角館草履の『実演日記』

〓袖すり合うも多生の縁〓
草履実演での日々の出会いには、互いに何かしらの意味があるのでしょう。さて、今日の出会いは…。

はじめまして…事前エントリー。

2016年06月24日 | 実演日記



角館あきんど塾が主催する未婚男女の夕食会「はじめましてからはじめましょう」。チラシ裏面に必要事項をご記入のうえFAX送信をお願いしておりましたが、このたびネット上で簡単にお申し込みが出来るようになりました。
ひとまず事前エントリーとしてご登録いただき、開催日が確定したところでメールを差し上げます。その日は都合が悪い、あるいはやや気乗りしないなどの場合、「不参加」でご返信いただければそれで結構です。年数回の開催を予定しておりますので、その後もご案内を差し上げます。

一回の参加人数が男性5人・女性5人を基本としておりますため、事前エントリーされたすべての方へ、毎回必ずご案内を差し上げるとは限りません。これは男女共に同じ顔ぶれが続かないようにする配慮もございます。
また、ご友人や知人で5人グループを作れるようであれば、随時開催も可能です。


「はじめましてからはじめましょう」facebookページはhttps://www.facebook.com/hajimemashite.deai/?ref=aymt_homepage_panel

事前エントリーはhttp://www.kagudade-zouri.jp/hajime/ent.html

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想い出の実演日記 第三話

2016年06月20日 | 実演日記
「じいさんへの道」2010年9月1日

九月に入ったばかりのその日、角館は朝から夏の太陽が降り注いでいました。その日はテレビ収録の予定があり、時刻が近づくとさすがにやや緊張感があったものです。番組名は「ちい散歩」、さまざまな役柄をこなすベテラン俳優でありながら、遠い存在ではないイメージを持っていました。おそらく私は、地井武男という人物に関心を持っていたのだと思います。

西宮家に入って見えた地井さんは、自然な足取りで草履実演席まで進みます。番組スタッフは立ち寄り先を知っていますが、地井さんはそれを知らされていません。自然な…というのは演技ではないことになります。
『んっ、これはなにを作ってらっしゃるのですか?』。出会いはこの言葉から始まりました。

丸太椅子に腰を下ろし、地井さんとのやりとりは15分ほどだったと思います。その間に訊かれる一つ一つが、日頃旅人から訊かれる内容と何一つ違いがありませんでした。それはつまり、地井さんが私との時間を素のままで愉しんでくれたことに他なりません。嬉しかったですね。たった15分ですっかりファンになりました。

もう一つ強く感じたのは、周囲のスタッフです。照明さんも音声さんもカメラさんも、皆20代から30代ほどとお見受けしました。そのみなさんがニコニコ顔で仕事をしているんですよ。確かに地井さんと私の会話で笑える部分はありましたが、彼らの笑顔はそれとやや違って見えました。それは、「地井武男さんとの仕事が楽しくて仕方ない」がぴったりでしたね。

そんな地井武男さんは、収録から二年も経たない2012年6月29日に還らぬ人となりました。テレビで訃報を聞き、その日の夕方お悔やみのメールを送った相手は、「ちい散歩」のADをされていた20代の女性です。彼女は収録の数日後、ホームページからメールで草履のご注文をくださっていたわけです。

4~5日経って彼女から届いた返信には、地井さんとの想い出が綴られていました。その一部にあったのは、「地井さんを思い出すのは地方ロケなんです。泊まりの宿でずっと地井さんのお話を聞けたのが、なによりの想い出です」。
20代の女性が70歳のおっさんに対して、「その会話が想い出」といいます。私は自身が目指すべき将来像を、彼女の言葉にしっかり見えた気がしました。

「地井さんへの道」は、理想的な「じいさんへの道」です。それを教えてくれたのは20代のADさんでした。これからもお若い女性との出会いから、きっと何かが得られると確信しています。
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店主が作者。

2016年06月18日 | 実演日記
JR東日本大人の休日倶楽部乗り放題チケット期間が、今月23日から始まります。直前の角館は、やはり新幹線で降り立つ人影が多くはありません。今日は雨上がりに思い立って訪れたという感じの、秋田県内のお客様が多く感じられました。年に数回角館散策を愉しむ人々は思いのほか多く、草履のご愛用者ではなくともお顔馴染みさんが多数おられます。

能代市からお越しのご年配グループも、年に二、三度お越しでしょうか。そのたびに実演席の丸太椅子へ腰を下ろし、しばしの休憩をとっていかれます。一人のおじさまが言うのは、『それにしても角館っていうところは、ものづくりが盛んだな』。
国の伝統工芸樺細工を始め、イタヤ細工、白岩焼、押絵等の雛人形や吊るし雛、パッチワーク愛好家も結構な人数に上ると云われます。おじさまは角館草履もそんな一つと思ってくれたのでしょう。

多様な手作り品が一堂に会するイベントは、世の中に案外多く存在します。人気を集めるイベントになると、車が置けないほどのご来客数とも聞きました。年に一度、二日か三日しかないチャンスであれば、興味を持つお客様がこぞって訪れるのになんの不思議もありません。それは「一堂に会する」という点が大きな魅力なのだと思うんですね。

私がずっとイメージしているのは、「街がいつでもイベント会場」です。角館の中心部面積などクタクタになるほど歩かなくていいですから、その中に点々と立ち寄れる手づくり品のお店があったら、それは「街がいつでもイベント会場」になり得るのではないかと思っています。
願わくば仕入品が多数を占めるのではなく、「店主が作者」がより好ましいでしょう。それは私の経験則でいくらでもご説明が適います。
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仕事と遊び。

2016年06月17日 | 地域の話





今日の草履は、仙北市内の女性のオーダー草履です。お近くにお住まいのため、先日入荷したばかりの日暮里生地からお好みをチョイスしていただきました。
そして編み上がった草履を彼女の職場へお届けです。昨日のお休みを「遊び」としたのは、わらび劇場で二度目の「ハルらんらん♪」を観るためだったんですね。女性の職場というのはわらび劇場というわけです。

昨日の観劇には西宮家の料理長を誘いました。わらび劇場へ入ったことのない料理長と休みを合わせ、一度連れて行く算段をしていたわけです。観劇だけでもずいぶん感心していた料理長をさらに楽しませたのは、小道具製作室の見学でした。小道具さんには無理なお願いを快く迎え入れていただいたうえ、カツラ姿で戯れてきました。遊ぶときには徹底して遊ばなければいけません。それがまた仕事への活力ですからね。




そして夕方からは、わらび座内の食事処「ばっきゃ」で夕食です。役者さん、大道具さん、小道具さん、そして「今日の草履」のご注文主である音響さんも加わり、総勢10名ほどの賑やかな夕食会となりました。二時間前に舞台に立っていた役者さんたちと酒を酌み交わすのは、とても面白いものです。酔うと裏話も出てきますしね(笑)

愉快な一日を過ごしたわけですが、お休みの日に限ってお訪ねのお客様があるものです。昨日も県外から一組のご夫婦が私をお訪ねだったとのこと。本当に申し訳ないと思います。たまの遊びも大事、仕事はもちろん大事、痛し痒しというところでしょうか。
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足の神様「足王山」。

2016年06月16日 | 地域の話
角館の中心部から車で5分ほどの「釣田」という集落に、足の神様を祀る小さな神社があります。「足王山」と呼ばれるその神社の存在は知っていたものの、遅ればせながら今日初めてお参りしてきました。

足の健康維持あるいは疾病完治を願って、無数の履物が奉納されていました。草履職人となって十二年、いささか遅い初参りでしたが、これからは折に触れ参詣したいと思っています。










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16日お休みです。

2016年06月13日 | 実演日記







今日の草履は、奈良市の女性のオーダー草履です。昨年の秋初めてお会いし、そのときはご自分用をオーダーくださいました。ご自宅で履き始めると間もなく、小学生の息子さんが興味を持って履きだしたそうです。このたびまた当地を訪れるにあたって、今度は息子さん用のオーダーと相成りました。
明日の便で出発します、どうぞお楽しみに~(^^)/

子供が一心不乱に草履実演を見ているケースは珍しくありません。それは人の手で何かを創り上げていく過程を見られる場面が、世の中に少ないためと思っています。それとは別に、「和」の心を強く遺伝子に持つ子供が確かにいますね。奈良市の男の子もきっとそうしたDNAを色濃く持つのでしょう。ぜひ一度お連れくださるようお母さんにお願いしました。

さて、16日をお休みとさせていただきます。普段のお休みは手の休養が主な理由ですが、16日は私に珍しく遊びの色が濃い休日です。特段遊び好きのDNAを強く持っているわけではありません。



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想い出の実演日記 第二話

2016年06月11日 | 実演日記
「将軍の末裔」2013年5月25日

おおむね三年前の話です。朝から青空が広がり、新緑を散策する人々がとても気持ちよさそうな一日でした。ひとりの女性がふらりと入って見えたのは、昼下がりだったと記憶しています。白っぽいワンピース姿で、お見受けするところ四十歳くらいでしょうか。どこかに気品を感じたものです。

女性は草履素材のイ草を見つけると、「これはどちらのイ草ですか?」。言葉のアクセントに九州を感じ、熊本県の八代とお答えしました。「あたし長崎から来ましたの。愛犬を連れて一人で車の旅をしてます~!」。
長崎県大村市にお住いの女性は、出発から二十日目で角館を訪れたと話していました。

大村市と角館は戊辰戦争で浅からぬご縁があります。でもその経緯を女性は知りませんでした。知る限りの史実をお教えすると、女性はややいたずらっぽい笑みを浮かべて、「あのぅ、実はあたし、一橋慶喜の子孫なんですぅ」。
バッグから取り出した船舶免許で私に氏名を提示し、そのうえ一橋家の一員でなければ知り得ないであろうエピソードを数多く教えてくれました。草履を編む手はとっくに止まったままでしたね。

血統の良さとは裏腹に、とても気さくな女性でした。西宮家から徒歩5分ほどに、幕府側とは敵であった官軍墓地があります。現在お暮しの大村藩士も埋葬されていますから、女性にそのお寺を教えると、「じゃあ今から行ってきま~す!」。
小一時間ほどでお戻りになり、「途中のお菓子屋さんで名物を買ってきましたよ~」。無邪気といいますか、人の好さがよく分かりました。

お帰り際に西宮家の米蔵をしみじみ眺め、ぼそっと呟いた言葉が忘れられません。「昔はお金持ちだったんでしょうね…」。
徳川最後の将軍慶喜は大政を奉還し、将軍も幕府もなくなりました。代わる新政府に多くの資産を没収されたご先祖を、彼女なりに悔やんだのかもしれません。

今にして想えば、なぜその日の夕食に誘わなかったかが私には悔やまれてなりません(笑)
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想い出の実演日記 第一話

2016年06月08日 | 実演日記
「盲目の青年」2012年4月30日

その年は桜の開花が平年より遅く、その日4月30日でも満開まであと一歩というところでした。夕方近く三十代前半と思しき男性が、付き添いの女性に手を引かれ入って見えました。彼が盲目であるのは私もすぐに気づいたものです。女性が実演席の様子を説明すると、彼はニコッと笑い丸太椅子に腰を下ろしました。彼の手に草履を触らせると、さらに笑顔を増して試し履きをし、女性が教える配色から一足をお買い上げになりました。

彼はおしゃべりの中で、とある小説を私に教えてくれました。かつて朗読でその物語を知ったそうです。旧家のお屋敷で草履を編む私の姿を脳裏に浮かべ、ふとその小説が思い出されたといいます。
その後間もなく書店へ出向き、その本を手に入れました。読み終えて、彼との出会いはとても大きなご縁であったと知ることになります。

山本周五郎著 「武家草鞋(ぶけわらじ)」

主人公の宗方伝三郎は出羽の国新庄藩藩士。200石の書院番を勤める家の跡取りですから、まずそれなりの侍といえるでしょう。彼の生まれ持っての真面目さは、尊敬されるどころか周囲から疎まれる始末。けれども清廉潔白をなによりの信条として育った彼は、イイ加減なことなど死んでもできない性分でした。

あるとき新庄藩に家督問題が起こります。男子がみな早世し、跡目相続に二人の候補が挙がりました。現在の藩主が推す人物を皆は「可」としますが、宗方をはじめ数名が後々禍根を残すことを理由に異を唱えるんですね。そして反対したことの責任をとって、自ら藩を退くことになります。

宗方は江戸に出ました。侍でなくてもいいから、実直に過ごせる住処を捜し求めます。しかしときは元禄、大衆文化花盛りの江戸は、お金に遊びに人々が血まなこになっていました。彼がそんな世相に順応できないのは当然。世の中に失望した彼は、死に場所を求めて彷徨うことになります。

お金も使い果たし、歩く力もなくなったとき、彼を助けたのはとある老人でした。孫娘とふたり慎ましく暮らす老人宅で、宗方はしばし休息をとります。
やがて知ったのはふたりの素性。実は孫娘ではなく、孤児だった女の子を老人が引き取って育てていたんですね。幸せとは言えない女の子が懸命に生きる姿を見て、宗方もまた生きる道を選びます。

生きるためには仕事が必要です。宗方が選んだのは「ワラジ職人」。新庄時代、武家が履くワラジはその家人が作っていました。長い旅でも合戦でもすぐに壊れないよう、その丈夫さは定評があったんですね。
そのワラジは近くの問屋に卸し、旅籠に置かれました。次第にその丈夫さが噂となり、「宗方作」として注文が舞い込むようになります。

しかしまたしても、宗方には許されぬ事態が起こりました。問屋の手代が彼に言うのは、『あなたのワラジは丈夫すぎて数が売れない。それでは商いにならないから、少し手を抜いて早く壊れるようにしてくれないか』。
これで宗方のワラジ職人生活が終わります。

また死に場所を探してさすらいの旅に出ようとする矢先、老人宅に宗方を訪ねる人物が現れます。自分がここに住んでいることを知っている人間など、そう多くありません。見当もつかず玄関に進むと、ひとりの武士が立っています。それは新庄藩の同僚でした。

彼が言うのは、『殿様から帰参のお許しが出ている。ほかの皆はすでに帰参、残るはお前だけだ。さぁ、早く新庄へ帰ろう』。彼はこのことを宗方に告げるため旅をしていたわけです。
しかし宗方にどうしても分からないのは、なぜその同僚が自分の在り処を探し当てたかです。

彼の答えは、『お主、ワラジを作ったであろう。袋井と申す宿でワラジを買った。履き心地にどこか覚えがあるのでよく見ると、故郷の新庄でわれわれが作る武家草鞋だ。そこで宿へ戻り問屋を尋ね、この家を教えられたのだ』。



履いただけで作者が分かる草履。見ただけで、触っただけで角館が浮かぶ草履。何年かかろうともこれを目指すと誓った、四年前の出来事です。
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押し付け頒布。

2016年06月06日 | 実演日記
5月24日のブログで触れたフリーマガジン「Sぷれっそ」が、一昨日発刊されました。これまで何度か印刷物に載ったものの、なかなか上手い記事構成と感じています。私もブログやfacebookで日常に文章を書きますから、こうした記事にはそれなりの関心がありますね。発行人が知人だからではなく、校正したい箇所は一つもありませんでした。

土曜日に私の元へ届いたとき、仙台市のご夫婦がちょうど草履の配色選びをしておりました。刷り上がったばかりの「Sぷれっそ」お見せすると、ことのほか喜んでくださいましたね。なんかこちらも嬉しくなります。これに味をしめ、草履お買い上げのお客様に「Sぷれっそ」の押し付け頒布を始めました。残り10部ほどですが、今西宮家で角館草履をお買い上げの方に、もれなく「Sぷれっそ」が付いてきます(笑)



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角館の「がっこ」。

2016年05月30日 | 実演日記
実演席に座っておりますと、草履とは無関係の質問も数多くあります。遠く県外から訪れる旅人にしてみますと、見るもの聞くものが非日常であり新鮮なのでしょう。東京からお越しのご夫婦に今日訊かれたのは、『“がっこ”ってなんのことです?』。
西宮家にある五つの蔵のうち一つは「がっこ蔵」と表示されていますから、一年に10回は訊かれますね。まず「よくある質問」に入るでしょう。

秋田県を何度か訪れていれば、「いぶりがっこ」を一度は食べた、あるいはお土産に買ったという方が多いんじゃないでしょうか。素材は主に大根で、桜のチップなどで燻した大根の燻製と考えていただければよろしいかと思います。
味付けは生産者の秘伝で、それはさまざまに漬けられます。近年は味が濃い、少ししょっぱいくらいが人気という話もありました。

さて「がっこ」ですが、これは「いぶりがっこ」に限ったものではなく、漬物を総じて「がっこ」と呼びます。浅漬けであろうが味噌漬けであろうが奈良漬けであろうが、秋田ではすべてが「がっこ」というわけですね。
ではこの「がっこ」、名前の由来はどこから来ているのか。実はとても雅な名前が語源となっているんです。

藩政時代秋田藩には、京都のお公家さんと浅からぬご縁がありました。角館を統治した佐竹北家においても同じ事情があり、京都の文化が色濃く伝わっています。その京都公家社会では漬物を「香のもの」と呼び、さらに美しい言葉として「雅香(がこう)」がありました。秋田へこれが伝わり、やや訛ったのが「がっこ」という説が有力なんですね。田舎くさい響きながら、語源を辿ればとても優雅で面白いと思います。

角館には古くから土地に根差した料理が少ないと云われます。確かに大館市のきりたんぽや、湯沢市の稲庭うどんのようなメニューは見当たりません。あえて言うなら、私は「がっこ」ではないかと思っています。それぞれの家が秘伝の漬物を持っていて、味噌から自家製の「タイムイズマネー」を言うのなら、そのコストはとてつもない金額になるでしょう。角館の「がっこ」には高いプライドがありますよ。

今日ご質問のご夫婦にも、ここまですべてご説明しました。これから角館の漬物を見る目が変わってくれたら嬉しいですね。
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