癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

関空まで北上ドライブ

2012年06月02日 | 登山・旅行
〈串本の橋杭岩〉

今朝は札幌に住む息子と娘から「新聞見たよ」のメール。今日は拙筆による「ほっかいどう山楽紀行」の連載がスタートの日だった。

今日は、関西空港まで走って車を返して、近くのホテルに泊まる予定。先ずは、マグロで有名な那智勝浦漁港と魚市場へ行ったが、土曜日で休みだった。

その後、有田までは風光明媚なリアス式海岸の景観を楽しんだ。

鯨の町太地町ではくじら浜公園の後、古式捕鯨狼煙場跡のある岬(名前失念)。

串本では、橋杭岩、石造り灯台では日本最古でイギリス人技師による明治3年の樫野埼灯台、海金剛、本州最南端の潮岬。

白浜では、三段崖洞窟と白浜温泉の前に広がる白浜海岸。

有田からは峠越えの細いくねくね国道を走ったが、耕して天に至るが如くの段々みかん畑に感激。

明日は、7時の飛行機で千歳まで飛んで、8日ぶりに帰宅予定。
〈追加画像〉

1、古式捕鯨狼煙場跡のある岬
2、灯台建設に関わったイギリス技師が住んだ住居と樫野埼灯台
3、海金剛、奥の岬に樫野埼灯台が立つ
4、三段崖洞窟
5、白浜温泉街の前に広がる白浜海岸





6、耕して天に至る有田みかんの段々畑の
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新宮市・熊野市・十津川村観光ドライブ

2012年06月01日 | 登山・旅行
早朝のうちに昨日歩き損った熊野古道が一番美しい状態で残っていると言われる中辺路の「大門坂」を那智大社の下まで1時間ほど掛けて往復した。苔むした石畳の階段と両側の杉の巨木がみごと(画像)。

その後、新宮市の「徐福公園」、熊野市の「花ノ窟神社」と「獅子岩」へ。さらに、十津川村へ。十津川村では、まず「丸山千枚田」を見る。

そして、本来であれば昨日歩いて通過するはずだった大峯奥駈上の標高1000mに建つ「玉置神社」へ。まずは歩くはずだった奥駈道を確認。この神社は熊野三山の奥の宮で歴史が非常に古いらしい。周りには大杉や神代杉など国内一二を争う太さの巨木群に圧倒された。それだけに歴史をかんじる。

さらに北上し、「十津川歴史風俗館」に寄り、日本一の「谷瀬の吊り橋」でUターン。

連泊予定の那智の道の駅へ戻る途中、安い雲取温泉でひと休み。

〈追加画像〉
1、秦の始皇帝時代に日本にやって来てこの地に住み着いていろいろな文化を広めたという徐福の墓がある。
2、国内最古の神社と言われている。この岩自体が御神体で社を持たない珍しい神社で世界遺産にも登録されている。
3、見てそのものずばりの獅子岩。そばを熊野古道・浜街道が通っている。
4、丸山千枚田。これを維持するために全国から会員を募って田植えなどの作業をして貰っているらしい。
5、玉置神社から続く奥駈道。





6、熊野三山の奥の院玉置神社。車でも大変だった標高1000mまで昔の人は歩いて参詣したのが凄い。
7、樹齢3000年の御神木「神代杉」
8、国内随一の根元周り19.5mの「大杉」
9、北海道の新十津川村の母村であることも展示されている「十津川村歴史風俗館」
10、生活道路の吊り橋としては日本一の長さ。当時の住民がお金を出し合って架けたとのこと





〈追記〉
考えてみたら、新宮市は和歌山県、熊野市は三重県、十津川村は奈良県・・・3県に跨がって走ったことになる。

なお、落としたゴアのカッパだが、拾い主に連絡がついた。着払いで送ってくれるそうだ。良い人に拾われたものだ。佐賀県経由で帰ってくるなんて、因果な野郎だぜ・・・まだ3回ほどしか着ていないので非常に助かる。上だけでも 18.000円はするはず?
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熊野三山巡り

2012年05月31日 | 登山・旅行
〈熊野本宮大社の本殿〉

今日は、下北山村のコミュニティバスと北山村営バスを繋いで熊野市へ出た。さらに、紀勢電鉄で新宮市へ移動してレンタカーを借りる。

今日のメインは世界遺産に指定されている熊野三山巡り・・・熊野速玉神社〜熊野本宮大社〜熊野那智大社の順に廻った。信仰心があるわけでなし、本殿で手を合わせるわけでなし、お賽銭も上げるわけでなし・・・ただ歴史を感じる荘厳な境内の雰囲気と重厚な建物を眺めるのが好きなのである。

熊野本宮では、本来であれば、明日下りて来るはずだった奥駈道の一部も見てきた。この熊野三山の近辺では、それらを結ぶ熊野古道を垣間見ることができた。中でも山道が多い「中辺路」は歩いてみたい衝動に駆られる。

それにしても、昨年紀伊半島を襲った台風の豪雨被害の痕跡が生々しい。至るところで復旧工事がされていて、片側通行も多い。明日は、一番酷かった十津川村へも行くつもりだ。

今晩の車中泊予定の那智の道の駅には、温泉と世界遺産情報センターがあり、最高!


熊野速玉神社の本殿


熊野本宮への石段


すぐ横に平行する熊野古道の一部


那智の滝


熊野那智大社の本殿


那智大社の隣にある青岸渡寺


青岸渡寺の三重の搭と那智の滝
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拙筆による「ほっかいどう山楽紀行」連載開始〈道新札幌圏版〉

2012年05月31日 | 登山・旅行
自己宣伝&事前予告ですが、6/2から隔週土曜日の北海道新聞札幌圏版朝刊に、拙筆による「ほっかいどう山楽紀行」の連載が始まります。

札幌には多くの人材がいるのに、函館の私がおこがましいのですが、なんとか与えられた役目を果たしたいと思います。書いた自分の地元で読めないのは残念ですが、道内人口の半数以上の方々に読んでもらえるだけで大満足です。

基本的には、毎回札幌圏の方々が興味を持ってくれそうな山を中心にしながらも、広く道内の山を取り上げる予定です。単なるガイド記事にならないよう、その山の魅力、特色、歴史などを、自分が登ったときのエピソードを中心に綴っていきたいと思います。カラーの写真1枚と山の位置を示す簡単な地図、1100字ほどの本文の構成になっています。

また、なるべく掲載日に合わせた旬な情報や話題を心掛けるつもりです。初冬や厳冬期がちょっと苦労しそうですが頑張ります。

なお、山仲間との同行登山のときの話題も多く登場します。「これは自分たちのときのことだな?」「これは自分のことだな?」と思われることがや、たまにはイニシャルで登場していただくことがあるかもしれませんが宜しくお願いします。

第1回は、札幌に敬意を表して空沼岳、第2回は、夕張岳の予定です。

なお、許可をいただいて、5日後くらいには
送っていただいた新聞をpdfファイルにして、拙サイトでも読めるようにする予定です。

ご感想、ご意見、お叱り等をDMにて頂ければ幸甚に存じます。
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後半(南奥駈道)を断念し、4日目で下山

2012年05月30日 | 登山・旅行
〈よくテレビなどで目にする行場・西ノ覗、この上から身を乗り出して下を覗く〉


道中ほとんど携帯が繋がらず、ブログの更新はできなかったが、予定通り行動できていた。ところが、昨日、雷雨に襲われ、雨具を着ようとしたら、リュックの横のベルトに通していた雨具の上がなくなっている。木の枝に引っ掛けて落としたらしい。時間的余裕があったので、傘をさして30分ほど戻ったが見つからず諦める。

明日辺りから天気が崩れるらしいが、防寒具も兼ねた雨具なしの行動は致命的・・・。幸い昨日泊まった深仙小屋で、コースの核心部が終わり、前鬼に下りると路線バスがある。残念だが、ここで断念することにした。

奥駈道完全縦走に拘る人はこの先の南奥駈道へと進むが、山の縦走はここで終わることが多いらしい。ここまでは、1500〜1900m台の険しい山が続くが、この先は1300m台以下になり、最後の1日は里山の雰囲気になるらしい。そんなこともあり、最近の奥駈修行もこの間で行われることが多いそうだ。三百名山巡りで踏んだ山上ヶ岳、八経ヶ岳、釈迦ヶ岳ともに繋ぐことができた。

ざっと今日までの4日間の報告をば・・・

○5/27(日)

20kgもの荷物を背負って5泊6日の縦走は、年甲斐もなく、身の程しらずの初体験の大冒険だ。テント泊した金峯神社から山道となる。

この日の最高峰山上ヶ岳(1719m)は今でもそこへ通じる全ての登山道には女人結界門のある女人禁制の山で、頂上にある世界遺産指定の大峯山寺は、現在でも修験の根本道場になっている。その関係で吉野からこの山までの奥駈道は、大峯修行で昔から良く歩かれているようだ。茶屋跡も多く、道も深く掘れた古道の雰囲気を残している。

山上ヶ岳へ日帰りできる洞川コースの分岐の洞辻茶屋からは、登山者や行者スタイルの人が多かった。5山ほどを越えたが、大天井ヶ岳の急な登り下りが特にきつかった。

この日のゴールは、行場跡に建つ避難小屋の小笹小屋。3人程しか泊まれないが、4年前まで北見に住んでいたという岡山の好青年と二人切りだった。すぐ裏に湧水帯があり、豊富な水が流れていた。

この日の行動時間は、約9時間。

○5/28(月)

この日は1500〜1700m台の7山を越えた。前半の垂直に切れ落ちた断崖絶壁や岩頭を擁する大普賢岳、国見岳、七曜岳の急な登り下りや長く続く鎖場が怖かった。見るだけでも身の毛のよだつ山容だが、それを歩くだけでも自分には十分過ぎる修験だった。

後半は、一転して穏やかなゆったりとした稜線歩きとなる。天川辻からは、日本百名山の八経ヶ岳からの多くの下山者と出会う。

ゴールの弥山小屋は、この日の最高地点(1880m)にあるが、最後のこの登りは本当にきつかった。おまけに、途中で雹混じりの雷雨に見舞われたが、それほどしないで止んだ。

唯一の営業小屋で、缶ビールが美味かった。テント場利用代と水3リットルと缶ビール2本で1800円也。

この日の行動時間は約8時間30分。

○5/29(火)

二度目となる弥山へ空身で登り、やはり二度目の近畿の最高峰・八経ヶ岳(1915m)を越えるところからスタートし、1600〜1800m台の山を8山越えた。それほどアップダウンのきつくない道が続くが、基本的には岩山なのでんなりとは歩かせてもらえない。

孔雀岳手前で雨具を探しに戻ったり、雨宿りをしたりしたが、最後の釈迦ヶ岳への岩場や断崖絶壁の鎖場の続く急登は奥駈道の最核心部かも?おまけにずっと雷鳴が響きっぱなし・・・自分には最高の行場だった。

5人が限界の深仙小屋には吹田市の同年代の男性が先着。夕食を済ませた6時ごろからすざましい雷鳴と強烈な雷雨と強風が続く。小屋が潰れるのではないかと思うほど・・・そんな中、ずぶ濡れになって一人の男性が到着。

自分が落とした雨具は弥山小屋へ向かった夫婦が拾って持って行ったとのこと。この男性が拾ってくれればこちらに届いたのだが・・・。嵐は1時間半ほどで止んだ。

この日の行動時間は約7時間30分。


○今日5/30

吹田市の男性からバスの時刻を聞き、下山開始。沢沿いの急な道だが、がっちりとした階段があちこちに設えられていて歩きやすかった。

下り立った前鬼には、かなり大規模な修験の拠点があったらしく、あちこちに行場の跡やお堂や多くの宿坊の遺構があり、その規模に驚いた。現在でも第61代当主の五鬼さんが、1300年の歴史を持つ「小仲坊」という宿坊を守っているらしい。

しかし、そこからバス停までの林道歩きが長かった。懸命に歩いて2時間半掛かった。小屋を出て、5時間でゴール。

さて、そこからどうするか?なんとしてもゴール予定だった熊野本宮にはいきたい。那智の滝や熊野界隈の観光もしたい。そこで、地元・下北山村役場に電話して相談に乗ってもらう。

熊野市に出るコミュニティバスが朝に2本出ているだけだという。幸い村営温泉があり、その隣に村営の宿泊施設があるので、そこに泊まって、明日熊野市へ向かうことにして、来た路線バスに乗った。着いたら宿泊施設の車が迎えに来ていた。

まだ昼なのに部屋へ通してくれた。まずは、5日ぶりの温泉へ。きれいさっぱりして、レストランで豪勢に打ち上げをしたのはいうまでもない。
〈追加画像〉
1、二度目の近畿最高峰の百名山山上ヶ岳頂上〜前回はこの上に環水平アークが出現していた。
2、一番きつかった釈迦ヶ岳への登り
3、今朝の深仙小屋前の夜明け
4、下北山村営温泉「きなりの湯」
5、昼から豪勢に打ち上げ〜ここ特産の真菜という高菜に似た野菜を使った真菜うどん定食(真菜寿司と真菜アイスもセット)とトンカツ。もちろん生ビールも!





〈訂正〉
最後の真菜寿司は「真菜めはり」と言うそうで、ご飯を真菜でつつんでありました。
〈雨具の行方〉
ダメもとで弥山小屋に電話したら、佐賀県のご夫婦が拾って持ち帰り、持ち主から連絡があったら、伝えてくださいと電話番号を残して帰られたとのこと。
まだ帰ってないと思うので、2、3日後に着払いで送ってもらうよう連絡を取ってみようと思う。
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奈良・吉野入り

2012年05月26日 | 登山・旅行
〈下千本にある観光客が最も多かった世界遺産登録の金峰山寺〉

朝3:30に家を出て、千歳空港まで走る。車を預け、9:25発関西空港行きのピーチ航空に乗る。リュックを預けるときの検査で、せっかく上手にパッキングしたのに、確認のために一部荷物を出させられる。

機内は多少狭い感じはあるが、全く違和感なし。新機なのできれいで気持ち良し。乗務員もきれいどころばかりで感じ良し。これで5,480円なら文句なし。予定通り11:35到着。

天王寺までJRに乗り、駅ビルの中にあるモンベルの店でガスカートリッジ2個購入。近鉄線に乗り換えて15:30に吉野入り。

当初は宿に泊まってとも思っていたが、土曜日で安いところはネットで調べても満杯。明日の行程を楽にするために、あちこち神社仏閣を見てまわり、観光客とすれ違いながら2時間近く登る。標高750mほどにある奥千本の無人の金峰神社に17:15に到着。ここまでも大峰奥駈道だが、舗装された車道だった。

テントが張れる屋根付きの休憩所と立派なトイレはあるが、水が心もとない上に「飲めません」と書いてある。沸かせばいいのだが、飲み水に困る。

ちょうどそこへ下りて来た最後の登山者から水1リットルと冷えたビールをいだだく。実にタイミングの良い涙が出るほどうれしいお接待だった。高槻市の男性だった。

テントを張って、いただいたビールで乾杯し、アルファ米にレトルトのカレーの夕食を摂る。幸せな滑り出しとなった。


ピーチ航空機


金峯山寺で会った修験僧らしき3人


高城山展望台から吉野山下千本を見下ろす・・・桜の頃は全体がピンクに染まるらしい。


やはり世界遺産登録の金峯神社の休憩所にテントを張らせていただいた。
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年1回の内部公開・・・「旧函館博物館」

2012年05月25日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ

 函館公園にたたずむレトロな洋館。明治初期に建てられた、日本に現存するもっとも古い洋風木造建築の博物館。

 明治11年の建築で、翌12年に開場されてから昭和41年まで、函館や北海道の自然や歴史、文化に関する資料を展示して親しまれてきた「旧函館博物館一号」。今はその扉を閉めて、外から眺めることしかできまないが、2010年から年に一度、5月25日の開場記念日には一般公開されるようになった・・・今日がその日なので、初めて出掛けてみた。

 当時を伝える写真などがパネルで展示されていた。明治になってできた開拓使函館支庁が、函館や北海道の動植物や先住民族の物品に市民が親しめるようにと「博物場」を開設。展示棚を並べ、鳥や獣、虫、魚などが展示されていたようだ。 







ちなみに、明治11年建築の下の二号館は公開されていない。
こちらの方が建物としてはお洒落な感じだ。

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大峯奥駈道縦走計画&ピーチ航空

2012年05月24日 | 登山・旅行

5/27〜6/1(5泊6日テント泊)の予定で、紀伊半島大峰山脈を縦走する「大峯奥駈道」にトライする計画だ。入山前日は吉野山で、下山日は熊野本宮でテント泊予定だが・・・。

 国内最古の縦走路といわれるこの奥駈道は、1300年前に奈良吉野山と熊野三山を結ぶ修験道の修行場として、修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)によってに開かれた道である。


<山上ヶ岳に登ったときに出会った修験僧の一団・・・洞辻茶屋にて>

 2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として登録された世界遺産の中の1つだが、この奥駈道は全行程すべてが険しい山岳地帯にあり、一般的に熊野古道と言われる「熊野参詣道」とは一線を画していて、現在でも修験僧が修行に励む道でもある。道中には、名前が付いた山だけでも50山はあるという。最高峰は八経ヶ岳の1915m。

 この道中には、修行場の「靡」(なびき)と呼ばれる75ヶ所の大峯七十五靡(なびき)が設けられているという。熊野本宮大社の本宮証誠殿(1番)にはじまり、吉野川河岸の柳の宿(75番)に終わる。


 実は、「日本三百名山」巡りでも、この縦走路の途中にある山上ヶ岳、釈迦ヶ岳、八経ヶ岳に登っている。その際に北海道の山では味わえない信仰や修行と結びついた古い山の歴史に心打たれた。それらの山に登ったときに、「いずれは、ぜひこの奥駈道を繋いで、自然を舞台とした修験という精神文化に深く触れてみたい」と思ったことが、今回の縦走のきっかけである。

 途中には1軒だけ弥山小屋という営業小屋があるが、ほかは修験者のための無人の山小屋が数軒あるのみ。しかし、テントを持参するつもりだ。もちろん6日分の食糧はすべて背負わなくてはならない。

  
<楽しみなこの時期に咲くシロヤシオツツジ>

<縦走計画は下記の通り>
1日目(5/27)
吉野山〜青根ヶ峰〜四寸岩山〜大天井ヶ岳〜山上ヶ岳〜小篠避難小屋(泊)
2日目(5/28)
小篠避難小屋〜大普賢岳〜行者還岳〜一の峠〜弥山小屋(泊)
3日目(5/29)
弥山小屋〜八経ヶ岳〜釈迦ヶ岳〜大日岳〜深仙宿(泊)
4日目(5/30)
深仙宿〜太古の辻〜天狗山〜滝川辻〜行仙岳〜行仙宿山小屋(泊)
5日目(5/31)
行仙宿山小屋〜地蔵岳〜玉置山〜玉置神社〜水呑金剛分岐(泊)
6日目(6/1)
水呑金剛分岐〜大森山〜大黒天神岳〜吹越峠〜熊野本宮
7日目(6/2)
予備日

★なお、宿泊地で携帯電話の通じるところでは、このブログに簡単に経過を報告したい。

○驚きのピーチ航空
 この計画に当たって、今回は車を持って行かないので、交通機関利用で安上がりの方法を検討した。その結果、千歳まで車で走って、今格安運賃で話題のピーチ航空を利用し、関西空港まで飛ぶのが一番安上がりだということが分かった。

 函館から関西空港往復は、最低でも往復5万円ほどである。しかし、このピーチ航空は驚くなかれ、昨日予約した段階で、往復10,260円(往路5,480円、復路4,780円)というウソのような料金だ。ただし、縦走装備のリュックの手荷物料金は掛かるが、それでも往復で2,100円(1,050円×2)。

 インターネット予約、クレジットカード決済、キャンセル不可、機内食有料、椅子の前の間隔がやや狭いなどいう制約はあるが、これだけ安ければ我慢はできる・・・。
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壮瞥公園の梅林

2012年05月22日 | 登山・旅行

 洞爺湖の東湖畔に位置する壮瞥公園は洞爺湖周辺屈指のビューポイントで、洞爺湖や有珠山、昭和新山、遠くには羊蹄山、ニセコ連峰などの展望が広がる。ここの湖畔側の斜面には、約2万平方メートルにわたって梅林があることは知っていたが、この時期にここを通ることが少なく、花の頃に見たことはなかった。

 昨日「層雲峡・大雪山写真ミュージアム」の表敬訪問の後、長沼の道の駅まで走って車中泊。さらに早朝に家路に就いた。洞爺湖畔に出て、ふとこの梅林のことを思い出してUターン。

 花はピークをやや過ぎた感じだったが、洞爺湖や有珠山や昭和新山をバックに満開の枝を広げて華やかに咲き誇っていた。







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表敬訪問「層雲峡・大雪山写真ミュージアム」

2012年05月21日 | 日常生活・つぶやき

<市根井孝悦館長とともに>

 今日は一日休息して、明日、白雲岳の幻の湖の予定だったので、午後に層雲峡へ入った。
 まずは、この5月1日にオープンしたばかりの「層雲峡・大雪山写真ミュージアム〜市根井孝悦の世界〜」(館長・市根井孝悦氏)への表敬訪問・・・・実は、昨秋と正月頃に「層雲峡へ来ることがあったらぜひ顔を出してください」とわざわざご丁寧に電話をいただいていたこともあり、できるだけ早い機会に訪問したかった。

 このミュージアムは、我が函館在住の山岳写真家・市根井孝悦氏の大雪山を中心とした幅1.5m以上の大型作品が実に200点も展示されている国内最大級の写真ギャラリーである。まだ築13年ほどしか経っていない旧層雲峡小学校の校舎を、さらに多額の費用を掛けて大改装をしたとのこと。

 幸い、館長は早朝の大雪高原温泉での撮影から11時に戻ったとのことで在館されており、1時間半にも及ぶ歓待を受けた。

 館長室でこのミュージアムができるまでの経緯を中心としたお話を伺い、館内を案内していただいた。それぞれの写真の撮影時のエピソードなどや今後入れ替えしたい写真とその理由などをお聞きした。さらに、再び館長室で、写真の道に入った経緯や撮影時の苦労や怖い目にあったことなどをいろいろお聞きした。

 氏の口から何度も出た言葉は「このような立派な施設を造っていただいて心から感謝している。つくづく人間関係の大切さを身に染みて感じています。」だった・・・。

 展示場は天井の高い体育館やフリースペースの他に教室や階段や廊下など、予想していたよりスケールの大きなミュージアムだったことに驚いた。全て大型の迫力ある写真ばかりだが、その素晴らしさや大雪山四季折々の魅力を十分堪能できるまさに北海道山岳写真の殿堂である。

 氏からいろいろ説明いただいたことは、下記の「層雲峡・大雪山写真ミュージアム〜市根井孝悦の世界〜」のホームページに詳しく掲載されているので、そちらでどうぞ!
 http://museum.sounkyo-daisetsu.jp/info.html



 








 結局、氏の昨日仕入れた情報によると、白雲岳の「幻の湖」は、すでに消えているというということだった。例年は今頃が見頃なのだが、今年は出現が4/30と異常に早かったので、ダメかも知れないという懸念は抱いていたが、やはりそうだった・・・・というわけで諦めて、その足で帰路に就き、長沼の道の駅まで走って車中泊。
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