足立君江 写真ライフ

ー東京の街・安曇野・カンボジア撮影記ー

   

新たな出会い

2017年03月20日 | カンボジア
 カンボジアの女性たちは、いつも元気だ。
きっと病気をしている間もないのだと思う。

   
 市場は仏教行事に使う花であふれていた。

クロバイリエルのリ・ワンさんの家族に会いに行ったとき、結婚した娘夫婦が帰っていて、5年ぶりの再会になった。

リ・ワンさんの旦那さんとも久しぶりに会うことができた。
リ・ワンさんは赤ちゃんが生まれるそうで、10人目の子どもになる。
自分の子どものほかに娘が働き出た間、ずっと孫の面倒も見て育てている。

私と出会ったときに生まれた子は、14歳で年下の孫と一緒に学校に行くことになり、新しい自転車に乗っていた。
少しづつだけど、確実に前に進んでいることがわかる。
自転車は私が周りの皆さんに寄付をお願いして、50ドルを渡したのだが、55ドルで買えたとお母さんが報告して喜んでくれた。

ロングハウン村では、マイムさんは留守でお寺に行っていた。
ご主人のチョームさんは、一時期体調をくずしていたが、元気になって喜んで出迎えてくれた。
やがて娘さんも孫たちも集まり、マイムさんも帰ってきた。
チョームさんは内戦時代どのように生きてきたかを聞いてみた・・・。
私も長いこと家に伺いながら、そんな話は一度も聞いてなかったので、チョームさんの口からはほとばしるように様々な話が飛び出した。
農民であったために遠くの村まで行かされた。
一つの田んぼが終わると、次の田んぼへ集団で移動した話や、民家に逃げ込んだポルポトの民兵をベトナム兵が探して殺しあいが続いた。
マイムさん家族や村の人たちは、戦いが終わるまで防空壕のような洞穴に隠れていたそうです。
 
   
行く先々で、お年寄りに出会い、たくさんの話を聞き、写真も撮らせていただいた。
3月は特に法事や多く、結婚式もあちこちで行われている。
大音響の音楽が村中に流れていて、「あれは何?」葬式だ・・・結婚式だ・・・と言っているが、どうも音楽がちがうらしい・・・。
村での戒律の日の行事は、仏教とヒンドウ教が混ざっていて、両方の信じられることを心の糧にしているようだ。

   
 お祝いをしたあと、車が満員でドアが閉まらなく空いたままで走っていった。 危ない危ない。
 しかし、60歳代の女性はバイクに乗るし、バイクの後ろに横座りが上手いです。

97歳のお婆ちゃんに会った時、そのお婆ちゃんのこれからの健康を願い、60歳以上のお年寄りは、あやかって長生きができるように集まってきていた。
ミエイッチさんと言って、二人の娘が病気になったが、今は玄孫(やしゃご)までいるという。
ご主人は軍人だったので52歳で亡くなったそうです。
「昔のことはところどころ覚えているが・・・」と口ごもる。色んなことがあったのでしょう。
ポルポト時代が終わってから、ここに暮らしていると言っていた。

何事も自然の植物を活かして健康を維持しているようだ。
私たちのように何かあるとすぐ薬に頼ってしまうが、本来人間は薬などなかった時代を生きてきたはず・・・。
カンボジアのお年寄りは、ムルウという葉と石灰の粉をよく使う。
スラーの実も健康には必要な実だという・・・。
沢山の木の実と、薬草を使って無農薬の果物や野菜を食べて生きられる幸せを羨ましいと思った。

また、お会いしたいことを告げて、帰路についた。
帰りの夕日が、今日は特に大きく真っ赤であった。
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