Rosa Guitarra

ギタリスト榊原長紀のブログです

じみへん卍

2017-06-15 | ギターの栄養





毎度相変わらずだがRec後の覚醒状態の中に居る


疲労した聴覚を世間の音から遮断するために耳栓をして
一刻も早くクールダウンし次なる作業に取りかかるべく
という大義名分のもと昼晩酌をしながら
穏やかな今日の日差しに照らされた風景を眺めながら
白日夢のような中に居る


玄関を出てそこらの芝生の上で仰向けに寝転んで天を仰ぎ
眩しいので目を瞑ってるうちに
あっという間に眠りに落ちてしまいたい
といった妄想をしている
(現実にそんな事をしたらこの団地の名物オヤジとなってしまうだろうが)


アルバムを作るということは
或る種の究極な精神状態が長期間続くという事なので
(人によるのだろうが僕の場合は)
だんだんとホントに日常的感覚が崩壊して行くようだ

アルコールのような合法ドラッグだけで
十分に飛んでいる感覚がある



ジブリ製作の時は
納期までのペース配分をきっちり意識したが
今回はあまり意識しないようにしている

間に合うかと不安は過るが意識しないように努力するのだ

少しでも義務化を逸れることが
製作に対する向上心と誠実であると信じて疑わないからだ


義務化は他者からの駄目出しを怖れる作者の心
から生まれている現象に他ならない


幸福をも運んでくれるはずの仕事
(もしくは『労働の悦び』と言っても良い)
が義務化された途端それは苦痛となり
苦痛の元に産み落された作品は
ブッダが息子に「障碍」と名付けたのと同じ繰り返しをすることになる

その苦痛の中でも人は成長し覚醒し解放され
悟りを得て行く能力を持ってはいるから
その中を生きた人は苦労を必要以上に美化するだろう

しかし少なくとも
この世を生きて死ぬ時になるべく後悔しないためには
この現世での仕組みの中で悦びを見付ける事の方が重要だし
命の根元的な声はそれを求めている


などと…


真っ昼間から酔って働きもせず
このようなことを声高に言い放つようになると
僕という人間は多分
お笑いの中川家がよくネタにする
通天閣の辺りに出没する名物オヤジ的なことになってくるだろう

しかしその壁を怖れずに突破すると
その向こうにはジミヘンとかジャニスジョプリンとかが
ニコニコ待っているのだろうことは想像出来る


狂人扱いされる芸術家は当然そこまで行き着いてる
例えば岡本太郎とか横尾忠則とか
勿論ジミヘンとか北斎も


僕はなるべく目立ちたくない人見知り性格なので
そういった尖った芸風にならぬようなるべく避けて来たが
腹をくくって真面目に良い作品を残そうとすると
人間という生物は結局
狂人に近づいて行くのかもしれない

「人は誰でも魔性を持ってる」
北斎の言葉だ

「画狂老人卍」
は北斎が晩年期に名乗った名だ
狂ってる…



今はベランダの風景より
北斎の名作たちをここに掲げたい




「牡丹に蝶」
風を描く画家は居そうで居ない
僕は極論
牡丹も蝶も観ていない
目には見えぬ風を観させて貰ってるのだ



他の北斎作品を紹介する前に
この作品を知ってるだろうか


北斎の娘の作品だが
高い技術を持ちながら娘の作品は後世
それほど人々に支持されていない

それは現実世界を描写しているからだ
一種の写真なのだ

CGを使ったアニメからは夢を感じられないのと同じ


北斎は現実を写したりしない

観念の中の風景を写し取り
情念を織り込んだ景色を描く


「赤富士」
こんな富士は現実に無い



現実に無いものが
然も在るかのようにリアルに描かれて行く


リアルだと感じさせるのは
北斎が観念の中でしっかり観ているものだからだ



俗世を斜に観ている








88歳の作品
「雪中虎図」


「八方睨大鳳凰図」
これも88の時の作品だそうだ
どちらも生きる事に物凄い執念を感じる




この人は生きる事が苦しくて楽しくてしょうがなかったんだろう


「北斎の自画像」
正に狂ってる




。。



収録曲数が15曲

そのうちの2曲がやっと終わったところでこの精神状態


15曲終わるまで生きてられると良いが...





なんて
かっこつけて言ってみたりして...

















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