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永平寺川のサクラマス(二)

2017-05-16 07:14:32 | 報道/ニュース
永平寺川の川幅は広いところで6m、狭いところでは2mもありません。大雨でたびたび氾濫(はんらん)が起こっていました。また深さは50cmないところもあり治水対策で多くの堰(せき)が作られてきました。ところが治水対策の堰(せき)がサクラマスにとっては“通せんぼ“になって本来はもっと上流まで遡上して産卵するところをウグイなどのいる下流で産卵するしかありませんでした。
サクラマスは産卵するとき尾っぽで川底をたたいて砂と小石を巻き上げ穴をあけ卵を産むと再び尾っぽをたたいて卵を隠す習性があります。ではなぜウグイに食べられるのか。安田さんは永平寺川の川底を調べました。すると堰(せき)が作られたため水の流れが弱まり川底の砂が固形化しコンクリートのように固くなっています。これではせっかく産んだ卵は固い砂の上を浮揚してしまいます。危機を感じた安田さんはひとりで川底を掘り始めました。しかしひとりでは出来る範囲が限られます。そこで全国の釣り仲間に声をかけ、20人でサクラマスが産卵しやすいよう川底を掘り返しやわらかい砂地を作り小石を巻きました。地元の人にも永平寺川の状況を説明して回りました。すると地元の人の協力で小学校でサクラマスの一生を紙芝居にした出前授業が始まりました。
2009年、安田さんたちが作った砂地でサクラマスの産卵が始まります。永平寺川でサクラマスの稚魚が泳ぐ姿が見られたのです。小学校ではふ化したばかりの稚魚が水槽で泳いでいました。1か月後に川へ戻すことを子どもたちが楽しみにしています。地元の人たちはいっせいに立ち上がりました。「サクラマスの遡上を実現する会」が誕生します。そして県の土木課に堰(せき)の改修を申し入れます。もともと魚道は作ってあったのですが、サクラマスの体長70cmからはとても狭くて急なものでした。そのため産卵のために遡上してきたサクラマスは堰(せき)をのぼれません。そこで幅を拡げ角度を緩やかにした大きな魚道に作り替えてもらうことにしました。県も了承しました。
2010年、幅3m長さ10mのゆったりした魚道が完成しました。完成式には実現する会の人を中心に村中の人が集まり、餅をついて祝いました。そしてサクラマスが遡上する秋を迎えます。村は秋祭りです。昔からのマスの押し寿しでお祝いです。こどもがおいしそうに食べる横でお母さんが言いました。「祭りと言ったらこれですね。ごちそうはこれです。昔から。」新しい魚道を見に行きます。魚が堰(せき)をのぼってきます。つぎからつぎからサクラマスがのぼっていきます。みんな集まって大きな歓声を上げました。村の長老が言います。「昔はいっぱいサクラマスがいたんだ、でもずっと見ていなかった。40年ぶりだ、40年ぶりにサクラマスを見たんだ。」そして堰(せき)のすぐ上でサクラマスの産卵が始まりました。
実現する会で安田さんと一緒に堰(せき)の改修を交渉してきた村の人は「この1年は速かったなあ、忙しくてあっと言う間だった。これじゃあ早く年を取っちまうよ。あはは・・」顔には満面の笑みが浮んでいました。
(つづく)

2017/05/16
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