さきち・のひとり旅

旅行記、旅のフォト、つれづれなるままのらくがきなどを掲載します。 古今東西どこへでも、さきち・の気ままなぶらり旅。

ナフプリオンの朝 ~少年シュリーマンの夢

2016年10月19日 | ギリシャ



朝のまだきに生まれて指が薔薇色の曙の女神が姿を現しました。平たく言えば、
日が昇ったぞ、と(^益^)b 今日も天気がいい。ちなみにギリシャの夏は、乾期で
ほとんど雨が降りません。なので傘を持ってきませんでした。それがまた・・・
というのはあとでお話しします^^;



さすがリゾートホテル。朝から豪華。ちなみにコーヒーを持ってきてくれた
お嬢さん、小さい顔のギリシャ美人なのですが、スタイルがほれぼれするほど
どかーん!と古代の彫刻たちもそろって敗北宣言を出しそうな見事さ。一瞬
カメラにおさめたい、と邪念にとらわれましたが、さすがになあ(*´д`*)ノシ



オリーブや生ハム、サラミが美味しかったので、ワインを飲みたかった…w



デザート系統の焼き菓子もたくさん。でも朝からあまり食べられないので、残念
ながら一度も手を出さなかったなぁ。



私が毎日食べたのは果物。イチジクも葡萄も旨かったよー。ちなみに、多くの
西洋人たちは皮ごと食べるし、種も食べちゃいます。俺はヤなので出します。
なーんかお行儀が悪くて、食べたあとも見苦しい感じになっちゃいますwww



さあて出動!砦から街に降りて行きます。



部屋のベランダから見えていた海上の要塞。



後ろを見ると、陸の要塞。右端が滞在しているホテルなのです。



南国ですよねえ(^益^)w


さてこの日は、はるばるナフプリオンにやってきた目的であるティリンスの遺跡を
見に行きます。そこはシュリーマンという、古代の伝説に魅せられて、本当にその
遺跡を掘り出してしまったという、夢に生きた男の物語があるのです。これから
少しずつ、そのシュリーマンという人を紹介してゆきましょう。


ハインリッヒ・シュリーマン(1822-90)


プロイセン王国(ドイツ騎士団国にはじまる、現在の北部ドイツあたりにあった国)生まれのシュリーマンは、牧師の子供で9人兄弟の6番目の子でした。幼いころから神秘的なもの、不思議なものへ関心を示し、亡霊が出るという話や廃墟に隠されている財宝といった話に夢中になる子供でした。「盗賊の墓から足がはえてくる」といった地元の伝説を聞いたときには、「自分で墓を掘らせてほしい」と真剣に父親に頼むようなこともありました。

シュリーマンは8歳のときに、「子供のための世界歴史」という本をもらい、そこにはトロイの街が燃え上がる挿絵があったのです。ホメロスという紀元前8世紀の詩人が書いた、アカイア(ギリシャ)とトロイ(トルコ北西部)の戦争の様子で、少年はそのリアルさに胸を躍らせます。お父さんは「ただの作り物の絵なんだよ」と言うのですが、少年は実際に戦争があったというのなら、それはどこかに実在しているはずで、発掘すればその遺跡が出てくるはずだ、と確信したのです。それが彼の夢となり、のちのライフワークとなるのでした。

シュリーマンは11歳でギムナジウム(大学へ進む準備をする学校)に入学しますが、家計が苦しくて大学への進学はあきらめ、職業訓練学校に入り直し、卒業して食品小売店の小僧になりました。朝の5時から夜の11時まで忙しく働く生活が5年も続きました。気の毒に勉強をしたくても、全くそんな時間はありませんでした。

あるとき重い樽を持ち上げたときに胸を痛め、吐血して仕事ができなくなりました。職を失い絶望的な気持ちになり、大きな町であるハンブルクまで歩いていき、仕事を探しました。しかし胸の痛みと吐血のために雇ってもらえず、無一文のため、とにかくどんな仕事でもしようと船の給仕になるのです。それは南米のベネズエラ行きで、少年は19歳でした。

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