誰にも言わない心の内

ホントの本心、誰にも言わない本音―それを、ぶちまけたくて。

悲痛な想いと。

2017-07-12 17:44:37 | 思い
前回からかなり間が開いてしまった。。
それは、消せない過去と、それに今も囚われ続けている自分に
向き合いたくなかったから—逃げていたから。

6/18(日)~6/23(金)まで実家に帰っていた。
出産予定の産院に、20週前後に一度見せに来るようにと言われていたから。
しかし、この帰省した週は17週。こちらの産院にも
「もっと遅くて(20週近くなってからで)もいいですけど?」と言われたけど、
この週にした。何故かと言うと、ちょうど旦那の出張が入ったのと、
何より…今年の1月から、閉経してかなり経っている実母が、
不正出血が止まらないが、怖いし、(体の)場所も場所なので
恥ずかしいし病院に行きたくない、と言い続けていた為。
ネットで調べても、どれも看過できる症状ではないとの情報しか出てこず。
1日も早く連れて行きたかったから、産婦人科なら私の付き添いの際に
無理やりにでも診せられると思ったから。
まったく…つくづく幼いなぁ。。子供じゃないんだし、私だって通常の
状態じゃないっていうのに、自分の体の事も満足に考えられないなんて。
でも孫(私にとっての子供)ができていなければ、このように
無理やりに連れて行く事もできなかっただろうから、結果オーライか。

で、母の結果だが、後日の診断結果からすると、今は癌などの悪い数値は
出ていないけれど、また9月に診せに来るように言われたとの事。
とりあえずはホッとしたらしく、電話での声も明るくなったけど、
そんなら早く一人で行っておけよーと思った。

で、出産予定医院での私の検診。こちらも異常なし、というか
こちらの病院ではエコー画像が4Dで、今までは2Dで写真をもらっても
何が何だか分からなかったのだけど、今回初めて立体的に見えて、感動。
しっかり赤ん坊の姿だった。この時はまだ性別分からず。でもしっかり育ってた。

帰省中はマタニティウェアを買いに行ったり、ネットでベビー布団や毛布、
チャイルドシートを購入&落札したりと、大型のものの準備に動いた。

さて、何が嫌だったかと言うと。

私の左側の二の腕には、3つの傷がある。約20年前にできたものである。
数年間、赤色のままだったけど、今は肌色になっている。けれど、
深く痛々しく太く、決して消えることなく、今も存在しているし、
一生消えるものではない。何が起こったかと言うと、
父が不倫し(今も本人の口から語られないので恐らくだが、私は
いくつか証拠を見ている)、母が発狂、もともと母に嫌われていた私は、
ちょうど就職超氷河期で職を失い、家に居たところ、母と口論となり、
狂いに狂った母が「殺してやる」と叫びながら、ハサミを持って、
私を切り付けた時のものだ。切られた時、ブチッと音がした。
客観的に、てっきり大量の血が噴き出すものと思ったが、血も出たけれど、
それより、黄色い液体が大量に流れ出た事に驚いたものだ。
その事だって普通じゃないと思われるのに、なんと、私と母以外に、同じ部屋の、
私たちの目の前には父が座って新聞を読んでいた。彼はその時何をしたと思う?
何もしなかったのだ。いや、正確に言うと、「うるさい」という一言を発した
だけで身動き一つしなかったのだ。母が娘に刃物で切り付けるという事件が起きた時に。

私は、子供の頃からその時までにもう何度も思ってきたけれど、この世には、
私の味方なんて誰一人いないんだ、この世の終わりだと、今度こそ思った。
そして、泣きながら自室に戻る時に見たのは、父が母を気遣って傷の手当てを
している光景だった(切り付けられた時、私も抵抗した為)。

時は流れて。その間、一体、どれほどの事があっただろう。
どれだけ私が苦労して、苦しんで、悲しんで、心を壊しながら、家族を
ひとまとめにしようと苦心し、奔走したか。その甲斐あって、
家族や親戚誰もが何事もなかったかのように過ごしているけれど。

今回の、6月の帰省中に、どういうわけだか、祖母と父が、別々の日に、
母が目の前にいる状態だと言うのに、私に、
「その傷はなんだい」「なんだその傷は、まだ治らないのか」と
恐ろしい事を言ってきたのだ。
祖母には何度となくこの惨劇を話してきて、
「実の娘に、許せない」「かわいそうに」「なんてひどい事を」と
その度に目を覆うように哀しみ、そう言ってくれたのに…
まぁしかし、祖母も90歳近いから、こんな大事件で大参事だったけど、
まぁ、忘れてしまったのかもな…と悲しいながらもそう思えたけど、
問題は父だ。ありえない、ありえない、ありえない。
あんな大参事を目の当たりにして、その傷がどれほどのものかだって
見ていたはず。誰にも手当もしてもらえず3日放置され、この傷が
どうなったか、知っているはず、目の前で起こった事だから。
それなのに、そんな事を私に言うの?しかも、その凶行を行った母親の
目の前で。正直、どちらの場合も一瞬絶句したけど、母親も目の前に居たし、
祖母の前では「ちょっと転んだんだよ」と、父の前では
「こんなの一生治らないよ。いろいろあったんだよ」と、
なんとも、自分で今思い返しても滑稽な回答をしてしまった。
だからこそ、今も私を2重3重に苦しめる。あの時の惨事、そして、
今回なぜ事情を知る者達に蒸し返され、そんな事を聞かれなければならなかったのか、
どう返せれば、私的に納得がいったのだろうか、と。
父なんて、物ごころついた頃から、家族以外の事にどっぷりのめり込み、
今だってそちらに熱心にご執心で活動できているのだから、痴呆だなんて言わせない。

それがあってから…もう約1ヵ月経つのに、私の心は一向に晴れない。
あの時、どうすれば正解だったのか?どうしていたら自分を守れたのか?
グルグルグルグル頭の中を離れず…夢見も悪い。
この傷の事だけじゃなく、中学で学校でイジメに遭ってる時に、家で
母から殴る蹴るの暴行を受け続けた事、高校の時の母からの人格全否定発言、
20代の頃のありえない暴言・暴行・疑い…
それらが、まるで、一つの事をきっかけに、芋づる式にズルズルと
際限なく浮上してきては、未だに私を苦しめる…
もう過去に縛られたくない。恐怖なのは、産まれてくる子供に、
同じようなひどい事を、したくもないのにしてしまうのではないかという事…

でもひとつだけ、最近、中学の時の同級生で作られているLineの
グループで、現在、私が結婚して妊娠していることを公示できたので、
それだけはちょっとスカッとした。きっと、あいつらは、
私なんて一生結婚はおろか、恋人さえできないとタカをくくっていただろうから。
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