足立君江 写真ライフ

ー安曇野・カンボジア撮影記ー

   

11月の安曇野

2016年11月21日 | 安曇野
 草むらを歩くと息の長いアキアカネがまだたくさん飛んでいる。
つがいのトンボを驚かせながら、いつもの無農薬の田んぼに出て、雑木林を歩く。

   

こういう何にもないところを歩くのが好きで、ふと見れば空は青く霊山、有明山もブルーに輝いていた。
クヌギの紅葉はいつも魅力的だが、見ている方が楽しい・・・。
やがて、中房川の分流なのか、山からの水が小さな流れとなって田んぼに向かって流れている。
近くにパターゴルフの競技場があって、今日も何組かの人々が「コチン」と心地よい音を響かせながら集っていた。

一日中歩いていても飽きない・・・。

     

今回は珍しい動物に遭遇。近所の人に聞いてみると、サルはよく出てくるし、最近狐が親子連れで「学者村」の道路を歩いているとか。
私が会ったのは「タヌキ」らしい。
写真を見せて聞いてみると「タヌキ」とのこと・・・。
クマではなくてよかった。

   
翌日、大糸線でいつもの「崩れ沢集落」へ行った。
庭がにぎやかな収穫の時期を迎え、冬に備える準備が始まっていた。

   
    
 ネズミよけに杉の葉を敷いて大根をきれいに並べていく。

電車が3時間もないので、行ったら夕方まで待たなければならない・・・。

   

今年は柿が当たり年で、家々の軒先や田んぼや畑に鈴なりになって陽に輝いていた。

写真集に出ている御婆ちゃんにご機嫌をうかがうと、少し風邪気味だとか。
ご主人様を亡くして、いま息子さんと住んでいる。「心配なので訪ねてみたのよ」というと、可愛らしい笑顔を見せて「うれしいねえ」と笑っていた。
大きな家に住んでいたご夫婦が、ご主人は亡くなり奥様が病院に入られたと聞くと、しばらく行かないでいるとこの村もどんどんと変わっていく気がする。
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グループ展終了

2016年11月20日 | 日常
 今年になり2回目となったグループ展が無事に終了。

地元の皆様をはじめ、遠くからおいでいただいた皆様に心よりお礼を申し上げます。
1週間という日数は、あっという間に終わってしまい、たくさんの感想やら励ましのお言葉をいただくことが出来ました。
今回は新規に加入された3名を含めて、写真展が出来たことを本当にうれしく思いました。

 

クラブも12回目の「街歩き」を実行し、出品作品が無いと言いながら、会員から写真展をしたいという声が出たことは良かったことと思います。
11名の展示でしたが、街歩きの作品あり、イベントあり、ネイチャー作品と様々でしたが、来年はテーマを決めて写真展をするということになりそうです。
そして、何よりも写真展に来ていただいた方の中から、「クラブに入りたい」という希望者が4名もいて、次回の例会から出席をすることになりました。

そんな感じで、まずは成功だったと信じています。
写真を撮っても、そのままの人が多い昨今ですが、写真家、清水哲郎さんが審査する「ふるさと自慢フォトコンテスト」で、最高の賞「都知事賞」に輝いたり、写真の日記念コンテストでいつも入選だった人が、「協賛会社賞」を受賞することになりました。
写真は撮ったら、みんなに見ていただきましょう。
「撮る、選ぶ、見せる」これが写真上達の道でもあるし、反省して振り返る道でもあります。

撮る行為は色々で、被写体も様々ですが、私は写真が物語る世界が見たいのです。

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グループ展案内

2016年11月09日 | 日常
 写真展「フォトクラブみずほ」が、今年に入り2回目の写真展を迎えました。

プリントは出来る人は自作しますが、普段お世話になっているフォトラボ「カメラのサクラヤ」でプリントしています。
搬入、搬出、飾りつけ、あいさつやキャプションに至るまで、すべて手作りの写真展。

心の目線で写真を撮ろうと始めた「街歩き」は、今月で12回目を迎え、毎月場所を変えながら楽しんでいます。

あまり背伸びすることなく、心で何をイメージして何を感じてきたか、そんな展示も含めて、10名の皆さんの展示です。

 

 会 期 2016年11月10日(木)~11月15日(水)

 時 間 AM10時~PM17:30  初日はPM1時開館  最終日 PM4:00終了

 場 所 ギャラリー 晴SEI
     東京都杉並区上荻1-23-18   荻窪ツイン歯科 4階


期間中は晴れるといいのですが、よろしければ遊びにお出かけくださいませ。

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コントローク村~スナダイクマエ孤児院

2016年11月06日 | カンボジア
 初日にコントローク村を訪問するのは、いつものことですが、行くたびに知り合いや同じ子どもたちに会えることは少ない。

そこがまた面白いことで新しい友達もできるようになる。周りも少しづつ変わってくると以前あった家もわからなくなってしまう。
ここに住んでいた人はどこへ行ったのだろうか。数年でいなくなったりする。
移転が多くなかなか人口の把握が難しいと言われていたが、今は約1430万人という統計が出ている。
実際に村を回っていると、そのことが実感としてよくわかります。

   
そんな中で、村の踊りの練習場のオンナルットさんの家を訪ねるのは、ポルポト時代に父親を殺されたと話してくれた奥さんのバンチョンさんが涙ぐんだ姿を忘れられないからだ。
バンチョンさんは生き残った踊りの子の一人のようです。
垣間見る指導の仕方が非常に厳しかったことがあったので、驚いたことがあった。

カンボジアの伝統舞踊や、民衆が伝えてきた踊りを練習するため、オンナルットさんの家に子どもたちが集まってくる。
手の動きで3年足の動きで3年、踊りを覚えて3年というが、子どもたちの成長が早く、覚えも早いのか昨年の踊り子がもう舞台で踊ったりしている。
私たちは練習風景を写真を撮るので、赤い絨毯を敷いていると、光の反射で踊り子の顔が真っ赤になる。
前回、オンナルットさんに「絨毯は敷かなくてもいいですよ」と話しましたが、そんなことは、関係ないことで、きっとタイルでは踊り子の足も痛むのでしょうか。
どんなところに注意が必要か、踊りの邪魔にならないようにという話は当たり前だが、入ってはいけないところに入る人や、周りを見ないで突っ走る人もいて、これは反省点です。
これは私が指導する役目だと思いますが・・・。

夕食はアプサラダンスショーを楽しみながら食べますが、今回はピースインツアーの添乗員の佐々木さんが選んでくださった「ポークイジン」というレストラン。
フランス料理風で、最高の盛り付けと美味しさで満足。
踊りは少数民族風の踊りも入り、素朴さが目立っていて、これも良しという感じです。

コントロー村が終わると恒例のスナダイクマエ孤児院へ。
なぜ孤児院に行くかというと、写真はバシャバシャと撮るだけでなく、カンボジアを知ってほしいと思うからだ。
行くたびに子どもたちがあちこちから集まってきて、一人一人が成長をしていることがわかる。
やがて鬼ごっこをする子や、夢を書いているいる子、サッカーをしている子と、のびのびとしていて問題はないようだ。
すでに卒院して仕事で成長している子も何人もいて、年月が経ったことを知らせてくれる。
いつも施設の説明をしてくれるラタナー君と、16年前、一番心配したチョムラン君がすっかり大人になっていて、改めて記念写真を撮った。

  

  

私が初めてここを訪れたのは、2000年の7月だった。
まだ高床の階段のある素朴な家に20数名の子どもたちが暮らしていた。
建設中の建物と、解体中の建物があり、井戸水で洗濯をしている女性がいて、不思議とはっきりと覚えている。
ちょうど、写真家のBAKU斉藤さんと会計士のK先生が一緒であった。
あれから、16年も経ったが行くたびに当時管理責任者であった メアス博子さんにお世話になった。
孤児院の子どもたちの成長のかげに、大変な苦労があったことは言うまでもないが、そんな彼女を少しでも支えてあげられたらといつも思っている。

やがて、私も自分のできることでお返ししようと 子どもたちのポストカードを作ったりした。
博子さんは写真集が出版されれば、毎回販売を手伝ってくれた。恒例となった東京での絵画展では写真の展示をさせていただいたり、一緒にトークで参加させていただいた。

もう一人、カンボジアで活躍していて、今はラオスの子ども病院「ラオフレンズ」で活躍している赤尾和美さんとも、機会があればいつも一緒にカンボジアを伝えてきた。
赤尾和美さんとは今まで5回もトークでお世話になってきた。
添乗員の佐々木さんとも最初の出会いはカンボジアだったが、今は撮影ツアーでお世話になっている。
どこかで繋がってきたことが不思議なくらいで感謝している。

すべての出来事が、皆さんとの交流のおかげで、支えられた日々であった。

法律がカンボジアで暮らす人たちに有利に動いているわけではない。
日本人がお金を出して土地を買っても、カンボジア人の名義でないと登記できないのだから、問題は後になって出てくる。
カンボジアでは発展途上の様々な出来事が明るみで出ているのが実情です。

そのようなことも、撮影ツアーで参加した皆さんも、心のどこかで「なぜ?」という疑問を持っていただけたらと願っている。
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ローンカウ~クロバイリエル

2016年10月30日 | カンボジア
 カンボジアの村では、携帯電話を持てる人はわずかで、町周辺の若者の間では当たり前だが、村に入ればそうはいかない。
私が行くところのほとんどは、携帯を持つ人が少なく、持っていても日本と違って、料金分しか使用ができない。
私は最初に5ドルで携帯とカードを手に入れたが、一年以内に更に料金を継ぎ足さないと使えなくなり、番号が変わってしまう。

今日の予定は6月に予約してきたローンカウ村の籠作りのシーエムさんの家だ。
それでも、撮影ツアーの皆さんを連れて行くとなると、なるべく迷惑がかからないように現地ガイドに電話か訪問して説明をしてもらわなければならない。
村の人に何か月も前に予約をしても、仕事が入ったり忘れることもある。シーエムさんからは3日くらい前に連絡をと言われていた。

シーエムさんの家ではいつも「カンボジアが大好きであること」を話した。
日本には無いであろう暮らしの工夫、籠つくりをもっと知りたい、カンボジアを日本の皆さんに紹介したい。
そして写真でカンボジアを見ていただくことで、豊か過ぎる日本の現状を「これでいいのか、無駄はないのか、工夫が必要では?」などと感じていただけたらと思っている。
確かにカンボジアはいまだに後発発展途上国だけど、このままの状態が良いわけではないし続くはずはないが・・・。
 
   
 そんな中でシーエムさんの家に着くと、もう近所のお父さんたちが、民族楽器を持って演奏の準備をしていた。
お正月や結婚式など、お祝いの時も「スコー」「太鼓」「ターケー」などの楽器で演奏をする。
そのうちに、近所の村人が大人も子どもも集まってきた。
最初の写真集のシーエムさんの娘は、もう立派なお母さんになっていた。
2冊目に表紙になった少年は、15歳で働きに出てもう帰ってこないと言われたが、少年の母親に会うことができた。

演奏がはじまると突然、5,6歳の女の子が飛び入りで踊りを踊りだす。
するとお父さんや他の子どもたちも一緒に踊りだした。
私もシーエムさんと一緒に踊りの輪に中に加わった。
ひと段落すると、撮影に参加された皆さんは楽器を弾かせてもらう人も出てきて、雰囲気も盛り上がる。

カンボジアの大人も子どもも、生活に工夫がみられる。子どもたちの発想は豊かだ。
川では魚を取るだけではない、水浴びをして、自転車まで川に乗り入れて洗う。
道具がなければ、何か見つければよい・・・。
そう思うと、すべての生活の中で間に合わなかったり失敗をした時には、「どうすれば良いか」が先ず頭に浮かぶことになる。
その繰り返しは、生きていくうえで必要で簡単なことだけど、なかなかできない。
物があふれた日本の中では工夫することが難しいと思うようになっている。
私自身にも言えることだが、無かったら買えばよい、たいしたお金じゃないし・・・なんてね。

カンボジアの村で、昔に帰ったような心の安らぎを覚え、飾り気のない気分になれるのは、実は私なのだと思ったりする。

   
 クロバイリエルではいつもの家族のところに短時間立ち寄り、予定していたプレダック村へ。
36歳になる村長さんの家に行き、ヤシ砂糖作りのヨームさんの家に寄った。
そこから親戚のヤシ砂糖を作りながら販売をする人たちに会って、まだ暖かいヤシ砂糖をみんなで食べた。
人口が2000人ほどの村だが30%は副業をしている。

   
 プレダック村ヤシ砂糖作り。                   チリュウ村、夕方アヒルが道路を横切って大移動。
   
 いつもうかがうソッさんの家族と写真を撮った。          その日の夕方は、ハス畑の夕景を狙った。
あまり 雨期で見事な光景とは言えなかったが、薄暮のハス畑は素晴らしかった。

トンンレサップで獲れたネズミを焼く人がいたりと、これも暮らしの一部になっている。
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家族の繋がり

2016年10月29日 | カンボジア
 カンボジアは内戦時代に家族が分断されバラバラになった。

ポルポト時代に親戚や家族を、強制的に告発させられた歴史もある。

サムロム村は内戦が終わり、親族が自然と集まったのだろうか。近親の多い村といわれている。
私なりに考えてみたのだが、私がカンボジアに行くようになってから、聞く話によると親族のつながりが強く、家族を大事にする民族という印象。
行く先々で、その傾向にあることを確認している。
とすると、この村は200人余りが繋がっているというのも納得できる。

サロンさんという案内するガイドがいて、私が最初に訪れたのはピースインツアー、カンボジアの大塚めぐみさんに紹介されたのだったが、長閑な村で農業を中心にひとつのコミュニティーが形成され、市場、学校、寺、縫製工場などが点在している。

   
今回、サロンさんの家に行くと、13人分のココナツを用意してくださり、手作りの楽器や太鼓を演奏する人たちもいて演奏がはじまった。
皆なサロンさんのイトコやハトコやその子どもたちや何らかのつながりを持つ人たちだ。

撮影に訪れた人たちは暑かったので、牛車に乗ってお寺まで行く。
13人がそれぞれ自由に村を歩いた。
赤い細い道を自転車や、牛や、子どもを連れた親子が行き交う。

   
 産まれて4日目という真っ白な子牛が目に留まる。家族が出てきてくれた。   井戸の水の出口にペットボトルが・・・。

暑い日がギンギンに照り付ける中だが、緑が多いせいか爽やかな風も吹いて、あまり暑いという感じがしない。

テーマがある人やリピーターさんはそれぞれが村を歩き、私と一緒に行く人もいたが、みんながどんな印象を持ち、どんな写真を撮ったのか楽しみでもある。

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スマホで

2016年10月27日 | カンボジア
 カンボジアへ入り、ホテルに着くと早速食事しながらの自己紹介から始まった。

懐かしい、それでいて日本人の口にも合わせたカンボジア料理の数々・・・。

今回は新しく参加された方が7人でリピーターさんが多い。

スマホでFBに状況をアップしますが、今回はスマホの設定が悪いのか肝心なところでつながらない。
ホテルの部屋に戻り、Wi-Fiとパスワードはもちろんのこと、モバイルネットワークやデーターローミングなど、あれこれやってみる。
インターネットがつながらない、そうこうしているうちに面倒くさくなって、今回はあきらめた。
それより、明日行く村の説明、そしてどうしてこの村なのかをバスの中で説明しなければならない。
もともと話が下手なので面白おかしく話すにはどうしたら良いのか、いつものことですが悩みますね。

そんなこんなで明日から、サムロム村に入り、ベンメリアへ行きます。
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カンボジア撮影ツアー

2016年10月19日 | カンボジア
 2016年、恒例となったカンボジア撮影ツアー「村を巡る旅」が20日からはじまります。

   
 ローンカウ村の子供たち。                 シーエムさんと孫、私が撮影した子がお母さんになりました。

今年5周年を迎え、リピータさんと新規の参加者含めて、13名で出発となります。
雨期に入り、多少雨が朝晩降りますが、それもチャンスです。

同行してくださるのは、(株)ピースインツアの佐々木愛さん、現地ガイドは日本語ガイドのパナー君。
パナー君は孤児院出身のガイドです。
今カンボジアはどんどんと変化しています。
そんな一面も見ていただければと思います。

200人が親族という村、ヤシ砂糖や籠作りの家を訪ね、村を自由に散策することにしています。
7月にすでに予約を入れてきたので、心配する人もいますが大丈夫です。

すでに参加者は作品をコンテストに出して大賞に輝いたり、組み写真でグループ展に出品したりしています。

参加者の写真展に向けて帰ってからも、頑張りたいですね。

ではでは 行ってまいります。 

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写真クラブのグループ展

2016年10月15日 | 日常
 写真クラブのグループ展が11月10日~15日に決まりました。
今年に入って2回目のグループ展になりますが、皆さんから希望が多く決定しました。

今月に入り、街歩きは「勝鬨橋、月島」でしたが、順調に進んでいるので作品が多く迷う人もいそうです。
講評、選考会を経て、案内状もどうにか出来上がり、後はキャプションやらあいさつ文が出来れば完成です。

作品を発表することは、簡単な考えではできなく多くの人に見ていただくので、本当は会としてのテーマ性も必要になります。
展示順も考えて、お客様をお迎えしなければと思います。
何回やっても緊張しますね。
今回は「実行委員会」も作らなかったので、どうなるか心配ですが、今のところ一人一人の特徴を活かして展示作品を決めました。

近くなったら、また改めてご連絡いたします。
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女子高クラス会

2016年10月07日 | 日常
 一年に一度のお楽しみで、今年も四万温泉でクラス会でした。

クラス会は幹事になった人が、場所を設定しますが、何度言っても温泉三昧はいいものです。

一泊二日でしたが、翌日は霧の朝を迎え、雨も降らずによしよしといった感じです。
写真係として毎年のように、記念写真を撮るのも私の務めとなっています。

   
 今年は四万湖からシャクナゲの滝を行き、その後で上州白久保のお茶講を体験してきました。
国の重要指定文化財となっているもので、室町時代からお茶の味を当てる武士の遊びだったとのこと。
茅葺の家には、お茶講を守る保存会の方が待っていてくださり、楽しい時間に写真を撮るのを忘れるほどでした。
 
   
                                     これは有名な蕎麦屋らしいです。

お茶の材料は甘茶、渋茶(煎茶)、チンピ(みかんの皮を干したもの)を材料として、1の茶、2の茶、3の茶、客の茶と4種7種類の茶を飲み分けていきます。
全国でも珍しい貴重な民族行事のひとつであるようです。

お茶を味見する人は花、鳥、風、月・・・などの名前が一人ひとり付けられて、「叶」と呼ばれる計算係が記帳していきます。
私は「亀」と命名されましたが、寿命がいつまでかわからぬ中、亀は千年だと勝手に喜んでいました。

最後まで飲み終わったとき、まったりとした甘みが残り、飲み終わった時にはわからないまま適当に答えると、私が一番正解が多く、飴を40個ゲット!
驚いたのは、一番仲良しのNさんが、最下位だったので悔しいやら何やらでガッカリ・・・。
喜んでばかりはいられない日でした。

   

そのあとは植物園を訪れ、帰りはJA吾妻で買い物。
いつも車を4台くらいで行きますが、お世話になった皆さんありがとうございます。
運転もお疲れさまでした。

忙しい日々だったので、こんな日もあってもいいねと納得。
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写真家って

2016年09月25日 | 日常
 写真クラブの「街歩き」撮影会と、女性教室の「街歩き」撮影会とこのところ良く出かけています。

私がなぜ「街歩き」をしながら写真を撮ろうと勧めて来たか。

  四谷荒木町。
ひとつは
遠くに行かなくても、一歩外に出れば、変わりゆく都会の風情や暮らしが見えるからです。
そんな中で出会った夕焼け小焼けの光景は、見る人の心を豊かにして、ほっとさせてくれる力があります。
暮らしていく中で、人間が作り出すさまざまなドラマは、私たちに世の中のいろいろな事実を教えてくれます。

二つ目は
真実が隠されていて、際限なく想像が膨らんでくる。

三つ目は、
写真人口も広がりを見せて押せば映る時代になった。高齢化も進んでいる。
歩くことで元気になって、少しでも足元を見つめて楽しみながら、伝えられる写真が撮って行きたいですね。

実際には撮ってきた写真で私が楽しんでいる感じですが、作品であるかどうかは別にして写真が無いという人はいないかもしれません。

   
 月島は2020年までに再開発で、今の街はなくなると地元の人に話。

そんなこんなで、11月のグループ展にむけて、作品の選考会をしながら考えました。
いい写真ってなんだろう?
ほんとに写真がないのかな?

「自分の気持ちで、こんな面白さを感じて撮った」
これが大事なことで、写真とは、この積み重ねだと思います。

写真家はず~とこれが続くのだと思っています。
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写真展探訪

2016年09月12日 | 日常
 残暑が厳しい日が続きましたが、やはり秋の気配を感じます。

2日間で写真展のギャラリーを12か所回りました。

   元気の出る夏盛りのひまわり。

いつものパターンで写真展に行き、刺激を受けて明日につなげることに・・・。

新しくできた富士フォトギャラリーでは、熊本の大地震の跡を上空から撮影した叶 悠眞さんの写真を見て、地震のすごさを目の当たりにしました。
キャノン銀座では地蔵ゆかりさんの「祭堂」、東北地方に伝えられる祭りで、起源は室町時代だとか・・・。
プリントが素晴らしかったので聞いてみると、ピクトランの和紙だとか。
試してみたいプリント用紙でしたが、ちょうどニコンサロン江成常夫さんの「多摩川」を見ていて、コスモスの新山さんに偶然お会いして、2Lサイズの同じ和紙をいただくことができました。
ラッキーな日です・・・。

翌日、午前中からCANONの「FIVE GRAPHY」13人の写真家たちの銀座会場を回りました。
大阪と銀座で同時に開催されている写真展ですが、分野ごとに長い間写真と向き合ってきた特徴があって、それぞれのすごさが出ていたと思いました。
どうしてこのような素晴らしい世界をものにできるのかと、知りたいものも沢山ありましたが、トークの日には予定があり残念でした。

銀座をこんなにウロウロするのも楽しく、最後はやはり写真界の大御所、田沼さん、熊切さん、齋藤さんの歴史あるモノクロの世界へ・・・。
あ~!やっぱりモノクロはいいな~・・・と落ち着きました。

またEIZOギャラリーでは「人間の日々」大津茂巳さんのインクジェットによるモノクロの展示も、昔とは比べられないほどプリントが銀塩に近くなり参考になりました。

翌日、原宿のギャラリー「Jing」にて、「湘南、わたしの一枚」芹沢さんの写真展にも伺い、その足で夜18時からJPSの国際交流セミナーに参加。
フォトジャーナリストの「Q,サカマキ」のフォトジャーナリストとドキュメンタリー作家に対する提言を伺ってきました。
サカマキ氏の写真を見ながらの話は、参考になり人間のドラマを写真にするためにはと、様々考えさせられました。

忙しくもないのに、忙しいそうにしていて、家で写真とにらめっこも良くないと反省・・・。
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街歩きin門前仲町

2016年09月05日 | 日常
 一か月に一度の「東京街歩き」が、今月で10回目を迎えました。

天気予報では、台風の影響で一部雨が降る予定したが、暑い事、暑い事・・・体感温度は35度。
こんなにかんかん照りだと、ISOやWB、露出なども考慮して、明暗差が激しすぎる場所も考えることにして始まった。
今日の「テーマ」は夏、酷暑かな・・・。
午後2時からちょっと足を延ばして「永代橋」までというコース。

   
 下から船上の人たちが手を振っていました。

身近なところで撮影を楽しもうとはじめた「街歩き」。
私たちが一番身近に感じる都会の暮らし、様々な人との出会い、そして街ですれ違い行き交う人、懐かしさの残る街、おもしろい事、心で感じたままに撮っていく。
私たちは自分が撮った写真に教えらることもある。
テーマはそんななかから自然に生まれるのかもしれません。
撮った写真を選んでみると、案外、撮った時の気持ちを忘れ、人が良いと思いそうな写真を選んでいることもある。
それはカメラ雑誌や、写真展でこれが良い写真だと決めつけて見てしまうからです。

講評の時に皆なに見てもらうことで、自分の考えを再認識して説明出来たら素敵ですね。

   
 今回も祭りが終わった「門仲」を歩き、運河のあとを見ながら永代橋までいきました。

懐かしさが残る商店街、そこからのびる道路の先が富岡八幡宮。祭りが終わっても沢山の地元の人たちがお参りしていた。

この辺りでそれぞれが撮影に入り、集合時間を決めて更に方向を変えて永代橋方面へ、運河や路地を歩く。

   

クラブのなかでも、年配の皆さんは昔の話をよく知っていて、いつのまにか重要文化財の鉄の赤い橋の方まで足をのばしている。
建築関係の会員はガラス張りのビルがどのようになっているか、良く知っていて「熱線反射ガラス」は映る陰で一枚一枚デコボコを直して平らにしていくのだとか・・・。
これは専門家でないとわからないですね。

公開講座になっているので、普段は誰でも参加できる撮影会、今回は新人の若い人2人が参加の撮影。

現地までの交通費は自費、撮影場所、撮影指導は一人1500円の費用がかかります。

撮影が終わると皆さん、喉がカラカラ・・・。

さっそく近くの居酒屋でビールで乾杯!

そういうときの話はいつも失敗談や、街の人との出会いの話。花火や夜空の撮影などなど。
とにかく沢山の経験をすることだと思う。

永代橋が工事中でライトアップはとれませんでしたが、楽しい半日でした。
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女性教室

2016年08月22日 | 日常
 軌道にのってきた女性だけの写真教室。

6月から6か月のコースで始まった月に2回の授業だ。
6月のオリエンテーションでは、カリキュラム、カメラやレンズの基本操作や、更に撮影実習の意義、撮影場所の選定からはじまった。

初心者歓迎だが、継続的に写真を続けている人もいればデジコンカメラで参加の人もいるので、先ずは撮影中心で、講義も当然はいることになる。

写真は毎日でも、とにかく撮ること、選ぶこと、見せることを繰りかえす過程で自分自身がどんなことに興味があるのかわかってくることがある。
そんななかで写真とはいったいなんだろう・・・。
写真で何を表現したいのかもわかってくる。
この教室は自分が何を撮りたいのか、確認する場でもあるのです。

この写真教室をすることになって、あらためて写真の基礎も振り返らなければならない。

デジタルカメラ中心の時代になり、カメラの難しい操作をしなくても簡単に写真が撮れる。
だからこそ、必要になる「写真でなにを言いたいのか」ということを大事にしたい。
簡単にバシャバシャとシャッターを押すと偶然に面白い写真が撮れることもある。
気に入った写真のデータを確認したり、撮った時の心の動きも、写真をみながら考えてみることも大事なことだ。

私の経験からいうと、美しいものや気分の良い写真は、後で見ると結構つまらかったりすることがある。
でもそんなことに気付くのは、そうとう写真を釣り続けた後の気がする。

先日はオタク文化の花咲く「中野」界隈を歩いた。
生徒の皆さんは初めての場所だったが、それにしても、暑い暑い日だったので、1時間半で場末のスナックコーヒー店に集合。
美味しいビールで喉をうるおして、写真談義に花を咲かせた。

 写真は中野界隈。

  

  
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チリュウ村

2016年08月12日 | カンボジア
 トンレサップに近い田園地帯の村で遠くにプノンクロムの山が小さく見える。

この村に初めて行ったとき(2005年)、リエン君という13歳の少年にあった。
牛追いの仕事をするために、遠くコンポンチャムから住み込みで働きに来た少年だった。

   
2008年に実家に帰ってしまったが、この子を追っかけてカメラを壊してしまった。
赤土の埃の中で、フィルムカメラ、NikonF3とカラー用のF80Sの撮影だったが、F80Sが修理に大金をかけた事があった。

   
遠い親戚に当たるソッさん(70歳)が雇い主で、内戦時代の話を良くしてくれた。

ポルポト時代に「一週間という話で、牛は10頭、米も食料も置いて牛車に乗った。田植えや収穫の度に田んぼを集団で移動をし、内戦が終わり帰ってきたときは何も残っていなかった。
0からはじまった生活は大変だった。その時代を知る人は、チリュウ村には今は自分しかいなくなってしまった。」と話してくれた。

そのチリュウ村も真ん中を町への環状道路が通り、道も広くなり今回は田んぼの真ん中を家具を運ぶ大型トラックが走っていて、どこへ行くのか奇妙な光景で、この先に村はあるのかと思った。

   

この村で生きてきた人が、内戦時代を乗り越えて再び自分の村に帰ることが出来て、米作りを出来ていることが不思議なくらいだ。
今は何と言ってもカンボジアは米どころ、バッタンバンのお米は日本と変わらないくらい美味しくなった。

   
 降り出した雨も少しあがってきた。              珍しい山羊を発見。

   
 新しい農耕機械に振り回されていた少年。          道で出会った子ども。

村の発展途上の出来事を、写真を通して伝えていくことができることを大事にしたいと思う。

晴れ、突然の雨の中の一日でした。   


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