあ、惹かれずに反発する場合もあると思いますが(笑)。
>前向きな気分に
>癒された上にほんのり甘い気分に
何て勿体なくて恐れ多い言葉を・・・!((((;゚Д゚)))
このような素敵な感想が書けるあかつきさまこそ、素敵な方なんだと思いました!(*´д`*)
私も、あかつきさまのコメントを読んで癒されました(笑)。
ありがとうございました。
新作が上がっていないか、日々見に来てました!
ストーカーチックですみませんwww
今回も素敵SSごちそうさまでした!
個人的にミレーユの
>(・・・これだから天然は、本当に意味が分からない)
がツボでした!
そういうミレーユだって天然の極みなんですけどwwww
それとリヒャルトが剣を構えて見せた所!
私は軍服フェチなのでw、あの格好で剣を構えて見せたら、
それはもう格好良いだろうと、想像して萌えましたwww
ありがとうございました(*^_^*)♥♥♥
この度も二次創作をご覧頂き、そしてコメントをありがとうございます!
>日々見に
す、すみません!Σ(|||▽||| )
毎回、足を運んで頂いたようで申し訳ないです・・・!(´;ω;`)ブワッ
頻繁に更新出来ず、楽しみにして下さっている方には本当に心苦しいです!
>そういうミレーユだって天然の極み
そうですよね〜。
ミレーユも天然だから、リヒャルトの口説き文句(?)に気付かないのですから(笑)。
>軍服フェチ
・・・白百合の隊服って、どうなってましたっけ(笑)?
白百合騎士団は、いつも上半身裸のイメージしかありません(笑)。
そして、リヒャルトは何故かコートを着ているイメージです。
もしくは、『誓約』と可愛い『同盟』アイコンの影響で、
私の中では青い服のイメージしかありません(笑)。
格好良くて好きです。
妄想が暴走するままに描いている二次創作ですが、
少しでも楽しんで萌えて頂ければ嬉しいです。
こちらこそ、ありがとうございました!m(_ _)m