コントローク村を10キロほど行ったところにクロバイリエルがある。
途中で大きなベットを運ぶ車に会う。
道がだんだん細くなって、あちこちに水たまりが出来ている。
お父さんが地雷の被害者だったが、2007年に亡くなり、その後6人の子どもを連れて越してきたリ・ワンさんの家族がいる。
私が初めて会ったときに生まれたパンニャーは、学校に行くようになった。
昨年は竜巻に家と大事な自転車までどこかに飛ばされてしまったとか・・・。
自転車は少し離れた田んぼに中に落ちていたが、壊れて使い物にならなかった。
今回、行ってみると、パンニャーは学校だったが、弟たち3人と長女の息子1人、リ・ワンさんにとっては孫になるが元気に暮らしていた。
いつも頼みごとをしたことがないお母さんが、今回はじめて私に「自転車がなくて困っている」と言った。
パンニャーは学校までかなりの距離を歩いているという。
相棒のサン君に、値段はどのくらいするものか聞いてみると新品だと50$だという・・・。考えた・・・。
次回に皆に事情を話して、カンパを集めてくることを約束して帰ることにした。
四つ辻になっている村の真ん中に市場があって、そこに私立の子ども病院が出来ていた。
30歳代でご夫婦だという医者が開業していた。
これは画期的なことで、今まで保険所のようなものはあっても、病院は無い。
村の人は子どもが病気になると、乗り合いのトラックに乗せたり、誰かのバイクで町まで運んでくる。
道の途中で、点滴を打ちながらバイクで走って町の病院まで行くと言う姿を良く見かけた。
お金がない家族は大事な農耕用の牛を売って運賃にしたり、病院の費用にする。
聞いてみると、この医師夫婦は8年間、医師の勉強をして資格を取ったのだという。
ベットが5つほどあって、そのひとつに熱があるという子どもが寝ていて、点滴を受けていた。
クロバイリエルから小学校がある方へ進むと、ブレークロングハウン村に出る。
前回も撮影ツアーで訪れた村だが、チョームさん、マイムさん夫婦を訪ねた。
平均して100家族1000人が暮らす村。
具合が悪かったチョームさんは、少し元気になっていて、10歳の孫が手をそえて支えているので、立ち上がることもできるようになっていた。
マイムさんはちょうど牛を連れて帰ってきたところで、元気な姿を見ることができた。
途中で大きなベットを運ぶ車に会う。
道がだんだん細くなって、あちこちに水たまりが出来ている。
お父さんが地雷の被害者だったが、2007年に亡くなり、その後6人の子どもを連れて越してきたリ・ワンさんの家族がいる。
私が初めて会ったときに生まれたパンニャーは、学校に行くようになった。
昨年は竜巻に家と大事な自転車までどこかに飛ばされてしまったとか・・・。
自転車は少し離れた田んぼに中に落ちていたが、壊れて使い物にならなかった。
今回、行ってみると、パンニャーは学校だったが、弟たち3人と長女の息子1人、リ・ワンさんにとっては孫になるが元気に暮らしていた。
いつも頼みごとをしたことがないお母さんが、今回はじめて私に「自転車がなくて困っている」と言った。
パンニャーは学校までかなりの距離を歩いているという。
相棒のサン君に、値段はどのくらいするものか聞いてみると新品だと50$だという・・・。考えた・・・。
次回に皆に事情を話して、カンパを集めてくることを約束して帰ることにした。
四つ辻になっている村の真ん中に市場があって、そこに私立の子ども病院が出来ていた。
30歳代でご夫婦だという医者が開業していた。
これは画期的なことで、今まで保険所のようなものはあっても、病院は無い。
村の人は子どもが病気になると、乗り合いのトラックに乗せたり、誰かのバイクで町まで運んでくる。
道の途中で、点滴を打ちながらバイクで走って町の病院まで行くと言う姿を良く見かけた。
お金がない家族は大事な農耕用の牛を売って運賃にしたり、病院の費用にする。
聞いてみると、この医師夫婦は8年間、医師の勉強をして資格を取ったのだという。
ベットが5つほどあって、そのひとつに熱があるという子どもが寝ていて、点滴を受けていた。
クロバイリエルから小学校がある方へ進むと、ブレークロングハウン村に出る。
前回も撮影ツアーで訪れた村だが、チョームさん、マイムさん夫婦を訪ねた。
平均して100家族1000人が暮らす村。
具合が悪かったチョームさんは、少し元気になっていて、10歳の孫が手をそえて支えているので、立ち上がることもできるようになっていた。
マイムさんはちょうど牛を連れて帰ってきたところで、元気な姿を見ることができた。