癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

大沼トンネル上の旧道と峠下台場山

2011年10月27日 | 登山・旅行
 先日大沼旧道を通ってみて新たに気になったのが、地形図に載っている大沼トンネルの上を通っている旧道だ。実は、高校生の頃、列車の窓から、この道をバスが走っているのを見た記憶があり、このトンネルの上の道をずっと大沼旧道だと思っていたからだ。

 そこで、今日は、大沼旧道の峠下側の入口に車をデポし、300mほど進んだところから分かれるトンネルの上を通るこの旧道を歩いてみた。そして、江戸時代峠下と大沼を結ぶ古峠経由の古道と合流してから峠下台場山に登り、峠下側へ周回して、再び古峠の道を歩いて、小沼湖畔へ出た。その後、トンネルを潜って、車のデポ地点まで戻った。

 道南の古道や旧道のオーソリティであるも~さんによると、現在地元の人が「古峠」と呼んでいるこの峠は、江戸時代の文献によると「大峠」や「長坂峠」と呼ばれていたとのこと。

        
 トンネルの上を通る旧道は、今では車で通ることは不可能だが、道路自体は両側が笹で覆われてはいるが、車がすれ違うことのできるほど幅が広く、法面もしっかりと造られていた。これは林道ではなく、明らかに車道だったと確信した。
 つまり、車で森方面へは行くには、じゅんさい沼へ抜ける大沼旧道を利用して、大沼公園や鹿部方面へは、この旧道を通ったに違いない・・・と思って、帰宅したら、子供の頃、隣に住んでいたみきちゃん(七飯のこなひき小屋と函館のpain屋の親方)から「大野から鹿部に引っ越したときに、このトンネルの上の道路を通りました。その後、バスも通っていました。」とのコメントが入っていた。期せずして、グッドタイミングで裏付けが取れた。

        
 左が台場山への登山道で。右が明治5年に札幌本道(大沼旧道)ができるまで、歩かれていた峠下から古峠経由の古道・・・松浦武四郎もこの道を通っているが、鷲の木に上陸した幕府軍の大鳥圭介隊もこの道を通り、峠下へ下ったところで(現在の七飯発電所の近く)待ち伏せていた新政府軍と戦い、箱館戦争の火蓋が切られた地となった。七飯発電所の東側にその戦死者の墓地や「戊辰役勃発之地」の碑も建っている。

        
 峠下台場跡~旧幕府軍が森・大沼方面からの侵攻に備え、わずか3日で築いたとのこと。
 前回は峠下側から登って、周回して峠下側へ下ったので、今回は、トンネル上の道の途中の大沼側から登って、同じように周回して大沼側へ下った。
 
        
          台場山から峠下側の登山道を少し下った地点にある絶景ポイント 

        
          台場山から下りて七飯林道へ抜けた地点から眺める函館山

        
 跨線橋の根元で国道へ抜けた地点から眺めた駒ヶ岳・・・この後、トンネルを潜ってスタート地点へ戻った。所要時間2時間。 

 この後、紅葉狙いで、大沼公園へ向かったが、今年の紅葉はあまりきれいでなかった。 昨年の今日の「初冠雪の駒ヶ岳と大沼の紅葉」の方がずっときれいだった。
 http://blog.goo.ne.jp/sakag8/e/cda425e9d831cd83ada5789566ec99c0  
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