How many rivers must I cross? I don't know...

幸せになりたくて川を渡る・・・

立ち位置は様々であり、軽々しい発言はご法度です。

2017-10-20 01:10:22 | 鮭一の徒然

ツイッターで、気になる投稿が立て続けにあった。
続けて上がってくると、黙ったままでは居られなくなる。

一つ目はこれ。
【ツイート転載】
仕事のストレスで休職し心療内科では色んな薬や漢方がコロコロ変わりなかなか改善が見られない私に、マッマが「この薬をためしてみぃ」って処方してくれたんだけど今までで一番効きそうだし小鳥にも好かれたい。






それに対して僕は引用ツイートしたわけですよ。
【引用ツイート転載】
感じ方は人によって様々なのね。僕だったら腹が立つよ。頭で判っていても自身でどうすることもできなくて悩んでいるのに馬鹿にしてるのかって。そしてその後寂しくなる。やっぱり他人には解らない病気なんだなって。しかたないね。



ここまでならまだよかった。
偶然なんだけど、同様のネタで全く別の方が投稿した。

【ツイートを転載】
うつ病と診断された人の話で、医者に「食欲ありますか?」と聞かれて「お腹は空きます」と答えたら、「『栄養のため何か食べないと』と思うのは食欲じゃない。『食べたいものがある』のが食欲です」と言われたらしく、しばらく食べたいものが思い浮かばない人は要注意。

それに対して僕はまた引用ツイートしたわけですよ。
【引用ツイートを転載】
不快。状態や症状は人によって異なるし、同じ人でもそれは一様ではないんだよ。変化したり波もあるのだよ。僕は比較的軽い症状で収まって回復できたけど、本当に辛くて苦しんでいる人も数多くいらっしゃる。軽々しく病気のことを言うなよ。失礼なんだよ。苦しめることになるんだよ。





発症した人でないとどういうものなのかなかなか分からないのですよ。
「そんなこと言わないで。突き離されているようで寂しくなる。」と言われたこともある。
「ごめんね」と返したけど、心の中ではこう思ったよ。
「きみに一体何が分かるというのだ?軽々しく『あなたのそばにいるよ』的なことは言うもんじゃない。たいていの場合、『そばにいるよ』的なことを言った友人は嫌気が差して離れていくんだよ」。



頭が痛くなったり、腹が痛くなったりする。
でもそれは自分の意思で痛みを抑えたり終息させることは普通の人間ならばできない。
自然回復を待つか服薬する。

うつ病もそれと同じなんだ。
「ああ、気持ちが落ちていくな」と自分でも判るんだ。
でも頭痛や腹痛と同じで、自分の意思でそれを落ちないように制御することはできない。
「ああ、落ちる落ちる、落ちるよ」と思いながら為す術がない。

困るのは頭痛、腹痛のように身体の器官や部位の症状ではないということだ。
「気持ち」「意思」に関わる症状なのだ。
だから「そんなの気の持ち様でどうにでもなるでしょう?」などと言われる。

いや、どうにもならないから困るんだよ。
どうにかできればうつ病ではないんだよ。
「ああ。落ちる落ちる。仕方ない、脳内の分泌物の加減でこうなるんだ。仕方ない」とか頭では分かっても、落ちるのを止めたり上昇させたりすることは自分の意思ではできないのだよ。
どうにもできないから服薬するのだよ。
難しいのは人によって適した薬の種類や量がまちまちなのだよ。
頭痛や腹痛でもそうだろうけど、うつ病の場合もっとデリケートなんだよ。
しかも即効性はないのだよ。
回復するのに時間がかかるんだよ。
だから薬だけに頼らず、うつ病になりにくい生活をするよう心がけて、少しずつ根気よく直さねばならないのだよ。

こういうことを文章にして読んでもらっても、内容について理解はできるけど、感覚として実感やイメージが抱けないという人が殆どなんだよ。
だから普通の友人は皆投げだして寄り添ってくれなくなる。
はっきり言って面倒になるんだよ。
家族にだって分かってもらえないんだよ。
「ついこの前まで仕事に行けたじゃない。気の持ち方次第でしょう?」と絶対に言って欲しくない言葉が出てくる。



幸いにも僕は症状の軽い段階で自分にあった薬の種類と量を見つけることができた。
良き医師にも出会えた。
すっかり回復して通院も服薬もせずもう4年近くになる。
たまに危険信号を感じることもあるけど、対処方法は心得ているので凌げる。
「凌げるようになった、病気を飼いならすことができた、うまく付き合っていく術を見つけた」ということは、凄い自信と強みになる。

でも、世の中には苦しんでいる人たちも大勢いらっしゃる。
うつ病だけでないよ。
病気に関しては軽々しく発言するものではない。
傷つく人がたくさんいるよ。

 

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映画のような音楽

2017-10-12 22:20:55 | 音楽徒然

「映画音楽」。
要するに、映画の主題歌だったり挿入歌だったり、「サントラ」と呼ばれるものに収録される音源たちのことを言うと思っている。

そうではなくて僕は今「映画を観ているような気持ちにさせてくれる音源」のことを言っている。

静かな秋に、それは夜でなくてもいいよ、昼間でもいいよ、山の方に行って紅葉やら黄葉やらを眺めながら聴いていてもいいよ。
いいよ、というか、僕はそんな秋に聴きたくなるよ。

The Divine Comedy / Your Daddy's Car  (タイトルをクリックで音源に跳びます)







The Divine Comedy / Everybody Knows That I Love You  (タイトルをクリックで音源に跳びます)





The Style Council / The Paris Match  (タイトルをクリックで音源に跳びます)

 

 

過去に、20代の頃に自身で作った曲に "A Farewell to Knee" という曲があります。
それを聴いた当時の恋人は言いました。
「映画を観てるみたいな曲だね」。
自分でもそう感じていたので嬉しかったな。
尚、その曲の公開はまた別の機会に・・・と言っておけば、聴きたくない人たちが助かるでしょう。

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機会があったら聴いてみてくれ、死に体の音楽を(大変失礼な言い様で恐縮ですが)

2017-10-11 22:55:16 | 鮭一の徒然

単なる日記ですよ。
釣りネタでも何でもない。


昨年の11月頃にぎっくり腰をやってしまった。
その際、整形外科に診察してもらったのだが、念のためレントゲン撮影をした。
いや、ぎっくり腰の診察ついでになかなか治らないテニス肘(正式名称は上腕骨外側上顆炎(じょうわんこつがいそくじょうかえん)、別名は二代目琥珀本流エアマスター肘)について尋ねたら、念のためレントゲンを撮りましょうということになった。
なんなら腰もレントゲンを撮りましょうか・・・。

というわけなのだが、その時に判明した。
以下ご自身も釣りをやるという医師の言葉。
「いやあね、肘は通常のテニス肘というやつで特に心配はいらないんだけどね、腰がねえ。腰椎分離すべり症ってやつなんですよ。幼い頃にスポーツやってた?」
「肘はいいですよ。解禁までまだ4カ月あるでしょ。治る治る。それより腰は気をつけてね」

とまあ、こんな軽い感じで説明してくれた要旨は以下の通り。
治るものではない。
一生付き合っていかねばならない。
症状が酷くなれば手術をすることもあるけど、日常生活に支障が無ければ特に何もしない。
体幹を鍛えるように心がける必要がある。
成長期の運動やトレーニングにより、継続的に骨に負荷がかかることが原因で疲労骨折しそのまま元に戻らなかったことが原因であることが多い。
脚も痛む・・・らしいわ。

たまに一週間くらい腰に鈍痛を感じる頃はあったけど、これまではそれも治ってきた。
霊視のできる人には「あなた、腰に気をつけなさい」と言われたけど、特にこれまで何もなかったから「まさか滅多なことはなかろう」と安心していた。
それが「マジか!?言われた通りやんか!?」と驚いた。



ぎっくり腰から回復した後、なんとなく以前より腰が弱ったかなと感じてはいた。
でもはっきりとした自覚はなかった。

2017年のシーズン、5月の長良川で車中泊をしながらサツキマスを狙っていたとき、腰に痛みを感じた。
昨シーズンまでは平日の内に腰の痛みが収まり、週末でまた少し痛んだとしても、また平日で回復するの繰り返しだった。
それが、5月に痛みを感じてから今日まで毎日ずっと痛い。
7月頃からは左脚も痛み始めた。
ふくらはぎの少し下、脚の外側と言えば良いのかな、くるぶしより拳1個分くらい上が常に痛い。
痛みを圧して歩くもんだから、多分おかしな動きをしているのだろうな。



一度医者に診てもらった方がよいのかな、手術とか必要なのかなと思い、さっき、この記事を読んでいた。

腰椎分離すべり症で足がしびれて仕事ができなくなる前に治療しよう!(←クリックすると記事にジャンプします)

読んでいたら、急に寒気がして、鳥肌が立ってきた。
歯がガチガチ音を立てるくらい震えてきた。
上着を羽織ったけど、暫く震えは止まらなかった。

もう治らないと分かっていたけど、改めてその事実を突き付けられてショックだったのだろうか。
それで震えが止まらなかったのだろうか。
分からない。
今はもう収まった。
上着を羽織ったままでは暑いので脱いだ。
何が起こったのかよく分からない。
とにかく、健康体でいたいですよ。
流れに立てなくなったら生きてる意味がないよ。
死に体になります。



死に体といえば、ある年度の某雑誌のインタビューで「次にいちばん自殺しそうなアーティストは誰か?」で1位になったという、真実のようなガセのような話を聞いたことのある、トム・ヨーク(Thom Yorke)さんの在籍したバンド、Radiohead の "the bends"というアルバム(1995年リリース)を最近よく聴きます。
ジャケットはこんなやつ。

 

当時から「名盤」の誉れ高き音源だった。
僕自身も「多分いいアルバムなのだろう」「名盤なのだろう」と思ったが、当時はどうしても轟音ギターが好みに合わなくて、アルバムを通して聴いたのは3~4回程度だった。
それが急に、9月にランドロックを狙い始めた頃に"high and dry"を聴きたくなって、ついでにアルバムを通して聴いてみたら、今では轟音ギターは全く気にならなかった。
寧ろ曲によっては積極的にアコースティック・ギターの響きを重要視するアレンジで凄くいいなと思ったよ。
良くできた曲ばかり収められていますね。
これは名盤と言われるだろうなと思う。

一応リンク貼っときます。
機会があったら聴いてみてください。
タイトルをクリックすると音源に跳べます(多分)。

the bends(アルバム標題曲。事情があってスタジオ音源はアップされていないようで、ライヴ音源です)

high and dry

fake plastic trees

black star


 

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スバルがスバルらしかった頃のスバル

2017-10-08 02:15:47 | スバル

最近「釣り車のサンバー」から「釣り道具のサンバー」に昇格した、2017年の渓流シーズンを文字通り駆け抜けてくれたサンバー。
あの小さなボディで約7ヵ月間、13,000kmを走破してくれた。

そのサンバーのリコール情報を入手したのは8月下旬から9月にかけての頃だったか。
渓流釣りシーズンも佳境に入っていたので、リコールの点検・整備・部品交換などは禁漁となる10月に入ってからと思っていた。




昨シーズンまではBE(3代目レガシィB4。こともあろうにセダンである)で渓流釣りに行っていた。
不便ではあったが、何とか釣りには行けているのでこのままBEで釣りに行くつもりでいた。
もう古いクルマの部類ではあったが、遅いトラックが行く手を阻むようなときにも、たとえ釣り道具満載であっても楽に追い抜けるだけのパワーは、誰よりも先に川に降り立ちたいという思いを叶えるには好都合でもあった。

しかし、2016年の8月に、恐らく猪と思われる動物に衝突された。
左側後部のドアが凹んだ。
現在もそのままであるが、これ以上釣りに乗って行ってダメージを与えたくはないとの思いから、釣り車の購入を2016年のシーズンオフから考え始めた。






渓流釣りには地上高のあるクルマの方が悪路を行くに好都合と思ったが、いたずらにジムニー等を釣り車にした日には、間違いなく別の趣味が増えることになる懸念があった。
渓流釣りのシーズンオフには林道アタックをしたくて堪らなくなるだろう。
これ以上趣味を増やしても小遣いが無い。
ジムニーは諦めた方がよさそうだと判断した。

そうなると、細い道でも入って行けて荷物も乗せられて、座席を畳めば車中泊も可能な軽自動車の箱バンが最適だった。
自称スバリストの僕としては、軽箱バンを購入するのにサンバー以外を選ぶのは嘘だろうと、端っからサンバーの他には考えなかった。
そもそもスバルを好むドライバーは、その個性的なメカニズムや作用機構に惚れるのだ。
軽箱バンや軽トラなんてどれも同じと考える人には理解できないだろうが、サンバーは他の軽箱バンや軽トラとは設計思想や構造が根本的に異なる。
どうせ軽自動車だろうと舐めてかかってはいけない。
サンバーのことを知れば知るほど、サンバー以外には考えられなくなってきた。


しかしそのサンバーだが現在新車で購入できるのはダイハツのOEM供給によるもの。
独自の設計思想によるスバル内製のタマは中古で選ぶことになる。

5ナンバー乗用より4ナンバーの貨物の方が最低地上高が5mm高い。
標準装着のタイヤは4ナンバーの方が外径が小さい。
ならば、4ナンバーに5ナンバー用のタイヤを履かせれば地上高はもっと高くなり、190mmくらいにはなるのではないか。
190mmあればよほどの悪路ではない限り大丈夫だろうと考え、4ナンバーのタマを探したが、「四駆、MT、スーパーチャージャー付」という条件を出すと、4ナンバーだとか5ナンバーだとか選んでいられなかった。
取り敢えず今あるタマの中から程度の良いのを選ぶという感じで、結局僕の許にやってきたのは5ナンバー乗用だった。


最初は整備や手入れもそこそこに、完全に乗り潰すつもりでいたが、それがどうしてどうして・・・。
釣行回数を重ねるに連れ、要するにデートを重ねるに連れ、可愛くて堪らなくなってきた。
勿論僕はBEを手放すわけにはいかない。
生涯の伴侶にしたいくらい惚れこんでいるクルマだ。
これまで買い替えようと思ったことはない。
サンバーを迎え入れたのも、もともとはBEを長く大切に乗りたいからという思いがあったからだ。
それがサンバーにこんなに惚れてしまうことになるとは。
浮気ではなく本気で惚れてしまったのだから、もう一夫多妻制を敷くしかない。
BEも好きだがサンバーも好きだ。
仲良くやっていくしかない。



リコール対応をしてもらうためにディーラーへ行ってきた。
作業日の予約だけをするつもりだったが、ピットが空いていたのでそのまま対策部品への交換と点検を行ってもらった。
1時間程度という事前の説明だったが、30分くらいで終了した。
しかしその後、点検整備に宛てたのとほぼ同じくらいの時間を、メカニックの方は僕と話すことになった。

スバルのメカニックの方々は基本的にスバリストなのだろう。
整備後にクルマの話を始めると、凄く嬉しそうに回答してくれることが多い。
この日整備に当たってくれたメカニックの方も、自身でサンバーを所有しているというサンバー愛好者で、サンバーに関してたくさんご教示頂いた。
例えば赤帽サンバー。
赤帽用車両に搭載されるエンジンには、「赤帽」の名のごとく赤色のヘッドカバーが装着されるというのは有名な話だが、僕はその他の部品も専用のものが使われていると思っていた。
つまり、S401やS402などSTIが手掛けた車両のように、赤帽サンバー専用部品があると思っていたのだ。
ところが、整備等で部品を発注する際には特に赤帽用で品番やコードが異なることはないということだった。
「点火プラグは専用仕様のものが装着されますが、他は一般車両と何も違わないです。だからお客様のサンバーもその気になれば30万km、40万km走れます」と嬉しいことを言われた。
軽自動車で30万kmか。
なかなか実現は困難な話だろう。
エンジン本体の耐久性はあっても他の部品の耐久性が伴わないだろうし。
とは言え、「どうせ軽自動車だろう」と舐めてかかってはいけない素晴らしいクルマだということはよく分かった。


そんなサンバーの話を嬉しそうに話してくれたメカニックの方だが、果たしてトヨタの資本が入ってからのスバル車に対してはどんな感情を持っているのだろうかと思った。
僕は自身で自分を「スバリスト」だと思っている。
街往くスバルを見ると目で追うし嬉しくなる。
出先の駐車場にスバルが停めてあると近くに寄って眺めたくなるし、できれば隣に停めたい。
狭い道でのすれ違い、右左折時や進路変更、合流等の譲り合いなどで相手がスバルだと無礼な運転はできないと気が引き締まる。
複数車線での追い抜きや追い抜かれる相手がスバルだと、緊張感のない運転姿勢ではいけないと襟を正さなければならない思いに駆られる。
でも、そう思えてくるのはトヨタの資本が入ってくる前のスバルに対してだ。
国内市場を見棄てて北米にシフトしたり、MTをラインアップしなくなったり、そもそもトヨタに乗っていたユーザーが「あれいいね!」と選ぶようなクルマになってからのスバルには同胞意識は感じない。
未舗装路を、泥や泥水の飛沫を跳ね上げながら駆け抜けていくのが似合うスバルにしか同胞意識は感じない。

※トヨタの悪口を言っているのではないので誤解なきようよろしくお願いします

皆思っているよ。
スバリストのスバル離れが著しい昨今だが、それはスバリストたちは、スバルがスバルらしかった頃のスバルが好きだからだ。
正直、現在新車で買えるスバルのオーナーになりたいとは思わない。

サンバーは平成19年式で走行91000km。
まだ走れる。





BEは平成15年4月登録。
新車で購入して現在19万1千km走行。
いつまで走れるかな。


※繰り返しますが、トヨタの悪口を言っているのではないので誤解なきようよろしくお願いします。

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我ら鱒士は刀を納む ~納刀の儀 納竿の儀~

2017-10-04 00:05:13 | 渓流釣り 徒然草

多くのフィールドで禁漁となり、2017年の渓流釣りは終わった。

できれば最後に本流でもう一本いいやつと出会いたかったがそううまくは行かない。
ダムに注ぐ山上の小渓流で、鼻曲がり婚姻色の雄とは二度、優しい顔付きの雌とは一度出会い、僕は今季に自身で幕を引いた。

最後の益田川本流での釣りは言ってみればアンコール、カーテンコールのようなものだと思いながら竿を振った。
大物が獲れたらそれはそれできっと感動的な終幕となったろうが、最後の魚は掌サイズのアマゴだった。



山上の小渓流。
要するに渓である。
川面を覆う樹木とその枝葉。
まだ夏の名残りを見せる葉の色だが、中には少し色づき始めているものもある。
頬を掠めて吹き抜ける風は秋のそれ。
空は澄んで高く、そして渓の水は冷たい。
そんな中で桜色の婚姻色を纏った渓魚たちに出会えば、否応なく漁期の終焉を意識する。
もう、竿を畳むときが近いな。


そして、最終日がやってくる。
明日には、釣り師は皆、竿を置いているのだな。







2017年のシーズン途中で、細山長司さんが逝去した。
我ら延竿遣いの本流師だけでなく、釣法の垣根を越えて尊敬、畏敬、畏怖の念を集めていた、僕らのヒーロー、英雄、カリスマが逝去した。
その細山長司さんを偲び、そして細山さんが手掛けた名竿「刀」を称えて、今季の終幕に詠いたい。


錦繍に先立つ渓の桜見つ 我ら鱒士は刀を納む 

来季を各々の腕と刀を磨いて待っていよう。




安竿を磨きつ春をまつ我は廃刀令下の士なれば


僕に短歌を手解いてくれた沼澤香織さんはこう詠んだ。
(※ 短歌・お名前ともに、ご本人の許可を得て掲載しています)










 



益田川渡りし季節過ぎゆくも いく歳いく度われ渡らむや

そして僕は、最後にアンコールのつもりで竿を振っていた夕暮れ迫る益田の川面にこう詠った。
 

また来季。
そして来季。
僕はいつまで益田川に相手をしてもらうことができるだろうか。





ブログタイトル
~How many rivers must I cross? I don't know~
 幸せになりたくて川を渡る・・・






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