イエローエンゼルの 小説集

明るい未来に歩いていこう
日々世の中の動きに目を向けつつ、希望をもって生きて行こう

比翼塚12

2016-11-07 00:30:06 | 創作
順二と初対面で、その夜のうちに愛し合ったあの海水浴の日の夜、満月はきれいだった。あれから満月を見るたび、スミレの体はかすかに震えた。冬の乾いた舗道からふと見上げる満月。温泉の露天風呂から、乳房をあらわにして見上げる満月。どの満月にも、スミレの体はかすかに揺れた。     
 順二はスミレを初めて抱いた日を覚えていて、それを「愛の記念日」と名づけ、わざわざ休みを取って、ずばりその日に旅行に行こうと言ってくれた。スミレは温泉旅館の格子戸の部屋のたたきに、順二と自分の靴が並んで脱ぎおかれている光景を思い浮かべた。
 順二のピカピカに磨き上げられた黒い靴。それに寄り添うように、自分の可愛い靴を並べたかった。それで、今日はデパートまで靴を買いに行ったのだ。
 スミレは少女が履くような可愛いリボンのついた水色の靴を、箱から出して、マンションの上り口に並べてしばらく眺め、にっこりした。
 夕食が出来上がった時、インターホーンが鳴った。スミレは走って行ってマジックミラーを覗き、鍵を開けた。
 順二はさっとドアを開け、入ってきた。順二が入って来る時小さいつむじ風が玄関に舞った。順二の周りにはいつもつむじ風が舞っている。スミレはその感じが好きだった。
「あれ、誰か来ているの?」と、順二は新しい靴を見て言った。
「誰も来てないわ。これは、『愛の記念日』に履いていく靴なの。新しいの買ったのよ」
「そうか、スミレは気が早いんだね。それにしても可愛い靴だなあ」
「そうでしょ、順ちゃんと出かける時は、可愛いお姫様みたいになるの」
そう言ってから、義姉に対抗するように順二のほっぺにキスをした。順二はスミレを強く抱きしめ、ベッドルームへと連れて行った。
 スミレは、同窓生の全部の敵意に挑みかかるように、激しく順二に呼応していった。
 順二は静まると、
「どうしたの、今日のスミレは今までで、一番激しかったね」
と、スミレの顔を覗き込んで言った。
 スミレは松代に言われたことは順二には言いたくない。本能的に自分に不利になるような言葉は隠しておかなければならないと思った。
「順二さんが記念旅行に行こうと誘ってくれたことが嬉しいからよ」と答えて「うふふ」と笑った。
 義姉から電話が来て、父親を施設に入れる相談があった事も言わなかった。順二の耳に世俗の雑音を入れたくなかった。順二は、ただただ私を可愛がってくれたらいいんだわと、自分に気を引くことに集中した。
「ちょっと、お腹がすいたなあ」と順二が言った。
スミレはその一言でさっと立ち上がり、ベッドの下に散乱していた薄物のワンピースだけを拾い上げて着、下着は何も着けなかったので、体が透けて見えていた。動きにつれて揺れる布の下で、均斉のとれた肉体が伸びたり縮んだりする姿が、順二にとってはこの上もない可愛さとして映るのだった。スミレがそうするのは、順二の気を引くための計算済みの事だった。今となっては、取り返しのつかない十年だった。あの気位高く生きた自分が、こんなバカな姿にまで落ちていると思うと、これでいいのかと、自問自答するが、その十年の飢えが、順二の手にかかって喜びを知って以来、がむしゃらに快楽をむさぶる自堕落な女に自分を変えてしまったと感じるのだった。もう自分ではどうしようもなかった。誰にも邪魔されない蜜のような二人の世界を築きたかった。
スミレは、ステーキを焼き、デパートに出かける前に作っていたサラダと冷スープを冷蔵庫から出し、よく冷えたビールで乾杯して食事をとった。
「あの、一年前の海水浴の中井君なあ、社内恋愛して、結婚するんだと。全然知らなかったんだけど、結婚式に招待されてびっくりしたわ」
「へえ~、それはいいニュースね。どんな人?」
「人事部で働いている事務の子なんだけど、僕も一度しか見てない子なんだ。可愛い感じの子だったよ」
「よかったわねえ。中井君イケメンなのに、彼女がいないってあなたが言ってたので、選り好みが激しいのかしらと思っていたけど、よかったわ」
「彼女がいないってのは、どうも隠していた節があるな」
「そうでしょうよ。中井君ほどのイケメンに彼女がいないはずはないわ」
「部長がね、スミレによろしくと言っていたよ。部長はスミレに一目惚れだったらしく、僕のことをやっかんでるよ」
「嘘。私そんなにもてるのかしら?」
「そりゃ、男ならわかるよ。スミレがどんな女かということが」
「私、浜辺で最初に会った時、あんな水着来ていて、今から思うとちょっと恥ずかしいわ」
「いいんだよ。あの時の全身むき出しのような姿があったからこそ、部長も気を引かれ、声をかけたんだよ。部長が声をかけたから、僕も勇気が出て、スミレの誘いが来るように仕向けた。そして今があるのだもの。あの、本当に小さい布で覆われた体から、布に隠された部分を想像して、すごく興奮したものだ。スミレは本当にいい意味で真のメスだと言える」
「ちょっと、やめて、私そんなメスなんて言われる下卑た女じゃないわ。気位高く生きていた女なのよ。その気位をへし折って、メスみたいな女にしたのは誰?」
「メスだから可愛いんだよ。さあ、ひと汗流そう。風呂に入るわ」
「順二さんは、もっとインテリジェンスのある人と思った、メスなんて言葉使う人と思わなかったわ。私、高校時代、クラスメートから理知的な人と言われていたのよ」
そう抗議しながら、スミレは今日の松代に向かってはいた、ちっとも知的でない下品な言葉を思い出していた。いつから自分はこんな女になったのだろうと、無口になってしまった。
「湯を入れるよ」と言って、順二は立ち上がった。

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