足立君江 写真ライフ

ー東京の街・安曇野・カンボジア撮影記ー

   

カンボジアの3月

2017年03月15日 | カンボジア
 カンボジアの3月は乾季の最中、温度は連日33度の暑さ。

シェムリアップは観光の街で、世界遺産の遺跡群が多く点在し観光客は多いのはわかっているものの、空港に着くと驚いたのは、中国、韓国からの団体客でごった返し、なかなか前に進むことができない。

遺跡の本当の魅力は、観光客がほとんど来なく村の中にある小さな寺院ではないだろうか。
これらはほとんどが樹木が絡みついて、崩壊寸前のものが多く、やがて忘れ去られる運命にあるのではと思う。

今回の目的は、今までの視点を変えて、元気なお年寄りとの交流にあった。
今までは、多くの子どもたちに会い、子どもたちの境遇を知り、母たちの気持ちに寄り添い、そのことでカンボジアの歴史や、人々の生活を伝えることであった。
バイクで村を回りながら、お年寄りの数がだんだん少なくなり、今どんな気持ちで歴史と生活に向き合っているのか興味があった。
今しかできないことかもしれないと思ったのです。
村に入ると、最高齢のお年寄りや、ポルポト時代を経験して語れる人がたった一人しか残っていない村もあった。

  只、生きてきた・・・。

仏教が93%というカンボジアで、お年寄りの人たちは60歳を過ぎるとお寺に通うようになる。
プレダック村のヤシ砂糖を作るヨームさんの両親に会った時、「今までさんざん悪いことをしてきたので、天国に行くために」と2人の僧侶を呼び寄せて、お祓いをしてもらっていたことがあった。
今、考えるとお年寄りがお寺に奉公して「死ぬときに自分の魂がくるくると迷わないように」ということが納得できる気がする。
アメリカの後押しによるロンノルの軍事クーデター、ポルポト時代から、その後のベトナム軍の「Kプラン」と言われる作戦のなかで、奔走され続けてきたカンボジアの人々であった。
誰でも、その渦中にいる可能性もあるなか、いまだに誰も赤裸々に語る人はいない。

昨年、村一番のお年寄りに会った。
「ポルポト時代のことは忘れられない」といった。
私は「忘れられないことは、どんなことですか?・・・」
と聞いてみた。
その人はしばらく考えて
「・・・忘れた・・・。」といった。

生きていくために、とてつもない多くの障害を乗り越えてきたことを想像できるような一言であった。

街は変化を遂げ、多少村の様子も変わる中で、今しか聞けないことがあるかもしれない。

さあ、明日から土埃の道をバイクで走り回ろう。
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